死刑廃止し終身刑創設を 日弁連提言、実現の課題は
2023年5月24日 中日新聞 特 報
死刑の代替刑として終身刑を創設するよう、日弁連が提言している。具体像まで示しており、先月には超党派議連で話題に上がった。かつて国会でも終身刑は議論されたが、実現せずにきた。今なぜ終身刑が必要なのか。実現の課題は何か。 (大杉はるか)
「冤罪での死刑 回避できる」
超党派議連「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」が先月開いた会合。日弁連が昨年十一月に提言した終身刑創設について、取りまとめに携わった当時の日弁連副会長、伊井和彦弁護士らが説明した。
提言では、殺人や強盗殺人といった現行の死刑適用罪の全てを対象とし、死刑を終身刑に置き換える。その上で、刑確定から十五年か二十年経過後に、地裁に「特別減刑」を申し立てられるようにする。
地裁の裁判官は受刑状況や本人の心情、事件に関する世論などを踏まえ、減刑について判断。減刑が確定すれば、十年経過後から仮釈放の適用もある無期刑になる。終身刑とはいえ、通算25年か30年経過後に外に出られる道を残した。
■ 特別減刑制度
日弁連は2002年から複数回、死刑制度の廃止に向けて提言しており、16年には終身刑制度の検討を提言。今回の提言で初めて特別減刑制度の導入を明確に訴え、具体像を示した。
なぜ終身刑創設なのか。
「あえて、死刑に代わる終身刑を提案しているのは世論との関係がある」
先の会合で伊井弁護士はそう切り出した。
19年の内閣府世論調査では「死刑もやむを得ない」との回答が約80%に上った。死刑存置が圧倒的に見えるが、うち「状況が変われば、将来的に廃止してよい」は約40%。「終身刑が導入されれば死刑を廃止する方がよい」は約35%あり、提言の意義を見いだした。
伊井氏は本紙の取材に「死刑に代わる具体的な制度を示して議論していくことが重要だと考えた。重い罪を設ける一方で、冤罪で死刑になることは回避できる」と語った。
日弁連内も死刑の存廃で割れ、廃止に賛成でも終身刑は反対、提言行為自体に反対など、幅広い意見があったという。半年近い議論の末、ようやく昨年11月の理事会で、提言は全91人の8割の賛同を得た。
「刑罰は国家権力による人権抑制制度。そのあり方について人権の観点からものを言うのは弁護士会の使命だ」と伊井氏は語る。
もう一点、大きな変化がある。昨年6月に成立し、再来年までに施行される改正刑法だ。強制労働である懲役刑と、一部の罪に適用される労働のない禁固刑は、拘禁刑に一本化される。拘禁刑での労働の目的は改善更生や社会復帰になり、健康などの問題で労働させることが適当でなければ労働は免除される。
これまでも受刑者の処遇は、改善更生の意欲喚起や社会生活への適応能力育成に重きが置かれてきたが、確定死刑囚となると「心情の安定に留意」としか定められていなかった。
では、死刑の代替刑として終身拘禁刑が設けられた場合、処遇はどうなるか。
「改善更生を目的にしないといけない」と伊井氏は話し、こう続ける。
「終身拘禁刑は30年経過後に仮釈放の可能性があり、将来の社会復帰を可能とする処遇にすべきだ。仮に社会復帰ができなくても凶悪な考えだった人が改善される形の処遇が必要だ」
終身刑を設ける上で看過できない問題がある。
伊井氏は「前提として、無期刑を本来の趣旨に戻すべきだ」と主張する。
無期懲役は刑法上、受刑者に「改悛の状」があるときは、10年経過後から仮釈放を認めている。制定時に「在監期間を長くすると囚人を自暴自棄に陥らせる弊害がある」(法務省)と考えられたからだ。
■受刑者高齢化
だが、無期刑は「事実上の終身刑」と指摘されてきた。2000年末の無期受刑者は1047人(全受刑者の2%)だったが、21年末には1725人(同4、4%)と大幅増加。新規で仮釈放された無期受刑者の平均在所期間も、00年の21年2か月から、21年には32年10か月に延びている。40年前の1981年の15年7か月と比べると、倍の長さだ。
社会の高齢化に伴い、受刑者も高齢化しており、刑の長期化はその一因になるとも考えられる。
18年1月に八王子医療刑務所から移転開設された「東日本成人矯正医療センター」(東京都昭島市)は、身体や精神疾患のある受刑者向けの医療専門施設。昨年の入所人員は307人で、健康な受刑者も補助作業をしている。
被収容者の平均年齢は身体疾患が62歳、精神疾患が51歳だが、最高齢は男性93歳、女性82歳という。
元裁判官の森炎弁護士は「仮釈放の総数は微増しているが、服役期間は長期化し、受刑中の死亡者も増加傾向にある」と指摘する。
仮釈放制度については、日弁連が10年、服役期間が15年に達するまでに初回の仮釈放の審理を開始、受刑者本人の審理参加などを求める意見書を提出。だが見直しは進んでいない。
■厳罰化の流れ
その一方、終身刑の創設に伴い、適用例が多くならないかという懸念もある。
NGO「ペナル・リホーム・インターナショナル」などの政策提言によると、世界216カ国中、183の国・地域で法律上の終身刑が設けられ、うち149カ国で終身刑を最高刑(極刑)としている。世界の終身刑受刑者は00年の26万1千人から14年の47万9千人に84%アップした。背景には、世界的な死刑の減少に加え、薬物犯罪などへの厳罰化、死刑適用罪より軽い犯罪にも適用されていることが考えられるという。
NPO監獄人権センター代表の海渡雄一弁護士は「終身刑と有期刑の間に、無期刑がある制度となれば、世界的にも極めて例外」と指摘する。「無期刑の言い渡しを受けている人が終身刑に移行しないかが心配だ」として、「終身刑には死刑適用基準をそのまま横滑りさせるべきだ」と話す。
そして最大の課題は、死刑の廃止だろう。
国会では08年、議連「量刑制度を考える超党派の会」(解散)が終身刑創設の法案化を進めたことがある。この時は死刑廃止を、前提とはしなかった。
現在活動するのが、冒頭の「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」。平沢勝栄会長は「まずは死刑の実態を見て聞いてから存廃の議論をするべきで、とても判断できる段階ではない」と語るにとどまる。
前出の伊井氏はくぎを刺す。「先進国で死刑を廃止していないのは日本と米国だけ。米国は連邦レベルで執行を停止している。日本は国会でも死刑という刑罰制度を認めていいのか考えてもらわないといけない。死刑廃止がすぐにできないなら、まずは死刑執行停止法が必要だ」
龍谷大の福島至教授(刑事法)も「死刑なるべくやめて終身刑にしようという点を曖昧にするのは危うい。少なくとも廃止の方向性を示す必要がある」と訴えている。
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)