中日新聞 【新世界事情】
死刑制度 問われる 命の重さ
2008年1月30日
世界のほぼ三分の二の国が死刑制度を廃止した。日本は「少数派」で、死刑確定者数は一九九〇年代より倍増している。死刑があることで犯罪の抑止効果が上がるのか、犯人の命を絶てば被害者や遺族の心は癒やされるのか。廃止した国、存置する国の事例を紹介する。
韓国 事実上廃止 世論6割が賛同
韓国で最後に死刑が執行されたのは金泳三(キムヨンサム)政権末期の一九九七年十二月。それからちょうど十年となった昨年十二月末、市民団体などが国会前で死刑廃止国家記念式を開いた。国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)の執行停止十年の基準で「事実上の死刑廃止国」となったからだ。
軍事独裁政権時代の政治的混乱などから、かつては多くの政治犯や思想犯の死刑が執行された韓国。しかし、自らも死刑判決を受けた金(キム)大中(デジュン)前大統領がこうした流れに歯止めをかけ、盧(ノ)武鉉(ムヒョン)政権も方針を引き継いだ。
二〇〇二年の韓国犯罪白書は、九七年に七百八十九件の殺人事件が発生し、二十三人が死刑となったが、翌九八年にも殺人事件が前年より百七十七件多い九百六十六件発生したと指摘。死刑による犯罪抑止効果に疑問を投げかけた。韓国法務省が昨年実施した意識調査でも、回答者の六割が死刑廃止に賛成しているとの結果が出た。
しかし韓国では今も死刑制度が存続しており、死刑囚五十八人が収監中。議員立法で〇四年に国会に提出された「死刑廃止に関する特別法案」は定数の過半数の百七十五人が提案者に名を連ねたが、四月の総選挙後に廃案になる見通し。死刑廃止に慎重な李明博(イミョンバク)次期大統領がどのような姿勢を示すかが焦点となる。 (ソウル・中村清)
イタリア 廃止運動の中核担う
ローマの古代遺跡コロッセオは、死刑反対運動のシンボルになっている。古代ローマ時代、多くの奴隷が奴隷同士、ときにはライオンと戦う残忍な闘技で死亡したのにちなんだものだ。各国で死刑囚の減刑や死刑制度の廃止が決まると、ライトアップされる。
死刑廃止を掲げる欧州連合(EU)の中で先頭に立つのがイタリアだ。国連総会で昨年十二月、死刑の一時停止を求める決議案が採択された際、ナポリターノ大統領は「わが国は困難なキャンペーンの中核的役割を果たした」と強調した。
イタリア半島での死刑廃止の歴史は古く、統一イタリア王国は一八八九年に廃止。ファシズム時代のムソリーニ政権が一九二六年に再導入したが、四八年にイタリア共和国憲法は廃止を明記した。
市民あげての熱心な反対運動の背景に、イタリアがカトリックの総本山、バチカンを抱える事情も。歴史的に見ればキリスト教が死刑を排除してきたわけではなく、中世から近代の法王領では「異端」などの罪で死刑宣告がなされた。前法王の故ヨハネ・パウロ二世が「生存権はすべての権利の基礎」と主張したのをきっかけに、多くの教会関係者が運動にかかわるようになった。
しかし、信者の中には異論も。八一年に死刑が廃止されたフランスで、死刑制度回復を目指す団体の代表、アントニーさん(63)は二〇〇四年、顔なじみの女の子が殺害される事件に接し組織を立ち上げた。「犯罪に比例した処罰は必要だ。欧州は死刑廃止の流れにあるが、逆戻りできないことはない」と訴える。 (パリ・牧真一郎)
中国 人権意識高まっても執行年間1010人
アムネスティ・インターナショナルによると、中国では二〇〇六年に少なくとも千十人に死刑が執行され、世界の六割以上を占めた。「死刑大国」との批判を浴びる中国だが、今夏の北京五輪を控えて制度改善に着手、人権重視の姿勢をアピールしようとしている。
司法当局は昨年一月、死刑判決の最終決定権を最高裁に一本化することを決定。地方の高裁レベルで出していた死刑判決をすべて最高裁で再審査した上で決定するとし、誤審や量刑が異なる不公平感をなくし「法の下の平等」を確保するとした。蕭揚・最高人民法院院長(最高裁長官)は、昨年一年間に死刑判決後即執行された人数より、執行を猶予された人数が初めて上回り、制度改善が成果を挙げたと発表。「殺しても殺さなくてもよい者は、一律に殺さないようにした」と強調している。
かつては銃殺が主流だった執行方法も、最近は苦しまないとの理由で注射による薬殺が増えている。死刑執行場のない地方や農村のため、各地を巡回して注射による死刑を執行する「死刑執行車」も登場。巡回による威圧と犯罪抑止の効果を狙っているという。
だが、逮捕から裁判に至る司法手続きは依然として不透明な部分が多い。死刑執行数も実態ははるかに多いとの観測があるほか、死刑囚の臓器売買が行われている可能性も強く、国際社会の批判は収まっていない。 (北京・鈴木孝昌)
米国 冤罪考慮、慎重な州も
米国で死刑制度があるのは三十六州と連邦政府、米軍で、制度がないのは十四州とコロンビア特別区(首都ワシントン)。民間非営利団体「死刑情報センター」によると、一九七六年に連邦最高裁が死刑を合憲と判断して以降、千九十九人の死刑が執行された。南部が九百一人で大半を占め、北東部が四人で最も少ない。南部のテキサス州は四百五人で突出している。
人種別にみると、処刑されたのは白人57%、黒人34%など。ただ、死刑制度のある州の地方検事トップは白人が98%、黒人は1%にすぎない。カリフォルニア州では、白人を殺した場合は黒人を殺した場合の三倍以上も死刑を宣告されており、人種問題を指摘する声もある。
年間の執行数は九九年をピークに減少傾向にある。その背景には、連邦最高裁が二〇〇二年以降、精神的に発達の遅れがある被告や犯行時に十八歳未満の被告に対する死刑判決を違憲と判断したことがある。死刑情報センターのディーター所長は「犯罪捜査にDNA鑑定が普及し、人々が冤罪(えんざい)事件に注目するようになったため、死刑判決や執行が減っている」と話す。
さらに最高裁では、ケンタッキー州の三段階による薬物処刑が苦痛を伴うとして違憲論議も始まった。警察の意識調査でも、暴力事件を減らす方法に麻薬の追放、経済や雇用の改善を挙げる声が多く、死刑の適用は1%だった。費用の面からも死刑制度の維持は裁判費用などがかさみ、終身刑の収監に比べて数倍かかるとの試算もある。 (ワシントン・立尾良二)
135の国・地域で廃止
国際人権NGOなどによると、死刑を廃止した国・地域は百三十五で、このうち▽「あらゆる犯罪について死刑を廃止」はEU諸国やフィリピン、トルコなど九十一▽「軍法下の犯罪などを除く通常犯罪について死刑を廃止」はブラジル、イスラエルなど十一▽「死刑制度は残っているが、十年以上執行せず事実上の廃止」がロシア、韓国など三十三。
一方、死刑を存置している国・地域は日本、米国、中国、北朝鮮、イラン、イラクなど六十二。