安倍晋三首相×バイオリニスト・五嶋龍氏 新春対談(1)拉致問題解決へ 新時代作る
2019.1.1 12:00
天皇陛下が譲位され、新天皇が即位される新しい年を迎えるにあたり、安倍晋三首相は、北朝鮮による拉致被害者救出を訴えるチャリティーコンサートに取り組んできたバイオリニストの五嶋龍氏と対談した。「宿命の人」と言われる2人は、激動の国際情勢を踏まえ、平成の先の時代をどう見つめているのか。司会はジャーナリストの櫻井よしこ氏が務めた。
櫻井よしこ氏 明けましておめでとうございます。
安倍晋三首相 明けましておめでとうございます。
五嶋龍氏 明けましておめでとうございます。よろしくお願いします。
櫻井 今年は日本にとって非常に大切な行事がめじろ押しであり、世界も大きく変わると思います。まずお二人から、今年の抱負をお話しください。
首相 今年は何といっても皇位継承があり、20カ国・地域(G20)首脳会議を初めて日本で開催します。世界中のリーダーが集まり、世界経済について議論をする大切な会議ですが、世界が目指すべき方向を日本が示し、リーダーシップを発揮していきたい。ラグビーのワールドカップも開催され、日本各地で熱戦が展開される。まさに平成の、その先の時代に向かって新しい時代を作っていく。そういう年のスタートにしたいと思います。
五嶋 どうリーダーシップを取っていくのかによって国際社会での日本の立場は全く変わっていくと思います。
櫻井 私は憲法改正の第一歩を踏み出せるよう、民間の立場から後押ししていきたい。 首相 憲法を最終的に決めるのは主権者である国民の皆さんです。国民的な理解と議論が深まっていくことが絶対に必要なので、ぜひ櫻井さんにはリーダーシップを発揮してもらいたいと思います。
櫻井 首相と五嶋さんと私の3人に共通点として一番先に頭に浮かぶのが北朝鮮による日本人拉致問題です。五嶋さんは一昨年、忘れない(Remember)、拉致(Rachi)、お名前の龍(Ryu)の3つの「R」の文字をとった「プロジェクトR」という拉致問題を若い世代に啓発するコンサートを開きましたね。
五嶋 拉致問題をリアルタイムで知らない若い人の意識を高めようと、プロのオーケストラではなく、僕の世代よりもっと若い世代のメンバーのオーケストラと一緒に問題に取り組んでいこうと考え、大学のオーケストラと企画しました。
首相 本当に残念ですが、最初に拉致問題が起こったときに日本政府が事態をしっかりと認識し、北朝鮮をはじめ国際社会に日本の立場、被害者の立場をしっかりと訴えていくべきだった。あのとき大きなチャンスを失ったのではないのかと思います。
櫻井 日本人が北朝鮮に拉致されているということは分かっていたにもかかわらず、問題を報道したのは産経新聞だけで、社会も政治も動かなかった。
首相 全く動かなかったですね。当時は北朝鮮に対して制裁を科す法律もなかったので、北朝鮮に制裁をかけて「日本人を返しなさい」という行動に訴えることができなかった。
櫻井 五嶋さんはアメリカで生まれ、世界中をコンサートで回ったり、他のいろんなことを通して拉致問題はどのように胸に刺さりますか。
五嶋 最初に拉致問題を知ったのは、祖母と母が本当に熱心に、拉致問題について僕が幼い頃から話していて心に残っていました。そして、いつも引っかかっていたのが、首相がおっしゃったように、なぜその時に解決しなかったのか。なぜ何も言わなかったんだろうと。私はアメリカで生まれ育ったので、アメリカ人的な発想で考えれば、問題が起きたら即、何かしらの働きかけをするだろうというイメージを持っていたので「日本はなぜ何もできなかったのか」とずっと思っていました。米国やその他の国の私の友達にこの話をすると「なぜ日本はもっと行動しないのか」といつも言われてきました。結構フラストレーションがたまっていましたね。
櫻井 安倍首相になって初めて首相を本部長とする拉致対策本部をつくり、ようやく日本が国家としてこの問題に取り組むことができるようになった。
首相 横田めぐみさん=拉致当時(13)=以前に拉致された久米裕さん=同(52)=について「北朝鮮がやったのではないか」という疑いを捜査当局は持っていた。その時、政府がそれをしっかりと認識し、総合的に情報収集と分析をし、発信していればめぐみさんの事件はなかったかもしれない。
櫻井 戦後、みんなが幸せに、豊かに暮らしてきた中でこの事件が起きて、われわれは初めて国として対処しなきゃいけないという目覚めに導いてくださったような気がします。
五嶋 そうですね。どれだけ国民の安全性の準備ができてなかったかということを気づかされた感じです。国が目覚めたという気持ち、勢いを失ってはいけないと思います。
首相 私が官房副長官のとき、北朝鮮が拉致被害者の方々は死亡しているという資料を日本に送ってきた。その中にめぐみさんが亡くなるに至るまでの記録をつづったものがあった。私はまずお母様の横田早紀江さんにお見せした。横田さんは読みながら涙を流しておられましたが、私が「これはこのまま発表してよろしいでしょうか」と聞いたら、早紀江さんは「どうぞ発表してください。こんなひどいことを言ってくる国であることを知っていただきたい。でも、私はめぐみは生きていると思うし、必ず私が取り返します」とおっしゃった。まさに母親の強さです。本当に頭の下がる思いでした。いまだに解決できていないことは首相として本当に痛恨の極みです。
櫻井 拉致被害者が北朝鮮にいることが分かったときから20年以上たっていますが、今が一番、解決に近づいているのでは。
首相 昨年6月にシンガポールで行われた米朝首脳会談は一つの大きな変化です。この機会を捉えて私自身が北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と向き合い、この問題を解決していかなければならないと決意しています。
五嶋 非常にチャンスなのは明らかだと思います。ただ、日本はアメリカと違って軍事力で北朝鮮に力をかけることは不可能だし、複数の国で経済制裁したとしても、北朝鮮はずっと制裁を受けてきた国ですからあまり影響がないかもしれない。それぞれの国には思惑があり、例えばアメリカはまず、米兵の遺骨を返還させる問題がある。その中で日本が拉致被害者を返すよう要求するのは難しいのではないでしょうか。日米は非常に深い関係ではありますが、中国やロシアなども日米と全然主張が違う。僕は北朝鮮との直接交渉でなければ、北朝鮮は日本独自の要求には応じない。でなければ北と他国との交渉の場に、強いポジションで日本も座らなければならないと思います。
安倍晋三首相×バイオリニスト・五嶋龍氏新春対談(2)首脳同士の信頼関係醸成にはコツが…
2019.1.1 12:01
首相 私は北朝鮮の問題について、これまで100カ国以上の首脳と会談し、説明してきました。北朝鮮に対してヨーロッパの国々は関心が薄い。脅威と感じてませんからね。ましてや拉致問題は同情してはくれますが、残念ながら他人事だったし、ほとんどの国は知らなかった。
しかし、今は日本に対する支援を明言した国は相当の数に上っています。G7(先進7カ国)にも私から詳しく説明した結果、一昨年、国連で相当厳しい制裁決議が中国もロシアも賛成する形で決議された。日本が主導し、いわゆる「瀬取り」を阻止するため自衛艦を派遣し、米国、英国、オーストラリア、ニュージーランドも参加している。北朝鮮は国際社会の要求に応えざるを得ない立場になりつつあります。日米同盟の信頼関係の中でここまで来ることができた。今後は五嶋さんの指摘通り、拉致問題について日朝間で話をしなければ解決しないと思っています。
五嶋 ただ、北朝鮮は明らかに独裁政権で、制裁をかけるだけではなかなか折れないと思います。折れたとしても、向こうは日本が何をよこしてくるかを考えている。果たして拉致被害者全員を日本に返してもらうところまでやってくれるかは非常に難しい。
櫻井 向こうの独裁者の耳には届かないかもしれないけれど、私たちは被害者全員を即時に返せとずっと要求し続けています。
五嶋 僕は届くことはあると思います。届くのは被害者の気持ちではなく、北朝鮮のリーダーである金委員長は経済的に国を変えて救世主になりたい。だから彼の求めているうちのインセンティブがあるもののみに耳を貸すのだと思います。
首相 それはもうあります。彼らがまともな行動をとっていけば今の制裁は緩和していく。核、ミサイル、拉致問題を包括的に解決すれば、日本と北朝鮮は不幸な過去を清算し、国交正常化する。韓国は日本と1965(昭和40)年に締結した日韓基本条約で関係を正常化し、経済支援を受けて高度経済成長を果たした。北朝鮮は日本と国交正常化できれば韓国と同じように夢を描くことができる。北朝鮮には国民のためにそういう判断をしてもらいたいです。
五嶋 首相が金委員長に直接問うことができたらいいですね。
櫻井 国際社会にいろいろなリーダーがおり、外交のかじ取りは難しい。
首相 トランプ米大統領がアメリカ・ファーストを主張し、さまざまな議論が起こっていますが、国のリーダーが自国の国益を第一に考えるのは当然のことです。しかし同時に、みんなで作ったルールをみんなが守っていかなければならない。自分のことばかりでは結果的に、国際社会は経済成長できないし、安全保障面でも不安定になる。ひいては自国にとって大変なマイナスになる。国際社会のルールをお互いが守ることが基本です。
櫻井 今世界は、ルールを守る国々と、守らない国々に分かれてせめぎ合ってると思うのです。明治維新以来の大きな変化が今、起きてるんじゃないかとさえ思うのですが。
五嶋 ルールを守らない国に対し、どう接していくかは非常に難しいと思います。ルールを守りすぎても結局は置いてきぼりになることもあるし、ルールを守らなければ最終的にはツケが後で回ってくるわけですよね。日本は多くの面で世界中から評価されているけれども、相手にされているかどうかは結局、力関係だと思います。
首相 ルールを無視すればそれはジャングルと同じで、世界は発展できない。ある国が「この海は私のものだ」と宣言し、強い軍事力を持っていれば他の国は黙るしかない。しかし、国際社会のルールでは、例えば国際海洋法条約に基づいた裁判があるし、ルールを守らない国は評判が悪くなってくる。評判が悪くなっている国は、評判が悪いことを実は意外と気にしているんですよ。
櫻井 気にしているのですか。
首相 非常に気にしています。われわれが思っている以上に。ですから、やはり言うべきことを言っていくことが大切です。それから国際社会で仲間がいるかどうかも大切です。日本にとってはまず日米同盟があり、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配という普遍的価値観を共有する他の国とも、これを守るためにお互いが協力していく。
昨年アルゼンチンでのG20首脳会議で、トランプ大統領とインドのモディ首相と3人で初めて日米印首脳会議を開きました。リーダー同士の個人的な関係をつくっていくことは非常に大切です。
日本はわれわれが思っている以上に多くの国に評価されています。
五嶋 確かに日本は世界でリスペクトされていますが、中国は今、世界中で仲間をどんどん増やそうとしている。経済的にもアフリカ、南米、東南アジアでもすごく力を発揮している。好かれていなくても、経済力でねじ伏せようとしているわけですよね。
首相 経済力でねじ伏せるということは、できそうで、そうでもない。一時的にたくさんお金を貸したとしても、それが本当にその国のためにならなければ、次第にそれに気づいてくる。
日本は資金の返済計画などいろいろ言うから嫌がる国もありますが、結果としてその国は相当成功しています。人材育成も中期的な投資をしているので、日本企業への投資を求める声はすごく多いんです。
日米関係についても、日本は平和安全法制を成立させ、米国と助け合うことができるようになった。米国の航空機や艦船を海上自衛隊の護衛艦などが護衛する。事実上、そこに乗っている米国の若い兵隊の命を一時的に日本に預けている。こういう2国間関係は世界でほとんどないんですよ。日米安保条約上、日本があって初めて米国はアジアで軍事的プレゼンスを維持できる。われわれが思っている以上に日本は強い存在なのだと思ってもらってよいと思います。
櫻井 海千山千の世界のリーダーとはどうコミュニケーションをとっているのですか。
首相 率直に話をすることです。策を弄(ろう)して、相手を味方にしようと思っても簡単にはできません。それよりもある意味で自分をさらけ出しつつ、約束を守ることが大切です。いろいろな機微の話もしますが、それをすぐに外にしゃべってしまうと関係は終わります。そこは普通の人間関係と変わりません。
櫻井 何かシナリオみたいなものがあるのですか?
首相 特に日米、日露、日中の場合は、お互いに信頼できるかどうかでしょう。相手が半年後に辞める可能性があると、何か約束しても「この人は本当に約束を果たすことができるのか」と考える。実は首脳同士の信頼関係でこれが最も大きいんです。日本の問題はそこにあったのですが、幸い、私はこの6年間、各国首脳とお互いに信頼関係を培うことができたと思っています。
櫻井 お二人は宿命の人というか、天から与えられた課題を背負ってる人たちではないかなと思いますが、いかがですか。
五嶋 天才とか神童という言葉がありますが、僕はそういうことを信じたことがない。自分の経験やパッション(情熱)から自分の生きがいを見つけ、人生を費やしていくのかなと思っています。宿命はかっこいい言葉ではあるけれど、よく考えてみると、すごく制限のある言葉でもあるので、その上に自分のパッションを生かしたいですね。
首相 戦後70年以上解決できなかった日露間の領土問題を解決し、平和条約を締結する。戦後残された大きな課題に終止符を打つべく全力を尽くしています。
私の父も晩年、この問題を解決すべく、生命を燃やし、余命いくばくもない中で最後の力を振り絞ってソ連のゴルバチョフ元大統領と会談した。残念ながら父は政治家としての大きな目標は達成せずにこの世を去りましたが、そのときの父の思い、政治家の執念を私は見ていました。その意味で、私とプーチン大統領が会談を重ね、領土問題に何とか答えを出していく。日露双方が受け入れ可能な解決に至るために全力を尽くす。そういう立場になったことは、ある意味で宿命なのかなと思っています。
櫻井 私は日本というこの素晴らしい国があらゆる面で自立した国になるよう、頑張ろうと思っています。今日は本当にありがとうございました。
五嶋 ありがとうございました。
首相 どうもありがとうございました。
【プロフィル】安倍晋三 あべ・しんぞう
昭和29年9月生まれ。成蹊大卒業後、神戸製鋼所に勤務。外相秘書官などを経て平成5年に衆院議員に初当選し、現在9期目(山口4区)。拉致問題や歴史教育問題に精力的に取り組み、自民党幹事長、官房長官などを歴任。18年に第90代首相に就任したが、病に倒れ退陣。その後、自民党総裁に返り咲き、24年暮れの衆院選後に第2次安倍政権を発足させた。在職日数は通算2564日(1月1日現在)で戦後3位、歴代5位。祖父は岸信介元首相、父は安倍晋太郎元外相。
【プロフィル】五嶋龍 ごとう・りゅう
バイオリニスト。昭和63年NY生まれ、ハーバード大卒業。7歳でPMFデビュー。以来、著名オーケストラ、指揮者と共演。JR東のイメージボーイ、「五嶋龍のオデッセイ」「題名のない音楽会」などに出演。平成29、30年にはプロジェクトR(リメンバー・拉致・龍)を企画し、6公演を行う。6月は広上淳一指揮の京都市交響楽団、12月にゲルギエフ指揮マリインスキー管弦楽団との共演を控え、外務省派遣の音楽文化交流にも余念がない。日本音楽財団貸与のストラディヴァリウス「ジュピター」1722年製使用。
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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