自暴自棄 裏腹の一言
罪人の肖像 第3部 住所不定、無職
(4)苦闘
中日新聞 2021年6月19日 土曜日
冒頭画像;佐藤真吾が借りていた古民家。布団の横に未開封のカップ麺や酒が残されていた=滋賀県内で(関係者提供)
無罪が争われた審理は締めくくりを迎えていた。2020年10月、大津地裁の法廷。被告本人が最終意見陳述に立つ。「勝手にせえ」。刑務官を従えた佐藤真吾(51)=仮名=は無罪判決を求めるわけでもなく、人ごとのように吐き捨てた。「それだけです」
占有離脱物横領罪。野宿していたトンネル管理棟の軒下で無施錠の自転車を見つけ、無断で使った事件だった。時価5000円。求刑は罰金10万円だった。帰る家も身寄りもなく、拘置施設での身柄拘束は4ヵ月に及んでいた。
精神疾患があり、集団生活やコミュニケーションが難しい。味方といえる国選弁護人にさえ、悪態をついたり、接見を拒んだり。てんかんの発作で突然意識を失うこともある。
それまでも隣人や福祉関係者、警察官らと、あちこちでトラブルを重ね、行き着いたのが一人きりの野宿生活。人目を避けるように、トンネル出入り口に近い道路脇の管理棟や公園の便所を転々とし、雨露をしのいできた。
若いころは違った。左官業の一人親方として働き、いいときは年商1300万円を稼いでいた。
滋賀県内の小中学校を出て地元の公立高校を中退した後、建設会社などに勤め、二十代で左官職人として独立。ほぼ時を同じくして、てんかんが発症した。結婚生活は5年で破綻し、以来、元妻と一人娘には一度も会っていないという。
リーマン・ショック直後の不況で世界経済がどん底だった09年に自己破産して以降、仕事をしていない。対人関係がうまくいかず、治療も社会生活も長続きしない。万引や酒に酔っての器物損壊といった罪を重ね、服役を繰り返す悪循環に陥っていく。
自暴自棄、諦め、劣等感…。生活保護で住み始めたアパートで、隣人の男性から「若いのに働かない」と嫌がらせを受けたこともある。いつしか「自分はクズやから」が口癖になった。
法廷で「勝手にせえ」と語った佐藤への判決は無罪。「不法領得の意思があったとは認められない」と判断された。 国選弁護人は無罪を勝ち取った後、佐藤に言われた。「なんでおまえら、こんなクズに構ってくれるんや」。判決後も社会復帰への世話を焼く弁護人らに対し、不器用なりの感謝の言葉だった気がする。
釈放された佐藤に生活保護で2階建て古民家をあてがった。が、その1か月半後に食べ物を万引し、また囚われの身に。近所の飲食店でトラブルを起こし、弁償として手持ちの生活保護費をすべて店側に渡した直後の犯行だったという。関係者によると、自宅の畳に置かれた布団の周りには、未開封のカップ麺や酒が残っていた。
「悪い流れを何とか断ち切るため、治療を受けさせようとしていたところ。関係者は皆、『あちゃー』と思ってる」
佐藤は3月に懲役1年2月の実刑判決が決まった。言い換えれば、来年にはまた社会に戻ってくる。どう支え、どう居場所をつくるか。確かな答えを自身も持ち合わせてはいない。「24時間監視はできませんからね」。それでも無罪放免となった佐藤自身が当時漏らした穏やかな言葉に、いちるの希望を見いだす。「俺、まともな人間になれるやろか」 (敬称略)
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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* 故郷 「罪人の肖像」 第3部 住所不定、無職 2021/6/17