私には何も遺してくれなかったと思っていた母からの「驚きの遺言」 新・争う族の現場から⑥

2019-03-30 | Life 死と隣合わせ

2019/3/30

私には何も遺してくれなかったと思っていた母からの「驚きの遺言」 新・争う族(あらそうぞく)の現場から

    江幡 吉昭  相続終活専門協会代表理事  遺言・相続の専門家  

 ■疎遠な母の死と遺言

 川端正子さん(仮名、以下登場人物は全員仮名)は名古屋の幼稚園で働く主任教諭です。日々、2人の子供を育てながら、幼稚園で働く忙しい日々を過ごしています。そんな川端さんに、ある日、弟の史郎さんから連絡がありました。

 「ついに母が亡くなった。」

 東京に住む母は72歳。既に父は10年前に亡くなっています。

 川端さんはその日のうちに慌てて支度をし、東京の実家に戻りました。弟夫婦は実家のそばに暮らしており、母の見舞いや雑多な業務も行っていましたが、葬儀の手配も既に終えていました。

 葬儀も無事に終わり、一息ついた時、弟から「お母さんが遺言を遺していたらしい」と聞かされます。

 一瞬、川端さんは弟の言葉に耳を疑いました。

 川端さんの知っている母は、家事もほとんどせず、いつもお酒ばかり飲んでいるイメージしかありません。そんな母が、きちんと遺言を作っていたなんて信じられなかったのです。

 弟は「遺言の作成・執行はお母さんがプロの人に頼んであったみたいで、僕たちはその内容に基本的に関知できない。遺言通りに財産分割するだけだそうだ」と言います。

 川端さんは「え?お母さんの財産分割に関してなんで子供の私たちが決められないの?そんなの納得いかないわ!」と弟に詰め寄ります。

 「そんなこと言ったって俺、知らないし。遺言執行者の人たちに聞いてみなよ」というばかりでらちがあきません。

 そこで、その遺言執行者のオフィスを訪問するアポイントを取ったものの、何となく釈然としない正子さん。

 ふと学生時代はよく母親の服を借りていたことを思い出し、今でも着ることが出来そうな母親のコートをいくつか見繕って自分の家に持って帰り、不必要なコートは弟に何も言わずインターネット上のフリーマーケットで売却してしまいました。

 川端さん姉弟は小さいころまでは仲が良かったものの、物心つくころには仲の悪い姉弟になっていました。

 それは姉のエキセントリックな性格が多分に影響していることでした。中学生のころの川端さんは、学校や部活で嫌なことがあると、すぐ当時小学校低学年の弟にあたるような性格でした。

 例えば、川端さんは学校に行く前に、筆記用具がないことに気づきます。遅刻したくないため、たまたま傍に置いてあった弟の筆箱を勝手に借りて学校に行ったりすることもありました。

 弟はいつも「僕のものがない!」と部屋中を探しますが当然見つかるはずがありません。後日、姉の部屋や姉の鞄に自分のものを発見するのがお決まりだったのです。

しかし、そんな自分勝手をしても川端さんは全く悪びれる様子がありません。弟は基本的に温厚な性格でしたが、度重なる姉の理不尽な行動に、さすがの弟も愛想を尽かし、ふたりの仲は険悪になっていったのです。

 そんなふたりを心配して親が説教をすることもありましたが、川端さんは自分が悪いとはまったく思っていません。それどころか「弟は怒りっぽい!なんでお母さんはいつも弟の見方ばかりしているの!?えこひいきだよ!」と、逆ギレする始末です。

 もともと母と弟は近い関係でしたし、唯一川端さんの味方であるお父さんが他界してしまった後は「実家に帰ってもつまらない」と、家族とも疎遠になっていったのです。

そんなときに起きた母の死と遺言の存在。当然、川端さんが心配したのは、母と仲の良かった弟に財産を取られてしまうことでした。

■私は母の遺産をもらえないのか?

 後日、遺言執行者である私たちのオフィスを尋ねてきた時も、開口一番、まくし立てるようにこう怒鳴りはじめました。

 「母の遺産の配分は我々が決めるのではないのですか? なんで第三者なんですか? 私は母の遺産ももらえないんですか??」

 川端さんの焦りがそうさせたのでしょう。

 ところが遺言の内容について細かく私たち遺言執行者からの説明を聞き、遺言を目にした川端さんは、人目もはばからず大粒の涙を流しはじめたのです。

 川端さんが思っているように弟の史郎さんに全て相続させてしまうような内容だったのでしょうか……

 川端さんの母の遺言は以下のような内容でした。少し長くなりますが是非紹介させてください。

 <正子、今まで本当にありがとう。私はお父さんが亡くなってからちょうど1年後の今、この遺言を書いています。

 私はいつもあなたに振り回されました。あなたが小さいころ、クリスマスの日に車にひかれたことを覚えていますか? 幸いにかすり傷だけで済みましたが、お父さんと私は、本当に心配しましたよ。

 また、いつも史郎と姉弟げんかをして弟に泣かされていましたね。でもそんなあなたが私は大好きでした。あなたは小さいころ誤解していましたよね? 私はあなたが嫌いだったから怒ったのではなくて、あなたに一人で生きていく強い人になってほしくて厳しく接していたのです。

 当時のあなたは理解できなかったかもしれませんが、あなたも大人になって2人のかわいい子供が出来ましたよね? 当時の私たちの子供に対する想いがわかっていると思います。

 あの時の私たちは決して裕福ではなくて、満足に教育にお金をかけることもできませんでした。しかしあなたはそんな中でも立派に働き、いいお母さんになってくれました。本当に嬉しく思っています。

 私が亡くなったら、今度は私の残したお金で孫たちの教育に使ってください。あと、正子と私はよく服を共有したよね? 私が一番気に入っているコート(どれかわかるでしょ?)のポケットに、あなたの誕生石であり、あなたが大好きだったブランドのダイアモンドの指輪が入っています。

 あなたが結婚した時、お父さんの商売がうまくいってなくて結婚資金を援助することができずごめんね。それがずっと気になっていたので、商売がうまく行きだした時に、いつかあなたに渡そうと思って買った指輪なの。ぜひ受け取ってね。史郎には、いろいろと資金援助できたし、特にこれ以上何もないけど、許してね。

 私は本当に幸せな人生でした。ありがとう。小さいとき、弟とたくさん喧嘩をした分、お母さんが死んだら仲良くしてね。お父さん・お母さんもそれを望んでいます。生まれてくれてありがとう。>

 この遺言の付言事項に本当の母の気持ちがわかりました。母の遺産自体も、弟が家を継ぐものの、母の遺した現預金の多くは川端さんが引き継ぐ内容が記されていました。

 事務所を出るころにはすっかり川端さんの疑心暗鬼は消え、感謝の気持ちと母に包まれた幸せな子供の時の思い出がよみがえったのです。

■本当に伝えたいことは付言事項に

 我々が遺言を作成するお手伝いをするとき、特に大事だと思うことは遺言の付言事項です。

 普通に遺言を作成するとついつい事務的なものになりがちです。「●●に家を遺す。〇○には現預金を相続させる」などです。

 しかし実際は事務的な内容に終始しないで、最後だけでもいいので遺言には付言事項といういわば自由記入欄がありますので、そこに上記のような昔の話を書いても何ら問題ないのです。

 「なぜこの人にこれをあげるのか。」「なぜこの人にはこれをあげないのか。」血がつながっているとしても人間、所詮は言葉になったことしか受け取ることができません。

 「言わなくてもわかる」というのは幻想にすぎません。とくに大人になった子供たちは当時の記憶は大体の感触しか覚えていないものです。

 そこに具体的にこういうことがあった。こういう想いだったというのを文章で伝えてあげることで、当時の思い出もフラッシュバックしますし、きちんと大切な遺族に想いを最後に教えてあげるべきことではないかと思います。

 遺言は財産を遺族に相続させる法的なものである一方、その気持ちを丁寧に最後に伝えるメッセージ機能も持っているのですから、使わないともったいないです。

 それが「争う族」を回避することにもなるのです。

 後日談ですが、この遺言の内容を知った正子さん。慌てて自宅に帰りましたが、ダイアモンドの指輪はコートを探してもありません。どうやらインターネットで売ってしまったコートの中に入っていたのでしょう。

 とはいえ、川端さん姉弟はお母さんの相続をきっかけに関係を修復し、名古屋と東京の間をお互い頻繁に行き来するようになりました。先日も川端さん家族でディズニーランドにいくときに弟の史郎さんの自宅に泊ったそうです。

 大人になれば解ける雪もあるということですね。そのきっかけは母さんの遺言であったことは間違いないでしょう。

<筆者プロフィール>江幡 吉昭 EBATA YOSHIAKI

 大学卒業後、住友生命保険に入社。その後、英スタンダードチャータード銀行にて最年少シニアマネージャーとして活躍。2009年、経営者層の資産運用・税務・財務管理を行う「アレース・ファミリーオフィス」を設立。近著に『500m2以上の広い土地を引き継ぐ人のための得する相続(アスコム刊)』などがある。遺言を遺すことが当たり前の世の中にすべく遺言のポータルサイトの運営も手がける。(江幡氏が講師を務める相続セミナーが9月9日に開催されます。詳細は以下からご確認ください。http://sokatsu.jp/

 ◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です

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