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古来、大乗仏典の中でも「諸経の王」と呼ばれ、広くアジア諸国で最も信奉されてきた経典の一つ「法華経」。日本でも、聖徳太子、最澄、道元、日蓮、宮沢賢治ら多くの人々に巨大な影響を与えてきました。「今昔物語」「源氏物語」「枕草子」などの文学にも法華経にまつわるエピソードが記され、日本文化の底流には脈々とその精神が流れ続けています。しかし、現代人には、意外にその内容は知られていません。「100分de名著」では、この法華経のサンスクリット版の原典を「思想書」ととらえて解読し、一宗教書にはとどまらない普遍的なテーマや、私たちにも通じるメッセージを引き出していきます。
「法華経」は西暦紀元1世紀末から3世紀始めに成立したと推定されています。当時のインドは、厳しい修行や哲学的な思索を出家者が中心になって行う「部派仏教」と呼ばれる教団が栄え、仏教が庶民の暮らしから遠い存在になっていました。そこに、広く民衆を救済しようという新たな潮流、大乗仏教が登場し、部派仏教との間で激しい対立が生じていました。この対立を乗り越え、これまでのさまざまな仏教をより大きな視点から統合しようとしたのが法華経だといいます。
法華経の舞台は、霊鷲山(りょうじゅせん)というインドの山。釈迦の説法を聞こうと八万人にも及ぶ聴衆が集まっていました。深い瞑想の中にいた釈迦はおもむろに目覚め、今までに誰も聞いたことがない奥深い教えを語り始めます。全てのいのちの絶対的な平等性、これまで成仏できないとされてきた出家修行者や女人、悪人にいたるまでの成仏の可能性、それぞれの人間の中に秘められた尊厳性、それを尊重する行為のすばらしさなどが、卓抜な比喩などを駆使して語られます。そして、クライマックスでは、これまで秘されていた釈迦の成仏の本当の意味が明かされるのです。
法華経には、忽然と虚空に出現する天文学的な大きさの宝塔、大地をわって湧き出してくる無数の菩薩たち等、神話的なシーンが数多く現れ、合理的な思考からすると一見荒唐無稽な物語とみなされがちです。しかし、当時の思想状況や社会状況に照らし合わせて読み解いていくと、当時の常識では到底受け容れられないような新しい考え方や価値観を、象徴的な出来事や巧みなたとえに託してなんとか表現しようとする作者たちの意図が明らかになっていきます。その一つひとつを解読すると、その中核には、「釈迦がもともと説こうとしていた仏教の原点にたちかえれ」という力強いメッセージがこめられていることがわかります。それは、さまざまな因習に縛られ見失われそうになっていた「人間自体を尊重する人間主義の思想」だと、仏教思想研究家の植木雅俊さんはいいます。
排外主義が横行し分断される社会、拡大し続ける格差……憎しみや対立の連鎖からなかなか抜け出せない現代、「法華経」を現代的な視点から読み解きながら、「差異を認め合い、共存・融和を目指していく知恵」「自己に眠る大きな可能性を開いていくには何が必要か」など、生きる指針を学んでいきます。
第1回 全てのいのちは平等である
法華経が編纂された当時は、出家修行者が自らの悟りを目指す一部の「部派仏教」と広く民衆を救済しようという「大乗仏教」が厳しく対立していた時代だった。法華経にはそうした対立を止揚し乗り越えようという新しい思想がこめられているという。一部の部派仏教が決して成仏できないとした在家信者や女性も、初期大乗仏教が決して覚りを得ることができないと断じた出家修行者も、全て平等に仏になれるという平等思想を打ち出したのである。法華経ではそのことを過去の因縁話や有名な「三車火宅のたとえ」など卓抜な表現を用いて見事に説いた。第一回は、法華経にこめられた、人類初ともいえる「普遍的な平等思想」に迫る。
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