和田秀樹さん『80歳の壁』 血圧・血糖・コレステロール値 下げなくていい 2022.11.26 

2022-11-27 | 文化 思索 社会

特報 2022.11.26 Sat. 中日新聞

 「80歳の壁」和田秀樹さん 血圧・血糖・コレステロール値 下げなくていい 

「80歳の壁」和田秀樹さん 節制とは真逆、日本医療界では異質の健康法を提唱するわけとは
 東京新聞 2022年11月17日 06時00分
 精神科医の和田秀樹さんの著作「80歳の壁」(幻冬舎)が50万部を突破し、今年のベストセラーが確実視されている。いかに幸せな老後を送るか—というノウハウ本だが、その主張は節制が伴いがちな健康指南とは全く異質。そんな本が売れる背景には「漫然とした医療不信がある」と言う。その真意を和田さんに聞いた。(鈴木伸幸)
日本の医療不信について語る和田秀樹さん=東京都文京区で

◆本が売れる背景に「医療不信」
 和田さんが提唱する健康法は、一般的な医療常識とは一線を画している。
 「食べたいものを食べ、飲みたければ酒も飲む」「健康診断(健診)を絶対視しない」「血圧、血糖値、コレステロール値は下げなくていい」「薬は不調があるときだけ飲めばいい」
 実際、身の回りを見れば、医師に従順に従った人が早死にする一方、酒を飲んで、たばこを吸っても長生きな人がいる。和田さんは「医療に不信感を持ちながらも、不安がある高齢者が僕の本を買っているのでしょう」と解説する。

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◆節制のストレスで免疫低の恐れ
 もちろん、和田さんの提唱には根拠がある。肥満が問題となっている米国では死因のトップが心筋梗塞なのでコレステロール値や血圧、血糖値を下げた方がいい。しかし、日本で死因のトップはがん。心筋梗塞で亡くなる人の10倍以上もいる。「がん予防で免疫力を保つには、暴飲暴食は論外だが、過度な節制によるストレスを減らし、しっかり食べて栄養状態をよくすることが大切だ」
 コレステロール値は栄養状態の指標でもある。1日当たりの肉の摂取量は、米国人が300グラム程度で日本人が100グラム程度。「普段からあまり食べていないのに、控えると免疫細胞の材料となるコレステロールが減る。肉好きな人は楽しみが減り、それがストレスで免疫力が落ちるかもしれない」
 「遺伝性の疾患など一部の例外を除き、日本人はコレステロール値が高い方が長生き。むしろ低い人は極端に死亡率が高く、それが問題。精神医学的にも高い方はうつになりにくく、もっと肉を食べるべきだ」
 高血圧も日本人の栄養状態が悪く、血管がもろくて脳卒中で亡くなる人が多かった1970年代までは確かに問題だった。しかし、今は栄養状態が改善して血管は丈夫になり「動脈瘤りゅうがなければ、病的ケースや頭痛、目まいといった自覚症状がある場合を除けば、まず問題ない」
 血糖値も「食事に気を付けて、歩く習慣を付けるだけで改善する。そもそも、大規模な比較調査がないので、どれだけ下げればいいのかも分かっていない」

◆検査数値に過剰反応、薬の消費量も多い
 問題は「検査数値への過剰反応」という。日本ほど健診が頻繁な国は珍しく、それによるメリットはあるが、デメリットもある。血圧や血糖値の数値が高いと、それ自体は病気ではないのに、数値を下げるための薬が出される。「薬好き」という国民性もあって、日本は世界で最も薬の消費量が多い国の一つだ。
 和田さんは「厳密には不要な薬が多い。薬には副作用がある。薬で低血圧や低血糖を起こして足元がふらつき、けがをすることもある。薬の相互作用で副作用が起こりやすくなる多剤服用の問題もある。できるだけ飲まない方がいい」と断言した。

◆収入のため過剰な検査、上意下達の医療従事者
 日本医療界には制度的欠陥がいくつかあるという。国際比較で日本は磁気共鳴画像装置(MRI)などの高度医療機器の設置台数が極めて多く、国民の医療機関への通院頻度も最多レベルにある。国民皆保険制度があるので低額な自己負担で検査を受け、薬をもらえるからだ。だが、それには問題もある。和田さんは「検査や投薬の要不要はチェックされず、増やせば医療機関の収入は増えるので、過剰な検査と投薬がまん延する」と指摘する。
 また、医療従事者には大学教授を頂点とする上意下達体質が根強く、その閉鎖性は「象牙の塔」とも評される。日本医療は専門分野への特化が特徴で肝臓内科、腎臓内科と臓器別に細分化され、医師の9割以上を専門医が占める。内輪の論理が強く、各科はお互いに不干渉が不文律で相互批判はご法度となっている。
 大学の医学部入試に必須の面接も懸念材料だ。「ハーバード大学など欧米の名門校では、教授に議論をふっかけるぐらいの学生が評価され、それが医療の進歩にもつながる。異分子を面接で排除し、従順そうな生徒だけを受け入れる入試では、大きな意味で医療のためにならない」と言う。
 和田さんもそんな内向き志向を体感した。「私の『高齢者の精神療法の方法論』を提起した論文は、米国の自己心理学の国際年鑑に優秀論文の一つとして掲載されたが、東北大学では300人に1人しか落ちないとされる博士論文の審査で落ちた。日本では教授の意に沿わないと外される」

◆専門外に弱い開業医、頼りは検査数値
 いびつな診療報酬制度には改善が必要だ。現状では開業医の収入は勤務医の2、3倍にもなるため、勤務医は50歳前後で開業することが多い。ところが、専門分化されているので、自分の専門外の病気を診られない。そこで「開業医対象のベストセラー『今日の治療指針』(医学書院)に従って治療薬を出しているのが実情」という。
 それもあって検査数値に頼る「正常値絶対主義」に陥りやすく、薬で数値を正常値内に収めようとする。ただ、そもそも正常値とは全世代を通じた検査結果の平均値。個々に固有の適正値があり、平均値に収まればいいわけではない。例えば、メタボリック症候群健診で肥満の尺度とされる体格指数(BMI)では「太り気味」の人の健康寿命が最も長い。
 実際に医師が過剰に介入しないほうが健康な老後を送れるという実例もある。北海道夕張市は2007年に財政破綻し、市立総合病院が診療所に縮小され、医療機関への通院頻度は下がった。過疎化は進み、高齢化率も50%を超えた。それでも生活指導で、死亡率は悪化しなかった。「過剰な診療や投薬がなくなり、より人間らしい最期を迎え、老衰で亡くなった方が増えた」と分析されている。
夕張市の財政破綻で、診療所に縮小された夕張医療センター。医療体制が弱体化しても同市の死亡率は悪化しなかった=2008年、北海道夕張市で
 もちろん、医師が不要なのではない。高度な専門医療で命が救われた例は数知れず、治療不可能な難病は減っている。問題は、権威者が一度決めたことに批判が許されず、方向修正ができない無謬むびゅう性だ。

◆人も心も診られる総合診療医が必要
 日本医学界がコレステロール値などに過剰反応するようになった契機は、1980年前後に米国で動脈硬化性疾患による死者の急増が社会問題化したこと。米医学界が対策を打ち出し、日米で背景事情が異なるのに日本医学界が、それを模倣して今に至っている。
 専門分野に特化する「臓器別診療」も漫然と前例踏襲が続く。高齢化が進む中、必要なのは個別の臓器ではなく、人を診て、心もケアする総合診療医で、本来開業医は総合診療医であるべきだ。実際に英国では医師の半数が総合診療医で、厚生労働省はその問題を認識はしている。和田さんは「医師養成を文部科学省任せにせず、『厚労省が総合診療医養成の医学校を新設する』といった抜本的改革をしなければ、本当に医療崩壊が起こりかねない」と警鐘を鳴らした。

◆デスクメモ
 健康診断の数値は結構気にする方だ。悪ければ落ち込み、病気かなと調べたくなる。ただ、数値が良いときは体調が絶好調かというと、そんなこともない。モヤモヤの背景に「象牙の塔」や「正常値絶対主義」があるという指摘に納得。数値の行間にあるものを、読み解かなくては。(本)

 ◎上記事は[東京中日新聞]からの転載・引用です
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