菅と官①未熟さ 官復権許す~排除から共存へ
(中日新聞2010/10/15Fri.)
9月下旬頃から、最近はあまり見かけなかった光景に出くわす。議員会館に幹部官僚が日参し野党幹部の部屋を回っているのだ。ある官僚は法案の根回しをし、別の官僚は公明党議員に「補正予算案に公明党の主張を盛り込んだ。賛成してほしい」と頼んでいる。
自民党政権の時は日常的に行われてきた官僚による野党議員への根回しだが、昨年、政治主導を標榜する民主党政権が誕生して封印された。それが菅政権が発足したころに復活した。
その変化の中心に仙谷由人官房長官がいる。積極的に指示したわけではない。「禁を解いた」が正確だろう。
昨年発足した鳩山政権は、徹底的に官僚を排除した結果、官僚のサボタージュを招き政策決定もうまくいかなかった。米軍普天間飛行場の移設問題などはその最たる例。その教訓から2年目を迎えた民主党政権は「排除」から「共存」にかじを切った。
官僚組織のトップに立つ滝野欣弥官房副長官(事務担当)は民主党政権が誕生以来、このポストにいるが、鳩山政権では「隅っこに追いやられていた」(官邸スタッフ)。今は「官邸を切り盛りしている」(同)。
ただ官との共存は、民主党が野党の時、痛烈に批判してきた自民党政権時代に回帰することを意味する。
兆候は既に見え始めている。政治家だけの議論がめっきり減っているのだ。閣議・閣僚懇談会は1年前には1時間を超えることは当たり前で今年1月12日には2時間以上議論した。だが9月21日は12分で終わった。
名古屋で開かれる生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)に向け、政府は関係副大臣会議を何度も開いたが「出席者は、官僚が用意した紙を読むだけだった」(民主党の中堅議員)こともあった。
官僚を容認する姿勢は、菅直人首相からも感じとれる。薬害エイズ問題での対応を持ち出すまでも無く菅氏は元来、官僚組織と戦う政治家だった。が、今は身内からも「財務省のいいなり」(政府関係者)と批判される。国会でも、眼鏡をかけて官僚作成の答弁を読むシーンが続く。
もちろん菅政権が政治主導の看板を下ろしたわけではない。官僚を排除して重要課題を推進する“荒業”を使うこともある。
今月上旬のアジア欧州会議(ASEM)首脳会議で菅首相が、温家宝中国首相と対話できたのは、官邸側が中国政府に直接働きかけた成果でもあった。
管政権は、民間の有識者を集めた賢人会議の設置を検討。官邸機能強化のためのスタッフ強化も進めている。ただ、その程度の改革では政治主導が確立できないことを、この1年で学習した。
「いまの民主党には十分な政権担当能力がないんだよなあ・・・」
仙谷氏は政権運営に行き詰まると、こうつぶやく。そして足らない分を「官」の力で補おうとしている。現実主義者・仙谷氏らしい発想ではある。
菅政権は2面性を持った政権だ。政治主導を強調しているのに、野党はもちろん党内からも官僚追従の批判を受ける。この政権は、現実路線による成熟した政治主導の道を歩んでいるのだろうか。それとも、かつての官僚支配に戻りつつあるのか。政と官の関係を検証する。
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菅と官②法改正遅れ“致命傷”~政治主導の挫折
(中日新聞2010/10/16Sat.)
民主党が2009年の衆院選に向けてつくったマニフェスト。「鳩山政権の政権構想」の冒頭には「官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ」とうたってある。民主党にとって「脱官僚」は1丁目1番地。昨年9月に鳩山政権が発足以来、政治主導に固執したのは当然のことだった。
自民党政権時代の「政と官」の関係を振り返ってみる。国会で大臣は、大づかみな答弁をいくつかするだけで細部は局長に丸投げだった。予算編成作業では、財務省と各省庁が概算要求から大詰めの閣僚の復活折衝まで、綿密なシナリオを描いた。大臣や政務次官には地元選挙区に関係する予算を少し手厚くする気配りも見せた。
もちろん少しずつ官僚支配は是正されてきたが、基本的な構図は不変だった。小泉政権ですら「官邸主導は2割程度。8割は通常の霞が関のルールで回していた」(高橋洋一喜悦大教授)という。
鳩山政権は、この「8割」も一気に政治主導にしようとした。
その象徴的存在となったのが厚生労働相になった長妻昭氏だ。省内の人事制度の評価基準を変えて人事権を行使。手際が悪い官僚には「これが民間だったらクビだ」と怒鳴ることもあった。
だが、厚労官僚たちの抵抗は凄まじかった。ことし9月の段階では「長妻氏が留任したら省内でクーデターが起きる」とまで言われた。
厚労省のような全面対決はまだいい。面従腹背で政治主導を骨抜きにしようとする官僚に民主党は手を焼いた。
岡田克也氏は外相の時、あぜんとすることの連続だった。外国要人と会談する際、官僚は決まって資料を直前に持ってくるのだ。事前準備なく会談に臨ませることで、官僚シナリオに沿った発言をせざるを得ないようにする意図が見え見えだった。岡田氏は、2日前までに資料を出すよう指示し、前日に自分と官僚が議論して手直しすることにしたが、似たような官僚の「仕掛け」は各省で起きた。
国民から高い支持を得た事業仕分けも例外ではない。昨年11月の第1回仕分けの対象となった事業のうち、民主党が独自に掘り出したのは全体の約3割。残りは財務省の提案だった。行政刷新会議の加藤秀樹事務局長は「官僚がつくったものを壊すにも官僚が役立つ」というが「官僚がシナリオを書く」という長年の構図から脱却しきれていないのも事実だ。
政治主導を演出しようとするばかりに行きすぎた官僚排除に走り、その一方で、したたかな官僚の介入も受ける。民主党の政治主導は空回りを続けた。
最大の原因は、法改正の遅れ。国の基本ビジョンを決める国家戦略局の設置などを盛り込んだ政治主導確立法案が未成立のままであることが“致命傷”となっている。政府関係者は「昨年の臨時国会で成立していれば・・・」と悔やむ。だが、先の通常国会で継続審議となった同法案は、今の臨時国会でも成立するメドはたっていない。
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菅と官③官僚 悩ます没交渉~嫌われる小沢氏
(中日新聞2010/10/18Mon.)
菅直人首相と小沢一郎元代表の一騎打ちとなった9月の民主党代表選で、面白い傾向がみられた。霞が関の官僚たちが、ほぼ例外なく「小沢首相だけは勘弁してほしい」と口をそろえたのだ。
小沢氏は代表戦で敗れ首相にならなかった。だが今なお党内で影響力を持つ。彼と官の関係は、菅政権にも少なからぬ影響を及ぼすテーマだ。
自民党で帝王学を学んだ小沢氏だが、自身が政府にいた期間は短い。政務次官を2度、閣僚は自治相を1度。あとは1987年、竹下内閣で官房副長官を務めているだけだ。
建設政務次官だったころを知る同省OBは「『面倒くさいことは君がやれ』という感じ」と振り返る。自治省OBも、閣僚の時の小沢氏は「印象が薄い。途中から役所に来ない日もあった」。剛腕の片鱗はなく、官僚にとっては御し易い政治家像が浮かぶ。その小沢氏が官僚から嫌われるようになったのはなぜか。
最大の理由は没交渉だろう。小沢氏は94年に下野して以来、大半の期間を野党で過ごした。権力に群がる官僚は小沢氏との接点が少なくなった。一方、小沢氏は自民党政権を攻撃する中で、自民党と一体だった霞が関批判を強めていった。
現役世代の官僚で小沢氏と接点があるのは官房副長官の時、秘書官だった財務省の香川俊介官房長ぐらい。小沢氏を官僚が訪ねるのは皆無に近い。
代表選の時、官僚との没交渉を示す出来事があった。小沢氏は「無利子国債」の発行を打ち出した。無利子国債は、一般的には利子がつかない代わりに相続税免除の特典を受ける国債を示す。これに野田佳彦財務相は素早く反応し「相続税が減り国の財政が悪化する」と批判した。もちろん財務官僚から事前説明を受けての発言だ。
ところが小沢氏の言う無利子国債は「地方が利子を負担し、道路建設に充てる」という全く違うものだった。それが判明するまでに約1週間かかった。財務省は違う情報に基づいて理論武装し、それを受けて野田氏がコメントしていたことになる。
「「政策転換」も官僚が小沢氏を敬遠する原因だ。小沢氏は93年「日本改造計画」を著した。そこには規制緩和の断行による「自立した日本」が描かれていた。だが、その後小泉政権が似た路線をとり、一定の評価を得た。差別化するためにも小沢氏は、小泉政権の時に生じた格差を批判し「国民の生活が第一。」を訴え始めた。財務省の視点でいえば「バラマキへの回帰」で、容認しがたい政策転換だ。
「おれは政局人間と思われているけど、政策が大好きなんだ」
小沢氏は代表選中、側近に対しこのせりふを何度も口にした。官僚や側近の助言なく政策を語ることができる自信を示したものだ。
政策の具体的な妥当性は別にして、最近の小沢氏は「脱官僚」が徹底しているようにみえる。相対的に菅氏は「官僚寄り」に映る。
だからこそ、批判的な勢力からも「小沢首相を見てみたかった思いもある」との声が漏れるのだ。
*〔菅と官〕④⑤は略
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「官僚答弁禁止」は断念 政治主導法案修正 副大臣と政務次官増目指す
政府・民主党は20日、内閣法制局長官をはじめとする官僚答弁の禁止を柱にした国会法改正案の成立を断念する方針を固めた。改正案に盛り込まれていた副大臣、政務官の増員の項目については、国家戦略室を局に格上げする政治主導確立法案に加え、修正した上で、今国会での成立を目指す。
参院で野党が多数を占めている「ねじれ国会」下で、自民党などが官僚答弁禁止に反対していることを考慮した。菅直人首相は同日夜、記者団に「野党からもいろいろな意見を戴いている。合意できる形にして、成立させてほしい。全力を挙げる」と述べた。
国会法改正案は、民主党の小沢一郎元代表が幹事長時代に主導し、議員立法で先の通常国会に提出。国会審議でも政治主導を実現するという触れ込みで、答弁が認められる「政府特別補佐人」から法制局長官を外し、副大臣2人と政務官10人を増やす内容だった。
しかし、野党は、法律など専門的な知見を持つ官僚との質疑は不可欠で、政治家の答弁だけでは国会審議の充実は図れないと主張し、官僚答弁禁止に反発。関連する政治主導法案とともに継続審議になり、今国会でも審議入りのめどが立っていない。
与党側は副大臣らの増員ならば、野党の賛同も得られる可能性があるとみて、政治主導法案に一本化することにした。国会法改正案は廃案になる見通し。
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