『百年の手紙--20世紀の日本を生きた人々』-3- 獄中の夫へ/万葉の歌に込め 宮本百合子・顕治

2011-08-30 | 本/演劇…など

『百年の手紙--20世紀の日本を生きた人々』獄中の夫へ寄せた愛 宮本百合子
第26回(中日新聞2011/08/26Fri.) 梯久美子 著
(前段略)
 紹介するのは、作家の宮本百合子が、獄中にあった夫の顕治にあてた手紙である。二人は1932(昭和7)年に結婚したが、2か月後に顕治が治安維持法違反で検挙され、地下活動を経て投獄される。以後、治安維持法が撤廃される昭和20年まで獄中にあった。
 離れて暮らした12年間に交わされた手紙は、百合子千通、顕治約4百通にのぼり、後に往復書簡集『十二年の手紙』として刊行された。次に引くのは、百合子が昭和12年8月29日に書いた手紙の1部。心臓に持病を抱えていた百合子はこのころ体調がすぐれず、自身の死を意識した内容になっている。
 〈・・・それでね、私はいつどのように、どこで自分の生涯がおわるかということは分からないが、最後の挨拶とよろこびを貴方につたえないでしまうということはどうも残念なの〉〈よしんば永い病気で生涯が終わるとしても私があなたに会えたことに対する、この限りない満足とよろこびは変わらないであろうし、ボーとなってしまってボヤッと生きなくなってしまうのなんかいやですもの、ねえ〉
 これを書いたとき、百合子は38歳。驚くほど率直に若々しく愛情を表現している。同じ手紙には、こんな1節もある。
 〈ああ、でもこの心持を字であらわすことは大変困難です。体でしかあらわせない。私たちを貫く智慧のよろこび。意志の共力の限りない柔軟さ。横溢して新鮮な燃える感覚。愛の動作は何と単純でしかも無限に雄弁でしょう。互いの忘我の中に何と多くの語りつくせぬものが語られるでしょう〉
 ほかの手紙にはもっと日常的な話題が多いが、遺書のようなつもりで書いたと思われるこの手紙では、自身の愛情を伝えるためだけに言葉が費やされている。
 百合子は顕治より9歳年上だった。病弱なこともあり、先に逝くのは自分であろうと考えた百合子は、いずれくる死別のために、夫に思いのたけを残しておこうと思ったのだろう。〈わが最愛の良人に〉という言葉で締めくくられた手紙は、投函されることなく、昭和26年に敗血症で死去するまで手許にあったという。

『百年の手紙--20世紀の日本を生きた人々』思いを万葉の歌に込め
第27回(中日新聞2011/08/29Mon.) 梯久美子 著
[前段略〉顕治の手紙は短く簡潔で、要件に終始したものが多い。それは厳しい検閲のためだった。(略)内容がチェックされただけではなく、執筆時間や用紙にも制限があったという。
 東京拘置所では、電話ボックスのような小部屋が並んでいて、手紙はその中で書かされた。10分もたたないうちに看守が背後のガラスを叩き、早く切り上げるよう催促して廻ったという。葉書または封かん葉書しか許されず、長い手紙を書こうとすれば、特別に許可が必要だった。
 (略)顕治は、身体の弱い百合子の健康を気遣う言葉を毎回のように綴っている。
〈初夏にかけて、ユリも大いに健康回復に努めることだね。疲れ易いことや、その他、恢復期に栄養が十分でないことが主因でなかなかと永びくのだろうから、熱量と蛋白は特に心がけて摂取すること。この2つが十分なら、ヴィタミンはその2つをとる際の食事に可なり含まれもするものだから。切角のヴィタミン剤も効果が薄くなる〉(昭和19年3月15日付)
 (略)これは愛の言葉ではないかと思うものを見つけた。万葉集から百合の花を詠んだ歌を探して書き記しているのだ。もちろん、妻の名前にかけたものである。
〈道の辺の草深百合の花咲(ゑ)みに咲まししからに妻と云うべしや〉
〈燈火の光に見ゆる百合花後(のち)も逢はむと思い初めてき〉
〈筑波嶺(ね)のさ百合の花のゆ床にも愛(かな)しけ妹ぞ昼もかなしけ〉
 どれも恋の歌である。拘置所の狭いボックスで、背後に看守の気配を感じながら書いたのだろうか。共産党のドンといわれた人物の、別の顔を見るようだ。


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