未来への責任(4)アジアと環境で多軸型の産業構造を

2010-01-06 | 社会
日経新聞 社説 未来への責任(4)アジアと環境で多軸型の産業構造を(2010/1/6)
 米国発の金融危機で日本の企業と経済も大きく揺れた。その象徴が米国市場の販売落ち込みで不振に陥った自動車産業だ。
 日本が一度はバブル崩壊後の停滞から脱却できたのは、自動車産業の復活が原動力だった。国内の工場出荷は2007年までの10年で40兆円から60兆円弱まで1.5倍に成長した。設備投資全体の1割を占め、関連産業への波及効果は極めて大きい。その分、ひとたびブレーキがかかった時の衝撃が各方面を直撃した。
内需企業も国際展開
 日本が成長力を取り戻すには、自動車などごく一部の産業に依存する体質から脱却する必要がある。幅広い業種が国際競争力を発揮する、多軸型の産業構造をめざすときだ。
 政府が発表した新成長戦略は、日本経済の針路を打ち出した。「名目国内総生産(GDP)を20年度までに650兆円に増やす」「健康分野で280万人の雇用を創出する」など景気のいい数字が並ぶ。
 09年度のGDPは473兆円の見込みだから、経済規模を170兆円余り拡大させる必要がある。自動車産業の付加価値の10倍に相当する額で、毎年、自動車クラスの産業をひとつ生み出す戦略が求められる。
 ひとつの基軸はアジア市場だ。
 世界経済における先進国の比重は年々軽くなっている。30年前には世界の70%を占めた日米独など主要7カ国の名目GDPは、08年には57%まで低下した。金融危機後は流れが加速し、中国など新興国の成長力は日米欧を大きく引き離している。
 アジアの一角を占める日本としては、近隣諸国の元気を取り込まない手はない。中国で建設機械の売り上げを伸ばしているコマツなどの成功事例を日本企業全体に広げたい。
 ただインドのタタ自動車の「11万ルピー(約22万円)カー」が示すように、同じ商品であっても新興国では売れ筋の価格帯が著しく低い。日本企業が勝ち残るには、コストを一段と圧縮する新機軸が欠かせない。
 食など生活習慣で日本と共通点の多いアジアに巨大市場が誕生しつつある。これまで国内中心だった生活関連メーカーやサービス業にも国際展開の道が開ける。ヤマハのピアノやユニ・チャームの紙おむつは、中国や東南アジアで人気が高い。
 経営統合で大筋合意したキリンホールディングスとサントリーホールディングスも、アジア展開に主眼を置く。ネスレやコカ・コーラのような地歩を築けるか。日本発の世界企業といえばもっぱら自動車のような組み立て製造業、という常識を変えることを期待したい。
 政府にも役割がある。企業の挑戦を後押しすることだ。最大の課題は、中国や韓国に大きく出遅れた自由貿易協定(FTA)の加速である。
 鳩山内閣は20年までに「アジア太平洋自由貿易圏」を構築するという。10年先の話であり、スピード感が絶対的に不足している。2国間交渉に早急に取り組むべきだ。
 鉄道や電力、水道などのインフラ案件の海外への売り込みでは、官民一体の取り組みが肝心だ。日本には水処理技術や新幹線のような、優れた技術資源がたくさんある。
 これを世界に普及させたい。韓国は李明博大統領のトップセールスで中東で総額4兆円弱もの大型の原子力発電所を受注した。日本は敗れたが、韓国に学ぶ点はある。
低炭素化にも突破口
 「アジア」と並ぶもう一つのカギが「低炭素化」だ。世界をリードする技術を生み出せば、日本の存在感も高まる。地球温暖化対策を雇用につなげようとする米オバマ政権は、電気自動車の心臓部をなす電池を量産投資する企業に、総額2000億円規模の補助金を支給した。
 電池は電力を双方向でやりとりする次世代送電網「スマートグリッド」でも要であり、戦略性が高い。
 日本も透明性と公平性を確保したうえで、次世代技術の開発投資に加え、すでに実用化された技術の普及を後押ししてもよいのではないか。一方で、新エネルギーの開発・普及には、実質的な地域独占にある電力分野などで規制緩和を進め、創意工夫と競争を促す方策も要る。
 忘れてならないのは盛りを過ぎた産業への対応だ。例えば建設業は今なお日本全体の就業者の8%を占める。この雇用水準を維持するのは難しい。必要なのは「秩序ある縮小戦略」だ。建設業の抱える膨大な人員を、介護・医療など需要増の見込まれる分野にどう移すか。「コンクリートから人へ」を掲げる鳩山内閣は具体策を示す責任がある。
 多様な企業の活力を引き出すことを基本に、日本経済の潜在成長力を引き上げる。2010年をその端緒の年にしなければならない。

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