悪夢の「ブチャ虐殺」生存者の証言...住宅街で起きた処刑、性暴力、拉致の一部始終

2022-04-13 | 国際

悪夢の「ブチャ虐殺」生存者の証言...住宅街で起きた処刑、性暴力、拉致の一部始終
  2022/4/13(水) 19:04配信 ニューズウィーク日本版
 <キーウ郊外の住宅街で繰り広げられたロシア軍による地獄絵図。ウクライナ各地で市民の殺害や拉致など残虐行為の証拠が続出しているが、それも氷山の一角にすぎない>
 ほんの1カ月前まで、ブチャは緑豊かな郊外住宅地だった。治安はよく、あちこちに公園がある。首都キーウ(キエフ)に近いので、庭付きの家に住みたい若くて裕福なファミリーが集まっていた。
 だが4月2日の土曜日、この町を奪還したウクライナ軍の兵士が目にしたのは道路に放置された遺体の山。後ろ手に縛られたものもあった。その場で処刑されたに違いない。市長のアナトリイ・フェドルクは米紙ワシントン・ポストに、2つの集団墓地に270人ほどを埋めたと語っている。添えられた写真には、黒い遺体袋や地面から突き出た遺体の一部が写っていた。
 キーウの北西に位置するブチャでは、侵攻が始まってすぐ激しい戦闘が行われた。だがロシア軍は激しい抵抗に遭い、少なくとも当座は首都の攻略を断念し、撤退した。市内の目抜き通りには、待ち受けていたウクライナ軍の反撃で破壊されたロシア軍戦車の残骸が散乱している。
 「第2次大戦の映画で見るような光景だった」。4月3、4日にブチャを視察したウクライナ国会のキラ・ルディク議員はそう言った。破壊され、わずかに庭のフェンスだけが残った家があった。そこで彼女は、「私たちは平和な人間です」という手書きの看板を見つけた。攻撃するなとロシア兵に呼び掛けるメッセージだったのだろうが、残念ながら「役に立たなかった」。

■ブチャで発覚したのは「氷山の一角」
 キーウを含む北部戦線から撤収したロシア軍はウクライナ東部に転戦するようだ。しかし、彼らの去った後に残された凄惨な状況はロシア軍による蛮行の証しだ。
 しかも人権団体などによれば、ブチャの惨状はまだ「始まり」にすぎない。他のウクライナ地域でも、侵攻したロシア軍による残虐行為が続々と明るみに出ている。
 そしてロシアにこの戦争をやめさせるため、ウクライナの同盟諸国がもっと強力な対応をすべきだという声が高まっている。4日にイギリスのエリザベス・トラス外相との共同記者会見に臨んだウクライナのドミトロ・クレバ外相は、ブチャで発覚した残虐行為はウクライナでロシア軍が犯した戦争犯罪の「氷山の一角」にすぎないと糾弾した。
 アメリカのジョー・バイデン大統領も同日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は戦争犯罪人であり、その罪は法廷で裁かれるべきだという持論を繰り返した。またウクライナ国防省は、最悪の犯罪が行われたときブチャにいたロシア兵の氏名やプロフィールを公表した(ただし客観的な裏付けはない)。

■被害者による生々しい証言
 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが3日に発表した報告書には、チェルニーヒウやハルキウ(ハリコフ)、キーウでロシア兵が行ったレイプや処刑、民間人への脅迫など、明らかな戦争犯罪が数多く記されている。
 例えばロシア軍に占領されていたハルキウ州の村マラヤ・ロハンでは、31歳の女性が避難先の学校の校舎で、ロシア兵から繰り返しレイプされたと証言している。その校舎の地下室には約40人の民間人が避難していたと言う。
 「男は私に(オーラルセックスを)しろと言った」と、この女性は語っている。「男は私のこめかみに銃口を向け、あるいは顔に押し当てた。そして天井に向けて2度発砲し、もっと『やる気』を出せと私に迫った」(この女性の名は伏せられている)
 ブチャでもある女性が、ロシア兵によって近隣住民と一緒に広場へ連行されたときの様子を証言している。携帯電話や身分証明書を調べられ、ウクライナの「領土防衛隊」に入っているかと問われた。やがて5人の若い男が引きずり出され、着ていたTシャツを頭にかぶせられた。そして1人が射殺された。
 「心配するな」とロシア兵の隊長は言った。「おまえらはみんな正常だが、こいつは泥だ。われわれがここへ来たのは、おまえらから泥を落とすためだ」
 ロシア軍の支配地域には入れないから、今は人権団体の調査員も目撃者の証言や証拠写真から残虐行為の記録をまとめるしかない。それでも、現時点で得られた情報は今回の惨劇のごく一部でしかないとみている。ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査員で、今回の報告書作成にも関与したユリア・ゴルブノワが言う。「事態の全容が明らかになるには何日も、何週間も、何カ月もかかるに違いない」
 ウクライナのイリーナ・ベネディクトワ検事総長は4月3日のフェイスブックへの投稿で、ウクライナ当局はロシア軍が占領していたキーウ周辺だけで410人の遺体を収容し、既に140人の検死を終えたと述べている。
 人口約3万6000人のブチャでこれほどの殺戮と破壊が行われていたのであれば、もう何週間もロシア軍に包囲されているマリウポリ(侵攻前の人口は50万弱)の惨状は想像を絶するものだろう。「いずれウクライナ軍がマリウポリを奪還したとき、どんな状況を目にするかと思うと恐ろしい」とゴルブノワは言う。
 ウクライナ政府は、ロシア軍がマリウポリの住民4万人を親ロシア派の支配する東部2州やロシアに強制連行したと非難している。

■真っ先に逮捕・殺害すべき要人リスト
 現時点で、筆者らはこの「4万人」という数字を客観的に検証できていない。しかし米宇宙技術企業のマクサー・テクノロジーズ社が公表し、ワシントン・ポストが検証した衛星画像を見ると、マリウポリ東方のノボアゾフスクで親ロシア派の勢力が、マリウポリから「避難」してくる一般市民の収容施設を建設していたことが分かる。
 国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)の広報担当によれば、親ロシア派の武装集団が用意した施設に収容されたとみられるマリウポリ住民の正確な数は把握できていないが、3月下旬の時点で毎日4000個以上の食料パッケージが配布されていた。このことから推定すると「マリウポリからの避難民はかなりの数に上る」。この担当者は電子メールでそう述べた。
 既に食料も水も尽きかけているマリウポリの住民にHRMMUが聞き取り調査をしたところ、避難したいならロシアの支配地域へ行けと(ロシア兵から)言われたという複数の証言があった。ウクライナ側に行きたいという願いは拒絶されたという。
 ヒューマン・ライツ・ウォッチのゴルブノワによると、彼らの調査でも多くのウクライナ市民が、ロシアの支配下にある地域を避難先に選ぶしかなかったと話している。
 「強制的にバスに乗せられ、ロシアに連行されただけではない。『親ロシアの2州に行くか、ロシアに行くか、さもなければ死だ』と通告された住民もいる」とゴルブノワは言う。ただし現時点ではヒューマン・ライツ・ウォッチも事実関係を調査中であり、どれだけの人が連行されたかは明言できないとした。
 一方、アメリカ政府が入手した秘密情報によれば、ロシア政府はウクライナに攻め込むに当たり、真っ先に逮捕または殺害すべきウクライナ側の要人や著名人のリストを作成していたらしい。
 ウクライナの人権団体ZMINAによれば、ロシアによる侵攻後、ジャーナリストや人権活動家、政府職員、教会の指導者など、約90人が行方不明になっている。
 いずれもロシア軍に拉致されたとみられ、中には解放された人もいるが、今も40人以上の行方が分かっていないとZMINAのタティアナ・ピチョンチック代表は言う。(ZMINAの集計は目撃者からの通報や家族の証言、警察発表などに基づいており、第三者による検証は得られていない)
 だがキーウ近郊のモティジンでは、4月2日にロシア軍が撤収した後、村長のオルガ・スヘンコとその家族が遺体で発見されている。ZMINAの調査員アナスタシア・モスクビチョバによれば、彼らは3月23日以来、行方不明者リストに載っていた。

■対ロシア追加制裁の議論が活発化
 また拉致の情報はザポリージャやヘルソン、マリウポリなど、ロシア軍に包囲された東部や南部の地域に集中しているとモスクビチョバは言う。地元住民の激しい抵抗が続いている地域ばかりだ。
 ZMINA代表のピチョンチックに言わせれば、ロシア軍はこれらの地域でジャーナリストや町長などの有力者を標的にして「住民を怖がらせ」、服従させようとしている。またZMINAの把握している情報は一部にすぎず、行方不明者の実数は数百人に上る可能性が高いとも言う。
 拉致された人々は動画に撮られ、それがロシア国内向けのプロパガンダや、当局者やメディア関係者の家族への脅迫材料に使われることもある。3月にはメリトポルで、地元ニュースサイトの編集長の父親(75)がロシア軍に拉致された。父親は、編集長が同サイトの運営権をロシア側に渡すと同意したことで、ようやく解放された。
 ウクライナ政府や西側の同盟諸国、国際機関などは戦争犯罪の疑いありとして捜査の準備を進め、証拠の収集と保存を行っている。
 イギリスは戦争犯罪に詳しい国際刑事裁判所の元判事ハワード・モリソンを、ウクライナのベネディクトワ検事総長の独立顧問に起用した。リトアニアとポーランドの検事総長も先週、戦争犯罪の証拠集めに協力すると発表している。
 目を覆いたくなるブチャの惨状を映像や写真で見て、国際社会は一斉に非難の声を上げた。「ヨーロッパで民間人に対し、このような残虐行為が行われるのは何十年ぶりかのことだ」と言ったのはNATOのイエンス・ストルテンベルグ事務総長だ。
 ロシアを外交的・経済的に一段と孤立させる方策についての議論も活発化している。
 ドイツのクリスティーネ・ランブレヒト国防相は3日、EUとしてロシア産天然ガスの輸入禁止を議論すべきだと述べた。ロシアからの輸入はEU域内のガス需要の約40%を占めている。ドイツはこれまで、(自国だけでなく)欧州経済全体への影響を懸念して禁輸に抵抗していたから、これは大きな方針転換と言える。またアメリカのジェイク・サリバン国家安全保障問題担当大統領補佐官も、ロシアに対する追加的な制裁措置をほのめかしている。
 「国連はまた会議を開いて、ロシアのプーチンに激しい怒りの電子メールでも送り付けるのでしょう」と、前出のウクライナ国会議員ルディクは言った。そもそも国連やNATOは、こうした蛮行を未然に防ぐために設立されたはず。なのに「防げなかった。よく聞いて。あなた方は、あなた方の使命を果たせなかったのです」。
 From Foreign Policy Magazine
 エイミー・マッキノン(フォーリン・ポリシー誌記者)、メアリー・ヤン(フォーリン・ポリシー誌記者)

 最終更新:ニューズウィーク日本版

 ◎上記事は[Yahoo!JAPAN ニュース]からの転載・引用です
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