【編集日誌】集団的自衛権 本当の国益は
産経ニュース 2014.3.18 07:40
連載「集団的自衛権」が17日付朝刊からスタートしました。第1部は「欠陥法制」と題し、朝鮮半島有事が起きた際に韓国在住邦人の救出を他国に頼まざるを得ないわが国の現状など、さまざまな問題を検証します。
日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中で、安倍晋三政権は集団的自衛権の行使容認に本気で取り組もうとしています。しかし、野党だけでなく、与党の一部も「戦争する国になる」と反発し、メディアの中にも「軍国主義」「右傾化」などの言葉を使い、取り組みを封じ込めようとする動きがみられます。
国会では今後、集団的自衛権行使容認が最大の焦点となり、議論がヒートアップするでしょう。だからこそ、読者の皆さんが「本当の国益は何か」を冷静に判断できるよう、私たちはさまざまな材料を提供していくつもりです。(政治部次長 大谷次郎)
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【集団的自衛権 第1部 欠陥法制(1)前半】中国の挑発、動けぬ空自 東シナ海、慎重さ増す米軍
産経ニュース2014.3.17 07:56
ある自衛隊OBは最近、在日米軍の高級幹部からこう告げられた。
「米軍機の飛行計画について指揮権がワンランク上がったんだ」
日本周辺の飛行計画策定は在日米空軍基地やグアムのアンダーセン空軍基地の部隊指揮官に委ねられていた。それがハワイの太平洋軍司令部の判断を仰ぐ形に引き上げられたのだ。
なぜ米軍は飛行計画の指揮権を引き上げたのか。
中国が昨年11月23日、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む東シナ海上空に防空識別圏を設定。米軍は同月26日、アンダーセンから飛び立ったB52爆撃機に防空圏内を飛行させ、中国を牽制(けんせい)した。B52の飛行は「以前から予定されていた訓練」(米国防総省)で、在日米軍幹部によると、グアムの部隊の指揮権に基づく飛行だった。
しかし、報告を受けたホワイトハウスは東シナ海での飛行について、より慎重な対応を取るよう軍に求めた。その結果、指揮権が引き上げられたという。
「中国を刺激するような『特異な飛行』は控えろ、というホワイトハウスの指令だ」。自衛隊幹部はこう分析する。
*「日本の信用失墜」
東シナ海では、米軍のP3C哨戒機や早期警戒機E2Cが日常的に警戒・監視飛行を行っている。海上自衛隊のP3Cは日中中間線の日本側を飛行しているが米軍のP3Cは中間線より中国側に入り込んでいる。
対抗するように中国軍の情報収集機Y8とそれを護衛する戦闘機J10が東シナ海に展開し、J10は米軍機を執拗(しつよう)に追尾するケースもある。米軍機への中国戦闘機の追尾が執拗さを増せば、平成13年の中国・海南島沖での米軍機と中国戦闘機の衝突のような事態が再発する恐れも強まる。
P3Cを護衛する米戦闘機を新たに展開させられるかといえば、在日米軍は本国の慎重姿勢も踏まえ二の足を踏む可能性もある。
中国機が日本の防空圏に侵入すれば、航空自衛隊のF15戦闘機が緊急発進(スクランブル)で対応している。そこで、「空自の戦闘機に対し、公海上で中国戦闘機を米軍機の周辺から追い払うよう、米側が要請してくる可能性がある」。自衛隊幹部はこう予測する。
要請に日本政府は応じられるか-。答えは現時点ではノーである。
平成10年8月、北朝鮮が中距離弾道ミサイル「テポドン1号」を日本列島を越える形で発射した。ミサイル発射の兆候は事前に確認でき、米海軍はイージス艦を日本海に派遣した。
イージス艦を出動させれば、情報を収集しようとロシア軍の偵察機が飛来してくる。米側は日本政府に「空自戦闘機を出動させ、ロシア機を寄せ付けないでほしい」と求めてきた。
米側の要請は理にかなっていた。昭和34年9月、空自航空総隊の松前未曽雄司令官と米第5空軍のバーンズ司令官で結んだ「松前・バーンズ協定」により、日本周辺の防空任務は空自に移管されているからだ。
ところが、日本政府は小田原評定を決め込んだ。当時の検討状況を知る防衛省OBは「公海上で米イージス艦が攻撃されれば反撃を求められる。それは集団的自衛権の行使にあたるとして空自戦闘機の出動をためらった」と証言する。
業を煮やした米側は、三沢基地(青森県)の米空軍のF16戦闘機をイージス艦の上空で飛行させ、ロシア機の接近に目を光らせた。「日本の信用は失墜した」。防衛省OBはこのときの悔しさを忘れない。
*日米共同行動と酷似
艦艇と航空機という違いはあるが、状況は東シナ海上空で求められる日米共同行動と酷似している。
集団的自衛権が「権利は有しているが行使はできない」と縛られている現状では米軍機の護衛にも、米軍機が攻撃された際の反撃にも、自衛隊は一歩も動けない。防衛省幹部は「P3Cが丸裸で飛行することが危険だと見極めれば、米軍は東シナ海上空の警戒・監視から手を引くこともある」と指摘する。そうなれば中国の狙い通りとなる。集団的自衛権の制約は東シナ海でいま起きている危機に暗い影を落としている。
わが国をとりまく安全保障環境が激変する中で、集団的自衛権をめぐるつじつま合わせの憲法解釈は限界にきている。「新しい時代にふさわしい憲法解釈のあり方」(安倍晋三首相)を探る。
× × ×
集団的自衛権 密接な関係にある国に武力攻撃があった場合、自国が直接攻撃を受けていなくても実力で阻止する権利。政府は憲法9条に照らし「わが国への急迫不正の侵害と言えない」「国を防衛するための必要最小限度の範囲を超える」として行使を禁じている。
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【集団的自衛権 第1部 欠陥法制(1)後半】半島有事、日米民間人救出でも守れぬ弊害
産経ニュース 2014.3.17 13:11
集団的自衛権をめぐる議論のポイントは、日本の領域外で自衛隊が何をできるかに答えを出すもので、地理的に制約されるものではない。とはいえ、行使の対象として「一丁目一番地」に据えるべきは、やはり東アジアでの有事だ。
前防衛相で拓殖大特任教授の森本敏氏は、集団的自衛権を行使する事例として「尖閣諸島防衛の際、公海上で米海・空軍が攻撃された場合の日米共同対処」に加え、朝鮮半島有事での対処も不可欠だと強調する。
元空将の織田邦男氏は、集団的自衛権を行使できないままだと任務遂行に弊害が出る朝鮮半島有事のシナリオとして「米軍の民間人救出作戦」を挙げる。
*日本が第1避難先
半島有事が起きると、日米両政府とも真っ先に韓国からの自国民避難に着手することになる。韓国に住む米国人は約22万人、日本人は約3万人とされる。
米国は軍用機に加え、チャーター機や民間航空機も総動員し、短時間で米国人を脱出させる。第1の避難先として日本を想定しており、日韓間をピストン輸送するため航空機が日本に向けて列をなす。
《そこへ北朝鮮のミグ29戦闘機が接近し、民間人を乗せた航空機を撃ち落とそうとしたら…》
織田氏はそうシミュレーションし、「対領空侵犯措置として周辺上空を飛行している航空自衛隊の戦闘機パイロットは傍観するしかない」と指摘する。自衛隊法にミグ29を撃墜する根拠がない上、集団的自衛権の行使に抵触するためだ。
法的な制約を理由に対応が遅れ、民間人を死地に陥らせるようなことがあればどうなるか。
こうした事態を意識し、安倍晋三首相は昨年10月16日の政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」でのあいさつでこう強調した。
「自国のことのみを考えた安全保障政策ではむしろ尊敬を失い、友人を失う」
*「国会承認」足かせ
中国との有事・危機シナリオと朝鮮半島有事シナリオでは、事態は突然エスカレートしかねないため、瞬時に的確な政治決断が求められる。
だが、自衛隊幹部は日本が集団的自衛権を行使するケースの要件として、安保法制懇が明らかにした指針に首をかしげる。
安保法制懇の北岡伸一座長代理は今年2月、安倍首相へ4月に提出する予定の報告書の骨子として、指針を明示。実際の行使に際しては(1)密接関係国が攻撃を受け、日本の安全にも影響(2)当該国からの明示的な要請(3)第三国の領域通過許可(4)首相の総合的な判断(5)国会承認-を例示している。
自衛隊幹部が疑問視するのは(5)で、「国会承認を要件に含めると、首相が瞬時に的確な決断を下しても自衛隊が即座に動けない」と批判する。
すんなり承認手続きが進んだとしても最低でも3日程度かかり、野党の徹底抗戦を受ければ承認を得るまで1カ月はかかるとも危惧され、これでは自衛隊が出動する時機を逸してしまう。
防衛省幹部も、「公明党と野党の反対意見を抑え、集団的自衛権の行使容認に道を開くための政治的カードとして国会承認を差し出すことは、軍事的合理性にもとる」と指摘している。
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【集団的自衛権 第1部 欠陥法制(2)】サマワの現実、傍観した自衛隊に「信頼できない」豪軍酷評、中国軍は強気に
産経ニュース 2014.3.18 08:02
自衛隊が派遣された国連平和維持活動(PKO)などの国際平和協力活動のうち、最も過酷だったのはイラク派遣(平成16~20年)だ。隊員は黙々と任務をこなしたが、武器使用の制約により国際社会ではあり得ない対応を余儀なくされた。
《陸上自衛隊幹部が式典に参加中、建物の外で警護にあたっていたオーストラリア軍が暴徒に襲われた》
《陸自車両を警護するための打ち合わせに来た豪軍車両が、陸自拠点の入り口で暴徒から攻撃された》
これは「そのときどうする」というシミュレーションではなく、実際にイラクで起きた「事件」だ。
陸自はどう行動したか。2事例とも施設や拠点に引きこもり、傍観せざるを得なかった。武器使用基準が国際標準より厳しく制限され、外国軍の隊員への駆け付け警護は憲法で禁じられた武力の行使にあたるとされるからだ。
陸自はイラク南部サマワで給水や道路補修などの人道復興支援を行い、豪軍は治安維持を担っていた。陸自が拠点の外に出る際は豪軍に警護され、2つとも豪軍が陸自を守るための活動中に攻撃され、陸自は何もできなかった事例だ。
「国際活動に参加できる組織ではない」「ともに活動する相手として信頼できない」
豪軍の酷評が陸自の教訓リポートに残されている。
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「米兵をぞろぞろ歩かせるな」
16年3月中旬、福田康夫官房長官(当時)から防衛庁に指示が下った。航空自衛隊は同月3日、イラクの隣国クウェートのアリアル・サレム飛行場を拠点にイラクでの空輸任務を開始したばかりで、福田氏の指示は空自C130輸送機で多数の米兵を運ぶのは控えろ、という趣旨だった。
空自の空輸任務は、国連人員や救援物資を運ぶ人道復興支援向けと、米兵らを運ぶ治安維持向けの2通りあった。空自OBは「米兵の輸送が目立つと、憲法に違反する『他国軍の武力行使との一体化』と批判されることを首相官邸は懸念していた」と振り返る。
実際は医薬品などの救援物資はわずかで、逆に米兵の輸送依頼は殺到。米側は輸送をためらう空自に不満を爆発させたため、「これではもたない」(指揮官経験者)と米軍人が乗降する姿を撮影されないよう細心の注意を払い、輸送した。
アリアル・サレムの警備も綱渡りだった。
日米豪韓が拠点とし、輸送機を防護するため各国5人ずつの20人編成で共同警備を行っていた。他国軍の輸送機が武装勢力に襲撃されれば、空自隊員も駆け付けるのは国際的には常識。
だが、集団的自衛権に抵触しかねないとして具体的な対処方針は定められず、「最善の行動を取れ」という曖昧な指示で現場の指揮官に判断を丸投げせざるを得なかった。
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「他国部隊は仕事を共有してくれると思っていたのに警護を求められ仕事が増え、守っている自分たちが攻撃を受けても『見ざる聞かざる』。自衛隊はアブノーマルで理解不能な組織だと扱われていた」
イラク派遣の全活動を把握する関係者はそう振り返る。そもそも自衛隊の武器使用基準の制約や武力行使との一体化という概念自体が、他国には理解できない。
逆に、陸自の派遣隊員は他国部隊から白い目で見られ、自尊心を傷つけられた。法的な制約により士気は下がる要素しかなかった。
国際活動での自衛隊の姿は、日本の防衛にも跳ね返ってくる。
PKOなどの国連活動に参加している人員は日本が271人で世界49位、中国は2186人で14位。日中とも派遣している南スーダンPKOでは、陸自の活動地域は治安が比較的安定している首都ジュバだが、中国軍は政府軍と反乱軍の戦闘が起きているユニティ州などで活動している。
防衛省幹部は「安全な場所や他国の警護を求める自衛隊は恐るるに足らぬ、という意識が中国軍に広がりつつあるのでは」と危惧する。そのことが、中国軍を強気にし、東シナ海での挑発をエスカレートさせ、ひいては尖閣諸島(沖縄県石垣市)侵攻へのハードルをも下げることにつながりかねない。
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【集団的自衛権 第1部 欠陥法制(3)】尖閣侵入でも…何もできないグレーゾーン 六法片手の作戦立案
産経ニュース 2014.3.20 08:23
《航空自衛隊那覇基地を緊急発進(スクランブル)で飛び立った2機のF15戦闘機は、中国のレーダーに映らないよう東シナ海の海面をなめるように超低空で飛行。中国機の真下に入ると急上昇し、追い払う》
一昨年9月の尖閣諸島(沖縄県石垣市)国有化以降、中国軍機が尖閣周辺などで日本領空に接近する飛行が急増する中、空自が編み出した撃退法だ。効果的だが、領空侵犯の恐れが強い時しか使わない。強い威圧で刺激すれば攻撃されかねず、空自は武器使用に不安も抱えているためだ。
仮に中国軍機に空自の1機が撃墜されても、別の1機の空自パイロットは撃墜される瞬間を視認した場合にしか反撃できない。刑法の正当防衛の要件である「急迫不正の侵害」はすでに終わっていると認定されるためで、「自衛権」ではなく「警察権」に基づく対抗措置は軍事的合理性が度外視されてしまう。
スクランブル時の戦闘機撃墜は「有事」「平時」に色分けできない「グレーゾーン」だ。安倍晋三首相は18日の衆院本会議で、グレーゾーン事態への対処を念頭に、「個別的自衛権の課題は(政府の)安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)の報告を踏まえ対応を検討する」と述べ、安保法制懇で集団的自衛権だけでなく個別的自衛権についても議論していることを強調した。
*尖閣防衛で露呈
「海」のグレーゾーンも明日にも起きかねない。中国による尖閣奪取だ。
現行法制では、本格的な武力侵攻を受けた場合の自衛権行使を除けば、自衛隊の行動は大きく制約されている。どの段階でどう行動するかも極めて曖昧で、六法全書を片手に作戦を強いられるような法的欠陥を抱えており、その欠陥は尖閣奪取シナリオで露呈する。
シナリオは3つの局面に大別される。
(1)中国漁船が尖閣周辺海域に大挙して押し寄せ、日本領海に侵入。海上保安庁巡視船は攻撃を受け、一部の漁船が尖閣に接岸し中国人が不法上陸-。
この局面は海保が前面に出る。漁船を強制的に停止させる権限を持つが、漁船が量で圧倒する事態は海保だけでは対処しきれない。
だが、近くに海上自衛隊の艦艇がいても、海上警備行動が発令されない限り動けない。海保巡視船が攻撃されても、海自艦艇は海保巡視船を管理下に置いていないため、正当防衛も適用しにくい。
(2)上陸した中国人グループは武器をちらつかせ、中国人民解放軍の特殊部隊であることを示唆-。
自衛隊に本格的な武力行使が可能な「防衛出動」を首相が命じることができるのは、「組織的かつ計画的な武力攻撃」を認定できるケースだけだ。外国勢力による尖閣不法上陸は、組織的かつ計画的な武力攻撃とは認定しづらい。
防衛出動ではなく「治安出動」「海上警備行動」で陸上・海上自衛隊を展開させることはできる。ただしそれらは警察権行使にあたり、外国勢力を制圧する武器使用は許されない。
海自の作戦中枢である自衛艦隊司令官を務めた元海将の香田洋二氏は「海保と警察が対処できない事態にまでエスカレートしているのであれば、同じ警察権しか行使できない状態で自衛隊が出動しても事態を打開できない」と語る。
有効に対処できないまま最終局面を迎える。
(3)中国公船が漁民保護の名目で尖閣に向かい、拠点を構築し、中国国営メディアは実効支配を宣言-。
悲観的なシナリオを踏まえ、海自幹部は「法的な隙間を埋め、自衛隊を早い段階から投入し、効果的に運用できるようにする『領域警備法』を制定すべきだ」と訴える。法的な隙間を埋めることは自衛隊と海保、警察の3者の対応の隙間を埋めることにもつながる。
*強制排除できず
安倍首相はグレーゾーンの一例として「潜没航行をする外国潜水艦が日本領海に侵入し徘徊(はいかい)を継続する場合」も挙げた。昨年5月、中国軍は3度、潜水艦を潜没させたまま日本の接続水域内を航行させている。
接続水域は領海の外側にあり、潜没航行は国際法違反には当たらないが、中国には接続水域への侵入を常態化させる狙いがあったとみられる。尖閣奪取シナリオでは潜水艦で特殊部隊を送り込むことも想定され、危険な兆候だが、ここでも法制の不備が横たわる。
潜没潜水艦が領海に侵入しても、海自はソナーで潜水艦の位置を捕捉し続けるだけで、海上警備行動が発令されたとしても任務は退去要求が加わる程度だ。長時間にわたり航行されても「武力攻撃」とは認められず、強制排除はできない。
海自幹部は「他の国だったら、主権を侵害されれば個別的自衛権で強制排除する。それは国際法上、何の問題もないが、日本は自衛権行使に厳しい制約を課しすぎている」と指摘する。
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【集団的自衛権 第1部 欠陥法制(4)】法制度に自縄自縛の制約 自衛隊の価値低下
産経ニュース 2014.3.22 08:47
「ダウ船(木造帆船)に近づいているぞ」
2001(平成13)年の米中枢同時テロを受け成立したテロ対策特別措置法に基づき、海上自衛隊が同年に開始したインド洋での給油活動。海自補給艦がアフガニスタン作戦に従事する米軍艦艇に洋上補給中、海自ヘリコプターから指揮艦に緊急連絡が入った。
「遭難したのか」
「いや無防備を装い機関銃を発射する恐れもある」
派遣部隊幹部らが対応に苦慮する中、ダウ船の乗組員1人が海に飛び込み、海自艦艇に向け泳ぎ始めた。幹部は「カナダ艦艇が来るまで動くな」と命じた。
*ポジティブリスト
遭難者であれば救助すべきだが、部隊行動基準(ROE)に規定はない。遭難者とみせかけて攻撃してくれば、どこまで応戦していいか定かでない。まさにポジティブ(できること)リストの弊害に直面したのだ。
ポジリストと呼ばれる自衛隊法は、防衛・治安出動、海上警備行動など事態ごとに対応措置を規定し、規定のない行動は取れない。米英両国などは国際法上の禁止行為を除いて状況に応じ任務が付与され、それに必要な武力も行使でき、ネガティブ(できないこと)リストと呼ばれる。
ポジリストであれば、あらゆる事態を想定した精緻(せいち)な法体系が欠かせないが、航空自衛隊OBは「日本は穴だらけのまま放置している」と批判する。
給油活動は高い操艦技術が求められ、海自の活動は高い評価を得た。だが、指揮官経験者は「ネガリストであれば、さまざまな局面でより適切な措置を講じることができた」と悔やむ。
給油活動では別の足かせもはめられた。
米艦艇に提供した燃料がアフガン作戦ではなく、イラク作戦に転用されたとして問題化。アフガン向けの燃料提供は海上テロリストや麻薬の移動を防ぐ任務を下支えするものだが、イラク向けは軍事作戦用で、それは憲法に反する「他国軍の武力行使との一体化」にあたると批判されたのだ。
これを受け、海自は給油をする艦艇の活動予定の照会を厳格化し、その活動日数分の燃料しか提供しなかった。その結果、大型の艦艇に少量しか給油しないケースも多く非効率との苦情が相次ぎ、各国艦艇が給油後に予定外の任務に対応することも妨げた。
海自OBは「各国にアフガンとイラクで油の色を分けろと強要していたようなもので、活動の評価はがた落ちした」と振り返る。
一昨年9月、ペルシャ湾に米英豪など20カ国以上の海軍部隊が集結した。機雷を除去する国際掃海訓練が行われ、海自の掃海艦など2隻も隊列に加わった。
洋上給油と並び、機雷掃海は海自の技能の高さに定評がある。ただ、洋上給油がポジリストの弊害と不条理な油の色分けで悩まされたように、機雷掃海は集団的自衛権の制約で手を縛られた状態が続く。
戦闘前や戦闘中の段階で機雷をまくことは「作戦行為」にあたり、機雷を他国軍とともに除去すれば集団的自衛権に抵触する-。この政府見解の下、海自が参加できる機雷掃海は戦闘停止後に限られる。1991年の湾岸戦争でも海自が掃海艇をペルシャ湾に派遣したのは戦争終結後だった。
「停戦協定などで『遺棄機雷』になるまで参加できない状況でいいのか」。政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が問題提起し議論を重ねるのは、「これまで以上に国際社会の平和と安定に寄与する積極的平和主義」(安倍晋三首相)の真価が問われるからだ。
*いびつな参加方法
「自衛隊は集団的自衛権に制約がありまして…」
他国軍との共同演習に参加する際、自衛隊の調整担当者がこの特異な事情を伝えることが「儀式化」している。
海自幹部は「米軍は事情を分かっているが、他の国の担当者は『お前は一体何を話しているんだ』と不思議そうな顔をして聞いている」と語る。
今年6月から8月にかけ米ハワイ周辺海域で行われる「環太平洋合同演習(リムパック)」には陸上自衛隊が初参加する。
演習にはオーストラリアや韓国など20カ国以上が参加する見通しだが、陸自は米海兵隊だけとの特別な枠組みを設けてもらい、水陸両用訓練を実施。海自は武力行使を前提としない海賊対処や災害救援の訓練のみ参加する。
いびつな参加方法を強いられているのは、「日本有事で共同作戦を行う米軍とは仮想敵を見立てた戦闘訓練を行えても、米軍以外とは集団的自衛権に抵触するとして行えない」(陸自OB)からだ。法制度の自縄自縛により実任務で各国部隊に支障を来させ、訓練で特別扱いを求める状態が続けば、「自衛隊の価値をおとしめる」(防衛省幹部)だけだ。
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集団的自衛権 第1部 欠陥法制(5)】特殊部隊使えぬ邦人救出 幻のアルジェリア派遣
産経ニュース 2014.3.22 15:16
陸上自衛隊習志野駐屯地(千葉県)に置かれている陸自唯一の特殊部隊「特殊作戦群(特戦群)」。公にされている任務はゲリラや特殊部隊による攻撃への対処だ。隊員は家族にさえ特戦群に所属していることを漏らしてはならない。訓練の内容も秘密のベールに包まれているが、特戦群の元隊員は証言する。
「ある離島を使い、特戦群の隊員が上陸・潜入する側と阻止する側に分かれ、大規模な実動訓練を行ったことがある。海上自衛隊に船も差し出してもらった」
この訓練は特戦群が平成16年3月に発足してから間もない時期に行われた。特戦群の元幹部は「いつ、いかなる任務を命じられても対応できるよう訓練を積んでおくのは当たり前だ」と強調する。
上陸後、自衛官らしくない髪形と服装で変装し地元住民に紛れ、敵地奥深くへと潜入していく訓練。それを積み重ねていく先に見えてくるのが北朝鮮にいる拉致被害者の奪還作戦だ。
「北朝鮮で内乱が起きたとき、自衛隊は拉致被害者を救出できない。法整備が必要ではないか」
今月5日の参院予算委員会でそう質問され、安倍晋三首相は踏み込んだ見解を示した。「部隊を派遣して自国民を救出することは国際法上、『自衛権の行使』として認められる場合があると考えられる」
だが、憲法の制約により自衛権行使のハードルが高い日本の場合、阻害要因がある。北朝鮮の内乱のような事態は「武力攻撃」が発生しているとは認定できず、首相は「自衛権の発動要件に該当するとはいえず、自衛隊の特殊部隊派遣は憲法上難しいといわざるを得ない」と答えた。
「同盟国・米国の協力が極めて重要だ」。拉致被害者の救出を米軍に依存せざるを得ないことも首相は示唆した。不安定さが増す北朝鮮の政情など安全保障環境の変化とそれに対応する自衛隊の能力強化に「法制度が取り残されている」(防衛省幹部)といえる。
■幻のアルジェリア派遣
平成25年1月、アフリカ北西部アルジェリアで邦人10人の犠牲者が出た人質事件。情報が錯綜(さくそう)し邦人の安否確認に手間取る中、首相官邸である作戦案が浮上した。「ジブチのレンジャー隊員を投入してはどうか」
アフリカ・ソマリア沖で海賊対処任務にあたっている海自部隊は、自衛隊史上初となる海外拠点をアフリカ東部ジブチの国際空港に置いている。拠点では難易度の高いレンジャー資格を有する数十人の陸自隊員が警備にあたっている。
*「何もできぬ」教訓に
官邸はその隊員をアルジェリアに展開させようとしたが、防衛省は「何もできない」と突き返した。手段と携行武器が厳しく制限されており、「法制度が自衛隊の邦人救出任務の実効性を担保していない」(陸自幹部)からだ。
それを教訓に政府は海外邦人救出に関する自衛隊法の規定を改定した。自衛隊が救出任務で使える移送手段は航空機と船舶だけだったが、車両を加えた。空港や港から遠い内陸部にも救出に向かい、連れ帰ることができるようにするための措置だった。
陸上輸送任務に就く自衛隊員が携行できる装備も機関銃や小銃、拳銃に限られていたが、戦車に応戦できる無反動砲などを念頭に現地情勢に応じた装備を携行できるように改めた。
ただ、これで十分とはいえない。国際標準である妨害行為を排除するための武器使用を認めることを見送ったからだ。防衛省幹部は「邦人が外国勢力に拘束されていれば救出はできない」と指摘する。前海上幕僚長の杉本正彦氏も「救出というのは現地に部隊を送り込み、邦人を奪還してくることだ。自衛隊が機関銃しか持っていないのに相手がバズーカ砲を持っていれば任務を果たせない」と語る。
*気力と体力備えても
第1次安倍政権で発足した政府の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が20年6月にまとめた報告書はこう明記している。「憲法9条が禁じている武力の行使は、わが国による『国際紛争を解決する手段としての』武力の行使であり、…PKO(国連平和維持活動)とは次元の違うものである」
PKOという言葉を海外での邦人救出に置き換えてみれば、武器使用に制約を課すことの不条理さが浮かび上がる。
「訓練で難しい任務を完遂できる気力と体力を備えても、それに見合った任務に使う気構えがない」
そう言い残し、定年を前に陸自を去った特戦群OBがいる。欠陥法制を放置してきたツケはあまりに大きい。
この連載は半沢尚久、峯匡孝、千葉倫之が担当しました。
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◇ 「普通の国」ではない日本 外国首脳が腰を抜かすことは山ほどある・・・集団的自衛権・憲法・歴史発言 2013-07-31 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉
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◇ 田母神俊雄著『田母神国軍 たったこれだけで日本は普通の国になる』(産経新聞出版) 2012-07-25 | 本
◇ 『自立する国家へ!』田母神俊雄×天木直人 2013-04-29 | 本
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◇ 一触即発の中国・朝鮮半島情勢。米・韓・中、そして北朝鮮とどう渡り合えばいいのか 2011-01-12 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法〉
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