緋の河<327>「悪いけどあたしはおかまじゃないの。ゲイボーイ」 2018/12/12

2018-12-12 | 日録

緋の河<327> 桜木紫乃 作 赤津ミワコ 画
2018/12/12 夕刊
「わたしミュージカルの舞台で怪我(けが)して休んだら干され始めたの。そんなときに仲野さんから声がかかってさ。だけど悔しかったんだ、いくら主役って言ったって、ストリップの舞台で素人と踊るなんて」
 ため息に含んだ声も通りがいい。どこを怪我したのかと問うと足首だと笑う。ダンサーにとっては致命傷だったろうに。捨て鉢にならず毎日いたわりながら調整を続けないと踊る舞台には戻って来られなかったはずだ。
「また踊る気になったなんて、大したもんね」
「舞台しか居場所ないもの。元通りとはいかないけれど、見た目には分からないところまで来たと思うの。怖いときもあるけど、顔に出さないように気をつけることも覚えたし」
 恰好いいじゃないの、と言うと恥ずかしそうな笑みが返ってきた。秀男のような人間もいるのなら、おかまの世界も悪くないわねと言うので、そこだけ片頬を上げてやんわりと押し戻す。
「悪いけどあたしはおかまじゃないの。ゲイボーイ」

     

「なにが違うってのさ」
「あたしたちの売り物は体じゃなくて芸なの。お客さんが気持ち良くなるお話をして、踊って歌ってガンガン高い酒を売りまくるの。踊り、ねだり、たかり以外では稼がない。財布が空になるまで気持ち良くお金を出してもらうのが仕事なの。財布じゃ足りなくて腕時計をくれるひともいる。腕時計がなくなったら、夜中でもやってるドレス屋さんに行ってツケで一着作ってもらう。客はあたしたちに金を惜しまないことで自分の価値を確かめるの。だから、あたしの体は札束で出来てんのよ」
 女優の瞳が驚きから尊敬の色へと変わった。言ってからちょっと恰好つけすぎたかと思ったものの、秀男は自分の台詞に満足する。いつかマヤから言われた言葉がまだ体の奥で生きており、この口から自信をもって出せるほどに時間が経っているのだった。15歳の秋を境に生まれ直したような日々を送っていることも、たどる道として間違ってはいなかった。
 巴が感心した表情で顎を上下させた。

 ◎[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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〈来栖の独白 2018/12/12 Wed〉
 連載、もう一年以上か。桜木紫乃さん、世界をはっきりと描く。
 今、私は文庫本でも桜木紫乃さんの作品を読んでいる。「孤独」を描いて、どんな作家の作品にも遜色ない。すごいぞ! 桜木さん。ありがとう、桜木さん。楽しませて貰っている。
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* 性別を超えて「貴方自身が尊い」というのが、桜木紫乃さんの小説『緋の河』だろう 〈来栖の独白 2018.11.20〉
* 人間には性別の前に個人が在るんだよ。それに勝る仕切りはないはずなんだけどね 『緋の河』 2018/10/2
「緋の河」 …「生まれつき」に小賢しい是非を言わず なにがあっても死ぬようなことはいけないよ 2018/9/6
私の実質人生は終わっている。 夕刊は「緋の河」を読む。 〈来栖の独白 2018.9.5〉
叔父を同性愛者としてもってくる才筆「緋の河」  こういう、常識の狭間に苦しむ人をこそ救わねばならないのに、聖書は。
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