2009年6月12日17時45分[東京 12日 ロイター]
日本から中国への輸出が回復基調を鮮明にしている。米欧の景気回復のテンポがゆっくりなまま力強さに欠ける中、中国経済の回復に対する期待感が、日本の産業界でも高まっている。
ただ、対米輸出比率の高い中国経済が本格的な成長軌道へ戻るのか懐疑的な声もエコノミストの中にはあり、ここでも先行きへの不透明感が晴れない。とは言え、足元で最もおう盛な需要を示す中国への輸出増加で局面転換を図る国内企業が少なくない。
<中国の内需振興策、日本企業の受注増に>
「中国を中心に公共投資関連の入札が前年に比べ3─4割程度増加している」──。電車用駆動装置などを手がける東洋電機製造<6505.T>の広報担当者はこう話す。中国政府は2004年に中長期鉄道網計画を発表し、全国で総延長1万6000キロの高速鉄道網を建設する方針が盛り込まれた。日本の新幹線の総延長(2200キロ弱)の約7倍に上る膨大な規模だ。中国政府は鉄道、道路など重要インフラの建設に、内需拡大策の約4割の1.5兆元相当を投入する方針で、この結果、鉄道網計画を実行に移す動きが加速しているという。
中国政府が打ち出した4兆元規模の投資を含む内需拡大策の効果で、中国経済が持ち直している。伊藤忠商事・主任研究員の武田淳氏は中国経済について「公共事業的なインフラ投資と個人消費刺激策の効果が徐々に波及してきているという感じだ。それに向けた原材料の需要も回復してきた」(伊藤忠商事・主任研究員の武田淳氏)と政策効果を指摘する。
中国国家統計局が11日に発表した1─5月の都市部固定資産投資は、前年同期比で32.9%増となり、1─4月の同30.5%増から増加幅が拡大。2008年通年では20.9%増となっており、景気刺激策の効果が月を追って高まっている様子がうかがえる。このほか12日に発表された5月鉱工業生産や小売売上高も伸びが加速している。
中国の需要拡大と歩調を合わせるように、日本の貿易統計の数字にも変化が表れている。財務省が発表した4月貿易統計では、中国向け輸出は前年比25.9%減と、過去最大の減少を記録した1月(同45.2%減)から大きく改善。品目別では、プラスチックや化学品、集積回路(IC)など素材関連の増加が目立つ。これに対し、米国向けやEU向けは今年に入り5割程度の減少が続いている。財務省の貿易指数(2005年=100・金額ベース)を見ると、対中輸出は1月の69.4から4月は110.5と6割近く上昇している。
<中国の対米輸出に左右される日本企業>
中国経済が日本の輸出に与える影響は、どの程度あるのか──。先進国の景気回復が緩やかなものにとどまり、経済活動が金融危機以前の水準に戻るにはかなり時間がかかると見られる中で、実体経済の回復を先取りする形で日経平均は昨年10月以来8カ月ぶりに1万円の大台に乗せ、過熱感の強まりを指摘する声も出ている。市場関係者によると、先進国における景気の下げ止まり、中国での需要の回復が下支えになっているという。
ただ、日本の中国向け輸出は、中国の米国向け輸出動向と相関が強く、いわゆる「迂回(うかい)輸出」の性格を帯びているとみられており「米国を中心に海外での最終需要がなお弱い動きを示す中では、輸出の急増も持続性を欠く」(野村証券金融経済研究所・チーフエコノミストの木内登英氏)との見方が多い。中国の5月分の輸出は前年比26.4%減、輸入は同25.2%減と、昨年11月以降7カ月連続の減少となっている。
中国はこのように減少する外需を公共事業など固定投資でカバーする構えだが、大和総研・シニアエコノミストの熊谷亮丸氏によると、中国の固定投資と日本の輸出の相関は低いという。熊谷氏によると、例えば、中国の輸出と相関が高いのは一般機械(相関係数0.69)、電気機器(同0.62)、化学製品(同0.62)などだが、固定投資との相関を見ると、金属製品(相関係数0.30)、一般機械(同0.24)、繊維製品(同0.23)など上位品目でも輸出との相関に比べ絶対水準が低い。
また、インフラ関係では建設用の安い鋼材などへの需要が強く、日本メーカーの競争力がある高品質家電や自動車向け鋼材は「まだ厳しいものがある」(業界筋)とされ、日本の輸出増加には米国はじめ先進国の需要回復が欠かせないとの見方が大勢だ。
<中国が需給ギャップ埋める可能性>
このように中国が日本経済をけん引する力は限定的と見られているが今後、中国経済が腰折れに向かう可能性が低いとの見方が、エコノミストの間で醸成されている。
大和総研の熊谷氏は、1)中国経済は純粋な市場経済ではなく「社会主義・市場経済」である、2)インフレ圧力が大きく後退しており、利下げ余地が拡大している、3)国債発行残高の対GDP比率は2割程度に過ぎない──と指摘。今後の経済状況次第で、中国政府が積極的に追加政策を打っていく可能性があるとみている。
中国は人口約13億人と巨大な市場を持ち、長期的な内需の潜在力を有することも事実だ。伊藤忠商事の武田氏は「中国は人口が増えている上に生活水準を上げていく潜在的なニーズがある。内需の盛り上がりや、それなりの拡大が続くことに対し、それほど心配はなさそうだ」と述べ、中国やインドなどの新興国が日本などが直面する需給ギャップを埋める有力なマーケットになるとの見通しを示している。
著名投資家のジョージ・ソロス氏は今月7日に上海で公演し、中国の国際的な影響力は予想よりも速いペースで増大すると述べた。同氏は中国政府の4兆元の景気刺激策は景気浮揚に奏功したとも指摘。「もし、この刺激策が十分でない場合、政府は追加策を導入する構えで、クレジットの提供や海外投資促進などを通して輸出を底上げする構えだ」とも述べ、中国経済の将来性に関心を寄せている。中国経済の世界経済に占める割合は7%強に過ぎないが、中国政府の次の一手や追加策には世界中から注目が集まる。
<政策のかじ取りは未知数>
中国は高成長を遂げる中で、地域格差や所得格差など様々な問題に直面している。今後消費を本格的に拡大させるためには格差を解消し、購買力を持つ所得層の裾野拡大を図っていくことが重要だが、政策のかじ取りには未知数な部分が多い。
中国政府はインフラ投資で雇用を促進すると同時に、農村における家電や自動車の普及などの政策を実施に移してきた。この結果、関連部材の在庫調整の進展がみれられたが、こうした政策効果が切れるまでに都市部の消費に回復の兆しがみられなければ、内需が失速する可能性も否定できない。ただ、政策の波及効果や足元の金融市場の回復に伴う資産効果が、想定以上の好循環につながる可能性も秘めている。
2001年12月に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟してから約7年半が経ち、世界経済の構図は大きく変わった。グローバル化が急速に進み、未曾有の経済危機を経験した世界経済はどこに行くのか──。大きな潮目の変化に直面した日本・世界経済の今後を占う上で、中国経済の行方に関心が集まることは間違いない。(ロイター日本語ニュース 武田 晃子)
日本から中国への輸出が回復基調を鮮明にしている。米欧の景気回復のテンポがゆっくりなまま力強さに欠ける中、中国経済の回復に対する期待感が、日本の産業界でも高まっている。
ただ、対米輸出比率の高い中国経済が本格的な成長軌道へ戻るのか懐疑的な声もエコノミストの中にはあり、ここでも先行きへの不透明感が晴れない。とは言え、足元で最もおう盛な需要を示す中国への輸出増加で局面転換を図る国内企業が少なくない。
<中国の内需振興策、日本企業の受注増に>
「中国を中心に公共投資関連の入札が前年に比べ3─4割程度増加している」──。電車用駆動装置などを手がける東洋電機製造<6505.T>の広報担当者はこう話す。中国政府は2004年に中長期鉄道網計画を発表し、全国で総延長1万6000キロの高速鉄道網を建設する方針が盛り込まれた。日本の新幹線の総延長(2200キロ弱)の約7倍に上る膨大な規模だ。中国政府は鉄道、道路など重要インフラの建設に、内需拡大策の約4割の1.5兆元相当を投入する方針で、この結果、鉄道網計画を実行に移す動きが加速しているという。
中国政府が打ち出した4兆元規模の投資を含む内需拡大策の効果で、中国経済が持ち直している。伊藤忠商事・主任研究員の武田淳氏は中国経済について「公共事業的なインフラ投資と個人消費刺激策の効果が徐々に波及してきているという感じだ。それに向けた原材料の需要も回復してきた」(伊藤忠商事・主任研究員の武田淳氏)と政策効果を指摘する。
中国国家統計局が11日に発表した1─5月の都市部固定資産投資は、前年同期比で32.9%増となり、1─4月の同30.5%増から増加幅が拡大。2008年通年では20.9%増となっており、景気刺激策の効果が月を追って高まっている様子がうかがえる。このほか12日に発表された5月鉱工業生産や小売売上高も伸びが加速している。
中国の需要拡大と歩調を合わせるように、日本の貿易統計の数字にも変化が表れている。財務省が発表した4月貿易統計では、中国向け輸出は前年比25.9%減と、過去最大の減少を記録した1月(同45.2%減)から大きく改善。品目別では、プラスチックや化学品、集積回路(IC)など素材関連の増加が目立つ。これに対し、米国向けやEU向けは今年に入り5割程度の減少が続いている。財務省の貿易指数(2005年=100・金額ベース)を見ると、対中輸出は1月の69.4から4月は110.5と6割近く上昇している。
<中国の対米輸出に左右される日本企業>
中国経済が日本の輸出に与える影響は、どの程度あるのか──。先進国の景気回復が緩やかなものにとどまり、経済活動が金融危機以前の水準に戻るにはかなり時間がかかると見られる中で、実体経済の回復を先取りする形で日経平均は昨年10月以来8カ月ぶりに1万円の大台に乗せ、過熱感の強まりを指摘する声も出ている。市場関係者によると、先進国における景気の下げ止まり、中国での需要の回復が下支えになっているという。
ただ、日本の中国向け輸出は、中国の米国向け輸出動向と相関が強く、いわゆる「迂回(うかい)輸出」の性格を帯びているとみられており「米国を中心に海外での最終需要がなお弱い動きを示す中では、輸出の急増も持続性を欠く」(野村証券金融経済研究所・チーフエコノミストの木内登英氏)との見方が多い。中国の5月分の輸出は前年比26.4%減、輸入は同25.2%減と、昨年11月以降7カ月連続の減少となっている。
中国はこのように減少する外需を公共事業など固定投資でカバーする構えだが、大和総研・シニアエコノミストの熊谷亮丸氏によると、中国の固定投資と日本の輸出の相関は低いという。熊谷氏によると、例えば、中国の輸出と相関が高いのは一般機械(相関係数0.69)、電気機器(同0.62)、化学製品(同0.62)などだが、固定投資との相関を見ると、金属製品(相関係数0.30)、一般機械(同0.24)、繊維製品(同0.23)など上位品目でも輸出との相関に比べ絶対水準が低い。
また、インフラ関係では建設用の安い鋼材などへの需要が強く、日本メーカーの競争力がある高品質家電や自動車向け鋼材は「まだ厳しいものがある」(業界筋)とされ、日本の輸出増加には米国はじめ先進国の需要回復が欠かせないとの見方が大勢だ。
<中国が需給ギャップ埋める可能性>
このように中国が日本経済をけん引する力は限定的と見られているが今後、中国経済が腰折れに向かう可能性が低いとの見方が、エコノミストの間で醸成されている。
大和総研の熊谷氏は、1)中国経済は純粋な市場経済ではなく「社会主義・市場経済」である、2)インフレ圧力が大きく後退しており、利下げ余地が拡大している、3)国債発行残高の対GDP比率は2割程度に過ぎない──と指摘。今後の経済状況次第で、中国政府が積極的に追加政策を打っていく可能性があるとみている。
中国は人口約13億人と巨大な市場を持ち、長期的な内需の潜在力を有することも事実だ。伊藤忠商事の武田氏は「中国は人口が増えている上に生活水準を上げていく潜在的なニーズがある。内需の盛り上がりや、それなりの拡大が続くことに対し、それほど心配はなさそうだ」と述べ、中国やインドなどの新興国が日本などが直面する需給ギャップを埋める有力なマーケットになるとの見通しを示している。
著名投資家のジョージ・ソロス氏は今月7日に上海で公演し、中国の国際的な影響力は予想よりも速いペースで増大すると述べた。同氏は中国政府の4兆元の景気刺激策は景気浮揚に奏功したとも指摘。「もし、この刺激策が十分でない場合、政府は追加策を導入する構えで、クレジットの提供や海外投資促進などを通して輸出を底上げする構えだ」とも述べ、中国経済の将来性に関心を寄せている。中国経済の世界経済に占める割合は7%強に過ぎないが、中国政府の次の一手や追加策には世界中から注目が集まる。
<政策のかじ取りは未知数>
中国は高成長を遂げる中で、地域格差や所得格差など様々な問題に直面している。今後消費を本格的に拡大させるためには格差を解消し、購買力を持つ所得層の裾野拡大を図っていくことが重要だが、政策のかじ取りには未知数な部分が多い。
中国政府はインフラ投資で雇用を促進すると同時に、農村における家電や自動車の普及などの政策を実施に移してきた。この結果、関連部材の在庫調整の進展がみれられたが、こうした政策効果が切れるまでに都市部の消費に回復の兆しがみられなければ、内需が失速する可能性も否定できない。ただ、政策の波及効果や足元の金融市場の回復に伴う資産効果が、想定以上の好循環につながる可能性も秘めている。
2001年12月に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟してから約7年半が経ち、世界経済の構図は大きく変わった。グローバル化が急速に進み、未曾有の経済危機を経験した世界経済はどこに行くのか──。大きな潮目の変化に直面した日本・世界経済の今後を占う上で、中国経済の行方に関心が集まることは間違いない。(ロイター日本語ニュース 武田 晃子)