状況証拠で有罪認定 無期懲役=元民生委員 / 死刑=和歌山毒カレー事件

2009-09-09 | 死刑/重刑/生命犯

状況証拠で犯行認定~元民生委員に無期判決---裁判員裁判の難題に
 「被告が犯人だと優に認められる」。
 名古屋地裁は7日、「殺していない」と訴え続けた元民生委員江角一子被告(58)を強盗殺人の犯人と認め、無期懲役を言い渡した。凶器や自白などの犯行を裏付ける直接証拠のない事件で、何を根拠に犯人と判断できたのか。裁判員裁判でも、参加する市民を悩ませる問題になりそうだ。(中日新聞2009/9/8 社会部・北島忠輔)
●主張
 名古屋市北区の無職高島静子さん=当時(83)=殺害事件は、和歌山毒カレー事件などと同様、被告と犯人を結びつける直接証拠がない事件だった。
 「あらゆる証拠を総合すれば、江角被告が犯人に間違いない」判決前、自信たっぷりに話した検察幹部は①被告が高島さん宅の合鍵を持っていた②預金を引き出す暗証番号を知っており、死亡翌日に預金を引き出した③犯行に使われた睡眠薬を持っていたーの3つの事実を、被告が犯人だと裏付ける主要な状況証拠に挙げた。
 公判では、殺害当日の2005年3月22日午後7時20分ごろ、被告に似た女性が高島さん宅を出るのを見たという目撃証言も江角被告の犯人性を補強すると主張した。
 これに対し、「預金を引き出したのは、高島さんに頼まれたためだ」と無罪を訴えた弁護側は、検察主張jの一つ一つに反論した。
 「江角被告以外の人が合鍵を持っていた可能性も否定できない」「すりこぎから睡眠薬が見つかったことと被告が高島さんに飲ませたことは結び付かない。高島さんが自分で飲んだか、誰かが飲ませたこともあり得る」
●判断
 地裁が最も重視したのは、死亡推定時刻に近い午後9時20分に、江角被告が高島さん宅の固定電話を使っていた事実だった。
 これに加え、江角被告が高島さん宅の合鍵を持っていたことなどを認め、「間接事実を総合すると江角被告が高島さんを殺害した犯人」と結論づけた。
 弁護側は証言を逆手に取り「目撃されたのは被告ではない。証言は別人が高島さん宅に出入りしていたことを示す示す」と反撃した。
 判決は「第三者が「出入りしていた可能性は残る」としつつ、「仮にそうでも、犯行時間帯に被告が高島さん宅にいたのだから、被告を犯人とするのに疑いはない」と述べた。
●証明
 この事件のように直接証拠がなく被告が否認している場合、裁判が長期化する傾向がある。裁判員裁判でも、審理が数週間に及ぶこともあり得る。さまざまな主張を聞くことになる裁判員は、どれくらい間違いないと考えたときに、被告を犯人と認めればいいのか。
 最高裁が07年に示した基準を解きほぐすと「健全な社会常識にに照らして犯人に間違いないと言えるとき」は有罪。犯人と認めることに疑問があっても、それが単なる可能性に留まる場合は、有罪にしてもいいという。
 もと裁判官「51%クロというレベルで有罪にしてはいけない。98%ぐらい間違いないときに有罪に出切る。それ以外は無罪にしなければならない」と話す。
 江角被告の弁護側は、検察が出した状況証拠に対し別の可能性を示し、「被告が犯人との証拠が不十分」と訴えた。しかし、地裁の判断を揺るがすことはできなかった。

状況証拠有罪 裁判員への重い課題
中日新聞【社説】2009年9月8日
 「犯行の可能性だけで有罪にしてはならない」というのは刑事裁判の大原則である。
 名古屋地裁で無期懲役の判決が出た殺人事件は裁判員にそれを徹底する重要性をあらためて浮き彫りにした。
 裁判員裁判は今週、本格化し、各地の裁判所で次々開かれる。過去三件の裁判では、事実関係に争いがなかったため、裁判官だけの裁判より量刑が重めになる点だけが注目されたが、その是非を単純に論じてもあまり意味はない。
 裁判員が日常生活を通じ生身で感じている犯罪の怖さが量刑に響いているのだとすれば、重い量刑は市民感覚の反映といえる。
 しかし、だからといって重罰化を安易に容認はできない。裁判員が矯正の現場の実態をどれだけ知っているか疑問だからである。
 刑務所に送りさえすればよいわけではない。再犯受刑者が多い、十分な矯正教育をできていない、などの指摘がある。
 再発防止、被告人の矯正を目指す裁判ではさまざまな要素を考慮すべきだ。そのために刑事政策の現状、今後のあり方などについて国民が議論し、成果を裁判に反映させることで、司法に対する国民参加が本当に生きてくる。
 量刑に劣らず重要なのは、「疑わしきは被告人の利益に」の鉄則を裁判員に浸透させることだ。
 七日に名古屋地裁で無期懲役が言い渡された被告人は、民生委員として接触していた被害者を殺害し、キャッシュカードなどを奪ったとして起訴されていたが、犯行をほぼ全面的に否認していた。
 被告の犯行を推認させる状況証拠、あるいは被告が罪を犯した可能性を示す間接事実はいくつかあるものの、凶器や指紋などの直接証拠はなかった。
 それでも裁判官は間接証拠を積み重ね「被告人が被害者を殺害した犯人であると優に認められる」と判断した。
 この判断手法は最高裁でも認められているが、「可能性があれば有罪」と解することを容認するものではない。いかに間接証拠が積み上げられても「犯人間違いなし」という確信に至らなければ無罪としなければならない。
 かつて「疑わしきは被告人の利益に」を裁判員に説くべきか否かで議論があった。裁判官の間には「裁判員に予断を与える」と消極論もあったが、裁判官も、検察官、弁護士も裁判員に裁判のつど分かりやすく説明すべきなのは言うまでもない。

2009年9月7日 中日新聞夕刊
 名古屋市北区の市営住宅で2005年3月、一人暮らしの無職高島静子さん=当時(83)=が睡眠薬を飲まされ絞殺された事件で、強盗殺人などの罪に問われた元民生委員江角一子被告(58)に対する判決が7日、名古屋地裁であった。天野登喜治裁判長は「高島さんを眠らせてキャッシュカードを奪い、犯行を隠すために殺害した。衝動的な犯行ではない」と述べ、求刑通り無期懲役を言い渡した。
 江角被告は「高島さんを殺したのは私ではない」と主張。犯行と被告を結び付ける凶器や指紋などの直接証拠はなかったが、天野裁判長は、強盗殺人罪をはじめ起訴された詐欺や窃盗など計10件の罪をすべて認定した。
 判決では、高島さんの遺体を解剖した医師や検視した警察官の証言などから、死亡推定時刻を3月22日午後9時前後と認定。同日午後11時以降とする弁護側の主張を退けた。
 次に同日午後9時20分ごろ、江角被告が高島さん宅から江角被告の知人の男性に電話をかけたと認め、「犯行時間帯に被告が高島さん宅にいたことを示しており、被告が高島さんを殺害したと強く推認される」と述べた。
 天野裁判長は「殺害の翌日に高島さんの口座から預金が引き出されたのは、高島さんの意思ではない」と指摘。弁護側の「預金を引き出したのは高島さんに頼まれたため」との主張を認めなかった。
 高島さんが飲まされた睡眠薬を江角被告が持っていた事実も重視。「高島さんが睡眠薬を処方された事実はない」として、江角被告が高島さんに睡眠薬を飲ませた上で殺害したと認めた。
 強盗殺人の動機について、判決は「約843万円の借金を抱えており、それ以外に動機は見当たらない」とした。
 判決によると、江角被告は05年3月22日、高島さんに睡眠薬を飲ませて眠らせてキャッシュカードなどを奪った上、高島さんの首をひも状のもので絞めて殺害。翌日に高島さんの預金口座から5万3000円を引き出すなどした。
 【名古屋市北区の女性殺害事件】2005年3月23日、名古屋市北区の市営住宅で一人暮らしをしていた無職高島静子さん=当時(83)=が絞殺体で見つかった事件。愛知県警は7月、高島さんを担当する民生委員だった江角一子被告(58)を窃盗などの疑いで逮捕。8月には強盗殺人容疑で再逮捕した。名古屋地検は10件の罪で、江角被告を起訴。江角被告は他人名義のクレジットカードで買い物をした詐欺事件以外は、無罪を主張している。

 〈来栖の独白〉
 被告人が起訴内容を否認し、弁護側、検察側が全面対決した公判は長期化し、67回を数えたという。初公判から判決まで3年7ヶ月。
 2006年3月第2回公判のあと、争点が多岐わたるため、非公開で争点の整理をする手続をする「期日間整理手続」に移行。約1年4ヵ月の期間を要し、07年7月に公判を再開した。
 その後、約40人の証人尋問や約30回の被告人質問が行われたという。
 証拠も膨大な数に上り、検察、弁護側双方から約1540点の証拠請求があり、最終的に約460点の文書などを調べる大型裁判となった。
 直接証拠がなくとも「優に」有罪と判定する。加えて、被害者も参加、求刑する法廷となれば、人の権利、命は益々軽んじられる。
「裁判員 裁けるのか 毒カレー事件死刑判決」


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