「能と恋に落ちた」ブルガリア人男性が能のアプリを開発 ペトコ・スラボフさん

2015-04-22 | 本/演劇…など

産経WEST 2015.4.21 16:00更新
【亀岡典子の恋する伝芸】「能と恋に落ちた」ブルガリア人男性が能のアプリを開発
■能の伝道師
 「僕は、能と恋に落ちたのです」。なんと素敵な言葉であろう。しかも、これを言ったのは、ブルガリア人の30代の男性なのだ。
 日本の伝統芸能は、国や民族、宗教の壁を越えて、海外の人たちを魅了する。なかには思いが高じ、日本にまでやってきて本格的に習う外国人もいる。大阪の観世流シテ方、山本章弘さんの教えを受けていたブルガリア人、ペトコ・スラボフさんもその一人。
 彼は、私たち日本人が見落としてしまったような古き良き日本の文化をこよなく愛し、能の中に潜む日本人の精神性や美意識に強く引かれているのだという。ついには、日本と母国ブルガリアの文化の架け橋となる事業を起こすまでに。それは、能の普及のためのアプリの制作。完璧な日本語を操り、着物姿で端然と正座しながら話すペトコさんは江戸時代の武士のように見えた。
 ペトコさんはブルガリアのソフィア大学に在学中、狂言の英語訳を読んでユーモアのセンスに感動、平成17年、大阪外国語大学に留学した。能に出合ったのは日本に来てからだが、「本物の日本の文化はすべて能の中にある」とすぐさま、その奥深さに引かれ、能を学び始めた。
 「動きがゆっくりしているので、これならできると思ったが、やってみると全くできなかった」と能の難しさを語る。
 しかしペトコさんは猛然と勉強した。謡の詞章の意味を完璧に理解するために古語の文法も習得。知れば知るほど能にのめり込んでいく。
 「能は、日本の歴史や文楽、和歌などさまざまな知識がないとわからない部分もある。それを勉強することが面白い」
 また、師の山本章弘が母国のブルガリアで公演した際にはアテンドし、海外での能の理解を助けた。
 「私は能楽師になろうとは思っていません。能をもっと多くの人に知ってもらうための仲介役をしたい。能を単なるエンターテインメントとして紹介するのではなく、奥深い文化であるという本質をきちんと伝えたいのです」
■ゲーム感覚で楽しめるアプリ
 やがて、日本の学校教育にもっと能を取り入れることができれば、大人になってからも能がより身近になると考えたペトコさんは、「iPad」用に、能の囃子(音楽)を学ぶアプリを開発。「OHAYASHI sensei(先生)」と名付けた無料アプリは、日本語と英語のバイリンガル仕様で、たとえば、iPad上の小鼓の画像を正確に指で打つと、「ぽん」と小鼓の音がする。「よー」「ほー」といった掛け声も出るようになっており、プロの囃子方が打った音色がリアルに聞こえてくる仕組みだ。

    

 ゲーム感覚で楽しめる上、たとえば4人がiPad上でそれぞれの楽器を奏でれば、「中之舞」も演奏できるという。
 「将来的に、もっといろんなアプリを開発してみたい」とペトコさん。
■独創的で極度に洗練されている芸能
 能、歌舞伎、文楽…日本の古典芸能に魅せられた外国人は多い。平成24年に日本に帰化したドナルド・キーンさんはよく知られた存在だが、ほかにも昭和35年のアメリカ公演の歳、歌舞伎の女形、六世中村歌右衛門に、「ラブ ラブ ラブ」と電報を送った大女優、グレタ・ガルボ。戦前、初の歌舞伎の海外公演を行った二世市川左團次とソ連で交流を持った若き日の映画の巨匠、エイゼンシュタイン監督や、能に触発され、「鷹姫」という詩劇を書いたアイルランドの詩人イエーツ、さらにはポール・クローデル、ジャン・コクトーら名だたる文学者、アーティストが古典芸能に魅せられ、影響を受けている。
 なぜなのだろう。
 大阪の能楽界の第一人者、大槻文蔵さんは「能に描かれたテーマは人間の業や孤独、愛憎など普遍的かつ根源的であるのに、表現形態は非常に独創的。世界のどこにもない様式で描かれ、しかもそれが極度に洗練されている」と話してくれた。
 なるほど、ただ、独創的な表現なら世界各地の民俗芸能にも存在する。普遍的なテーマなら他にも多くあるだろう。しかしその両者が出合い、歴史を経て、洗練の極致にあるところに日本の古典芸能の最大の特色があるように思うのだ。
 「能と恋に落ちた」と語るペトコさんの労作であるアプリには、能に対する深い知識と理解、そして日本の文化に対する敬意も込められているのである。
*亀岡典子(かめおか・のりこ)
 産経新聞文化部編集委員。芸能担当として長らく、歌舞伎、文楽、能など日本の古典芸能を担当。舞台と役者をこよなく愛し、休みの日も刺激的な舞台を求めて劇場通いをしている。紙面では劇評、俳優のインタビューなどを掲載。朝刊文化面(大阪本社発行版・第3木曜日)で、当コラムと連動させた役者インタビュー「平成の名人」を連載中。 
 ◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
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〈来栖の独白〉
 大いに共感。とりわけ以下は、まったく同感。
>「能は、日本の歴史や文楽、和歌などさまざまな知識がないとわからない
>「能に描かれたテーマは人間の業や孤独、愛憎など普遍的かつ根源的であるのに、表現形態は非常に独創的。世界のどこにもない様式で描かれ、しかもそれが極度に洗練されている」
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能 四番目物『雲林院』 / 狂言 『長光』

    

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