産経ニュース 2018.4.28 08:00更新
【金正恩と核・対話攻勢の行方】(上)「正常国家」印象づけ画策 利益最優先ほほ笑む北
文在寅との共同記者発表という“サプライズ”を演じた金正恩は、文との最初の対面からサプライズに出た。板門店で南北軍事境界線を示す縁石越しに文と握手し、韓国側に一歩踏み出したものの、「私はいつ(北朝鮮側に)越えられるのか」との文の言葉に「ではいま、越えましょうか」と文の手を取って2人で北朝鮮側に入った。
どう振る舞えば、韓国大統領や生中継を目にする韓国内外の人々が感激するか、即興で判断できることを示してみせたのだ。
サプライズはまだあった。韓国側が期待しながら当日まで知らされなかった夫人の李雪主(リ・ソルジュ)の夕食会への出席だ。共同記者発表と並んでファーストレディーを同伴することで国際慣例に準拠した「正常な国家」だと印象づける狙いがうかがえる。正恩は3月に訪朝した韓国特使団を通じて「正常な国」としての待遇を米国に求めていた。
首脳会談に一度も夫人を同伴したことのない父、金正日の路線からの脱却も意味した。胸には、北朝鮮公民が着けるべき金日成・金正日バッジはなかった。
今回、正式には国家機構トップの国務委員長の肩書で会談に臨んだことにも表れている。正日が用いたのは国防委員長だ。国際的に孤立し、「苦難の行軍」と呼ばれる200万人以上が餓死したとされる危機を、軍事を優先した「先軍政治」で乗り切ろうとした危機管理体制のトップを示す肩書だ。
会談に朝鮮人民軍総参謀長や人民武力相を随行させたが、正恩は頻繁に幹部を更迭し、軍部の力をそいできた。正常な国政に向かう一環であり、先軍政治の事実上の否定だ。板門店宣言で「完全な非核化を通じた核なき朝鮮半島」を目標に掲げることで、父から受け継いだ最大の遺産である核をも米国との交渉カードに上げようとしている。
会談に先立ち、核実験場の廃棄なども打ち出した。だが、憲法序文に明記した核保有国の立場を取り下げたわけではない。
非核化の言質を引き出そうと、友好姿勢に徹し、米国との「仲介役」を買って出た文の存在は、正恩の思惑にぴたりとはまったと考えても不自然ではない。今回の会談は、米朝首脳会談につなぐための壮大な舞台装置といえた。正日が望みながら、成し遂げ得なかった最大の課題が米大統領と直接会談し、体制の保証を引き出すことに他ならなかった。
■ソフト路線への転換はてきめん
北朝鮮の主張を代弁する在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の機関紙、朝鮮新報は3月下旬、金正恩が韓国や米国への対話攻勢に先立ち、昨年12月に北朝鮮が「革命の聖山」とあがめる白頭山(ペクトゥサン)に登ったと伝えた。2013年に叔父の張成沢を処刑する前にも白頭山一帯を訪れたという。覚悟をもって対話路線を決断したことを正当化する動きだ。
「ほほ笑み外交」と揶揄された文在寅政権に対するソフト路線への転換はてきめんだった。文化体育観光相の都鍾煥(ト・ジョンファン)は韓国芸術団による1日の平壌公演での正恩の振る舞いを鮮明に覚えている。
記念撮影の際、出演者らが正恩の前でしゃがむのを躊躇していると、正恩が「私が先にしゃがもうか」と冗談を口にしたことで皆がスムーズに写真に納まることができたという。「小さなことにも気を使い、自然な会話やユーモアをリードした」と、伝えられてきた印象との違いからその姿勢を高く評価した。
文との会談でも韓国の高速鉄道を持ち上げ、文が訪朝すれば「交通の不備で不便をおかけするか心配だ」と卑下する余裕を見せた。
だが、韓国・高麗(コリョ)大教授の南成旭(ナム・ソンウク)は「人には両面があり、特に社会主義国の指導者はそうだ」と指摘。国際社会が正恩を過小評価してきただけで、悪魔が天使に変わったとみるのは、人質が犯人に好感を抱く一種の「ストックホルム症候群だ」とみる。「外交は利益を得るためにやるものであり、いまはほほ笑み外交で得るものがあると判断したにすぎない」と分析する。
南は政府機関傘下の研究所トップを務めた10年、正恩の留学先のスイスなどから会話データを収集し、正恩の性格を解析した経験がある。自尊心が強く、負けるのを嫌う一方、知能指数(IQ)は悪くなく、「指導者に就くのに問題ない」との結論だった。
正恩は対話攻勢を「新年の辞」で打ち出し、戦略的に進めている側面がある半面、韓国の複数の専門家は、2つの想定外があったとみている。1つは後ろ盾だった中国まで賛同した予想以上の圧迫と制裁だ。中国税関当局によると、北朝鮮からの3月の輸入額は前年比約9割も激減。国民生活を直撃し、体制を揺るがしかねない。
もう1つは、米大統領、トランプの正恩との会談即決だ。3月、訪米した韓国特使が「金委員長は米国と非核化について話し合いたがっている。首脳会談をすれば、歴史的な突破口が開けるだろう」と伝えると、即会談を決めた。この2日前、トランプはスウェーデン首相との共同記者会見で「彼らは非常に真摯だと思う。中国の助けもあり、制裁が効いてきているからだ」と自信を示していた。
正恩は27日、「完全な非核化」の文言を板門店宣言に盛り込むことに応じ、文は「勇気ある決断」だと何度もたたえた。だが、北朝鮮内部に向けた説明は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)などが完成したので、もはや核実験の必要はないとの論理だ。朝鮮新報も米国を脅かすミサイルの完成で「米国が自ら敵対政策を変える決心をしなければ、問題解決の糸口を探せないと悟らせた」と主張した。
一方、韓国向け宣伝サイト「わが民族同士」は27日、米朝首脳会談に初めて具体的に言及しながら、トランプが会談で日本人拉致問題を提起すると明言したことを非難した。
国際社会は、戦略的に「非核化」の文言を巧みに操りながら、核保有国の立場を取り下げることなく、自国ペースで対話を進めようとする“独裁者”との交渉に本格的に取り組むことになる。=敬称略
(高陽 桜井紀雄、ワシントン 加納宏幸)
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です *強調(太字)は来栖
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