幾山川 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく 『牧水の恋』俵万智著

2018-10-14 | 本/演劇…など

〈来栖の独白 2018.10.14 Sun〉
 白鳥(しらとり)は哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まず ただよふ
 幾山川 越えさり行かば 寂しさの 終(は)てなむ国ぞ 今日(けふ)も旅ゆく

 物心ついた頃から、大好きな歌であった。それが、恋に端を発していたとは、今日まで思いもしなかった。本日の中日新聞記事を読み、俵万智さんの若山牧水に寄せる研究と「理解」「共感」の並大抵でないことを知った。
 人生とは、なんと・・・。
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中日新聞 「読書」2018/10/14 Sun
結ばれぬ悲しみ 歌となる 『牧水の恋』俵万智著 文藝春秋
 評;水原紫苑(歌人)
 『牧水の恋』というまっすぐな題名が、いかにも恋の歌人俵万智である。現代でも人気の高い、旅と酒の歌人若山牧水の原点にあった、若き日の恋を全力で追求していくのだ。
 私は、牧水の代表歌の多くがこの恋から生れたことに驚いた。

 白鳥(しらとり)は哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まず ただよふ

 牧水といえば、やはりこの一首である。教科書にも必ず出ている名歌が、小枝子(さえこ)という恋人と結ばれない悲しみから生れたとは、想像もつかなかった。初出は「沈黙」という一連にあり、前後の歌は抽象的な「悲しみ」の連発だ。
 「しかし、独りよがりであっても、徹底した人生の何かが張りついている場合、こういう歌を大量に作るなかで、ふいに天啓のように純度の高い歌が生れることが、まれにある。2首目の白鳥の歌は、まさにそのようにして生れた名歌ではないだろうか」
 俵の解説が素晴らしい。歌人として同じような経験を持つ著者ならではの論考である。
 意外とも思われる、牧水と俵の組み合わせだが、本書の第4章「牧水と私」で、初期の俵が牧水の歌から大きな影響を受けていたこともわかる。若山牧水賞を受賞し、さらに牧水の故郷宮崎に移り住むことになって、本格的に研究に取り組んだわけだ。
 最後は泥沼のような恋だったが、牧水は、この小枝子の美しい面影を、生涯心から離さなかった。旅も酒もそれゆえであり、大酒による肝硬変での早世も、源はこの恋だったと知って慄然とした。
 最期を看取った牧水の妻、喜志子の思いをとらえる俵の筆は鋭く深い。愛情豊かな妻と子どもたちに恵まれながら、牧水は寂しい人間だったのだ。
 
 幾山川 越えさり行かば 寂しさの 終(は)てなむ国ぞ 今日(けふ)も旅ゆく

 寂しさの果てる国はついに無く、恋も終らなかった。そして歌が残る。

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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 産経ニュース 2018.10.7 09:10更新
【書評】歌人・川野里子が読む『牧水の恋』俵万智著 七転八倒の心情に寄り添う
『牧水の恋』俵万智著 文藝春秋
 旅と酒と恋の歌人としていまなお人気の高い若山牧水。

 白鳥は哀(かな)しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

 明治のロマンチシズムの横溢する作品の背景には苦しい恋があった。その恋を読み解く俵万智の方法が歌人ならでは。手紙、評伝、研究書を読み込むことはもちろん、創作者の嗅覚を存分に働かせ、牧水の言葉の「トーンの違い」を感じ分け、言葉の頻度や歌の配列からその心情を探る。
 例えば頻出していた「寂し」が「悲し」に変化した過程から、恋人たちの関係の微妙な変化を読むのだ。その内面探索が面白い。
 牧水には幾人かの恋の相手が憶測されてきたが、本気の恋は一人のみと断言する。他の女性へのラブレターも、その空転する昂ぶりから、行き詰まった恋を新たな恋で忘れようとする「迎え酒方式」にすぎないとする。

 天地に一の花咲くくちびるを君を吸ふなりわだつみのうへ

 牧水にこのような恋の絶唱を数多く詠ませた恋人は園田小枝子であった。だが彼女は複雑な背景を抱える。また2人が結ばれた房総半島での滞在には第三の人物が付き添っていた。大悟法利雄の研究によって明らかにされたこの衝撃的な事実に俵は注目。牧水の七転八倒に寄り添う。
 恋の歓喜に満ちた歌を「言霊の力を信じた牧水」「あるべき現実を手繰り寄せようとして歌った牧水」と分析し、思いのままにならない現実を言葉によって乗り越えようとする若き歌人の葛藤を浮かび上がらせる。
 寄り添う著者も恋の歌人である。「悲しみは、いうなれば湿った炎だ。音もたてず、ぢぢぢっと私の身を焼いてくる。しかし焼き尽くすことはしない」と牧水の苦しい心情に自らを重ねる。そして自身も切ない恋を詠んだ。

 「おまえとは結婚できないよ」と言われやっぱり食べている朝ごはん

 牧水と俵、2人の共通点は愛唱性だが、もう一つの共通点は恋だろう。2人の歌人の時代を超えた出会いと深い語らいがスリリングだ。(文芸春秋・1700円+税)
 評・川野里子(歌人)

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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