産経WEST 2014.8.8 07:00更新
【累犯障害者】(上)刑務所出所後の“楽園”専用福祉施設の「毎日」…刑務所とは違う役割、暴れても「制圧」しない
「刑務所での反省と償いは終わりました。もう二度と犯罪はしません」。元受刑者の50代の男性は、自身が持つ軽度の知的障害をみじんも感じさせず、はきはきと語った。
昨年6月までの約2年間、スーパーで食品を万引した窃盗罪で服役していた。20代のころにはカッターナイフを持って消費者金融に押し入り、強盗罪で有罪判決を受けている。約30年の空白期間を経た2つの犯行の動機を、男性はいずれも「お金に困ったから」と簡単に説明した。
かりそめの自由
どんな犯罪者であれ、たとえ再犯を重ねる知的障害者、いわゆる「累犯障害者」であっても、刑期を終えれば社会で自由に生きる権利がある。それでも男性は刑務所職員の勧めを聞き入れ、出所後、自ら福祉施設に保護を求めた。
国立の入所施設「のぞみの園」(群馬県高崎市)。民間の施設が他の障害者に配慮して受け入れを避ける傾向にある中、園内の自活訓練ホームを累犯障害者の専用としている。他人や社会への信頼感を育て、自立のためのスキルを学ばせる数少ない施設で、モデルケースと位置づけられる。
入所者に向けられる監視カメラや居室に閉じ込める鍵はない。それでいて、東京ドーム約50個分(約232万平方メートル)の敷地と周囲に広がる山林は、刑務所の塀と同じくらい険しい。
世間から隔絶された場所で与えられるかりそめの自由。「職員さんは優しいし、楽しく過ごしています」。男性はまるで「楽園」で暮らすかのように穏やかな表情を見せる。
制圧しない職員
入所者たちの生活は規則正しい。起床は午前6時。自主的にラジオ体操をした後で朝食をとる。午後3時半まで延々と畑仕事を続け、8時半からのミーティングで日記を発表し合う。
ある入所者の日記には「まじめにがんばります。もっとがんばりたいです。悪い人とつきあうのをやめます」とあったが、職員は冷静に受け止める。「彼らは嘘がうまく、私たちをしょっちゅう裏切る」
ホームの目的は、あくまで累犯障害者を社会へ戻すこと。刑罰を与えて反省を促し再犯を防ぐ刑務所とは、根本的に役割が異なる。例えば、入所者の反抗やとっぴな行動で身の危険を感じたとき、職員はその場から逃げるというのだ。
刑務所のように制圧しない理由を、職員はこう明かす。「福祉は受ける側の希望と同意が必要なサービス。手を出すことは契約にないし、出してしまえば福祉でなくなる」
京都の男にも
累犯障害者の受け入れを最長2年と区切り、定員7人に職員6人がほぼマンツーマンでつく。施設全体が得る国からの交付金は、今年度で19億円。全国の福祉関係者にとっても、のぞみの園は「楽園」だ。
昭和46年の設立当初から、重度の知的障害者を一生保護するという事業を続け、累犯障害者を受け入れ始めたのは平成20年。独立行政法人になって事業の見直しを迫られてからだ。民間施設で累犯障害者に支援が届きにくいケースがあれば職員を派遣し、福祉関係者らに助言や研修を行う。
自動車盗の常習累犯窃盗罪に問われながら、重度の知的障害で精神年齢が「4歳7カ月」と鑑定され、平成25年8月に1審京都地裁で無罪とされた京都市内の男(37)=検察側が控訴=に関しても、職員は京都に赴いて福祉関係者に助言した。社会に戻っていた男が今年2月、再び自動車を盗んだとして逮捕された事態を重くみたためだ。
男は同罪で起訴され、京都地裁で公判中。逮捕まで母親と暮らし、通所施設に通っていた男の今後について、職員は母親から離して入所施設で処遇することが望ましいと伝えた。ただ、その助言が生かされるめどは立っていない。親子が同居を望んでいるという。
職員は言う。「本人の意思がなければ思い通りの支援はできない。福祉の限界とは言いたくないが、とても難しいケースだ」
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更生した累犯障害者が再び刑務所に送られず生きていく道はあるのか。8月12日に言い渡される男の控訴審判決を前に、福祉の役割を考える。 =続く
◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
2014.8.9 07:00更新
【累犯障害者】(中)それでも脱走する累犯障害者の“心理”…20代女性入所者は男部屋に忍び込もうとした 「810円持っていて、おなかがペコペコです。スーパーに行ったら何を買いますか?」「うん。たばこ」「たばこ? おなかペコペコなのに?」「うん」
5月下旬、累犯障害者を受け入れる「のぞみの園」(群馬県高崎市)の自活訓練ホームで、4月に入所したばかりの20代の女性が授業を受けていた。テーマは「お金の正しい使い方」。社会で生きていくための知恵を教わるのだ。
真剣なまなざしでメモを取る女性には、軽度の知的障害がある。講師からの質問にかみ合う答えを出せない。過去に財布をなくしたなどと嘘をつき、人から金をだまし取る寸借詐欺で3度有罪判決を受けたことは、想像できなかった。
入所者にとって「楽園」であるはずののぞみの園で、女性は“脱走”を試みた経験がある。「地元に帰りたい」と荷物をまとめて居室の窓から抜け出し、近所を散歩していた住民に見つかって連れ戻された。
共同生活に慣れ始めると、今度は男性の部屋に忍び込もうとした。かつては家出を繰り返し、出会い系サイトで知り合った男性たちと行動をともにするなど、男性依存の傾向が根深いと職員はみている。
のしかかる責任
この職員が心配するのは、女性が施設を出た後の暮らしだ。依存心を逆手にとった男たちが月数万円の障害者年金に群がり、女性が無一文になれば、衝動的に再犯に走る可能性は捨てきれない。「知的障害者は犯罪者に狙われやすい。そこから今度は自分が犯罪の泥沼に入り込むこともある」と職員は警戒する。
だが、犯罪の連鎖を断ち切るためのまっとうな支援が、皮肉にも別の犯罪を引き起こすこともある。
入所者の50代の男性は、施設内で禁止されていた喫煙が見つかり、夜中に施設を抜け出した。所持金は数百円。約30キロ離れた民家で食べ物をあさっていたところを住人に見つかり、住居侵入と窃盗未遂容疑で逮捕された。
職員は「彼は根が真面目で気が小さい。たばこを吸ったことが私たちへの裏切りだと思い、居づらくなったのだろう」とかばったが、男性の逮捕は9回目。常習累犯窃盗罪での前科もあり、起訴されれば実刑は確実視された。
にもかかわらず、検察当局は男性を不起訴処分にした。のぞみの園で支援が十分に得られると見込んだのだ。刑務所よりも再犯防止に役立つと評価されたのぞみの園には、重い責任がのしかかったといえる。
5分の1が再犯
なぜこうも“脱走”が相次ぐのか。モデルケースともされる「楽園」での自立支援は無力なのか。
驚くべき数字がある。のぞみの園が累犯障害者を受け入れ始めた平成20年からの6年間の入所者19人のうち、地域社会へ戻ったのは15人。このうち3人は再び罪を犯して刑務所で服役しているというのだ。
のぞみの園の小林隆裕・社会生活支援課長は「彼らには刑務所に入ることへの不安がない」と自立支援の難しさを語るが、 「累犯障害者」(新潮文庫)の著者で元衆院議員の山本譲司氏は別の見方を示した。「社会から隔離された状況に置かれれば、ルールを守る意識が希薄になるのも当然だ」
山本氏は、累犯障害者の尊厳を大切にすることが重要だと説く。命令されているうちは、犯罪をせずに社会で生き抜く力を自分で身につけようとしないとした上で、こう提言した。
「今の福祉施設は刑務所と重なる部分がある。累犯障害者から選ばれる福祉に変わることが必要だ」
◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します *リンクは来栖
関連; 山本譲司著『累犯障害者』 獄の中の不条理 新潮社刊 2007-09-14 | 本/演劇…など
2014.8.10 07:00更新
【累犯障害者】(下)刑務所に入れられることへの不安がない累犯障害者、“刑罰”の無力…福祉はどこまで有効か、取り残される「被害者感情」
精神年齢が「4歳7カ月」という鑑定結果を理由に、京都地裁が自動車盗を繰り返した男(37)に無罪を言い渡して約1カ月後の平成25年9月。今度は30代の累犯障害者の女性に大阪地裁が執行猶予付きの判決を出した。前科があったため実刑もあり得たが、判決理由には「福祉の援助が期待できる」とある。
女性は店舗で万引をし、とがめられた保安員にけがをさせたとして窃盗と傷害の罪に問われていた。検察側は控訴せず、判決は確定。女性は勤務先や病院を紹介してもらい、家族とともに平穏な生活を送っているという。
執行猶予付き判決を求めた弁護側にブレーンとして加わったのが、社会福祉士だった。女性の支援計画を練り上げ、刑事裁判に使える証拠を作ったのだ。
「のぞみの園」(群馬県高崎市)のように刑務所を出た累犯障害者に特化できる福祉施設の「楽園」は、現実には数少ない。ならば最初から刑務所に入れず、福祉の力を借りながら地域社会で更生させればいいのではないか。「基本的人権の擁護」を使命とする弁護士が、福祉の専門家に着目したのは、自然な流れともいえる。
A4用紙数枚で
検察当局は累犯障害者を起訴するか不起訴とするかの判断に、社会福祉士の意見を活用する取り組みを始めた。が、先行していたのは弁護士の方だった。
大阪弁護士会は3年ほど前から「更生支援計画書」と呼ばれる書類を、刑事裁判の証拠として試験的に利用してきた。A4用紙数枚ほどの分量で、累犯障害者が身柄の拘束を解かれた後、定住する場所や利用できる福祉サービス、医療機関などを列記する。生活保護の受給を手伝うことや、長期にわたる支援態勢を詳述することもある。書くのは社会福祉士だ。
今年6月には、計画書を使う制度を本格実施に移した。全国の弁護士会で初めて社会福祉士会と連携。累犯障害者の刑事弁護を担当する弁護士を、福祉に詳しい弁護士が手助けし、社会福祉士につなぐ。
手始めに6月4日に開いた研修会には、弁護士約90人が集まった。登録3年目の若手弁護士が、精神障害がある被告の弁護で計画書を使った経験を紹介。「本人の更生に役立つし、何より執行猶予が取れる可能性が高まる。刑事弁護では当然、武器として使うべきだ」と強調した。
検証、報酬なし
だが、計画書の活用には課題が多い。
累犯障害者が計画書通りに福祉の支援を受けて更生しているかどうか、法律に基づいて検証する仕組みがない。また、福祉の善意に頼って報酬を出していないため、社会福祉士会からは早くも「財源を担保してもらわないと続かない」と危惧の声が漏れる。
何より、被害者感情を置き去りにしたまま、罪を犯していない大多数の障害者と同列に扱うだけで、累犯障害者が真の更生を果たせるのかという疑問が残る。福祉側も十分な受け入れ態勢は整っておらず、必ずしも累犯障害者の再犯防止につながるとはいえないのが現状なのだ。
刑罰を回避するだけの、福祉への「丸投げ」と批判されかねない状況を認識しつつ、計画書の導入を推進した辻川圭乃弁護士は、こう断言した。
「魔法のように効果が表れるわけではないが、続けるしかない。累犯障害者を刑務所に入れるのは、百害あって一利なしだからだ」
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連載は池田進一、永山準、小川原咲、吉国在、小野木康雄が担当しました。
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