Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ

かいなってぃーのMorrissey・The Smithsに関するよしなしごと。

実録・モリッシーが来た!新豊洲 Five hours with you その3

2023-12-08 14:25:48 | モリッシー来日 2023

前回の続きです。

もうライブから10日経ちました。いまさらライブレポートっておそっ、って普通なら思うけど、相変わらずのガンギマリ状態。。。

なのに容赦なく日常が襲ってきて、横山弁護士的に言うと「もう、ヤメテー!!」。仕事したり、息子が帰ってきて炊事に追われたり、大好きな卍力のスパイスラーメンWパクチー食べたり、家電が壊れて困ったり…人生って、モリッシーが終わっても普通に続いている(あたりまえ)。映画やドラマみたいに、11月28日(火)が大クライマックスになるわけもなく、日々はドラマチックに代わり映えもしてない。

なのに、脳は確実にいい意味での「損傷」を受けているわけで、日常の隙間に割り込んでくるんですよ!あの声が、あの顔が、あの空気が…。思い出して泣きそうになる。これは、なに??「ロス」ってやつ??いや、私たちは何も失っていないわけで、むしろ「ゲイン」?

Xを開くと、そうなってるのは自分だけではなくて安心します。「俺たちガンギマ族」がたくさんいます↓

そう。銀行のATMの列で、地下鉄に降りる階段で、バスの「豊洲駅」という行き先表示を見ただけで、なんなら「有楽町」(ほぼ関係ない)を見ただけで、いきなり揺り戻しがくる。「うわっ」て思ってまわりを見るとみんな普通の顔してる(あたりまえ)。慌ててわたしも普通の顔のふりをする…

そんな10日間でした。きっとしばらくこうだと思います。はよ、続きに行け。また写真撮影は主にツネグラム・サムさんです(また追加でもらった)!

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7. I Wish You Lonely

レコードリリースもされておらずそんなにお馴染みではないはずの“Sure Enough, the Telephone Rings”でもお客さん大熱狂、力強く、機嫌よく歌い終わり、MC。「自分には実はプライベートライフがある。プロフェッショナルライフもある。でもどっちもほぼ同じ」とふざけてハンドタオル(ゲットした方によると、トム・フォードのものだそうです)で汗をぬぐいます。お客さんとやりとりしたり、「大阪にも広島にも行ったことある」とドヤったり、ハンドタオルを顔に載せたりおもしろいことをして、この歌を歌い始める。

ハンドタオルはしまわずに汗ふいたり振りまわして感情表現に使っていて、日本舞踊の手ぬぐいのようでした(「あれ投げるぞ、投げるぞ」と思って観てたら最後に投げた)。

カラフルなバックドロップは、20世紀初頭の詩人、音楽家、批評家であるエズラ・パウンド。最初に38分「強制視聴」させられたMVもそうですが、モリッシーのライブのバックドロップはすべて、自分を象ってきたもの。歴史。単なるデザイン性やにぎやかしで表示しているのではなくすべてに意味があります。

エズラ・パウンドはT・S・エリオットと並んで、20世紀初頭の詩におけるモダニズム運動の中心的人物のひとりで、モリッシーの憧れ中の憧れ。マン・レイ撮影(1923)のポートレート写真は、公式Tシャツにも使っていました。


かつてギリシャメディアに対するインタビューで

「エズラ・パウンドが『GQ』表紙を飾ることは決してない、それは憂うべきことだと思う」

と語っていました。だからGQではなく俺が飾る…詩人としてもファンなのでしょうが、この美しいビジュアル好きなのでしょうね。モリッシーのライブ…音楽活動…その生き方のすべてにおける、ものを選ぶ基準、センス、視点、「これじゃなきゃあり得ない」という独自の美学がずば抜けてすごいので、自分も見習いたいといつも思ってます。

私はこの歌のうまさにも感嘆しましたが、「ヘロイン!ヘロイン!ヘロイン!ヘロイン!」と腕を何度も叩いて薬キメを表すモリッシーがカッコよすぎてどうしようかと思いました。

この歌の歌詞についてこちらにも書いています。

Tombs are full of fools who gave their life upon command

Oh heroin, heroin, heroin, heroin, heroin

墓は、ヘロイン、ヘロイン、ヘロイン、ヘロイン、ヘロインのために命を捧げたバカものでいっぱい

And never coming back, never coming back

今や二度と戻らない、決して戻らない

8. How Soon Is Now?

もうこれは、スミス時代よりさらにおどろおどろしく怨念の複利運用効果みたいなものが表れていて最高です。モリッシーは「何世紀も存在してきた」とこの曲を表現していますが、懐メロでなく、本当にモリッシーとともにずっと生きてきたからこんなにかっこいいのだと思います。スミス曲でありながら、“Everyday Is Like Sunday”“First of the Gang to Die”に続き、モリッシーがライブで多く歌っているベスト3に入る曲です。

バックは刑事コロンボのピータ―・フォークの動画です。

(Photo by ツネグラム・サム)

ひずんだギターサウンドに合わせてチカチカと動くのがなんかのサブリミナル効果みたい。
モリッシーは、途中

I am still the son
Still the son and the heir of a shyness that was criminally vulgar
I am still the son and the heir of nothing in particular

と歌いました。“still”、いまだ自分が背負ってきた系譜は続き、いまだに自分は犯罪的なほど下劣極まりない内気さに囚われた息子であり後継者であること、取り立てて言うほどもない一凡人であることを凄い形相で強調しています。全然違うのに。全然違う物凄い64歳が凄く力を込めてこれを念押ししてくる。その力強い歌いっぷりは暴力的ですらあります。

I am human and I need to be loved

で観客に手を伸ばし、

Just like everybody else does

で観客の方に手を差して「お前らみんなそうだよね」と歌ってバサッと背を向ける。マイクコードを蛇使いのように振りまわし「シェッ!シェッ」と叫ぶ。共感といった生易しいものではなく、生まれついての苦痛のシャワーを全員で浴びて地獄の業火に焼かれるみたいな。なにこれ。恐ろしいライブだ(泣)。


ドラムのブレンダンが銅鑼を叩くと我に返り「あ、銅鑼だ。銅鑼。入ってよかった」と思った。

(Photo by ツネグラム・サム)

9. Girlfriend in a Coma

明るいイントロで始まり、スミス続きにお客さん大喜び。みんな大合唱です。マイクスタンドの前にたって、セルフハグしたり手振り身振りをまじえ丁寧に歌います。バックのマリリン・モンローが美し過ぎて悲しいです。あっという間に終わった。

10. Irish Blood, English Heart

歌う前に、

「私は世界のあり様を目の当たりにし、言いたいことを言う。考えたいことを考える。誰にもそれを止められない。たとえ殺されてもだ」

と声を上ずらせて強調。お客さんはみんな感激して拍手。たとえ意味がわからなくても、気迫がビンビン伝わってくる。今回のライブで一番力強いメッセージだと思いました。モリッシーは絶対やめない。歌うこと、それは彼の戦いであり、絶対負けない。その強さは我々に力を与え、その我々がまた彼を強くする。

バックドロップでアイルランド出身のオスカー・ワイルドが出てなんかもう、胸がいっぱいでした。私は中学生からモリッシーにかぶれずぎていてオスカー・ワイルドの著書も読みまくり、何度も学校の感想文にも書き、先生に「他の作家のも書けば」と言われた。名言があり過ぎていちいち感動してきて何を選べばいいかわからないですが、『ウィンダミア卿夫人の扇』のこの言葉を、この舞台のモリッシーに捧げたいと思いました。

There are moments when one has to choose between living one's own life, fully, entirely, completely
or dragging out some false, shallow, degrading existence that the world in its hypocrisy demands.

自分自身の人生を、十分に、完全に、徹底的に生きるか。
それとも偽善にまみれた世間が求めてくる、偽りの、浅はかな、堕落した人生をだらだら続けるのか。
どちらかを選ばなければならない瞬間は、何度も訪れる。

モリッシーはどの瞬間も、選んでいる。十分に、完全に、徹底的に生きる人生を、選んでいる。だからこんなに物凄い力で歌っていると思いました。もちろん歌がうまいし歌っているんだけど、観客ひとりひとりに楔を打って教戒するみたいにステージの上を行き来していた。

そしてオスカー・ワイルドに向かって

「オスカァー!オスカァー!オスカァー!オスカァアア!」

11. Let Me Kiss You

バックドロップには、フランスのモデルであり女優のキャプシーヌ。モリッシーの好きなジャン・コクトーの映画(双頭の鷲)にも端役で出ていたそう。冷淡で謎めいていて、トランス疑惑もあったり、業界では異端的存在だったようで、モリッシーの琴線に触れる存在なのかもしれません。

Close your eyes
And think of someone
You physically admire

のところで袖をいじってめくったりしていたので「脱ぐぞ、脱ぐぞ」と身構えましたが脱ぎませんでしたw

ツイッターにモリッシーのピースマーク写真があがっていましたが

I've heard that you'll try anything TWICE

のところで撮ったものですね。すばらしい瞬間の写真です。

最後、

But then you open your eyes
And you see someone
That you physically despise(軽蔑している)

のところで自分の襟元に触れて開けたのでまたもた「脱ぐぞ、脱ぐぞ」と身構えましたが脱ぎませんでしたw

12. Half a Person

バックドロップには、ニューヨーク・ドールズ。

(Photo by ツネグラム・サム)

この歌に出てくるのは“Sixteen, clumsy and shy”。「不器用で内気な16歳」。ニューヨーク・ドールズはモリッシーにとって、この「不器用で内気な16歳」の輝ける象徴ではないかと。

モリッシーが彼らに出会ったのは1973年、14歳だったので実際には16歳よりもう少し早かった。不器用で内気で学校や大人、マンチェスターの風土に抑圧されていた少年は、ニューヨーク・ドールズによって救われ、解放されます。まさに“Half a Person”=半人前の長い長いルーツの根元にあるのがこのバンドです。モリッシーが彼らとの出会いによって様々な挑戦を始めた様は『モリッシー自伝』にも出てきます。薄暗く陰鬱なマンチェスターの描写にうんざりした後、突然差す光のような存在。モリッシーはその驚きをこう書いています。

「彼らと比較すると、突然他の人はすべて、出張セールスマンに見えてきた。ドールズは社交的なグループ。重大な楽しみで、機知に富み、完璧に無謀。礼儀正しさや穢れなさの反対の位置にいたが、実際には、目に見える踏み外してはいけないラインなどなかったのだ」

そしてドールズがTV番組で演奏した翌日、モリッシーは彼らのシングルレコードを買いにレコード屋で。EPを50ペンスで購入して得意気です。

「『ほら』、太った店員が、別の店員に言った。

『誰かがこれを買いにくるって言っただろ?』

ついに私はその誰かになったのだ!このシングルは45枚限定。曲の途中で急に音が途切れて終わるアレンジがされている。それ以来、同じバージョンのレコードを見つけたことがない」

学校にもドールズを持っていくのが他の子と違うところw

「気取った私は、ドールズのレコードジャケットを学校に持って行った。美術の提出物としてその複写を制作し、しみだらけのマンチェスター教育委員会に提出しようと思ったのだ~ある日、机の上にニューヨーク・ドールズのアルバムジャケットを置いておいた。お高くとまっているパワー先生がそれを見つけ、クラス全体に見えるように高く掲げた。

『これを見なさい!』彼女は全員に言った。『これを見なさい!』みんなそれを見た。

「これ! これは病気です。彼らは男なのに、他の男を求めてセクシーなかっこうをしているんです」

そして彼女はひどくショックを受けて、教室を出て行ってしまった。生徒からの助けを求めていたが、誰も後を追わなかった。退屈さをまぎらわすための荒々しい鞭打ちの罰を期待したが、誰も来なかった~何かが自分を、まわりに座っている空っぽで間抜けな頭たちと分離してくれたことを、とても嬉しく思っていた」

良くも悪くも「他と違う自分」の線引きをクリアにしてくれて、今のうしろにずっと続く、自分が敷いてきたレールの上に立たせてくれた感謝で、“Half a Person”でニューヨーク・ドールズのバックドロップを出すのだと思います。

そして

Call me morbid, call me pale
I've spent six years on your trail
Six long years
On your trail

と合唱している私たちにとっては、モリッシーこそが、「他と違う自分」の線引きをクリアにしてくれた存在。誰もが「不器用で内気な16歳」だった。そして今はそれなりに年を経ているけど、本当は自分にも人生にも確信なんて持てない。なんか違う。なんか「ふつう」と違う。「大人」になったけど、ずっと人間として半分くらいの感じ。。。モリッシーの、そしてそれぞれのThe story of my lifeを思い出させられて、歌いながら泣くんだと思います。。。

、、、って私だけ??

長すぎるし、ちょいちょい思い出して泣くし、3分の2終わったので、続く。いよいよクライマックス。


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