中日春秋
中日新聞 2024年1月26日(金曜日)
61年前の東京で4歳の吉展(よしのぶ)ちゃんを誘拐し殺(あや)めた小原保は、落とす(自供を引きだす)ことに秀でた刑事・平塚八兵衛に罪状を自白。死刑判決を受ける。囚(とら)われの身で短歌を始め<詫(わ)びぬべき言葉もあらず余りにも深くも重き罪の身のわれ>と詠んだ
▼本田靖春氏が書いた『誘拐』によると、刑執行後に平塚が墓参すると、元死刑囚が眠っていたのは生家近くの「小原家之墓」ではなく、その傍らの土盛りの下。平塚は「落としたのはおれだけど、裁いたのはおれじゃない」と叫んだ。心乱れたのは、成仏後も肉親らとの同居を拒まれた死刑の重さゆえだろう▼重い判決が出た。京都アニメーション放火殺人事件で京都地裁が昨日、青葉真司被告に極刑を言い渡した。▼36人死亡の惨劇は、妄想に基づき京アニに恨みを募らせた被告の刑事責任能力が問われた。裁判員は考え抜いたのだろう。▼被告も重いやけどで生死をさまよい、生きて罪と向き合ってと念じた医師の治療を受けた。公判で不可解な怨念を語る一方で「被害者一人一人に生活があり、生きている人だったと痛感した」とも述べた。自省の兆しはあるとみるべきなのか▼小原には、死刑執行が翌日と知り詠んだ歌がある。<明日の死を前にひたすら打ちつづく鼓動を指に聴きつつ眠る>。死刑が確定していない被告には胸に手を当てて、生かされた意味を考える時間がある。2024.01.26
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し