【介護社会】<流老の果て>番外編(上・中・下)

2010-03-26 | Life 死と隣合わせ

【介護社会】<流老の果て>番外編(上)取り残される女性
中日新聞2010年3月26日
 群馬県渋川市の「静養ホームたまゆら」で入所者10人が死亡し、運営するNPO法人理事長らが逮捕、起訴された火災から1年。犠牲者の山田登美子さん=死亡時(84)=の生活が暗転し、入所に至ったきっかけは夫の死だった。認知症が進む一方で蓄えをみるみる減らし困窮。賃貸マンションを追われた。山田さんの事例は、高齢の女性であれば誰にでも起こり得る「転落の軌跡」を示す。専門家に対策への意見を聞いた。
 厚生労働省が発表した2008年の平均寿命は男性79・29歳、女性86・05歳。妻が夫より長生きするのが一般的だ。
 配偶者の死は、認知症のきっかけになりやすいといわれる。記憶力や判断力が低下していても、長年連れ添う夫や妻がいれば、日常生活をカバーできる。それが発症の歯止めになっているからだ。
 認知症は脳疾患で認知機能が衰え、日常生活に支障が出る状態を指す。裏を返せば、日常生活に支障がなければ認知症ではない。「物忘れの激しいお年寄りと認知症患者に差はない。周囲のサポートの有無が大きく影響する」。東京都健康長寿医療センター研究所の粟田主一・医学博士は説明する。
 粟田博士によれば、こうした環境的な要素に加え、認知症の原因として最も多いアルツハイマー病は、医学的にも女性の発症率が高いという。
 1人になった高齢の女性は、経済的にも追い詰められやすい。
 厚労省の08年のデータでは、全国の生活保護受給者数は70代前半で女性(9万4000人)が男性(8万6000人)を上回る。以後差は広がり、80歳以上では女性(11万1000人)が男性(3万6000人)の3倍以上に。それらの女性の8割は単身世帯だ。
 立教大コミュニティ福祉学部の服部万里子教授は、団塊の世代より高齢の女性について「会社勤めなどをして10分な年金がある人はまれ。夫の死後蓄えを崩すか、子の仕送りに頼るのが一般的だ」と指摘する。山田さん夫婦は自営業で、それぞれが国民年金に加入していたとみられる。
 厚労省の調査(07年度)では、1カ月の平均支給額は国民年金が5万3000円、厚生年金が16万1000円。厚生年金なら、残された妻にも平均8万9000円の遺族年金が出るが、国民年金は18歳以下の子どもがいる場合などに限られ、その差は歴然としている。
 服部教授は自衛手段として「とにかく信頼できる相談相手を見つけて」と助言する。介護保険などの福祉制度は複雑で変化が激しく、お年寄りが十分理解するのは困難だ。家族や友人、近所付き合いを大切にすることはもちろん、介護サービスの窓口役で専門知識を持つケアマネジャーを頼ることも勧める。
 ただし相談相手はあくまでサポート役。「転落」を防ぎたいのなら、人生の終幕を決して人任せにしてはいけないと服部教授は訴える。「どこでどう死にたいかも含め、判断力があるうちに自分の生き方を決めて」
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【介護社会】<流老の果て>番外編(中)支援阻む“縦割り”
2010年3月27日
 群馬県渋川市の「静養ホームたまゆら」で亡くなった山田登美子さん=死亡時(84)=は、東京都墨田区の団地に住んでいた。住民間のつながりは希薄で、当時の自治会長は「山田さんのことは全然知らなかった」と明かす。
 孤立する高齢者を見守りながら支える動きが各地で広がり、山田さんが住んでいた団地でも根付きつつある。しかし行政が「個人情報保護」を理由に協力を拒み、せっかくの活動を妨げているのが現状だ。
 山田さんのマンションとは別棟の都営住宅にある白鬚東第一自治会は5年前、高齢者を見守る有志の「サポート隊」を結成した。年に数回独居の高齢者宅を巡回し、困ったことがないか声掛けをしている。電球交換など介護保険でカバーできない生活支援にも取り組み、今ではすっかり定着した。しかし、初めは苦労の連続だった。
 支援活動にはどこに、誰が、どんな状態で住んでいるかの情報が不可欠だ。しかし区役所や民生委員を頼っても「プライバシー」「個人情報保護」を盾に一切情報はもらえなかった。結局自分たちで回覧板を回し、住民への説明を重ね、緊急時の連絡先などを記した名簿を作った。
 その後も情報は一方通行。「あのおばあちゃんに介護が必要」と区側に通報しても、結果がどうなったかは全く知らされない。田村智昭会長(71)は「社会の要請に基づいた活動。行政がもっと協力してほしい」と訴える。
 65歳以上の住民の割合(高齢化率)が55%を超え「都会の限界集落」と呼ばれる都営戸山団地(東京都新宿区)も同じ悩みを抱えていた。同団地連絡会会長の吉田君子さん(73)は「棟の住民に緊急連絡先を書いた文書を出してもらっているが、回収率は7割くらい」と明かす。
 吉田さんは行政と地域のパイプ役となる民生委員も長年務めているが「介護保険制度以降は情報把握がさらに難しくなった」と指摘する。
 以前は行政が直接介護サービスを提供しており、情報交換は容易だった。しかし介護保険のサービスは利用者と事業者の個人契約。一本化された窓口が無く、事業者やサービス内容が民生委員に伝わらなくなった。「どの事業者を利用しているか分からないから緊急時に連絡できない。本人との会話でそれとなく聞き出すしかない」とため息をつく。
 山田さんを担当していた団地の民生委員も、認知症の山田さんへ献身的にかかわったが、どんな介護を受けているかは教えてもらえなかった。「縦割り行政のおかしさを感じた」と不満をぶつける。
 防災の分野では災害弱者の名簿を行政と地域で共有する動きが進む。老老介護や孤独死の問題を抱える福祉の現場で、なぜ同じことができないのか。墨田区高齢者福祉課の担当者は、個人情報保護法の弊害を認めた上で「厚生労働省の腰が重い。高齢者支援でも個人情報が活用できるよう国レベルで道筋をつけてほしい」と訴える。
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【介護社会】<流老の果て>番外編(下) 地域を安住施設に
2010年3月28日
 「対策の遅れの間隙(かんげき)をつかれた。猛省を強いられる事態と受け止めなければなりません」
 「静養ホームたまゆら」(群馬県渋川市)の火災は、生活保護を受ける東京都内の高齢者が都外の無認可施設へ多く送り込まれている実態を明らかにした。
 都は猪瀬直樹副知事を座長とするプロジェクトチームで対策を検討。昨年11月にまとめた報告書には、猪瀬副知事が自ら反省の言葉を記した。
 都は低所得者向けに居室面積などの基準を引き下げた「都市型ケアハウス」の整備促進を決めた。5年間で計33億円の補助金を民間事業者に投じる。
 国は特別養護老人ホームで個室式のユニット型を推進してきたが、低所得者対策として相部屋式の多床型も認める方針に変わった。いずれもたまゆら火災が大きなきっかけになった。
 たまゆら火災の背景には圧倒的な要介護者の受け皿不足がある。特別養護老人ホームの待機者は全国で約42万人。現在の入所者数とほぼ同じだ。都の報告書には「都内で特養を建設するコストは入所者1人あたり2000万円」とも書かれていた。従来型の施設整備の限界を、数字は訴える。
 行き場のない高齢者の問題に取り組むNPOや福祉関係者は、重い腰を上げた都の姿勢を歓迎しながらも、声を上げる。「『ハコ』ではなく、もっと『人』への支援を」
 2月中旬、単身で低所得の高齢者支援を目指す民間ネットワーク「地域ケア連携をすすめる会」の初総会とシンポジウムが東京都台東区で開かれた。合言葉は「たまゆらの悲劇を繰り返すな」だ。
 NPOのメンバー、医師、ヘルパー、ソーシャルワーカーなど多彩な顔触れが参加。「連携」をテーマに、どうすれば高齢者が住み慣れた地域で最期を迎えられるか意見を交わし、将来像を探った。
 医師とNPOが協力し、できる限り在宅医療を行う。ヘルパーの介護報酬が出ない部分をNPOがカバーする…。NPO法人すまい・まちづくり支援機構の水田恵代表理事は「家族に代わる生活支援サービスをきっちりと制度化すべきだ。この運動は大きなうねりになる」と力を込めた。
 「介護施設と地域を結ぶ市民の会」の山下律子代表は愛知県内の介護施設を数多く調査してきた。不自由さを口に出せない入所者の姿を見て「より良い施設を」との思いは次第に変化していった。「自宅で十分なサービスを受けられるのなら、それが一番いい」
 一方で、介護保険だけでは在宅の高齢者をとても支えきれない現実がある。今は「『自宅か施設か』ではなく、支援の態勢を整え、安心して暮らせる『第2の住まい』」の実現を目標に掲げる。
 同じく愛知県内の施設調査に取り組むNPO「サークル・福寿草」の富田捷治副理事長の主張はシンプルだ。
 「大きな施設はいらない。地域をまるごと施設に変え、高齢者を支えていくのが理想だ」
 (第6部 取材・岡村淳司、後藤厚三、写真・朝倉豊、淡路久喜)

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