一握の砂 29

2006-07-25 | 本/演劇…など

夜おそく つとめ先よりかへり来て 今死にしてふ児を抱けるかな

二三(ふたみ)こゑ いまはのきはに微かにも泣きしといふに なみだ誘はる

真白なる大根の根の肥ゆる頃 うまれて やがて死にし児のあり

おそ秋の空気を 三尺四方ばかり 吸ひてわが児の死にゆきしかな

死にし児の 胸に注射の針を刺す 医者の手もとにあつまる心

底知れぬ謎に対ひてあるごとし 死児のひたひに またも手をやる

かなしみの強くいたらぬ さびしさよ わが児のからだ冷えてゆけども

かなしくも 夜明くるまでは残りゐぬ 息きれし児の肌のぬくもり

(をはり)次回から石川啄木「悲しき玩具」を継続して掲載します。(中日新聞)


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