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遠藤周作、母の「影」
「母さんは他のものはあなたに与えることはできなかったけれど、普通の母親たちとちがって、自分の人生をあなたに与えることができるのだとーー」
父と離別した母から、子への便り。子は母でなく父と暮らすことを選ぶ。いや、選ばされた。いや、それも違う。子は臆病ゆえ、嫌だ、と父に言えなかった。
母はやがて独り、死んでいく。その死に顔に残る苦悶の「影」。母はヴァイオリンに音楽以上の何かを求めて練習に明け暮れ、家庭との両立に苦しんだ。子は母を恋い、同時に怯える。母を棄てた、という罪責感が子を追う。罪責感から逃げるため、子は父を憎む。
遠藤周作の未発表小説『影に対して』が、『三田文学』夏季号に載った。読めば、すぐわかる。ただの未発表作品ではない。三人称小説だが、告白に近い。告白ゆえ、関係者に配慮して発表が断念され、筺底(きょうてい)深く沈められたのだろう。
私はパスカルの「メモワール」を想起した。自身にとって最も重大切実な回心体験について、パスカルは終生語らなかったが、死後、服の裏地に自筆メモが縫いこまれているのが発見された。「影に対して」は、遠藤の人生の裏地に縫いこまれた「メモワール」だったろう。母の音楽は子の文芸に受け継がれた。(夕星)2020.7.16
中日新聞夕刊 2020.7.16 Thu
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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〈来栖の独白〉
長い間、遠藤氏の作品を読んできて、すべてにお母上の深い影響を感じた。氏は、イエスと母親の中で人生を生きた。
このところ三國連太郎氏について書かれた作品を読んでいるが、遠藤氏や佐藤浩市氏に見られるように、親の子に与える影響とは、かくも甚大だ。
遠藤周作の未発表小説見つかる 死去後初めて
2020/6/26(金) 13:53配信 長崎新聞
「沈黙」など長崎県ゆかりの作品を多く残した作家遠藤周作(1923~96年)による未発表小説の自筆草稿の一部と清書原稿の全文が、26日までに長崎市東出津町の市遠藤周作文学館で見つかった。題は「影に対して」。母の生きざまに強い影響を受ける男が主人公の自伝的中編小説。同館によると、遠藤の死去後に未発表の小説が見つかったのは初めて。
同市の田上富久市長が同日の定例記者会見で明らかにした。「影に対して」の自筆草稿は400字詰め原稿用紙の裏に2枚、全文は遠藤の秘書が清書したもので同104枚。63年以降の執筆と推測される。
両親が離婚し、平凡な生活を営む父親の元で育った主人公勝呂(すぐろ)が、音楽家として大成を目指した母親の人生をたどるストーリー。遠藤の人生観を知る上でも貴重な作品と言えそうだ。
最終更新:6/26(金) 18:45 長崎新聞
◎上記事は[Yahoo!JAPAN ニュース]からの転載・引用です
* 遠藤周作著『私にとって神とは』---聖書はイエスの生涯をありのまま、忠実に書いているわけではない---原始キリスト教団によって素材を変容させ創作した
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* 遠藤周作著『人生の踏み絵』 … 一応、自殺は禁じられています… 2019.12.12
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* 『三國連太郎、彷徨う魂へ』 宇都宮直子著 文芸春秋刊 2020.7.8