朝日新聞 社説2010年2月13日(土)付
ユーロの憂鬱―「政府なき通貨」の試練
ある国が放漫財政のあげく破綻(はたん)の危機に陥った。それを助けるために日本が資金を出す、と政府が言い出したら納税者として国民は怒るだろう。しかし欧州ではいま、そんなことまで真剣に議論する事態になっている。
問題の国はギリシャだ。放漫運営に加え富裕層の税逃れで歳入も増えず、財政赤字は国内総生産(GDP)の12.7%に膨らんだ。しかも昨秋の政権交代まで、それを隠していた。
だが、欧州連合(EU)はギリシャを支えないわけにはいかない。EUの単一通貨ユーロの加盟国だからだ。
1999年に導入されたユーロは、ドルに次ぐ有力な国際通貨だ。その加盟国は現在16。ギリシャの経済規模はユーロ圏の域内総生産の2、3%にすぎない。しかし、ギリシャが対外債務不履行などを起こせば、同様な問題を抱えるポルトガルやスペインなどにも波及しかねない。
それはユーロ圏全体への信用低下にもつながる。導入以来、最も厳しい試練を迎えたといえる。
どうやって切り抜けるか。
他の加盟国が支援に乗り出すのは容易ではない。同じ通貨圏で相互に影響が大きいと言っても、なぜ自分たちの税金で「他国」の尻ぬぐいをするのかという反発は強い。すでにドイツでは政府がそんな動きに出ないよう牽制(けんせい)する空気が強まっている。
とはいえ、国際通貨基金(IMF)にゆだねるのは「屈辱的」(トリシェ欧州中央銀行総裁)。またギリシャがユーロ圏から出る選択肢は理論的には考えられても、仲間を見捨てるような具合になって欧州の連帯感も損なわれ、政治的打撃も大きい。
11日のEU首脳会議での「救済合意」にも、そんな憂鬱(ゆううつ)がにじむ。ギリシャの財政再建を積極的に支援するとしながらも、具体的な資金援助には触れていない。
ユーロは「政府なき通貨」と言われる。欧州中央銀行はあるが、経済政策を仕切る中央政府はないという意味だ。EU共通の経済政策が無いわけではない。実際には各国の政策以上に重みを持つ場面も多い。しかし、財政については、赤字をGDPの3%以内に抑えるといった規律はあるものの主権は一義的には各国にある。一つの国のようには機能しない。それが問題を抱えたときの解決の難しさにつながる。
経済が一体化しているのに、政治が追いついていないのだ。その弱点を補うために「欧州経済政府」を設立する構想なども浮上している。
欧州統合はいわばグローバル世界のミニチュア版。国境を越えた経済に振り回される政治、という構図は非EU圏も共有している。どうすれば溝を埋められるか。ギリシャをめぐるEUの七転八倒は、ひとごとではない。
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日経新聞 社説1 ギリシャ危機が示したユーロの弱点(2/13)
欧州連合(EU)の首脳会議はギリシャの財政問題の解決に向け、単一通貨ユーロの加盟国が協調行動することで合意した。肝心の支援の中身は決められず、15日からの財務相会合に議論を先送りした。
ギリシャの財政危機が浮き彫りにしたのは、通貨はひとつにしたが共通の財政政策を持たないというユーロの制度的な弱点だ。ユーロ圏の16カ国の金融政策は、欧州中央銀行(ECB)がひとりで担うが、財政は加盟国の政府に任されたままだ。
欧州経済統合の象徴であるユーロはドルと並ぶ基軸通貨と期待されていた。その信認が動揺しだしている。外国為替市場ではEU首脳会議後も不安定な相場が続いている。円に対しこのまま大幅なユーロ安が進むと、日本企業の輸出採算の悪化を招くだけに、我が国にとってもユーロ圏の混乱はひとごとではない。
ギリシャは前政権が野放図なばらまきを続けてきた。そのうえに、経済統計までごまかしたことが明らかになり、一気に信用を失った。
パパンドレウ現政権は意欲的な歳出削減策を打ち出したものの、45万人の抗議ストに見舞われるなど社会に混乱が広がっている。同様に赤字が膨れ上がるスペイン、ポルトガルでも、財政再建と雇用不安の板挟みで政権が苦しんでいる。
ギリシャの2009年の財政赤字は国内総生産(GDP)比で12.7%に膨らんだ。ユーロ圏の中核国の財政状況の悪化も見逃せない。各国が景気刺激のために財政支出を増やしたためで、09年の財政赤字のGDP比はフランスが8%前後となった。ドイツですら今年は6%に拡大する見通しだ。
EUの安定・成長協定は、年間の財政赤字を3%以下に抑えるよう各国に求めている。この約束が空文化しているのが現実である。
ドミノ倒しのような南欧発の信用不安の拡大は、防がなければならない。その一方で、危機に陥れば仲間が助けてくれるという甘えが助長されれば、財政規律の柱である安定・成長協定が揺らいでしまう。
ギリシャ危機への対応は、国際通貨基金(IMF)など外部機関に支援を仰ぐべきだという声も欧州域内にあった。だが、そもそも欧州自身の対応能力こそが試されているのだ。そのことを忘れないでほしい。
今回、EU各国が首脳会議で合意した「ユーロ加盟国の協調行動」は、破局を避けるための最低限の合意にすぎない。ユーロ圏の財務相会合は市場の不安を沈静させるための責任ある行動を問われている。
ユーロの憂鬱―「政府なき通貨」の試練
ある国が放漫財政のあげく破綻(はたん)の危機に陥った。それを助けるために日本が資金を出す、と政府が言い出したら納税者として国民は怒るだろう。しかし欧州ではいま、そんなことまで真剣に議論する事態になっている。
問題の国はギリシャだ。放漫運営に加え富裕層の税逃れで歳入も増えず、財政赤字は国内総生産(GDP)の12.7%に膨らんだ。しかも昨秋の政権交代まで、それを隠していた。
だが、欧州連合(EU)はギリシャを支えないわけにはいかない。EUの単一通貨ユーロの加盟国だからだ。
1999年に導入されたユーロは、ドルに次ぐ有力な国際通貨だ。その加盟国は現在16。ギリシャの経済規模はユーロ圏の域内総生産の2、3%にすぎない。しかし、ギリシャが対外債務不履行などを起こせば、同様な問題を抱えるポルトガルやスペインなどにも波及しかねない。
それはユーロ圏全体への信用低下にもつながる。導入以来、最も厳しい試練を迎えたといえる。
どうやって切り抜けるか。
他の加盟国が支援に乗り出すのは容易ではない。同じ通貨圏で相互に影響が大きいと言っても、なぜ自分たちの税金で「他国」の尻ぬぐいをするのかという反発は強い。すでにドイツでは政府がそんな動きに出ないよう牽制(けんせい)する空気が強まっている。
とはいえ、国際通貨基金(IMF)にゆだねるのは「屈辱的」(トリシェ欧州中央銀行総裁)。またギリシャがユーロ圏から出る選択肢は理論的には考えられても、仲間を見捨てるような具合になって欧州の連帯感も損なわれ、政治的打撃も大きい。
11日のEU首脳会議での「救済合意」にも、そんな憂鬱(ゆううつ)がにじむ。ギリシャの財政再建を積極的に支援するとしながらも、具体的な資金援助には触れていない。
ユーロは「政府なき通貨」と言われる。欧州中央銀行はあるが、経済政策を仕切る中央政府はないという意味だ。EU共通の経済政策が無いわけではない。実際には各国の政策以上に重みを持つ場面も多い。しかし、財政については、赤字をGDPの3%以内に抑えるといった規律はあるものの主権は一義的には各国にある。一つの国のようには機能しない。それが問題を抱えたときの解決の難しさにつながる。
経済が一体化しているのに、政治が追いついていないのだ。その弱点を補うために「欧州経済政府」を設立する構想なども浮上している。
欧州統合はいわばグローバル世界のミニチュア版。国境を越えた経済に振り回される政治、という構図は非EU圏も共有している。どうすれば溝を埋められるか。ギリシャをめぐるEUの七転八倒は、ひとごとではない。
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日経新聞 社説1 ギリシャ危機が示したユーロの弱点(2/13)
欧州連合(EU)の首脳会議はギリシャの財政問題の解決に向け、単一通貨ユーロの加盟国が協調行動することで合意した。肝心の支援の中身は決められず、15日からの財務相会合に議論を先送りした。
ギリシャの財政危機が浮き彫りにしたのは、通貨はひとつにしたが共通の財政政策を持たないというユーロの制度的な弱点だ。ユーロ圏の16カ国の金融政策は、欧州中央銀行(ECB)がひとりで担うが、財政は加盟国の政府に任されたままだ。
欧州経済統合の象徴であるユーロはドルと並ぶ基軸通貨と期待されていた。その信認が動揺しだしている。外国為替市場ではEU首脳会議後も不安定な相場が続いている。円に対しこのまま大幅なユーロ安が進むと、日本企業の輸出採算の悪化を招くだけに、我が国にとってもユーロ圏の混乱はひとごとではない。
ギリシャは前政権が野放図なばらまきを続けてきた。そのうえに、経済統計までごまかしたことが明らかになり、一気に信用を失った。
パパンドレウ現政権は意欲的な歳出削減策を打ち出したものの、45万人の抗議ストに見舞われるなど社会に混乱が広がっている。同様に赤字が膨れ上がるスペイン、ポルトガルでも、財政再建と雇用不安の板挟みで政権が苦しんでいる。
ギリシャの2009年の財政赤字は国内総生産(GDP)比で12.7%に膨らんだ。ユーロ圏の中核国の財政状況の悪化も見逃せない。各国が景気刺激のために財政支出を増やしたためで、09年の財政赤字のGDP比はフランスが8%前後となった。ドイツですら今年は6%に拡大する見通しだ。
EUの安定・成長協定は、年間の財政赤字を3%以下に抑えるよう各国に求めている。この約束が空文化しているのが現実である。
ドミノ倒しのような南欧発の信用不安の拡大は、防がなければならない。その一方で、危機に陥れば仲間が助けてくれるという甘えが助長されれば、財政規律の柱である安定・成長協定が揺らいでしまう。
ギリシャ危機への対応は、国際通貨基金(IMF)など外部機関に支援を仰ぐべきだという声も欧州域内にあった。だが、そもそも欧州自身の対応能力こそが試されているのだ。そのことを忘れないでほしい。
今回、EU各国が首脳会議で合意した「ユーロ加盟国の協調行動」は、破局を避けるための最低限の合意にすぎない。ユーロ圏の財務相会合は市場の不安を沈静させるための責任ある行動を問われている。