かみなり

心臓に人工弁を、耳に補聴器をしている昭和23年生まれの団塊世代です。趣味は短歌です。日々のよしなしごとを綴っていきます。

代替わりの費用に19億円ですって!

2018-08-31 17:44:10 | ブログ記事
ネットのニュースを見ていると、

皇位継承にともない19億円 お住まいの改修や人件費」とありました。

へ~っと思いました。

が、これには大嘗祭などの儀式の費用は含まれていないらしいです。

われわれ庶民の感覚からすれば、すごい金額です。

私は、日本の国にとって、皇室の存在意義は大きいと思わせていただいています。

しかし、

十分なお勤めもされていないようにお見受けする皇族もいらっしゃる中、

皇室にここまで国民の税金を投入することはいかがなものでしょうか?

代替わりして、

次代の日本の顔となられる天皇、皇后が、きちんと務めを果たしてくださるのなら、

惜しくない金額かもしれませんが、果たして?

私は、上記した通り、皇室は必要と思わせていただいているけれども、

こうした膨大な金額を目にして、

皇室不要論を唱える人が出てくるかもしれないと懸念します。

日本の皇室は、すべて国民の税金から召し上げていられるようですが、

聞き間違いでなければ、

以前、テレビの番組で見たイギリスの王室は

次代の王様候補筆頭のチャールズ皇太子でも、農場を経営されていて、

農産物加工品を出荷して自分たちの収入の足しにされていると。

そのため、皇太子の立場でありながらも、農産物に対する関心も強いというような
放送内容だったと記憶しています。

イギリスの王室と日本の皇室とは成り立ちが異なるとは思いますが、

日本の皇室も、

こういう外国の王室の王族の自助努力は見習う必要があるのではないでしょうか。

これもネットから仕込んだ噂話ですが、

敬宮愛子様が東京ディズニーランドで遊ばれるときは
そのご友人もろとも貸し切り状態であると聞き及んでいますが、

その真偽はどうでしょう。

また次期皇后の雅子様は、しばしば贅沢な外食をなさるとも。

まあ庶民でも、裕福な人々は贅沢な外食を日常茶飯事にしていることではありますが、

しかし、

国民の税金で生活していられる皇族の方々には、

あからさまな贅沢は謹んでいただきたく思います。

もちろん外国の賓客をお迎えしての晩餐会などでは、

われわれ庶民の口にすることのできないごちそうでおもてなしをすることは理解できます。

が、そうでない、ご日常に、贅沢三昧というのはいかがなものでしょうか

ということを申し上げたく。

かしこみて。

家をきれいにする前に自分をきれいにしてきます

2018-08-31 12:01:21 | ブログ記事
明後日、次男がお嫁さんと赤ちゃんの孫を連れてくるので、

大掃除をしないといけないのですが、

暑くてしたくないので、

家をきれいにする前に美容院に行って自分をきれいにしてくることにします。

白髪染めをしていた間はパーマをやめていたのですが、

一昨年夏からしばらく白髪染めをやめていた期間はパーマをかけていました。

が、この夏から、また白髪染めを復活したのですが、
パーマも続けています。

というのが、復活した白髪染めは、思い切って金髪にしたので、

まっすぐな直毛よりカールにしたほうが似合うのです。

ということで、お昼ごはんを食べたら行ってきます。

*

★髪かたち整へせめて衰へてゆく顔カバーせむとぞ思ふ

★金髪に染めてパーマを当てたれば髪から若く見られる七十

★年齢をごまかすわけではあらざれどきれいにすれば気持ちよくなる

★家の中きれいにするもよかりしがそれより先に身ぎれいにす

★赤ちやんの孫のためにも若見えの祖母でありたし七十なれど

買春も時と場合による?

2018-08-30 16:53:34 | ブログ記事
詳しいことはわからないのですが、

アジア大会のバスケットボール選手4人が買春をしたため、

1年間の公式出場権剝奪という記事を読み、

不謹慎かもしれませんが、

それほど悪いことかなあと思ってしまいました。

ネットのニュースで読んだだけですが、

歓楽街で誘われたとか?

だから買春というより売春があったということなのですね。

売る人がいるから買う人がいる。

まあ物であれば問題ないことですが、

セックスの売買だから問題なわけですね。

が、この場合、だれに迷惑がかかったのでしょうか?

誰も迷惑は被っていないですね。

じゃ何が悪いかというと、法律に反した行為だったからということでしょうか?

が、昔は赤線という国が認めた売買春があったわけですよね。

これをなくした理由は何でしたか?

人によっては、売買春は必要悪であったという人もあります。

これは「性」という人間の根幹にかかわる問題だから、

軽々とは論じられないのですが、

私も、ある意味では必要悪かなという気もします。

「性」は「生」に重なる部分があって、

抑えようにも抑えられない部分があるのではないかと思っています。

その問題を解決する一つの方法が、こうした売買春ではないかと思うところもあります。

現在問題になっている慰安婦問題も、こういうことが絡んでいますね。

韓国側は日本が韓国女性を慰安婦に使ったと世界に訴えているわけですが、

しかし、当時の記録には、

彼女らは自ら志願して慰安婦になったというものもあるようです。

で、あれば、現在、韓国政府が問題にしている慰安婦問題は違う様相を呈してきますね。

だから、今回の処分は、妥当な処分ではあったのでしょうが、

私的には少し違和感を覚えました。

*

★売る人がゐるから買ふといふ人もゐるなることを認めぬ法律(きまり)

★わき出づる性欲なれば抑へるは滝水とめるごとくむづかし

★止められぬ性欲とめて溜まりたるときに犯罪おこる恐れは

★犯罪を未然に防ぐためありし売買春といふ売り買ひよ

★売られれば買ひたくなるは自明の理たとへ禁止をされしものでも

おしめ様

2018-08-30 11:42:00 | ブログ記事
ブロ友さんの今日の記事を読んでいて噴き出してしまった。

その方はプールに入ったとき、

先にプールに入っていたお友達に「お姫様」と呼ばれたと。

それに対してブロ友さんは「未来のおしめ様」と応えられたよし。

う~ん、これはおもしろい。

思うに、われわれ女性は

幼いころから蝶よ花よと大事に育てられ、

自分をずっとお姫様と思っているうちに

あっという間におしめを当てる老婆になってしまう。

小野小町の

花の命は短くて苦しきことのみ多かりき

なのだ。

女性は実家で大事にされていても、

結婚するとたちまち下女にならされてしまう。

私がそうだった。

実家では両親にも、祖父母にも溺愛されていたのに、

いったん嫁いだが最後、

その家の一番低い下女の扱いを受けた。

私だけでなく、私の年代の女性で、同じ待遇を味わった人は多いと思う。

それでも子供のために頑張った。

そしてやっと自分の好きなことができるようになると間もなく、

「おしめ様」になる?

あのおしゃれだった義母も最後は「おしめ様」になったし、

あのしっかり者の実母も、最後は「おしめ様」になった。

赤ちゃんなら「おしめ」すらかわいいが、年寄りのおしめは悲しいだけだ。

「おしめ様」になる前に亡くなりたいと思うが、そうは神様がさせてくれないだろう。

*

★父母祖父母大事に育ててくれにしに嫁げばたちまち下女にされにし

★お嬢様さう呼ばれゐしころもありながら長々生きておしめを

★八頭身美人でありし姑もしつかり者の母もおしめを

★おしめ様さう呼ばれるを厭えども下が緩めば仕方あらざる


むかし障碍者枠で採用されたことがあります

2018-08-30 06:04:16 | ブログ記事
あれは上の二人の子供たちが小学生になって、

私が聴覚障害の認定をしていただいてすぐのころでした。

私は当時、買ったマンションのローンの支払いもあったし、

これから一戸建ての家に移りたいとも思っていたからパートの仕事を探していたのですが、

正直に「耳が遠い」というと、それだけの理由で断られることが多かったです。

そんなころ、新聞の求人欄で、

大企業が障碍者枠で中途採用をしている記事を見つけました。

フルタイムの仕事ではありましたが、

始業時間が他の企業より若干遅かったのと、終業時間も早かったので応募してみました。

当日試験会場に行くと、

私より若い人ばかりが10人ほど集まっていました。

これだけでダメかなと思いましたが、

ダメ元で受けました。

試験は漢字テストと中学くらいのレベルの数学でした。

私は、どういうわけか完璧にできました。

筆記試験のあとは面接試験もありました。

午後試験会場を出た私たち受験者は筆記試験の解答を互いに言い合いながら帰途につきました。

そのとき、ひょっとしたら、私はどちらも満点だったかもしれないと思いました。

自宅に帰り着くとまもなく電話が鳴って、

その当時は私もまだ電話を受けられるくらいの難聴でしたから受話器をとりました。

すると、受験した会社の人事部からの電話でした。

そして、なんと、

「合格されましたので採用させていただきます。来ていただけますか?」と。

あまりにも早い結果通知だったので驚きました。

で、せっかく合格したのだからと受諾しました。

採用されて出社すると、採用されたのは私一人だったことがわかりました。

たぶん私が最年長だったと思いますが、筆記試験の成績がよかったからだったでしょうね。

採用された部署は教育部でした。

社員の教育のお手伝いをさせていただく晴れがましい部署でした。

若いころに勤めた銀行の業務と比べても非常にやりがいのある仕事だったので、

毎日充実した気持ちで勤務させてもらいましたが、

やはりフルタイムの仕事は子持ちには少し無理がありました。

子供たちに負担が大きかったし、

身体も丈夫でない私には家事と仕事の両立は厳しかったです。

そのうえ、不注意にも妊娠までしてしまって、

結局退職せざるを得なくなってしまいました。

子供二人でも経済的にいっぱいいっぱいだったので、

私は生みたくなかったのでしたが、夫が欲しいというので生みました。

それが現在システムエンジニアをしている次男です。

この子を生んだからこそ、現在、我が家のお助けマンになってもらえていますし、、

かわいいお嫁さんにもお嫁に来てもらえたし、待望の男の内孫も授かりました。

人生なにが幸いするかわからないものです。

しかし、この子を産んだことで、当時の我が家の経済状態がより厳しくなったことは
確かなことでした。

が、産めば何とかなるものですね。

経済的な余裕はありませんでしたが、家族5人になって楽しい毎日でした。

家のほうも、高いときに買わないでよかったです。

結果的には、

阪神大震災で夫の実家が半壊になり、

夫がローンを組んで建て直しましたから一戸建ての家を持つことができました。

土地については、

義妹が、姑が亡くなったときに土地代をと言ってきたので、払いましたが

バブルの頃に高い土地を買わなくて(買えなくて?)よかったです。

最初の障碍者採用の話に戻ります。

独身のときに採用されていたのなら理想的な職場だったはずでしたが、

結婚していたためもあって、それを棒に振ったのは残念至極でした。

が、これも人生なのでしょう。

自分の体験から、この障碍者枠の採用は今後も続けてほしいと思うし、

今回問題になっているような不正のないことを望みます。

わが子に叱られるの巻

2018-08-29 19:43:10 | ブログ記事
けさ書いた記事の続きになる。

新しく買ったパソコンの設定をシステムエンジニアの次男に頼んだら、

「今度の日曜日にお嫁さんと赤ちゃんを連れていくから家をきれいにしておいて」と

返信メールがあった。

それを読んだ私は、

今朝の記事にも書いたが、

「私なりに掃除もしているのだから、そんな注文をつけてくるのなら、

パソコンの設定はしてもらわなくていい」と大人げない再返信をした。

すると、さきほど仕事が終わってからのメールであろう。

次男から

「『孫に会いたいから頑張る』くらい言えないのですか?」と

再々返信があった。

そして、

「できる範囲でいいから掃除しておいてください」と。

う~ん、次男のほうが私より大人だ。

「負うた子に教えられる」とは、こんなことを言うのだろう。

*

★負うた子に教へられゐる親われは掃除の下手な落ちこぼれにて

★生みし子に説教される幸せをつくづく思ふ親なりわれは

★わが子の子われの孫にてわが子ほどわれらに似ずにわれらに笑ふ

「昔は~」と話しはじめるのは年寄りになった証しですが

2018-08-29 14:49:17 | ブログ記事
私たちのころは

姑の権力は絶対で、

姑に言われたら、いやと思っても従ってきたものです。

下の記事のコメント返しにも書きましたが、

子育てのさなかも、

姑が来ると聞けば、年子の子二人を自転車の前後ろに乗せて買い物に行き、

姑の来るお昼にはご飯を作って出したものでした。

また姑がくれば、その話し相手をしないといけなかったので、

夕方やっと姑が帰ってくれたら、

それから、その間に溜まった年子の二人のおむつを洗って干して、

ぐずる子供たちを叱りつけながら夕食も作らなければならなかったです。

あの頃は、紙おむつなんて、よほどでないと使いませんでしたからね。

姑も、

孫を見に遊びに来てくれるのはいいけれど、

たまにはお昼に食べるものをもってきてほしいと思ったこともありました。

が、そんなことは言える雰囲気ではありませんでした。

来たら来たで、私の子育てのやり方にいちゃもんをつけられるのですが、

そのやり方は古いと思っても、黙って聞くしかなかったです。

また夏休みになれば、

晩婚だった義妹が大変だからという理由で義妹の子を預からされて世話させられたりも・・・。

我が家の姑が特に古風で厳しかったとは思いますが、

しかし、私たちのころは、まだそういう時代でもあったと思います。

厳しかった姑も、年取って生んだ義弟には甘く、

勢い、そのお嫁さんにも甘く、

義弟一家が帰省したときは下にもおかないようにもてなしたものです。

その接待をさせられるのは、長男の嫁の私でした。

経済的にも、

私たちがマンションを買うときは一円の援助もしてくれませんでしたが、

義弟のときは、かなり出してあげたようです。

私たちには、長男だからという理由にもならない理由で、

何かのときの出費も要求されました。

上の二人が大学に行っているときの我が家の厳しい経済状態のときに、

お盆、お歳暮の現金の要求には泣かされました。

確かにその頃はボーナスもそれなりにもらっていましたが、

年子の二人の子を私立の薬科大学と工学部に行かせるには足りませんでした。

そのころ小学生だった三人目の次男には稽古事も何もさせてやれませんでした。

そんな厳しい経済状態であったのに、姑は

「誰それさんの息子さんは親に小遣いをあげているんですって」などというので、

お盆と暮れにはボーナスの一部を姑に上納していました。

時代も変わりましたが、

私は、とてもそんなことを子供たちに要求はできません。

どうして姑は長男である、長男の嫁であるという理由だけで

あれだけ厳しい要求ができたのでしょうか?

今も不思議でなりません。

義母が亡くなって、その苦労からは解放されたのですが、

しかし、今度は、

義妹が、われわれに、「長男だから」という理由でいろいろ要求してくるのは

姑のやり方を踏襲しているとしか思えません。

冷静に考えれば、いかにそれらが理不尽な要求であるかはわかると思うのですが。

*

★なぜわれら長男夫婦といふだけであれだけ無理を言はれてきしか

★姑が死ねば義妹が姑の言ひ方そつくり真似て言ふなり

★溺愛をされて育ちし義弟(おとうと)は溺愛されしゆゑに優しき

★五番目の長男なりし義父もまた義弟と同じく優しくありき

★男らの優しき家でありしかど女ら優しくあらざりし家

次男が日曜日に来てくれることに

2018-08-29 09:01:39 | ブログ記事
が、

赤ちゃんとお嫁さんも一緒に行くのできれいに掃除しておいてと。

う~ん、自分なりに掃除はしているつもりですが、

お嫁さんの家のようにはきれいにできない?

お嫁さんの家はお母さまがきれい好きで、

定年退職したお父様も手伝うから、それはそれはきれいにしていらっしゃいます。

一昨年リフォームしたこともあってどこもかしこもピカピカです。

それに引き換え我が家は、

私がそれほど熱心にお掃除する人ではないのと、

本好きなこともあって、家じゅう本だらけです。

夫は夫で、自宅で仕事をしているので、

決して狭い家ではないのですが、二階の2部屋は仕事のもので埋まっています。

次男たちが来てくれるのはうれしいけれど、

注文を付けてこられるのはね。

だけど、パソコンの設定はしてもらわないと困るし・・・。

*

★来てくれることはうれしきことなれど掃除しつかりせよと言はれて

★母の子であればそれほど掃除する習慣あらずあらだうしましょ

★設定は業者に頼めといふ夫いぜんは夫がしてくれにしに

★自分ではパソコンちんぷんかんぷんで徹夜すれども設定できず

★明け方に少し寝たのみ朝おきてみれば喉奥すこし痛かり

★日曜日までには家を片付けておかねばならぬ思ふが難し

★専業の主婦であれども完璧に家事かたづけるわれではあらず

難聴の私には無いと困るので新しいパソコンを買いました

2018-08-28 18:46:27 | ブログ記事
聴覚障碍者の私には

パソコンは必須アイテムです。

今日は、2年前に買ったパソコンが壊れたから電気屋さんにもっていきましたが、

新しく買ったほうがいいくらい修理代がかかると言われて、

その場で新しいパソコンを買いました。

大きな出費です。

が、なければ夜も明けないくらい困るので、仕方なく。

前より小ぶりのを買いました。

というのが、私は主に食卓の上で使うので、食事のときは動かさないといけません。

壊れたパソコンは、

食卓からサイドテーブルに置き換えたときにプラスチック部分が割れて、

中の電線が飛び出して、その一つが切れてしまったからでした。

老眼用に少し大きめのパソコンだったのが、よくなかったようだったので、

今度は片手で動かせるサイズにしました。

タブレットにすることも考えましたが、

私は、ときどき短歌関係の賞に応募したりするのでWordも必要ですから、

またパソコンにしました。

まだ設定をしていないから、さきほど次男にメールで頼んだのですが、
仕事帰りにきてくれるかどうか。

以前は夫がしてくれていたのですが、面倒くさいと。

私もだんだん新しいものに馴染みにくくなってきたのですが、

夫もそうのようです。

身体も老化しますが、頭も老化してくるから、

以前していたことでも面倒になるのだと思います。

私も、ときどきパソコンもブログもないころに戻りたいと思うときもありますが、

なければないで耐えられないと思います。

そのくらい私の生活に入り込んでしまっているパソコン、

なかでもブログは生きがいのように・・・。

*

★もしブログなくば寂しき老後かも聞こえぬわれに何も聞こえず

★聞こえねど目で記事みれば情報は得られて聞こえる人と変はらず

★パソコンのなければつんぼ桟敷とふ言葉いまでも生き生き生きて

★情報の届かぬわれら間抜けにも見られて人にバカにされしか

★聞こえねば言ひたきことも言ひがたく我慢するしか術はなかりし

★差別語といはれるつんぼといふ言葉される側から言へば自虐に

★パーソナルコンピューターは助けたり聞こえぬ耳をもつ聾者らを

難聴の進んだ私には失明しかけている友人がいる

★目の見えぬ人は耳にて記事を聞くパソコン音声機能で友は

★目の見えぬ友と聞こえぬわたくしは中学からの親友なりき

★目の見えるわれはめくらの友達を友はつんぼのわれを気遣ふ

★欠けたものある者同士悲しみを分かち合ふなり視力聴力

★友の目になるわたくしとわが耳になりくるる友ともに年取り

★友の聞くパソコンの声われの見るパソコンの文字まぢはらざれど

*

私が食卓でパソコンをするのは、

2階の自室にいると、人が来たとき気づけないからです。

インタホンのある食堂にいても、気づけないときもあるくらいですから。

朝日ひがしに月にしに

2018-08-28 05:16:51 | ブログ記事
夜明け前に外に出てみると、西空にまん丸い月が残っていました。



それで、猪名川の河原まで来て、

東から朝日の昇る前を撮影。



これは正しく、柿本人麻呂の「ひむがしの~」の歌の景色です。

*ひむがしの野にかげろひの立つ見えてかへりみすれば月かたぶきぬ

「かぎろひ」というのは、こういう夜明け前の山際などが、夜明け前の太陽の光に照らされて、その輪郭が見えてくることを言うのですから。

それにしても夜明け前の河原の気持ちのよいこと!

昼間の残暑が嘘のようです。

天気予報では、今日は曇のようですから、昼間も昨日のような暑さにはならないかもしれませんが、

しかし、もし暑くなったら地獄だから、太陽が昇る前に帰りましょう。








パソコンが壊れました

2018-08-28 03:25:30 | ブログ記事
壊れたと言ってもソフト部分が壊れたのではなく、パソコン自体のプラスチック部分が割れて中身が飛び出して壊れたのです。

まあ言ってみれば交通事故に遭って内蔵破損したようなものです。

こんな壊れ方をしたのは初めてです。

特別乱暴に扱ったつもりもないのですが、私は食卓で使っていて、食事のたびに動かすのが原因だったといえば言えるかもしれません。

まだ買って2年くらいなので、直せるものなら直したいのですが、どうなるかなあ。

ブログ記事はスマホからもアップできるのですが、私は割合長い文章を書きたい人なので具合が悪いです。

しばらく写真がメーンのブログにするか、または休んでしまうか。

しばらくプログは休んで読書するのも悪くない?

今日も夏眠しています

2018-08-27 16:11:25 | ブログ記事
こう暑いと、どこにも出かけられず、

冬眠ならぬ夏眠するしかありません。

夫は今日もテニスです。

よくこんな暑い日に屋外でテニスなどすると呆れますが、

「亭主達者で留守がいい」ですから、私は「いってらっしゃい」とお見送りをします。

家の中で夏眠していても、パソコンはあるし、テレビはあるし、本はあるしで、

ちっとも退屈はしません。

言葉通り、眠る(昼寝?する)ときもありますし。

遊び飽きたら、寝飽きたら?、ごはんを作ります。

食事作りは、体力も使うし、頭も使います。

それが女性の場合、ボケ防止になるのでしょうか。

朝夕の涼しい時間帯は外においてある二層式洗濯機で洗濯をします。
(冬季は家の中の全自動洗濯機で洗いますが)

洗濯をした水は排水しないでバケツに入れて、プランタの植物の水遣りに使います。

この水遣りも結構体力を使います。

水を満たしたバケツを何度も運びますから。

が、これくらいのことはしないと運動不足になりますからね。

それにしても、いったいいつになったら涼しくなるんでしょうね。

早く夏眠から目覚めたいです。

*

★籠もるしかなくて籠もれる酷暑なり今夏の酷暑尋常ならず

★七十を三つ超えたるわが夫(つま)はこの酷暑にもテニスに出かけ

★熱中症心配すれどテニスすることに熱中するひと聞かず

★テニスして帰りし夫に夕飯を出せば食ひつつ眠るこのごろ

★趣味あるは嬉しきかなや夫ゐぬときはわたしも歌など詠めり

★うまいとか下手とか関係なく詠めば歌詠むことに倦むこともなし

blogアップは楽しいけれど、気をつけなければ!

2018-08-26 16:32:59 | ブログ記事
読者の方にいただいたコメントで、

私自身が気をつけなければと気づかせていただきました。

その方は、お招きしたお客様にお出ししたお料理を撮影されてしまわれたそうですが、

私なども、ついやってしまいそうなことです。

ふだんは食べないようなものを食べに行ったときなど、

記念に記録しておきたいと、思わず写してしまうのですね。

コメントくださった方は、ご自分の料理が写されたことが不快だったようでしたが、

これはお店の料理についても言えるかも?

私はそのお店の宣伝になると思っていたのですが、写されるのが嫌なお店もあるかもですね。

お招きしたお客様が、そのお客様にお出しした料理を写されたのは、

たぶん出されたお料理が素晴らしかったから、

記録しておきたいというお気持ちからだったと推察します。

私などは、

そういうブログ記事の写真を見せていただいて、お料理の参考にさせていただくことが多いのですが、

写されたほうの方はプライバシーの侵害と感じられることもあると言うことがわかりました。

お料理だけならまだしも、写したとき、一緒にその場にいた人も写ってしまうのが問題なのでしょう。

それで、しばしば人物にはモザイクがかかっていたりはするのですが、

写されたほうは、モザイクをかけてもらっても、写されたこと自体が不快なのでしょうね。

ブロガーの立場からすれば、

読者を楽しませてあげたいというサービス精神から写されることが多いと思いますが、

一般の方を写すのは気をつけなければならないということなのでしょう。

難しいですね。

が、少し話は変わりますが、

私が愛読させていただいている国際結婚なさった方のブログは、

ご家族もお友達も、モザイクをかけないで、全部出されます。

私は、そのブログに書かれる内容もさることながら、

そのアップされるリアルな写真に魅力を感じているものですから、

もし、これが人物すべてにモザイクがかけられると興味は半減すると思います。

人の顔、表情というものは、非常に興味をそそられるものであることは確かです。

生の生活、生の人の顔だから、映画などよりもっと面白いというと語弊があるでしょうか?

その愛読させていただいているブログに登場?するお孫さんが
最近急に大人びて綺麗になられたことなどにも親しみを覚えるのです。

もしこれにモザイクがかけられていたら、そんな親しみは抱けませんよね。

私には、ここらあたりにブログという媒体の人気の秘密が潜んでいるようにも思えるのです。

以上、とりとめのない文章になりましたが、

写される側と写す側の立場の違いについて、私の思うところを書いてみました。

*

★映画より小説よりも面白きブログと思ふも問題多し

★写されて人に見られる不愉快を思はず写すブロガーわれら

★ブロガーの読者に見せてあげたしと写す写真が物議をかもす

★ネットなどなき時代には映されて喜ぶテレビの撮影ありき

★映されて親戚中に触れ回るテレビの時代は過ぎてしまひし

★みづからの顔を晒して発信をする媒体をフェイスブックと

またどこかに行きたい

2018-08-25 17:39:51 | ブログ記事
本来出不精であるはずの私であるが、

今年はずいぶんあちこち出かけた。

春は廃線になった三江線に乗り鉄しに行ったし、その後、弘前の桜を見に行こうと東京まで行ったりした。

今夏だけでも、遠くはイギリス、近くでは郷里の高知県の仁淀川、香川県の小豆島、そして、上高地へも行った。今月は軽井沢にも行ったし、浜松へも行った。

その疲れからか、ここ2,3日食欲もない。

が、またどこかに行きたくなっている。

もうこうなれば病気のようだ。

亡くなった母が片時もじっとしていない人で、

異常なばかりの旅行好きだったのが乗り移っているのだろうか?

実家の相続のことを兄嫁に任せきりにしているが、一度帰ってこようか。

すでに秋のお彼岸には帰省する段取りを立てているが・・・。

そうだ、その前に、9月になったら、村形明子さんの一周忌も来る。

京都にも行かなければならない。

忙しいなあ。

辞めた結社の歌友に贈っていただいた歌集も読まなければならないのだが、

なかなか落ち着いて読もうという気になれない。

家の片付けも本腰を入れて始めなければ、私も亡母のようになってしまう?

しかし、出かけたい。(笑)

*

★出不精のわれの今年のお出かけは今年死ににし母のお出かけ

★ぢつとしていられぬ今年の私には私の母が乗り移りゐむ

★お出かけの好きな亡母と村形さん共に私を旅にいざなふ

★落ち着かぬわれの心を落ち着かすために身体は旅に出かける

最近短歌について思うこと・・・意味不明の歌

2018-08-25 10:27:05 | ブログ記事
若い人たちの作る歌で意味不明な歌がある。

たしかに、飛躍していて判読しがたい歌もあるが、

作った本人も意味不明なのではないかと疑いたくなるような歌もある。

もちろん、こちらの読解力不足というこちらに問題のある場合もあるが、

しかし、歌というのは意味が通ってこそ歌だと思うのだが、

そうは思わない人達もいるようだ。

先日の「塔」全国大会での永田和宏氏の演題は「前衛短歌を振り返る」で、

前衛短歌というのは、前衛絵画などもそうであるように、

「わかりにくさ」が売り物みたいな歌である。

が、塚本邦雄の歌などは、わからないなりに魅力がある。

なにか伝わってくるものがあるし、言葉の配置などに芸術的な何かを感じることも多い。

が、最近の若い人たちのわからない歌というのは、年代の差のせいもあるかもしれないが、

まったく意味不明であるものが多い。

それをわかったような顔して解釈する年配の歌人の方もいられるが、

私にしてみれば、

「裸の王様」の裸が見えているのに、服を着ていると嘘をついているようにも見える。

わからない歌はわからないのである。

それをわからないということは恥かしいことではない。

というのが、作った本人もよくわからずに発表しているケースもあるかもしれないから。

それなのに、そんな歌を新しい歌とほめそやす向きがある。

逆に、わかりやすい歌は平凡だとけなされる傾向がある。

私は、平凡であろうがなかろうが、自分の思ったまま、感じたままを詠った歌を買う。

なぜ変に気取った歌を褒めて、よく意味の通るわかりやすい歌をけなすのだろう。

私は選歌体制に問題があると思う。

上に書いたように、

わかりやすいという歌は平凡だからという理由で落として、

変に気取った、一読では意味不明な歌を選者たちが選ぶ傾向があることを問題に思う。

うまい歌、下手な歌の選別にも、しばしばこのわからない歌が顔を出して、

上手い歌かのように論評されることがある。

わからない歌=うまい歌ではない、と私は思う。

歌壇が若い歌人を欲しがっていることはよく理解できる。

が、今のように、訳のわからない歌を詠む人達を手放しでおだてていれば、

そのうち歌壇そのものが衰退するのではないかと私は危惧するのである。