『とめどなく囁く』<394> 「すみませんでした」途端に、早樹の全身にぶつぶつと大きな鳥肌が立った。間違いなく、庸介の声だった。 2018.9.9

2018-09-09 | 日録

〈来栖の独白2018.9.9 Sun〉
 一年以上も続いている中日新聞朝刊の小説「とめどなく囁く」。初期はなかなか楽しめたが、段々、袋小路に入り込んだようで、面白くなくなった。毎日、朝食兼昼食を摂りながら新聞を読むのが私の楽しみ、習慣なので、最近では「悪い作家に当たった」と不満に思いながら、読むような有様。幹太の郷里である新城まで行く辺りなど、一体、どういう意図なのか、サッパリわからなかった。
 が、昨日<393>、やっと終局に近づいたような展開に、やれやれ、ホッとした。
 ったく、面白くない新聞小説。困ったもの。ところで、
>だが電話は切れ、その後、二度とかかってくることはないだろう。
 この文章、おかしいんじゃないか。
>だが電話は切れた。もはや、二度とかかってくることはないのでは?
 とでも、書くところではないか。
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とめどなく囁く<393>
 桐野夏生作 内澤旬子画 
2018/9/8 朝刊
(前段 略)
 「もしもし」
 無言だった。驚いて発信元を見ると、「公衆電話」だ。動悸がした。幹太が亡くなったのだから、かかってきてもおかしくないと思っていた。そして、そう思うに足る、もうひとつの理由があった。
「もしもし、どちら様ですか」
 相手の電話から音が聞こえないか、耳を澄ます。遠くで車の音。女性が話しながら通りすぎるような声が、すぐ近くで聞こえた。相手は電話ボックスの中にいる。
「もしもし、どなたですか。こんな悪戯電話やめてくださいね」
 もちろん、返答はない。
 早樹は体を起こして、枕元の時計を見た。

   

(略)
「もしもし、庸介でしょう? あなたはやはり生きていたのね。私の声が聞きたいのは、どうして? 謝りたいの? そうよね。あなたはみんなを騙して、姿を隠したかったんでしょうから。それにしても、どうして今頃姿を現したの? 教えて」
 一瞬、相手の呼気が聞こえたような気がした。早樹はスマホを耳に押し当てる。互いに沈黙したまま、数十秒が経った。
「喋らないのね。だったら、私が話す。でも、誰かが来たらすぐに切るから。お母さんが伝えたでしょうから、もう知っているでしょう。私は再婚したのよ。当然よね。あなたが行方不明になって8年だもの。その間、いろんなことがあって疲れたわ。だから、優しい人と再婚したの。それも、あなたの死亡が認定されるまで待っていたのよ。認定に7年もかかったのは、海保も怪しいと思ったんでしょうね」
 一気に喋って、相手の反応を窺う。何も聞こえない。
「夫はかなり年上だけど、優しい人よ。恵まれた生活をさせてもらっている。

とめどなく囁く<394> 
2018/9/9 朝刊
「もちろん、問題がないわけじゃないけど、あなたが私にしたことに比べれば、どうということはない」
 無言。
「あなたが今日、電話してくるかもしれないと思ってた。幹太さんが亡くなったからよ。幹太さんはとうとう何も喋ってくれなかった。でも、恨んでなんかいない。あの人も病気になって、苦しんでいたと思うから。いえ、病気のことじゃないの。こうなってしまったことについて、かな。誰にでも、あの時ああしていれば、ということがあると思うけど、幹太さんは取り戻せない何かを悔やんでいたんじゃないかしら。それがあなたが頼んだことじゃなければいいと思う。あの人はまだ若いのに、本当に気の毒だった。幹太さんのこと、どう思う?」
 無言が続く。早樹は少し待ってから続ける。
「あなたは私と話したいんでしょうね。でもね、さっきも言ったけど疲れました。この半年、あなたが生きているかもしれないという囁きがずっと聞こえていて、私は不安でたまらなかった。私の何がそうさせたのだろうとか、あなたが私を騙してまで姿を消したかった理由は何かとか、あれこれ考えては疲れ果てていた。ねえ、酷いじゃない? やっと諦めて新しい生活に入った時なのに、どうして落ち着かせてくれないの? 姿を消したのなら、二度と現れなければよかったのよ。前の生活に未練があるわけ?」

  

 庸介に間違いないと早樹は思う。
「あなたは今、お母さんのところにいるんでしょう? さっき、電話したときに、グレン・グールドのバッハが聞こえた。あなたの好きな曲だったよね。思い出すのに少し時間がかかったけど、あれはグールドだと思い出したとき、実はぞっとした。お母さんが、あなたのことを言わなくなったのも変だったしね。大泉学園に戻ったのね。そうでしょ? あなたがどう生きようと構わないの。もう、二度と私のところには連絡しないでね。そうだ、もう一度死んでしまえばいいんじゃないかしら。お願いします。消えてください」
 そう言い切って呼吸を整えていると、消え入りそうな声がした。
「すみませんでした」
 途端に、早樹の全身にぶつぶつと大きな鳥肌が立った。間違いなく、庸介の声だった。
「もしもし、待って」
 早樹は慌てて言った。だが電話は切れ、その後、二度とかかってくることはないだろう。
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