2015.5.26 05:02更新
【正論】安保法制の「大業」を成就させよ 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛
≪胸突き八丁迎えた法整備≫
当時、私は東大大学院で国際関係論を専攻していました。岸信介政権はアイゼンハワー大統領との間で結んだ日米安全保障条約の国会通過を目指し、悪戦苦闘中。首相官邸も国会議事堂も連日「安保ハンターイ」を叫ぶ抗議デモに十重二十重と取り囲まれます。
安保賛成派でも反対派でもなかった私はそれでも気がかりだったので、地下鉄で官邸前に行き、形勢視察を試みました。その翌日の夜、東大女子学生の樺美智子さんがデモ隊と警察の衝突の中で死亡する悲劇が起きたのです。ショッキングでした。
その頃、岸首相の孫、安倍晋三氏は祖父の住む渋谷区南平台の近くで暮らしていました。ここもくだんの「安保ハンターイ」のシュプレヒコールに取り囲まれ、家人をうんざりさせていました。ただ当時6歳の晋三坊やはその意味が分からず「アンポ、ハンターイ」を連呼、両親を苦笑させます。そして祖父、信介に「アンポって、なあに」と聞く始末。安倍首相は平成18年刊の「美しい国へ」(文春新書)で往時、つまり1960年をそう回顧しています。
それから55年後の今日、安倍政権は集団的自衛権の限定的行使を中心とする、新しい安全保障関連法制の最後の胸突き八丁に差し掛かっていると言えましょう。それはひどく骨の折れる作業です。
つい先日、そのほぼ全容が明らかになりました。私は第1次、第2次の「安保法制懇」のメンバーだったため、ごく最近、官邸から「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案要綱」なる長い文章を受け取りました。全体で147ページ、長文であるうえ、すこぶる重いのです。
≪有志連合への参加に紛糾も≫
頭の痛さを覚えながら読み進めてみたものの、はかどりません。さらにもう一つ別の文書も同封されていました。「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案要綱」がそれです。これが42ページ。
法律にかかわる文書なのでスラスラとは読めません。後者の「要綱」の冒頭にはこうあります。「第一 目的 この法律は、国際社会の平和及び安全を脅かす事態であって、その脅威を除去するために国際社会が国際連合憲章の目的に従い共同して対処する活動を行い、かつ、我が国が国際社会の一員としてこれに主体的かつ積極的に寄与する必要があるもの(以下「国際平和共同対処事態」という。)に際し、当該活動を行う諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等を行うことにより、国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的とすること」。砂を噛(か)む思いなしには読めない代物です。
この2本の法律案のうち、私見では後者、つまり国際平和支援法の方が国会で紛糾を呼びやすいでしょう。なぜなら、その国際連携平和安全活動、換言すると、「非国連統括型の国際的な平和協力活動」(傍点引用者)の法制化には民主党をはじめとして多くの野党が難色を示すからです。有志連合型の行動への参加は我が国では嫌われてきました。国会の外でもそうです。各種の世論調査の結果が何よりもそれを物語っています。
≪今こそ冷静な議論が必要≫
安倍政権に対する世論の支持は調査主体により多少のバラツキはあるものの、総じて高止まっているといえるでしょう。が、それに比べると、国連が直接に関与しない国際的平和協力活動への自衛隊参加には国民の抵抗が大きいのです。この点で世論の賛成を問うと、政府は敗れます。国連憲章が自明視する個別的、集団的自衛権の限定的行使についてやっと賛成多数の見通しがたっているのとは、大違いなのです。
安倍首相の言う「積極的平和主義」を一般庶民は「おせっかい介入主義」だと曲解し、背を向けたがります。そうでなくとも、かつて非武装中立を唱えた日本社会党の末裔(まつえい)たる某党は政府提出法案を「戦争法案」だと罵(ののし)っているではありませんか。この種の口吻(こうふん)は俗耳に入りやすいのです。
安倍首相は会期を多少延長してでも今国会で新しい安全保障法制を成立させたいと明言しています。いまの与野党の勢力比に照らせば、それは可能でしょう。ただし、問題は世論の動向です。その特徴はムラ気さにあります。一部の「進歩的」新聞は、いっそう煽動色を強めている気配です。本当は今秋にかけて、いまこそ冷静な議論が必要だというのに-。
1960年、反安保デモに苦しんだ岸首相は、マスコミの取材に対して「キミ、後楽園球場は熱心な野球ファンで一杯だよ」と語ったと伝えられています。そして世論争奪戦に立ち向かいました。60年安保改定は時代の大きな転換点でした。戦後日本に、吉田茂政権によるサンフランシスコ平和条約及び旧日米安保条約の締結と岸首相による現行安保条約の調印という2つの優れた判断がありました。いま安倍政権は第3の大業成就の直前です。健闘を祈ります。(させ まさもり)
◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します *強調(太字・着色)は来栖
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◇ 安保改定の真実(7)先鋭化する社会党「米帝は日中の敵!」 5・19強行採決 6・19自然承認
(抜粋)
岸もしばらくは余裕綽々(しゃくしゃく)だった。東京・渋谷の岸邸は連日デモ隊に囲まれたが、記者団に「声なき声に耳を傾ける。今日も後楽園球場は満員だったそうじゃないか」と語り、自宅では普段通りにくつろいだ。5歳だった孫の安倍晋三(第90、96、97代首相)が「アンポ反対!」とまねたときも目を細めた。
6月19日の自然承認。期限を切ったことは、安保闘争に「目標」を与える結果となり、6月に入るとデモはさらに肥大化した。
「至急来てくれないか」
岸から電話で呼び出された郵政相の植竹春彦は、闇夜に紛れて首相官邸に通じる裏口をくぐった。
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◇ 憲法改正で「日本」を取り戻せ 誤った歴史観を広めるメディア・教育界に風穴を 『Voice』4月号
『Voice』4月号2013/3/9(毎月1回10日発行)
(抜粋)
p45~
百田 60年安保のときと状況はよく似ています。当時も日本全国が「安保反対」のような気運でしたが、自然成立とほぼ同時に岸内閣が倒れ、その数か月後に行われた総選挙で自民党が圧勝した。メディアの声はあくまでも「大きい声」にすぎず、それが大多数の声を代表しているとは限らないということです。
(略)
百田 岸信介はいみじくも、安保デモを前に「私には国民の声なき声が聞こえる」と発言しました。それは正しかったんです。いくら国会を群集が取り囲んでも、私の両親のような大多数の庶民は、そのような問題に何ら関わりはありませんから。サイレントマジョリティの声を聞くというのは、政治家の大きな資質の1つだと思います。
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