米南部沖の原油流出/ペリカンの受難/インターネット=スイッチを切れない装置

2010-06-17 | 社会

余録:ペリカンの受難
 米ルイジアナ州の州旗にはペリカンの巣の中の親鳥と3羽のヒナが描かれている。よく見ると親鳥の胸の上には、三つの赤い点が見える。これは親鳥が自らのくちばしで胸を傷つけ、したたる血をヒナに与えている様を描いているのだという▲実はこの図柄、中世ヨーロッパから伝わる「敬虔(けいけん)なペリカン」という由緒ある紋章らしい。ペリカンは死んだヒナを自ら流す血で蘇生させるといわれ、「自己犠牲」を表すシンボルとなり、キリストの受難図にも描かれた▲ルイジアナが「ペリカンの州」と呼ばれるのは、初代州知事が沿岸に生息するペリカンを見て、この図像を州章に用いたからという。だが今その生息地からは「親鳥もヒナや卵も姿を消していく」との悲痛な声が聞こえる▲米南部沖のメキシコ湾で続く原油流出による生態系への影響が深刻化している。油はすでにルイジアナ州はじめ4州の沿岸に漂着、漁業や観光に大きな損害を与えているばかりでなく、ミシシッピ河口近くの海や湿地からは油まみれのペリカンの映像が伝わってくる▲ペリカンの保護と油の洗浄を行っている現地の保護施設では、運び込まれる鳥の3割はすでに死んでいたという。巣に残されたヒナや卵も全滅は免れそうにない。もちろんペリカンの悲劇はルイジアナの海と沿岸の全生態系を襲っている惨事のほんの一端にすぎない▲オバマ大統領が来週4回目の現地視察を行うのも、海鳥のショッキングな映像が被害の深刻さを全米に印象づけたことと無縁でなかろう。血を流す図そのままに、身をもって生命の海の危機を告げるペリカンの受難に人類はどう応えるのか。
毎日新聞 2010年6月10日 0時06分
..................................................
中日春秋
2010年6月17日
 米国の作家、故マイケル・クライトン氏がつくり出した物語『ジュラシック・パーク』は映画にもなり世界中で大ヒットした▼約(つづ)めていえば、遺伝子操作で現代に蘇(よみがえ)らせた恐竜たちが人を襲う、といったお話。暴れ回るのは、どこかから突如、現れた怪獣ではない。人間が科学技術で誕生させながらコントロール不能になった存在。それは人類が抱える根本の恐怖のような気もする▼今、米国ルイジアナ州沖のメキシコ湾で暴れているのは、恐竜ならぬ原油だ。英石油大手BPの海底油井の流出事故は、発生から既に二カ月近くになるのに、まだ汚染が止まらない。様々(さまざま)な流出防止の策がとられたが、失敗続きだ▼深い海の底に、深い深い穴を掘り、何とか石油を吸い出せたのは科学技術のゆえ。だが、いざ、止めようと思った時、それを止められないのだ。この制御不能の油井を、BPの技術者が事故直前のメールで、「悪夢の油井」と呼んでいたなどと聞けば、一層、不気味さが増す▼かつて、インターネットを「ついに人類はスイッチを切れない“装置”をつくってしまった」と表現した人があったのを思い出す。確かに、あれも、もう、誰にも止められない▼科学技術がわれわれの暮らしに多大な恩恵をもたらすのは疑いない。だが、同時に、いくつもの潜在的な「制御不能の恐怖」も引き受けているのかもしれない。
..................................................
英BP、1.8兆円を拠出=原油被害補償で巨額負担-米大統領と合意
 【ワシントン時事】オバマ米大統領と英石油大手BPのスバンバーグ会長ら幹部は16日、南部ルイジアナ州沖の原油流出事故をめぐり、ホワイトハウスで会談し、被害補償のため第三者管理の預託口座を開設し、BPが200億ドル(約1兆8280億円)拠出することで合意した。原油流出は現在も続いており、被害額が未確定の段階での巨額資金拠出は異例で、国民の不満の高まりに危機感を強める大統領が押し切った形だ。
 大統領は会談終了後に声明を発表、「BPの同意を報告できることに満足している」と述べる一方、「200億ドルが上限ではない」とも指摘し、補償額が増えれば一段の負担を求める考えを示した。大統領は「BPの責任は極めて重いが、彼らはその事実を認識している」と強調した。
 一方、スバンバーグ会長は会談終了後、記者団に「米国民に謝罪したい」と語った。BPは同日、巨額負担の原資確保へ年内の配当見送りと資産売却を発表した。(時事通信2010/06/17-07:15)
..................................................
米ルイジアナ州沖原油流出:英BP、露骨な利益優先 手抜き工事「多分大丈夫」
 米メキシコ湾で作業員11人が死亡した4月20日の海底油田掘削施設爆発事故から間もなく2カ月になる。拡大する一方の汚染を、米メディアは連日大きく報道。止まらぬ原油流出の背景に、利益優先で安全対策を軽視してきた英石油メジャーBPの体質が次第に明らかになっている。【ロサンゼルス吉富裕倫】
 ◇工期遅れ焦り
 「構うものか。もう決めたんだ。多分大丈夫だろう」。事故直前の4月15日、掘削の仕上げの作業を簡素化したBPの技術者によるメールのやり取りが問題になっている。
 当時、石油サービス会社のハリバートン社は、掘った穴に通したパイプを、セメントで固定するため、特殊資材を21本使うよう提案。ところが、BP側は工期の遅れを気にし、21本の設置にはさらに時間がかかるとして6本に減らし踏み切った。
 事故の一因には油井からの強いガスの噴出が指摘され、ガス噴出を抑え込むのに頑強なパイプの固定化が求められていた。米下院の調査では、BPは規制で定められたセメントの固定検査も省略し、11万8000ドル(約1080万円)の費用と12時間の時間を節約していた。
 BPは掘削施設のリース費用だけで1日50万ドル(約4580万円)を負担し、事故発生時点で43日間の工期の遅れがあった。担当者たちにはかなりの焦りがあったとみられている。
 ◇泥縄式の対応
 海底の油井上部には、緊急時に自動的に原油の流出を遮断する噴出防止装置が取り付けられていた。同装置は二重三重の安全対策が取られ、油の流出を止める「最後の手段」とされる。
 だが、BPは噴出防止装置が働かず原油が流出した時の対策を想定していなかった。事故の2週間後に予備油井を掘り始め、コンクリート製の重さ100トンのドームを海底の流出地点におろし、管から油を吸い上げようとしたが失敗するなど、泥縄式の対応を続けた。事故油井に別の穴を開ける予備油井が流出を止める切り札と期待されているが、完成は8月の見通しだ。
 ◇揺らぐ「先進」
 日本の石油技術協会大水深掘削技術分科会の古谷昭人(ふるたにあきと)座長は「安全設備や人の教育の面で一番進んでいるアメリカでこういう事故が起きたのは非常に衝撃だ」と話す。
 だが、米国より安全策を強化している国もある。ノルウェーとブラジルは、海上の掘削施設から海底の噴出防止装置への信号伝達手段が断たれた場合を考え、音波を使ったリモコンスイッチを備えるよう求めている。米国でも検討されたが、「コストがかかる」との業界の反対で見送られた。
 カナダは北極圏で海底油田を掘る場合、同時に予備油井掘削の準備も求めている。BPは今回の事故後ですら、カナダ政府にこの規制の撤廃を求めた。
 米国の監督官庁である内務省鉱物管理局は、一部の職員がスポーツチケットの提供を受けるなど業界の接待漬けになっていた。業界に甘い姿勢が露呈し、米国の威信が揺らいでいる。
毎日新聞 2010年6月17日 東京朝刊
..................................................
〈来栖の独白〉
 1991年の湾岸戦争。海岸に接していた大規模石油基地が爆破され、大量の重油が海に流れ出したことがあった。この際にも、多くの無辜の生物が油に翼を奪われ、いのちを落とした。
 地球は、宇宙は、ひとり人類だけのものではない。声なき声の多くの生物のものでもある。
 五木寛之氏は『天命』(幻冬舎文庫)のなかで次のように言う。
“たとえば、環境問題は、これまでのヨーロッパ的な、キリスト
教的文明観では解決できないのではないでしょうか。
 欧米の人たちの考えかたの伝統のなかにには人間中心主義というものがあります。この宇宙のなかで、あるいは地球上で、人間が神に次ぐ第一の主人公であるという考えかたです。
 これはルネサンス以来の人間中心主義の思想の根底にあるものですが、主人公の人間の生活に奉仕するものとして他の動物があり、植物があり、鉱物があり、資源がある。水もあり、空気もあると、考えるわけです。
 そうした考えのなかから生まれる環境問題の発想というのは、やはり人間中心です。つまり、われわれはあまりにも大事な資源をむちゃくちゃに使いすぎてきた。これ以上、水や空気を汚し樹を伐り自然環境を破壊すると、最終的にいちばん大事な人間の生活まで脅かすことになってしまう。だからわれわれは、もっとそうしたものを大切にしなければいけない。----これがヨーロッパ流の環境主義の根源にあるものです。(略)
 これに対し、アジアの思想の基本には、すべてのもののなかに尊い生命があると考えます。
「山川草木悉有仏性」という仏教の言葉があります。山の川も草も木も、動物もけものも虫も、すべて仏性、つまり尊いものを持っている、生命を持っているんだ、という考えかたです。
 そうした考えかたから出ている環境意識とは、川にも命がある、海にも命がある、森にも命がある、人間にも命がある。だからともに命のあるもの同士として、片方が片方を搾取したり、片方が片方を酷使するというような関係は間違っているのではないか、もっと謙虚に向き合うべきではなかろうか、というものです。こういう考え方のほうが、新しい時代の環境問題には可能性があると私は思うのです。
 つまり「アニミズム」ということばで軽蔑されてきた、自然のなかに生命があるという考え方こそは、遅れた考え方どころか、むしろ21世紀の新しい可能性を示す考えかたなのではないでしょうか。
 狂牛病の問題で、あるフランスの哲学者が、人間のために家畜をありとあらゆる残酷なしかたで酷使してきたツケが回ってきたのだと言っていました。人間のために生産力を高めようとして肉骨粉を与え、共食いさせた。そうした人間の業というものがいま、報いを受けているのだ、と。狂牛病の問題だけではなく、すべてに関して人間中心主義というものがいま、根底から問われていると思います。”

 僅かに、卑見に相違するところがある。
>これはルネサンス以来の人間中心主義の思想の根底にあるものです
 と、おっしゃるくだりである。人間中心主義思想の根底にあるものは旧約聖書ではないか、と私は観ている。創世記は次のように言う。
“ 神は言わ
れた。
「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」
 神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
 夕べがあり、朝があった。第五の日である。
 神は言われた。
「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」
 そのようになった。 神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
 神は御自分にかたどって人を創造された。
 神にかたどって創造された。男と女に創造された。
 神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
 神は言われた。
「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」
 そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。”〔創世記1.20~1.31〕

 日本では、口蹄疫が大きな問題となっている。牛や豚の映像に接するたび、生き物の命を奪わないでは自らの命を養えない人間、人類の宿業を思わないではいられない。
「うし/しんでくれた ぼくのために/そいではんばーぐになった/ありがとう うし…」
ワクチン接種牛9百頭、共同埋却「牛は処分を察してか悲しい顔をする。涙を流した牛もいた

 いま一つ、言及したい。中日春秋の以下の件である。
>かつて、インターネットを「ついに人類はスイッチを切れない“装置”をつくってしまった」と表現した人があったのを思い出す。確かに、あれも、もう、誰にも止められない。科学技術がわれわれの暮らしに多大な恩恵をもたらすのは疑いない。だが、同時に、いくつもの潜在的な「制御不能の恐怖」も引き受けているのかもしれない。 
 ネットは、現代に生きる人々に欠かせぬツールとなった。しかし、人間の精
神はこの科学技術に並んでいるだろうか。
 秋葉原無差別殺傷事件は、ネットに、遠因の一つがあったのではないか。韓国では、ネット上での誹謗中傷により死を選んだ女優もいた。
 匿名の裏で、完膚なきまでの誹謗中傷、或は他人の個人情報は得たいと企む卑しい心根。人間の闇が、科学技術について行けていない。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。