夜おそく つとめ先よりかへり来て 今死にしてふ児を抱けるかな
二三(ふたみ)こゑ いまはのきはに微かにも泣きしといふに なみだ誘はる
真白なる大根の根の肥ゆる頃 うまれて やがて死にし児のあり
おそ秋の空気を 三尺四方ばかり 吸ひてわが児の死にゆきしかな
死にし児の 胸に注射の針を刺す 医者の手もとにあつまる心
底知れぬ謎に対ひてあるごとし 死児のひたひに またも手をやる
かなしみの強くいたらぬ さびしさよ わが児のからだ冷えてゆけども
かなしくも 夜明くるまでは残りゐぬ 息きれし児の肌のぬくもり
(をはり)次回から石川啄木「悲しき玩具」を継続して掲載します。(中日新聞)