豚コレラ、5府県に拡大 豚の殺処分は計1万5千頭以上になる見通し 2019/2/6 〈来栖の独白〉「地に動くすべての生き物を治めよ」と聖書は言う…

2019-02-06 | いのち 環境

豚コレラ感染拡大、焦りと怒りと 「見通し立たない」
  2019年2月6日 16時19分 朝日新聞デジタル

 愛知県豊田市の養豚場で発覚した豚コレラの感染が、この養豚場が豚を出荷していた岐阜、長野、滋賀、大阪の4府県に一気に広がった。
 長野には、感染が疑われていながら出荷されていた。一方、感染が確定した豊田市の養豚場では6日朝、6640頭の殺処分が始まった。
 6日午前8時過ぎ、愛知県豊田市の養豚場。豚コレラの感染が確定し、殺処分する豚の埋設処分に使う重機が次々と運びこまれた。
 その後、防護服の県職員らを乗せたバスが続き、殺処分や埋設の準備が進んだ。養豚場の男性経営者は取材に対し「今はちょっと答えられない」と話した。
 近隣住人によると、この日、小学校に通う児童は養豚場前を通らずに登校したという。「養豚場と言っても豚の姿も見えない工場のようなところ。ここまで豚コレラが及ぶとは……」
 この養豚場は市南部に位置し、みよし市や刈谷市の市境にも近い。半径10キロ以内で養豚場を営むみよし市の男性(57)は前日、県関係者から搬出制限の可能性を告げられた。「出荷制限されたら今後の見通しがたたない」。感染が判明した養豚場ではブランド豚を飼育し、事業も飼育規模も大きい。「管理が行き届いていたと思っていた。やはり、トラックや人の行き来があると防げないのか」

 ◎上記事は[Livedoor NEWS]からの転載・引用です
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2019年2月6日 中日新聞 夕刊
豚コレラ、5府県に拡大 豊田で確定
 愛知県豊田市の養豚場の豚五頭から家畜伝染病「豚(とん)コレラ」の陽性反応が出た問題で、農林水産省は六日午前、国の機関による検査で感染が確定し、この養豚場から豚が出荷された岐阜、長野、滋賀、大阪の四府県の養豚場でも感染が確認されたと発表した。岐阜県以外の飼育施設で感染が確定したのは初めて。豚の殺処分は計一万五千頭以上になる見通し。農水省は同日、岐阜県に同省現地対策本部を設置、感染経路を調べるため豊田市に調査チームを派遣した。
 豚コレラは昨年九月、岐阜市の養豚場で国内二十六年ぶりとなる感染が判明して以降、五日までに岐阜県内の豚やイノシシの施設で八例の発生が確認されていた。今回確認されたウイルスの型は、これまで岐阜県で確認されていたのと同じだった。
 愛知県は陸上自衛隊第一〇師団(司令部・名古屋市守山区)に災害派遣を要請。六日午前八時半から、百三十人体制で豊田市の養豚場で殺処分などの防疫対策を始めた。同県田原市の関連養豚場でも七十五頭の感染を確認し、午後から殺処分を始める。処分対象は両市の養豚場で八千二百四十頭となる。
 県は豊田市の養豚場周辺に消毒ポイントを設置。半径三キロ圏内を移動制限区域、半径十キロ圏内を搬出制限区域に指定し、七カ所の養豚場などの豚の移動や出荷を禁止する。
 豊田市の養豚場から豚を仕入れた岐阜県恵那市の民間養豚場でも六日朝までに複数の豚で陽性反応が出たため、同県は飼育する全約四千頭の殺処分を開始。同県内の飼育施設での感染は九例目。殺処分は七日までに終わらせる方針で、県は陸自に災害派遣を要請した。
 この養豚場は、豊田市の養豚場から一月十一日~二月三日の六回にわたり、計四百八十頭を仕入れていた。岐阜県は、豊田市の養豚場の関連農場と位置付け、恵那市の養豚場周辺では感染拡大の可能性は低いとみて豚の移動制限などは課さない。
 長野県宮田村の養豚場でも七十九頭の感染が確認されたが、この養豚場には、愛知県が豊田市の豚に症状が出たのを把握した後に出荷されていた。この養豚場から松本市の食肉処理場に出荷されたうち十二頭の感染も判明し、県は計約二千五百頭の殺処分を始める。
 滋賀県近江八幡市の養豚場でも六日中に六百九十二頭を殺処分する。大阪府東大阪市でも感染が確認された。三重県の農場にも出荷されていたが、感染は確認されていない。
 豚コレラは人には感染せず、感染した豚などの肉を食べても人体に影響はない。
*農相「重大な局面」
 農林水産省は六日、愛知県豊田市の養豚場で豚コレラ発生が確認されたことを受け、省内で対策本部の会議を開催した。岐阜県外に感染が拡大したことについて吉川貴盛農相は「極めて重大な局面を迎えている」と述べ、防疫措置の徹底を指示した。農相は「これまで以上に農水省が前面に立たなければならない」と強調した。
 農水省は国による養豚場の点検を柱とした新たな対策を五日に打ち出したばかりだった。

   

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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〈来栖の独白 2019.2.6 Wed 〉
 無論のこと、人命は守られねばならない。
 が、この種のニュースに接して、私は落ち込むばかりだ。食肉として供されるだけの弱い存在(動物)。
 はじめに言葉ありき。人類中心(至上)の情け容赦なき「言葉」ありき。「聖書」という。創世記1章20~30節 

20 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。
21 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。
22 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。
23 夕となり、また朝となった。第五日である。
24 神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。
25 神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。
26 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
27 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
28 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。
29 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。
30 また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。
31 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。


佐藤愛子著『冥途のお客』『私の遺言』…自殺や殺人を犯した者は、死後、暗黒界(地獄)へ行く… 

         

〈来栖の独白 2018.12.28 Fri〉
 (前段略)
 ところで、つい先日、岐阜で豚コレラに罹患したと思われる豚を7,500頭、殺処分にするという出来事があった。手に負える頭数ではなく、自衛隊の力も借りるという。
 何の罪もない生きものを殺して、己が命を養うのが人類である。人間間で「殺人」だの「自殺」だのというが、人一人がその生涯に於いて奪う(人間以外の)他者の命の数は如何ほどだろう。言葉も持たず、抵抗する術もない弱い生きものだからだからとて、殺していいのか。このように書きながら、今夕食においても牡蠣鍋を「おいしい 美味しい」と賞味した私である。原罪とでも言い訳するしかないか。
 このような私だが、しかし「自殺」「殺人」といった(人間中心の)括りだけでは、死後の魂の行方として理解できないのである。殺人という括りなら、イエスは既にクリアしてくださってもいる。

マタイによる福音書 18章
11 〔人の子は、滅びる者を救うためにきたのである。〕
12 あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を捜しに出かけないであろうか。
13 もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい、迷わないでいる九十九匹のためよりも、むしろその一匹のために喜ぶであろう。
14 そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではない。 

〈来栖の独白 2018.12.28 Fri〉
 昨日、大阪拘置所に於いて2名に対する死刑の執行があった。死刑制度について考えるとき、(議論のテーブルにものらないが)私は執行刑務官の悲しみを思わずにはいられない。職務とはいえ、命令されれば、死刑囚の首に縄をかけねばならぬ。執行ボタンを押さねばならぬ。これは、白昼、堂々とした殺人である。如何ばかり、辛い苦しいことだろう。このように人を殺した者も、佐藤さん、地獄へ行きますか。
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「牛は処分を察してか悲しい顔をする。涙を流した牛もいた」担当者ら、悲痛~心のケアを 2010/5/25
◇ わが子を死なせる思い。これまで豚に食わせてもらってきた。処分前に せめて最高の餌を
電気を流した。「豚は一瞬、金縛りのように硬直して、聞いたことのない悲鳴のような鳴き声を上げた」
ハイチの“マザーテレサ”須藤昭子医師(クリストロア宣教修道女会)に聞いてみたい、牛や豚のこと。
「子牛もいた。何のために生まれてきたんだろう」処分用薬剤を140頭もの牛に注射し続けた獣医師
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◇ 五木寛之著『親鸞』 われらは他の命をいただくことでしか生きられない存在
五木寛之著『百寺巡礼』/草木国土悉皆成仏/アニミズムだ、と近代では切り捨てられてきた 
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