「グルが神になる日」死刑執行秒読みの波紋
オウム真理教をめぐる一連の事件で、死刑が確定した教祖、麻原彰晃(本名・松本智津夫)ら13人の死刑執行が秒読み段階に入った。執行には慎重論も根強いが、その最たる理由は「教祖麻原の神格化」である。グルが神になる日はやって来るのか。議論の核心を読む。
死刑執行後「教祖麻原の遺骨」は誰が引き取るのか
島田裕巳(宗教学者)2018/04/16 06:04
ここのところ、オウム真理教の教祖であった麻原彰晃(本名、松本智津夫)死刑囚の死刑執行が迫っているのではないかと報じられている。教団のメンバーで死刑が確定している7人が、東京拘置所から別の拘置所に移送されたからだが、法務省は、移送と死刑執行は関係がないとしている。
刑事訴訟法は、死刑判決が確定して以降6カ月以内に執行することを規定している。だが、現実には、そうした例は少なく、100人以上の死刑囚が拘置されている状況がずっと続いている。中には、死刑が執行されず病死する者も少なくない。
同一事件の共犯は同時に執行されることが慣例にもなっているが、オウム真理教の事件の場合、確定死刑囚の数は13人に及んでいる。これを一度に執行することは、これまでの歴史を考えると相当に難しいであろう。
しかも、2019年には現在の天皇の退位と、新天皇の即位が予定されている。20年は、東京五輪が開催される。こうした年に死刑を執行することは、これまでの例からしても考えにくい。実際、前回の東京五輪が行われた1964年には1件も執行されなかったし、90年から92年にかけても執行されていない。となれば、逆に今年中の執行が現実味を帯びてくることになる。
オウム真理教事件は複雑である。しかも、キーパーソンだった教団の科学技術省大臣、村井秀夫元幹部が殺害されたこともあり、サリンの散布を含めた殺人の実行を誰が決定し、指示したのかでははっきりしない部分が少なくない。地下鉄サリン事件でも、最終的な決定は麻原死刑囚と村井元幹部の間で行われた。麻原死刑囚が法廷で事件の詳細について証言しなかったこともあり、実行の決定がどのようになされたのか、決定的なことは分かっていない。
だが、教団がサリンなどの毒ガスを製造して数々の殺人を実行したこと、事件全体の首謀者が麻原死刑囚であることは間違いない。その点で、麻原死刑囚から執行される可能性が高い。では、麻原死刑囚が執行された場合に、それはどのような影響を与えるのだろうか。
麻原死刑囚は、裁判の途中から証言を拒否し、沈黙を貫くようになった。それは、東京拘置所でも変わらないようで、最近の報道では、一日中床に座っていることが多く、食事は独りで食べ、運動には出るものの、家族が面会を求めて東京拘置所にやってきても、それに対しては一切反応しないという。
したがって、現在の麻原死刑囚が家族や、彼らを介して後継団体「アレフ」など残存している教団に対して何らかの指示を下しているわけではない。2015年には、アレフのメンバーが拘置所までやってきて、壁の前で上を見上げて手を合わせ、何かをつぶやいていると報道されたが、麻原死刑囚とメンバーとの間の交流は一切絶たれているのである。
それゆえ、麻原死刑囚が死刑になることで、アレフなどの教団運営に何らかの具体的な影響が出ることは考えにくい。今でも彼らは麻原死刑囚を宗教的指導者を意味する「グル」として崇拝しているが、麻原死刑囚から新しいメッセージが伝えられる状況にはなっていない。
これは、公安当局が最も危惧していることでもあるようだが、何より問題になってくるのは、死刑が執行された後の遺体をいったい誰が引き取るかである。一般の死刑囚の場合には、遺族が引き取らないケースが多いようだが、教団の教祖となれば、火葬された後の遺骨が崇拝対象になる可能性がある。引き取り手のめどがつくかどうかも、執行の判断に影響するようだ。
現在の日本社会では、100パーセント近い遺体が火葬され、遺族はたいがい墓や納骨堂に遺骨を納め、それを墓参りして拝んでいる。遺骨に故人の魂が宿っているというとらえ方がなされているとも言える。
遺骨に対する崇拝の念が強いのが中世のキリスト教社会で、聖人の遺骨を崇拝し、それによって奇跡が起こることを期待する「聖遺物崇拝」が盛んだった。教会はこの聖遺物を祭るために建てられるもので、現在でも遺骨に対する信仰は受け継がれている。
これが、オウム真理教とも深くかかわる仏教だと、開祖である釈迦(しゃか)の遺骨が「仏舎利」として信仰の対象になってきた。仏舎利を祭るための塔(ストゥーパ)が建てられるようになり、それがやがて寺院へと発展していったのだ。麻原死刑囚の遺骨がそうした形で信仰の対象となり、アレフなどの信仰体制を強化する役割を果たす可能性は十分に考えられる。
さらに、遺骨を所持する人間は権威としてカリスマを帯びることになる。それが麻原死刑囚の家族であれば、麻原死刑囚に代わって教団を率いていく立場にたつことができるのである。
ただ、死刑が執行されたからといって、アレフなどが、かつての事件の二の舞のようなことをくり返すとは考えにくい。当局の監視下にあるわけだし、これまでも麻原死刑囚を奪還するような試みは行われてこなかった。それを実行に移そうとしたのは、ロシアの信者たちだった。彼らは逮捕され、禁錮刑を科されている。
オウム真理教が、さまざまな事件を起こしたのは、一挙に拡大して多くの信者を抱え、また、バブル経済の影響もあって、布施やパソコン事業などで莫大(ばくだい)な収益を上げたからである。現在のアレフも一定の資産を保有しているものの、その規模はかつてとは比べ物にならない。
だからテロ事件再発の可能性は低いが、教団が教祖の遺骨という宗教上有力な武器を得ることが、これからの拡大に結びつくことはあり得る。しかも、麻原死刑囚は膨大な説法を残しており、独自の修行の方法も確立していた。
現在でもアレフなどに入信していく人間が現れるのも、特異な宗教教団としての体制が整えられているからである。そこに、遺骨という強力な武器が備わったとき、どうなるのか。すぐにそれが教団の爆発的な発展に結びつくこともないだろうが、将来は分からない。
死刑は執行しても、遺骨は家族に渡さない。それは、現在の法律では難しいだろうが、国民の安全を確保するために、国が一定の期間遺骨を預かるといったやり方を検討してもいいのかもしれない。
◎上記事は[IRONNA]からの転載・引用です
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〈来栖の独白 2018.4.16 Mon〉
今頃になって気付いた。私は、オウム真理教について何も知らなかった。地下鉄サリン事件などについては少しは知っているが、オウム真理教という宗教の教理、教義について、皆目知らない。こんなことではいけない。数多くの若者、とびきり優秀な若者が道を求め、それに応えた教団であった。彼ら、真理を求めた彼らを魅了した教理とは、どんなものだったのか。麻原彰晃という教祖は、どのような道を説いたのか。私は何も知らず、事件のみで教団を捉えていた。
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◇ 麻原彰晃を「不死の救世主」にしてはならない 上祐史浩(「ひかりの輪」代表) 2018/04/16
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