『年報・死刑廃止2007 あなたも死刑判決を書かされる』インパクト出版会刊
特集 あなたも死刑判決を書かされる 国家と死刑と戦争と 安田好弘
p47~
■ 弁護人・被告人の抵抗を潰す「司法改革」
(前段略)
裁判員に対し、せいぜい3~5日くらいの拘束期間で裁判を終わらせなければならない。そのためには、その裁判の前の段階で弁護人と裁判所と検察官が「公判前整理手続」という手続きを行って、下ごしらえする。つまり争点とか証拠の整理をすべて密室で事前に終わらせたうえで裁判にかけるという制度を、彼らは作り上げたのです。談合裁判なんです。公判を数日で終わらせるためには、この公判前整理手続を新設するだけでは間に合わない。それで、さらに拙速裁判(彼らは「裁判の迅速化」と呼んでいますが)、つまり連日開廷、継続審理、主尋問と反対尋問は同日中に行わなければならない、ということを定めたのです。これによって死刑事件はどういうことになっていくのでしょうか。
皆さん方もおわかりだと思いますが、死刑事件は長い時間と多大の調査、そしてまず本人自身が事件と正面から向き合う、そういう態勢が整って初めて真相が解明されます。長い時間をかけて初めて被告人自身が裁判で当事者として自ら主張し、自らの権利を守っていこうとすることができる、ということは私たちが過去何度も体験してきたことです。しかし、この「公判前整理手続」あるいは「裁判の迅速化」によって、その機会が完全に奪われてしまうわけです。例えば昨年、神戸で行われた裁判では、「公判前整理手続」が行われて、起訴されてからわずか3ヵ月で死刑判決が出ました。公判は数回だったようです。本件は控訴されないまま確定しています。
それから次に新たな国選弁護人制度の導入です。これは、弁護人が公判前整理手続に出頭しない恐れがある場合、あるいは出頭しても中途で退席する恐れがある場合、あるいは公判についても同じですが、そのような場合には、裁判所は新たな(p48~)国選弁護人を選任することができるという規定が設けられたのです。ですから例えば大道寺さんたちがやろうとした、弁護人を解任して弁護人不在の状態で、とにかく裁判を進行させないということは、およそできなくなってしまったのです。弁護人が裁判所の不当な訴訟指揮に対して抗議する、その抗議あるいは抵抗の手段として残されていた法廷のボイコットという手法が、完全に封じられてしまった。弁護人が法廷をボイコットすると、直ちに裁判所の言いなりになる国選弁護人をつけられて裁判を終結させられてしまうわけです。
私たちは麻原彰晃さんの裁判のとき、当時弁護人は12名おりましたが、1度だけですが全員が裁判を欠席したことがありました。ボイコットしたわけです。裁判所は私どもの事務所に電話してきてなんとか出廷してくれと言ってきました。私たちは全員それを拒否して出なかった。これまでならば、彼らはそれ以上のことはできないわけです。結局その日の裁判は取りやめになりました。裁判所はそれに懲りたのか、いくらかは反省して訴訟指揮を緩めてきました。しかし今後はそのようなことはできない。裁判所の権限が強化されて、そういうときは弁護人に出頭命令が出され、それだけでなく在廷命令が出るわけです。そしてそれに従わなければ、直ちに科料という制裁に処せられることになります。
さらに第1回公判前の被告人に対する裁判所の直接審尋ですが、これは、裁判はまだ始まっていないのですから、当事者主義、予断排除の原則からして、これまでは絶対にできないことになっていました。しかし、麻原さんのとき裁判所は、これを無視しました。それは、第1回公判を前にして麻原さんは弁護人を解任しました。その結果、第1回公判は流れたのですが、そこで裁判所は、警視庁に収監されている麻原さんを裁判所に呼び出して直接審尋し、私選弁護人をつける予定があるかどうかということを問いただしたのです。そして彼らは、麻原さんには私選弁護人を選任する意思はあってもあてがないという結論を出して、弁護士会に対して国選弁護人の選出依頼をしてきたのです。旧刑事訴訟法の手続だと、これが限界だったのです。しかし今回の改正された刑事訴訟法だと、これを堂々とすることができることになりました。どういう場合にそれができるかというと、例えば弁護人が公判前整理手続事実関係について否認するという意思を表明した場合、裁判所がその手続に被告人を呼び出して直接被告人に対して「本当に否認するのか」と問いただす、つまり言外に弁護人の言うことに従わずにさっさと認めたらどうか、と問いただすことができる。当然被告人は裁判官の顔色をうかがって「否認する」とは言い切れない。結局「争いません」と言わざるをえない。裁判所は弁護方針にまで直接介入・干渉することができるわけです。また、こういう場合、裁判所は、(p49~)弁護人と被告人に対し、連名で書面を出せと要求することができることになりました。結局、弁護人は被告人の意思に従わざるをえず、被告人は裁判所の意向に従わざるをえない。そういう制度に新刑事訴訟を変えてしまった。
皆さん方は、これまで死刑事件にかかわってこられておわかりと思いますが、事件を起こした人というのは、その起こした瞬間から、すでに自分の命を捨てています。1日も早く処刑されてこの世から消えることを彼自身は願っている。そういう中で、弁護人が一生懸命彼を励まし、一つ一つ事実について検証していこう、検察官が出してくる証拠について確認していこうよと呼びかけても、被告人からは「とにかく裁判を早く終わらせてくれ」と求められるわけです。そういうことを新しい法律が見越して、被告人がそういう状態にいる間に裁判を終わらせてしまおうというのが、この新しい法律の狙いです。ですから大道寺さんたちをはじめ、私たちが今まで死刑事件でたたかってきたことは、この裁判員制度の導入ということですべて禁止されてしまい「違法な行為」ということにされてしまったわけです。
■ 「裁判員制度」の導入は徴兵制と同じ
裁判員制度の導入によって、裁判に抵抗することは完全に不可能となりました。さらにこれに被害者の刑事手続参加が新しく法律化されようとしています。被害者遺族が検察官と同じ席に座って被告人や情状証人に直接尋問し、検察官とは別に求刑をすることが認められようとしています。検察官が無期懲役を求刑しても、それでは軽すぎる、被告人を殺してくれと、死刑を求めることができるというのです。そういう中で裁判はどうなるのかといえば、情状証人として出てくれる人もいなくなるでしょうし、被告人は、被害者からの尋問を避けるために、終始沈黙せざるを得なくなるわけです。被告人から弁明の機会を奪う、情状証人に援助してもらう機会を奪う、つまり、法廷は、被害者の復讐の場に純化されてしまうのです。
すでに言いましたとおり、裁判は、公判前整理手続や新たな国選弁護人制度の下で完全に争う場面そのものが剥ぎ取られた上で公判が始まります。判決は市井の裁判員6名と裁判官3名の9名の多数決によって決められるので、当然社会の世論がそのまま裁判に反映されることになります。有罪無罪から始まって死刑か無期かに至るまで、多数決、つまり今の世の中にあふれている感覚がそのまま法廷で判決という形で実現されるということです。今の世の中では8割近い人が死刑を容認しています。マスコミの事件報道の氾濫により、殆どの人が治安が悪化していると思い込んでいます。さらに多くの人が犯罪を抑止するためには厳罰が必要だと確信しています。そういうものがそのまま法廷に登場するわけです。それだけでなく、被害者の訴訟参加によって被害者の憎しみと悲しみと怒りがそのまま法廷を支配するのです。法廷が煽情化しないはずがありません。感情ほど強烈なものはありません。感情に対しては反対尋問も成立しません。感情は理性を凌駕します。まさに法廷はリンチの場と化すのです。
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国家と死刑と戦争と 【1】弁護士・FORUM 90 安田好弘 『2007 年報・死刑廃止』(インパクト出版会)
例えば木村修治さんの場合ですと、判決の直前に、最高裁の知らないうちに戸籍を変える。判決に戸籍は必須ですから、その戸籍を間違えさせたわけです。あるいは判決の日は10時から裁判が始まったわけですが、9時55分に最高裁の窓口に裁判官忌避の申立を持ち込んだんです。忌避の申立というのはあらゆる事項に対して優先的に判断しなければならないわけですから、それを見落として裁判をする可能性に賭けたわけです。最高裁の窓口は1階にあります。法廷はそこよりもかなり離れたところにあります。ですから5分前に忌避を申し立てたら知らないまま判決を宣告してしまう。そうすると重大な手続き違反ですから、判決そのものが無効になって、もう1度争うことができると私たちは考えたわけです。いわゆるウルトラCを使おうとしたわけで、これは江頭純二さんたち当時一緒に闘っていた人に知れ渡るとどこにどう伝わってしまうか分からないと思ったものですから、私たちは弁護人だけでそれを伏せていたわけです。ところがそれと連携せずに、とにかく判決を阻止しようということで法廷が10時に始まると同時に江頭さんたちが法廷で騒いだんですね。ですから法廷は混乱して裁判は10時にスタートしなかった。その間に私たちの忌避申立が届いた。こういうふうな、他の人たちから言わせればダーティーなやり方をとってでもこれを阻止しようとやってきたわけです。
あるいは判決が出ても判決訂正の申立をする。今では当たり前になりましたけれど、当時は判決訂正の申立という手続きがあること自体、弁護人さえ知らなかったわけです。訂正の申立を出す。申立の補充書も毎日くらい出す。しかも最後に「続く」と書いて、次に続くといいながらも出さない。あるいは全く違うことを書いて、突拍子もなく驚かせるとか、いろんなことをやってきました。再々補充書なんて、再が7つくらい付くまで出しました。そういうことをやっても、やはり判決はとうとう確定させられてしまったのです。
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◇ 年報・死刑廃止2007・09 あなたも死刑判決を書かされる 弁護人・被告人の抵抗を潰す司法改革 死刑が露出
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