光市事件弁護人更新意見陳述 〔第2-2〕 事案の真相(1)はじめに~(11)結論

2007-07-26 | 光市母子殺害事件
光市事件弁護人更新意見陳述

第2 1審・旧控訴審・上告審判決の事実誤認と事案の真相
1 1審及び旧控訴審・上告審判決の事実誤認 
2 事案の真相
〔第2-2〕

2 事案の真相

(1) はじめに
 すでに述べたとおり、検察官のみならず1審判決・旧控訴審判決・そして上告審判決は、こぞっ
て、本件事件を強姦を目的とする性暴力事件であると判示する。
 しかし、被告人は、その18歳1ヵ月という人生において、常に非暴力的な子供であったのであ
る。彼は、まともに人を殴ることさえできなかったのである。また、彼は、過去、女性と付きあった
こともないし、女性に性的な行為に及んだこともない。もちろん、セックスさえしたことがなかったの
である。もちろん、彼には、暴力的な関係であろうと性的な関係であろうと、一切の非行歴さえな
いのである。
 このような少年であった被告人が、一体全体どうして、突如として、この日、この時だけ、他人の
家に上がり込み、見も知らない被害者にいきなり抱きつき、頸部を押さえつけて死亡させ、被害者
の下着を切るなどして乳房に唇を当て、その傍らにいた被害児をあやし続けるものの、ついには
同児を死亡させ、そして、被害者の遺体を姦淫し、さらに2人の遺体を押入れに入れて遁走すると
いう、とんでもない事件を犯してしまったのであろうか。これが、本件の最大の謎であり、われわれ
弁護人だけでなく、裁判所、検察官を含めて、すべての訴訟関係人が、本件裁判において、解き
明かすべき課題である。
 検察官のみならず1審判決・旧控訴審判決・上告審判決では、その疑問はおよそ払拭されな
い。もっとも、検察官は、被告人に、同人がかねてから性に対し異常な興味を有しており、強姦を
してまでしてもその欲望を遂げたいと考えていたと供述させ、これが本件の動機であるとしてい
る。しかし、それは前項で十分に指摘したとおりまったくの虚偽である。
 当時の被告人の興味は、もっぱらゲームにしかなく、毎日、朝から夜まで、ゲームに浸りきる生
活を送っていたのである。しかも、それに十分満足し、何の不平も不満もない生活を送っていたの
である。このような、暴力ともまた性ともおよそ無縁の中で生活をしていた彼が、一体全体どうし
て、このような事件を起こしてしまったのか。
 私たち弁護人は、事件直後の被告人の写真を見た。どの写真を見ても、そこに写っている被告
人は、せいぜい小学生ないしは中学1年生程度にしか見えない、実に幼い被告人であった。その
年齢は別として、このような幼く見える子供が、強姦目的で白昼堂々被害者宅に上がり込み、被
害者、被害児の2人を殺害し、強姦を遂げるという犯罪を起こすことができるのであろうか。もし、
彼が本当に事件を犯したとすればそれは一体何だったのだろうか。
 私たち弁護人は、その理由を解明するため、被告人と数限りなく接見して、当時の事情をつぶさ
に聴取した。しかし、彼は、多くを、また十分に、事実を語ることができなかった。あちこちで記憶
に空白があり、支離滅裂、ストーリーに前後の脈絡がない。あるべき会話が存在せず、聞こえて
くるべき音が聞こえず、見えているはずのものが見えない。時には幻影が出現し、ファンタジーの
世界が現れては消え、そして、ついには儀式が登場した。
 私たち弁護人は、実父、義母、祖母、叔父、叔母、友人、恩師と多くの関係者と面談して事情を
聴取し、また多くの資料を収集して検討した。これに加えて、B教授、C教授という精神、心理の専
門家にも意見を求めた。
 その結果、私たちは、ようやくにして、未だ多くの部分と場面において不十分であるが、本件事
案の真相を理解し、解明することができた。
 前の項では、検察官が主張し裁判所が認定する事実が誤りであることを指摘したが、この項で
は、未完成ではあるが、現在において、私たち弁護人が理解し解明することができた本件事案の
真相を明らかにしたい。

(2) 本件事件は、およそ性暴力の事件ではない。
 本件事件は、およそ性暴力の事件ではなく、母子一体ないし母胎回帰の事件である。それは、
被告人が、家庭内で、幼い頃から終始一貫して父親の激しい暴力と絶対的支配という厳しい抑圧
を受ける中で、精神的に成長することを止められ、人並みに育つことができず、幼くかつ未熟な精
神状態のままで、未だ心の準備もまったくできていないまま高校を卒業し、社会人として社会に出
て行かざるを得ないという、厳しい精神的ストレス(心理的抑圧)の中で、重度の精神的な混沌状
態に陥って激しい退行現象を起こし、自己と他人の区別、現実と空想の区別、過去と現在の区別、
そして生と死の区別を失い、ドアを開けて招き入れてくれた被害者を被告人の亡くした母親ととら
え、被害者に抱かれた被害児を被告人の2歳下の弟ととらえ、さらに死亡させた被害者の遺体を、
自殺して横たえられている数年前の母親の遺体ととらえた、母子一体ないし母胎回帰の事件であ
る。
 被告人は時間つぶしのためのピンポンダッシュの遊びの中で、偶然に被害児を抱いた被害者と
遭遇し、目には被害者と被害児を見ていたものの、被害者と被害児を認識しておらず、亡くした被
告人の母親と2歳下の弟を見ていたのである。

(3)被告人は、激しい精神的な緊張状態の中にあった。
 既に述べたとおり、被告人は、父親の激しい暴力と絶対的支配という精神的な抑圧状態の中
で、精神の発達が阻害され、自己と他人の区別、現実と空想の区別さえ十分につかないという幼
い精神状態の中にあった。とりわけ、母親の自殺により精神的に一体化していた支えをなくし、成
長はほとんど止まった。
 そのような中で、被告人は高校を卒業し就職を余儀なくされた。彼は、友人を見習って就職試験
を受けた。しかし、幼い被告人を採用するところはなかった。結局、被告人は、学校の世話で、地
元の従業員約20名という小規模な上下水道の設備工事会社に作業員として就職することになっ
た。
 2月末日限りで高校が終了して以来、被告人は、毎日ひたすらゲームに明け暮れるという生活を
してきた。他人との間で人間関係を切り結ぶまでに育っていない被告人は、ゲームという仮想世界
の中に浸りきることしかできなかったのである。そのような中で、被告人は、就職という形で、いき
なり社会の中に押し出された。就職先は、家庭的な雰囲気にあふれ、先輩は優しく接してくれた。
そこには、父親のような、すさまじい暴力も絶対的支配も存在しなかった。しかし、それは、被告人
にとっては、今まで経験したことのない、異質の空間であった。そればかりではない、そこは、ゲー
ムの世界ではなく、現実に人と接し、人間関係を作り上げていかなければならない世界であった。
それは、被告人にとって、最も不得手な世界であった。そのような中で、被告人は、緊張を強いら
れ、その激しい緊張は、被告人の体調を破壊し、腹痛や頭痛として出現し、被告人をして出勤がで
きなくなるまでにしてしまっていたのである。
 しかし、被告人も周りの人間も、そのことに気づかなかった。被告人は、出勤できない自分をずる
休みをしているととらえ、欠勤を届け出る自分を嘘をついて欠勤しているととらえて、後ろめたい気
持ちにさせた。それだけではない。被告人は、自分が会社をさぼっていることが父親に知られるこ
とをおそれた。もし、父親に知られようものなら、父親から激しい暴力という折檻を加えられる。被
告人が父親から首元に包丁を突きつけられて折檻され、死の恐怖を味わったのは、ほんの数ヵ月
前のことであった。被告人は、欠勤を父親に悟れないため、作業服を着て、昼食の弁当を持って、
父親よりも先に家を出た。これは被告人にとって苦痛であり、それは、被告人に激しい精神的な緊
張とストレスをもたらした。
 そして、本件事件当日も、前日と同じく、被告人は、仕事に出かけていくことができなかった。
その日もまた、弟に依頼して、仕事場には風邪と嘘をつかせて、欠勤を告げる一方で、父親に対し
ては、出勤を装って、作業着を着て、ガムテープという作業道具をと義母が作ってくれた弁当を持
って、自転車で家を出た。その日もまた嘘からスタートしたのである。そして、近くの海岸で時間を
つぶし、友達の家に逃げ込んで、現実を忘れてゲームの世界に浸った。仕事先に嘘をつき、父親
と義母を騙して、仕事に出ずに、友人宅でゲームに没頭する。すでに退行状態が進行していた。
嘘をつかざるをえない自分の惨めさと罪悪感は、被告人を責め立て、よりいっそう退行現象を強め
させていった。
 昼近くになって、友人は光市駅付近のおもちゃ屋さんに出かけなければならないと言う。被告人
は、彼と一緒に家を出なければならない。被告人にとって、精神的な逃げ場所となっていた友人
宅から出て行かなければならなくなった。しかし、友人に付いて行くわけにもいかない。なぜなら、
友人が出かけて行くおもちゃ屋さん方向には勤め先があり、会社の人と会うおそれがあったから
である。それで、午後3時にゲームセンターで落ち合うことを約束した。しかし、被告人には行く場
所がない。結局、自宅に戻らざるを得なかった。近くに自転車を隠し、持たされた弁当を捨て、上に
重ねて着ていたヤッケとジーパンを脱いで、作業服姿になって帰宅した。
 自宅にいた義母には、仕事で近くに来たため昼休みなので帰宅したと、またしても嘘をついた。
自宅では、義母に甘え、義母が作っていた昼食を分けてもらって食べた。そして、義母に抱きつい
てその乳房に触って戯れた。被告人は、行かなければならない仕事にどうしても行くことができな
い中で、仕事の格好をして、仕事に出かけると嘘をついて自宅を出ていき、今度は仕事の途中だ
と装って自宅に戻るという、嘘に嘘を重ねて演技をするという、極度の精神的ストレスの中で、退
行現象は極度に達していた。被告人は、子供のように義母に抱きついて逃げ場を求めたのであ
る。実母なら、やさしく彼を受け容れてくれて、傷ついた心を慰めてくれるはずであった。
  しかし義母は、被告人を受け容れてくれなかった。被告人は、義母に軽くあしらわれ、早くしなさ
い、午後の仕事におくれるからと、追いたてられるようにして再び自宅から送り出された。
 友人との待ち合わせの時間までにまだ約2時間もある。しかし、被告人には、本当に行く当てが
なかった。また、やることもなかった。自転車を隠していた場所まで戻り、その場に座り込んだ。仕
事に行けない自分、やることもなく独りぼっちの自分、そこで被告人は時間つぶしのための遊びを
思いついた。それが、アパートを戸別に回り、玄関ブザーを押して、下水の検査に来たと言ってトイ
レの水を流させるという、ピンポンダッシュに似た遊びであった。それは仕事のまねごと、つまりマ
マゴトであった。
 激しい退行現象を起こしていた被告人は、下水道工事屋さんを演じたのである。アパートは、自
宅の延長であった。ママゴトの相手は実母であった。被告人は、一人前の下水道工事屋さんを装
ってアパートを回る自分の姿を実母に見せて、やさしく褒めてもらえることを期待したのか、あるい
はドアの向こう側にいる実母を探し回ったのか、被告人は、次々とアパートを回ったのである。

(4) そして、被告人は、被害者と出会った。
 ピンポンダッシュという被告人のママゴトは、アパートの1番端の10棟から始まり、9棟、8棟と続
いた。そして、7棟に達したとき、被告人は、被害児を抱えた被害者と出会った。すでに退行現象
のまっただ中にあって、幼児化しママゴト遊びをしていた被告人は、そこに亡くした実母と2歳下の
弟を見たのである。被告人は、本当に、十数年前の幼児期に退行してしまっていた。
 あるいは、被告人には、義母に軽くあしらわれた残像が残っていて、被害者に義母を見て、被害
児に義弟を見ていたのかもしれないし、義母の残像と実母の残像が重なり合って、被害者に、
義母と実母を一緒に重ねて見ていたのかもしれない。
 被害者に招き入れられ、被告人は、トイレに閉じこもり、下水道工事屋さんを演じた。しかし、他
方で、被告人は、それを演じ切っている自分に不安を感じていた。退行した自分と現実の自分が
ページにページを挟むようにマダラに折り重なっていた。そこには、未だ退行しきっていない覚醒
した自分が残っていたのである。 

(5) それで、被告人は、一旦、被害者宅を出ようとした。
 被告人は、閉じこもったトイレの中で、次に何をしていいか分からないという焦燥感の中にいた。
そのままママゴト遊びを続けてトイレに閉じこもっている訳にもいかない。そこには、早く、お母さん
の元に行きたい自分と、こんな馬鹿なことをして一体どうするんだ、遊びがばれて父親に告げられ
でもすればどうするのだという二人の自分が葛藤していた。その葛藤は、息苦しさとなって、被告
人をトイレから追い立てた。それで、被告人は、被害者の隙を見て、屋外に出て、階段の踊り場で
タバコを吸い息継ぎをした。
 しかし、被告人の実母と弟の幻影は消えない。被告人は、再び、被害者宅に戻った。出たときと
同じようにトイレに戻り、被害者に工具のペンチを貸してくれるよう願い出て、ママゴトを演じた。そ
して、借り受けたペンチを手にして、居間で被害児を抱いて座椅子に座っていた被害者に近づい
た。ママゴト遊びを止めて被害者宅を出るために近づいたのか、次のママゴト遊びに加わるため
に近づいたのかは、分別できない。

(6) 被告人は、被害者と被害児に、亡くした母親と2歳年下の弟を見た。
 被告人がペンチを返そうとして居間の入口に立ったとき、そこに被害児を抱え座椅子に座ってい
る被害者を見た。それは、被害者でも被害児でもなく、まさにそれは、亡くした母親と2歳年下の弟
であった。そこは、十数年前に、現実に存在した異空間であった。被告人は、当然のように母親に
抱きついた。「僕も入れて」と、母親と弟の中に加わっていったのである。もともと精神的に幼かっ
た被告人が、退行現象により、より心を幼くして母親と弟の中に入り込んでいったのである。
 あるいは、被告人は、被害者に抱かれている被害児に自分を投影させていたのかもしれない
し、被害者を義母に見立て、昼食時の戯れの続きを続けようとしたのかもしれない。しかし、現在
のところ、その分別は困難である。
 いずれにしても、真実は実に意外なところにあったのである。もっとも、被告人は、未整理で幼い
表現ではあったが、そのことを言い続けていたのである。それが、捜査段階の供述調書に、一方
では「強姦」と言わされながらも、他方では被告人は、「美人の奥さんがいれば話でもしてみたい
な(と思った)と言い続けていたのである。

(7) 被告人は被害者を死亡させ、自分の母親を守った。
 被告人が被害者に抱きついた瞬間、まったくの予想外の出来事が起こった。それは、激しい抵
抗であった。母親が抵抗するはずがない。母親が自分を拒絶するはずがない。被害者の抵抗は、
母親には似つかわしくない。被告人は、必死になって似つかわしくない母親を押しとどめた。これ
がスリーパーホールドによる被告人の被害者に対する押さえ込みであった。すぐに、似つかわしく
ない母親は、気を失って静かになった。どうして、母親が自分を拒否したのか、被告人の理解を超
えていた。そのため、被告人は、呆然として、そのまま座り込んでしまったのである。
 そのとき、さらなる予期しない出来事が起こった。被害者が目を覚まし、被告人に対し金属様の
もので殴りかかったのである。それは、前にもまして被告人にとって予期しない出来事であった。
その姿は、母親ではなかった。母親が母親ではなくなっている。被告人は、被害者が、被告人の
母親から被害者という別の人格に変身するのを見た。被告人は、パニック状態の中で、必死にそ
れを阻止した。被害者の体に覆い被さって、きらりと光る金属物を押さえ、大声を張り上げる口元
付近を懸命に押さえて、母親が別人格に変身するのをとどめた。
 そして、母親は変身するのを阻止されて静かになった。しかし、被告人は手を放すのが不安であ
った。手を放せば、何時また再び変身が始まるか分からない。それで、被害者がすっかり静かに
なった後も被害者を押さえ続けたのである。
 しかも、押さえることを止めた後も、被告人は、依然として不安であった。何時、被害者に変身す
るか分からない。それで、被告人は、用心に用心を重ね、ガムテープで動かない被害者の手を縛
り、口付近にガムテープを貼った。それは、被害者が二度と再び飛び出してこないための厳重な
封印であった。
 そして、被告人は、いつ被害者がよみがえるか分からない不安の中で、横たわる母親に甘え
た。上半身の衣服をたくし上げ、次いで下着を切り、その乳房に口をつけたのである。
 被告人の心の中には、死の恐怖を伴うほどの父親の激しい暴力による大きなトラウマが横たわ
っていた。このトラウマが、反対に、被告人の頭を横切り、父親に知られたら大変なことになるとい
う恐怖となって、被告人から冷静さを奪い、被告人の被害者の下顎付近を押さえようとする力を倍
加させた可能性もある。

(8) しかし、母親は死亡していた。そして、被害児の首に巻いた紐は泣き悲しむ弟への償
いのリボンだった。

 退行により、感覚が鈍麻していた被告人にも、脱糞の臭いが伝わってきた。それは、まさしく、数
年前、目の前で見た、縊死により自殺した母親の姿であった。母親が自殺する前夜、母親の異変
を察知したもののどうすることもできず、父親に気をつけるようにと頼んだだけで寝てしまった自
分。悔やんでも悔やみきれないでうずくまりうめき声しか上げることができない自分がそこにいた。
 泣き叫ぶ被害児は、同じく母親の死を前にして泣き叫ぶ弟であった。しかし、被告人は、兄であ
った、悲しむ弟を慰めなければならない兄であったのである。それで、被告人は、被害児を抱え上
げ、部屋を歩き回り懸命にあやした。被告人は、母親を亡くして自責の念の中にいる自分と悲しむ
弟を慰めてやらなければならない自分との狭間の中で混乱し、ベビーベッドに被害児を置いた。し
かし、そこは風呂桶であった。被告人は幻影におののいてますます混乱した。その中にあって、次
に被害児を押入れの天袋に入れた。それは、かつて被告人が家出を装って引きこもった押入れで
あった。そこは、被告人にとって、ミステリーゾーン、それは亡くした母親の胎内に似て、すべての
外界の悲しみや寂しさを包み込んでくれる秘密の場所であった。その押入れに、被害児を入れ
た。しかし、それでも被害児の泣き声はやまなかった。それでますます被告人は混乱した。被害児
を再び抱きかかえ、部屋の中をさまよった。混乱は極度に達し、目の前に被害者と被害児の幻影
さえ現れてきた。そのような中で、被告人は抱きかかえていた被害児を床に下ろした。母親を救え
なかった自分を責めた。紐を自分の手に巻き付けて力一杯引っ張り、自分の手を痛めつけて責め
た。次に、その紐を被害児の首に巻き、蝶々結びで止めた。それは、母親を亡くして泣き叫ぶ弟に
対し、兄ができるせめてもの償いの印(しるし)であった。それは、首に巻かれ、首の右端で結ば
れた償いのリボンであったのである。

(9) 被害者に対する姦淫は、母親の復活への儀式であった。
 母親が死亡したとき、被告人は中学1年生であった。そのときの被告人は、縊死による脱糞のま
まの状態で目の前に横たわっている母親の遺体を前にして、何もできなかった。しかし、今は、被
告人は18歳になっていた。今なら、母親の脱糞をぬぐい、母親を清めることができる。彼はバスタ
オルを濡らし、別にタオルとそしてティッシュペーパーを持ち出して、懸命に被害者の脱糞をぬぐっ
た。
 それは、被告人にとって、死んだ母親を元どおりに戻す作業であった。母親が死亡した当時の被
告人はまだ勃起することもなかった。しかし、18歳の被告人は勃起することができるまでに成長し
ていた。母親に命をつぎ込むことができる。父親の暴力の中で2人して身を縮こまらせて一体とな
り、母親に、大きくなったら結婚して被告人のような子供を作ろうねと言われた記憶が、被告人を
覆っていた。
 死者に生をつぎ込んで死者を復活させる魔術ともいうべき儀式。被告人は、死亡した母親を、目
の前に横たわる被害者を姦淫して、生をつぎ込んだ。被告人は、精子が死者を復活させると信じ
ていたのである。
 そして、復活を願って、自分の願いを叶えてくれる押入れに被害者と被害児を入れて、被害者宅
を出た。
 被告人の実母への思いは、被告人の肉体的な成長に伴い、純粋な母子関係から性的意味合
いをも含む母子関係に拡大していたかもしれない。そのために、被告人は、姦淫という復活への
儀式を行うことができたのであろう。

(10) 被告人は自分の犯したことを十分理解できていなかった。
 被告人は幼い。被告人の精神は著しく未発達である。現実と仮想とが区別できず、事実とファン
タジーとが混在する。被告人は、自分が行ったことを事実としてとらえることができない。自分が
しでかした深刻で重大な結果を、しっかりととらえることができなかった。そのために、被害者宅か
ら持ち出した財布の中に入っていた地域振興券を他人に分け与えたり、それを使って遊んだりし、
犯行の発覚を恐れながらも、何もすることができず、警察に容易に犯人であると特定されて逮捕さ
れて拘禁された。
(11) 結論
 以上が、本件事案の真相である。
 もちろん、未だ考察が不十分であるが、その基本においては誤りがないと確信している。本件
は、実に悲惨にして不幸な事件である。しかし、真実は明らかにされなければならない。客観的
事実だけでなく、主観的事実、とりわけ被告人の内心の状況、精神状態、心理状態も、同じく明ら
かにされなければならない。これらの客観的事実と主観的事実が、あますところなく明らかとなっ
て初めて真実が明らかとなるのである。
 繰り返すが、本件へ、検察官や1審判決・旧控訴審判決・そして上告審判決が認定するような性
暴力の事件としてとらえることも可能である。しかし、行為者は、18歳と1ヵ月の少年、しかも、父親
の激しい暴力により12歳程度で精神的成長が止り、男女関係を含めて死亡した母親以外に人間
関係を作れない少年、この少年を見れば、本件事件が、大人が行う事件とはまったく様相を異に
し、性暴力事件ではおよそとらえきれないことが明らかである。
 本件事件は母子一体の事件であり、母胎回帰事件である。被告人に強姦の意思はもとより殺意
を認めることは無理である。
 弁護人は、そのことを、被告人質問、C鑑定、B鑑定、そしてC・B鑑定人の証人尋問によって明ら
かにしたいと考えている。

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