カミングアウトした僕に、母は「私は、まともな子を産んだんだ」と言った 『僕が夫に出会うまで』最終回 七崎良輔

2019-05-26 | 社会

カミングアウトした僕に、母は「私は、まともな子を産んだんだ」と言った

 2019/05/21

僕が夫に出会うまで 最終回  七崎 良輔

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 北海道に帰省して二日目の早朝、家族はまだ夢の中だが、僕は一睡もせずにお酒を飲んで、気合いを入れていた。飲んでも飲んでも酔いが回ることはなかった。ついにその時がきた。僕は寝ている母を少し早めに起こした。

「お母さん、起きて。話があるんだ」

「なにー? 後にしてよー」

 母はまだ寝ていたいと言った。でも二人きりで話せるのは今しかないかもしれない。

「大事な話なの」

 母は何か嫌な予感がしたのだろう。むくっと起き上がり、怪訝そうな顔で僕を見つめた。

「なに? なんか怖いんだけど」

 母と二人でリビングの食卓の椅子に向い合わせで座った。

「頭を抱える」とはまさにこの事だと思った

「あまりショックを受けないで欲しいんだけど……」

「え、なに。学校辞めたの?」

「ううん、辞めてないよ」

「じゃあなに? 誰か妊娠させた?」

「誰も妊娠させてないよ!」

「じゃあなによ。早く言って。こっちはドキドキするんだから」

 「あのー……、僕は、男の人が好きなの、昔からなんだけど。それをちゃんと伝えておきたくて。僕はいわゆる……ゲイなの。男の人しか好きになれない。だからって、病院に連れてっても無駄だよ、治るものじゃないし、治すものでもないんだからね。でも僕はそれでいいと、最近やっと思えてきたの。自分を受け入れることができて、今は幸せ。それを伝えておこうと思って……」

 母は大きなため息をついた。両ひじをテーブルに突き、両手で顔を覆った。「頭を抱える」とはまさにこの事だと思った。長い沈黙が続き、その間、母は何度も大きなため息をついていた。

 僕からは何も言えなかった。とりあえず母の出方を待つしかないように思えたからだ。

 母はうつむいたまま、僕と目を合わせようとはせずに口を開いた。

「それって、本当に治らないの」

「治すものではないし、治らないよ」

 また、ため息をつく母。母は普段、滅多にため息をつかない。うつむいたまま、感情を整理しているように見えた。

「でも、エイズになるんじゃないの? 男同士で……ほら、そういうことをすると」

 母はエイズという病が、感染症ではなく、男同士の性行為が原因の病だということを信じていた。

「男同士っていうだけで、HIVに感染するわけじゃないよ」

「そう……」

 また沈黙が流れた。母が、何か昔の事を思い出している様に思えた。

「私は、まともな子を産んだんだ」

「お母さんの育て方で、僕がゲイになった訳じゃないよ」

「そんなこと思ってない。私のせいだなんて思わない。ただ……今思い出した。あんたの婆ちゃん。私の死んだ母さんが、あんたのこと、そうだと言ってたわ……あんたがまだ小さい時にね……。母さんはわかってたんだわ、あんたのこと……。でも私は、母さんに腹が立った。だから『何でそんな事いうの! 私は、まともな子を産んだんだ!』って母さんに言ったの……まともな子を……」

 母は泣き出してしまった。苦しそうで、悔しいような泣き方だ。僕だって悔しい。生まれながらにして、親を泣かせてしまうセクシュアリティに生まれてしまった。誰も悪くないはずだ。母も。僕も。だけど、母も、僕も、涙が止まらなかった。

「私はちゃんとまともな子を産んで、まともに育てた! だから私のせいだなんて言われたくない!」

「お母さんのせいじゃないって言ってるの! 誰のせいでもないんだよ。僕はまともだし、ただ、僕は同性しか好きになれないってだけ。それだけ! それを分かってほしいし、認めてもらいたかったから言ったの」

「認められるわけがないじゃない、そんなこと! 甘えないで! 無理よ! 私だって、親に自分の性癖なんて話したことはない!」

「これは性癖なんかじゃない! なんで認めてくれないの!」

「それは無理よ。私は認めたくないし、この世の中だって認めてない」

「世の中は認めてくれない! だからこそ、まずはお母さんが認めてくれたら、僕はすごく楽になれる!」

「悪いけど、諦めて。それに、あんたみたいな人に対して、社会は厳しいに決まってる。だからそのことは、誰にも言わずに生きていきなさい。墓場まで隠し通すの。わかった?」

「それは無理だね! なんで、社会のせいで、僕が隠れて生きなきゃならないの!」

「あんたが傷つかないようにと思って言ってるの! 社会からどんな目で見られるか、あんたはその怖さがわかってない! 傷つくのはあんたなの!」

「僕はこれまでも、お母さんの知らないところでイヤと言うほど傷つけられてきた! 今までずっと耐えてきたの! でも僕が一番辛かったのは、暴言や暴力を受けた事じゃない! 自分で自分を殺したいほど、自分のことが大嫌いだったこと。それが一番辛かった! でもやっと、この歳で自分を受け入れられるようになってきたの! だからお母さんにも受け入れてもらいたいだけ! 社会に受け入れられる前に、まずはお母さんに受け入れてもらいたいの!」

「受け入れられるわけがないよ、それは無理。そんなこと、なんで私に言ったの。嫌な気持ちになる! そんな話をされて、喜ぶ人はいないでしょ。あんたの友達だってそんなこと言われたら、みんな嫌な気持ちになる! 少しは相手の気持ちを考えなさいよ!」

「今まで誰にも言えずに一人で抱えて生きてきたよ。20年間も! またそう生きろと言うの!」

「みんなイヤな気持ちになるだけでしょ! 私だって今すごく辛い! 一人で抱えろとは言わないけど、誰にでも話して良いことではないでしょ!」

「本当の自分の事を話したら、みんながイヤな気持ちになるなんて、僕は一体なんなの! 人を化け物扱いしないで!」

「大人になりなさい。自分のことばかり考えないで! もう話は終わり」

空が明るくなっていた。母は朝ごはんの仕度を始め、僕は自分の部屋に戻り布団に入った。

 何時間寝ただろう。お母さんが部屋に入ってきた音で目を覚ました僕は、うまく目が開かないことから、顔が腫れてしまっているのだと察しがついたが、母も同じように泣き腫らした顔をしていた。父と妹はどこかに出かけたようだ。

「あんたが……良輔が、辛かったね」

 母の腫れた目からまた涙が溢れた。どうやら僕の涙も枯れてはいないようだ。

「辛かったよ。でも、僕はもう大丈夫だから。お母さんにまで辛い思いをさせて、ごめんね」

「私よりもあんたが……良輔が辛かっただろうなって、思ってさ」

「僕は今、幸せだよ。だけど、こんな風に、自分を認められるようになるまで20年かかったんだ。だからお母さんもきっと、僕がゲイだということを認めるのには、時間がかかるよね」

「そうだね、わかってやりたいけど、難しいわ。何年もかかるかもしれないし、一生わかってやれないかもしれない。だけど、あんたに対する想いは変わらないから」

「ありがとう。安心した。巻き込んでごめんね。でもあまり悩まないでね。悩まれると僕も辛いから」

「悩むさそりゃ。でも北海道と東京で、離れて住んでるんだから、あんたは自由にやりなさい。でも、申し訳ないけど、あんたの、そのことに関しては、もう言ってこないで。あんたが、どんな人と付き合おうと、なにがあろうと、私には言わないで。私とあんたは、母と息子、それだけ。それ以外のことは知りたくないから」

「わかった」

「でも、いつでも応援してるからね」

母との間に空いた“穴”は、7年間埋まらなかった

 母はこう言ってくれたのだけど、母へのカミングアウトは、失敗だったように思えてならなかった。言えばスッキリするものだと思っていたが、そうはならないどころか、カミングアウトしたことを後悔すらした。

 なんだか気まずい距離ができたように感じたし、母に説得され、父へのカミングアウトは断念せざるを得なかった。

 母曰く、父は絶対、縁を切ると言い出すと言うのだ。僕自身は縁を切られるのも覚悟の上で父に話したかったが、それでは間に立たされる母がまた辛い想いをする羽目になる。それならばと、僕は父へのカミングアウトを断念したのだ。

 母と僕の間に、なんとなく空いてしまった穴は、この後7年もの間、埋まる事はなかった。

 写真=平松市聖/文藝春秋 (この連載を最初から読む)

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 2月14日から配信の始まった七崎さんの「僕が夫に出会うまで」、文春オンラインでの連載は今回が最終回となりますが、物語は続きます。

 母へのカミングアウトを果たした七崎さんの人生は、ここから大きく動いていきます。初めての彼氏、初めての同棲……さまざまな人と出会う中で、人を愛する喜びや苦しみを知り、成長していきます。ある〝事件〟で刑事から浴びせられた信じられない一言など、これまで以上の困難を乗り越え、めぐりあえた運命の人と、大きな一歩を踏み出すまで──。

 オンラインに連載された原稿だけでなく、その後の人生について大幅な新規書き下ろしを加えた「僕が夫に出会うまで」完全版は、電子書籍版と5/28刊行の単行本版で是非お楽しみください。

     

     僕が夫に出会うまで  七崎 良輔  文藝春秋 2019年5月28日 発売

 ◎上記事は[文春オンライン]からの転載・引用です

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とある夫夫(ふうふ)が日本で婚姻届を出したときの話 七崎良輔 2019/02/14 

   

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性別を超えて「貴方自身が尊い」というのが、桜木紫乃さんの小説『緋の河』だろう 〈来栖の独白 2018.11.20〉

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