「甲羅に苔が生えているよ」と祖父が言った。
私が幼稚園の年中だった時に油壷マリンパークに行った時のことだった。
屋外の水槽にそれほど大きくはない、甲羅が60~80㎝ぐらいのウミガメがいて
甲羅には実際には苔ではなく藻の一種が付着して緑色になっている。
「カメは苔が生えても大丈夫なの?」と祖父に聞き返した。
苔が生えても生きている、生きていても苔が生える
初めて見る光景が心の片隅に苔のようにこびりついた。
それから1~2ヶ月過ぎた頃に夢を見た。
夢の舞台は当時通っていた幼稚園。
その幼稚園では年中は梅組と呼ばれていて梅1組から3組まであった。
私は1組だったが3組の教室だけ別当にあった。
自由時間に3組の教室から歌声が聞こえて来た。
3組も同じく自由時間だったが先生がピアノを弾いて何人かの子供が歌をうたっている。
私は外で遊んでいたので窓から3組の部屋を覗いてみた。
歌をうたっている子も含め皆自由に遊んでいる。
玩具で遊んでいる子やはしゃぎまわっている子など人それぞれだが
はしゃぎまわっている子の中の1人に耳に苔が生えている男の子がいた。
耳に鮮やかな緑色の苔が生えている。
同じ夢でも先日書いた「三つ目が来た」はそれほど怖い夢ではなかったが
この夢は怖かった。
しばらくトラウマになった。
それから約20年の時が過ぎた。
社会人1年目の時、本屋でふと立ち読みした雑誌にエイズの末期患者たちの写真が出ていた。
患者の中に身体に免疫力が落ちたためカビが生え始めた男がいた。
上半身裸で顔や体にポツポツ、ボツボツとカビが生えている。
顔や体はポツポツボツボツだが、耳だけはびっしりと青カビが生えていた。
それを見て幼稚園の時に見た耳に苔の生えた子の夢を思い出した。
夢の中の子供の耳は鮮やかな緑色だったが
そのエイズ患者の耳はくすんだ緑だった。
そしてこちらは現実だった。
今はその時からまた30年以上が過ぎてしまった。
これもまた現実である。