産経ニュース 2011.7.11 11:43
英国女性殺害 第5回公判(2011年07月11日)
【英国女性殺害 市橋被告5日目(6)】「誰でも逃げる! 誰でも逃げる!」被告が逃走したわけ
《英国人英会話講師のリンゼイ・アン・ホーカーさん=当時(22)=に対する殺人と強姦致死、死体遺棄の罪に問われた無職、市橋達也被告(32)の裁判員裁判の第5回公判は約1時間の休廷を挟んで再開した。午後は情状証人として、市橋被告の大学時代の恩師2人が証言台に立つ》
《刑事裁判では通常、被告の肉親が情状証人として法廷に立つことが多いが、岐阜県内に住む市橋被告の両親が出廷を拒否したため、代わって市橋被告が千葉大学に通っていた当時の恩師2人が出廷することになった》
《午後1時15分、堀田真哉裁判長が入廷したのに続いて、傍聴席から向かって左側の扉から市橋被告が法廷に入ってきた。うつむいたままで憔悴したような表情だ》
裁判長「それでは再開します」
《ここで情状証人の出廷に先立って弁護側が証拠を追加請求した。「被害弁償金について」と題するもので、市橋被告側が弁償金として準備した資金が今年5月末現在で912万円にのぼったとするものだ》
弁護人「出版社から印税の支払いがなされたのが(今年)4月から5月にかけてで、公判前整理手続きに間に合いませんでした」
《市橋被告は、逮捕されるまでの2年7カ月の逃走生活をつづった手記を出版。この印税をリンゼイさんの遺族への被害弁償に充てるとしていた。検察側も同意し、証拠に追加された》
《続いて男性弁護人が、遺族への謝罪の言葉をつづった市橋被告の調書を読み上げ始める》
弁護人「私は怖くなって逃げました。『彼女の人生は彼女のもの』と気づいて怖くなって逃げました。彼女がふと戻ってくればと願っていました。あなた方(リンゼイさんの家族)と同じ願いでした」
「しかし、生き返らないと気づき、その後、建設現場で働いたり、顔を変えたりしました。最下層の作業員として働き、苦しいとき、『彼女の苦しみはこんなものじゃない』と自分に言い聞かせて働きました」
《市橋被告の手記によると、市橋被告は自宅に訪ねてきた警察官を振り払って逃走後、北は青森から南は沖縄の離島まで行き来しながら、断続的に大阪で建築現場の作業員として働いていた》
弁護人「アスベストの粉塵にまみれ、きつく、汚い仕事も罪の償いだと思って働きました。しかし、罪の償いなんかにはなっていませんでした。あなた方の苦しみはこんなものではなかった。しかし、『誰だって逃げる!』『誰だって逃げる!』と2年7カ月間逃げ続けました。本当に申し訳ありませんでした。彼女は亡くなって何も話せません。私だけが事件のことを話すのはフェアじゃない、弱さ故に言い訳になると、何も話しませんでした。しかし、私には、責任があります。私は責任を取るつもりです。私が死ぬそのときまで責任を背負っていきます。彼女の人生は彼女のもの、彼女の家族のもの、そして将来生まれてくる彼女の子供たちのものでした。それに気づくことができなかった。気づくべきでした」
《この後、弁護人は「本当に申し訳ありませんでした」との謝罪の言葉を4回繰り返した。調書は「私は、彼女の人生、家族の人生を壊してしまいました」と結ばれていた》
《続いて弁護人は、市橋被告のリンゼイさんへの謝罪の手紙を読み上げ始めた》
弁護人「リンゼイ・アン・ホーカーさんへ。あなたの短すぎる人生での恐怖、怒り、悲しみを、自分でしっかり分からなければいけないと思うことが償いのスタートと思います。いまもしっかり分かっていないのかもしれません。あなたのことを第一に思い続けることが償いのスタートなのかもしれません。いま差し入れてもらった聖書を読み続け、聖書の書き写しを始めています。償いになるかは分かりません。申し訳ありませんでした。市橋達也」
《ここで若い女性弁護人に読み上げが交代する。弁護人は別の証拠として市橋被告が千葉大園芸学部に在学中、市橋被告がデザインした作品について紹介した学内の小冊子を提示し、それが法廷の壁に設置された大型モニターに映し出された》
弁護人「(冊子には)市橋被告について『デザイン力が突出している』と書かれています」
《続いて弁護側の証拠として、市橋被告の大学時代の卒業論文の要旨について読み上げられた》
《次に女性弁護人が、市橋被告が手記の出版に至った経緯について記した調書を読み上げ始めた》
弁護人「出版したのは、被害弁償に充てるためです。印税は遺族にお支払いしたいと考えています。ぜひ受け取ってもらいたい」
《出版の経緯についての調書で市橋被告は3つの責任があるとした。一つは刑事責任、二つめは道義的責任、三つめは民事的責任とし、一つめと二つめについては「裁判を受け、死ぬまで背負う」とした》
弁護人「しかし、民事については背負えません、私はお金を持っていないからです。事件に両親は関係がありません。責められるべきは私です。どうすべきか悩み、本を出しました。出版することで(ご遺族が)嫌悪感を持たれるかもしれません。しかし、本にしたことはお金をつくって受け取ってもらいたかったからです。リンゼイさんは生き返りません。それでも3つの責任を果たしていきたい。本当に申し訳ありませんでした」
《この後、検察側がさらに市橋被告に追加質問をしたいと述べた。堀田裁判長は後ほど協議するとし、情状証人への尋問に移った》
《白髪交じりの髪に黒いスーツを着た年配の男性が証言台に進む。千葉大大学院名誉教授の本山直樹さんだ。本山さんは市橋被告が同大園芸学部に在学中、空手同好会の顧問として市橋被告に接してきた》
《さらに、本山さんは昨年2月に「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」を結成し、インターネットなどを通じて「償いをしなければならないのは当然だが、元教師として市橋君に適正な裁判を受けさせたい」と訴えてきた》
《堀田裁判長に促されて本山さんは宣誓した後、証言台の席に着いた。年配の男性弁護人が質問に立った》
弁護人「それでは経歴についてうかがいます」
証人「千葉大学を卒業後、(米国の)ノースカロライナ州立大で10年間、農薬の毒性について研究し、千葉大学でおよそ30年間教鞭を執って定年後、2008年(平成20)から東京農業大学で客員教授をしています」
弁護人「3年ほど前、中国から輸入されたギョーザで中毒が起きた事件は知っていますか」
証人「殺虫剤を混入された事件で、千葉の警察の依頼で同種の殺虫剤の成分について情報提供をしました」
【英国女性殺害 市橋被告5日目(7)】ストーカー電話、通販購入なりすまし...「支援する会」恩師への壮絶いやがらせ
弁護人「『市橋』とは千葉大で出会ったんですね」
証人「現職の時には体育会空手部の顧問をしていました。園芸学部の空手同好会でも指導をしており、市橋君も部員としてけいこしていました」
弁護人「千葉大は西千葉にありますが、園芸学部は松戸にありますね」
証人「はい」
弁護人「(園芸学部空手部同好会の)空手部員は何人くらいいましたか」
証人「通常は20~30人くらいですが、彼の時代は少なく、5~10人くらいでした」
弁護人「1週間にどれくらい練習していましたか」
証人「時代によって違いますが、当時は週1、2回、昼休みに練習していました」
弁護人「市橋が入会したとき、どのように感じましたか」
証人「入会申込書にスポーツ歴を記入してもらいますが、中学時代にバスケットボール、高校時代には陸上の経験があり、大型選手になると思いました」
弁護人「空手は肉体のほか、精神面の訓練にもなる。どのように指導していましたか」
証人「空手は武道であり、その他のスポーツとは違う。昼に1時間の練習だが、必ず床をぞうきんがけさせ、ロッカー室の掃除もさせていました」
弁護人「2007年(平成19年)3月下旬に市橋のことが報道されたことは記憶にありますか」
証人「あります」
弁護人「千葉大学や証人の所に取材はありましたか」
証人「殺到しました」
《本山さんは、当初取材制限がなかったが、校内で手当たり次第に取材活動が行われるようになったと説明。教育環境が保たれなくなったことから、窓口を学部長に一本化し、許可制にしたという》
弁護人「証人の所にも警察の協力要請はありましたか」
証人「千葉県警の刑事が来て、同好会に在籍していたころの名簿を渡しました」
弁護人「逃亡したことは報道で知っていましたか」
証人「はい」
弁護人「市橋は逃げたりしないで、どうすべきだったと思いましたか」
証人「当然、逃げるのではなく、責任を持つべきだと思いました。出頭して、ありのままを述べるべきだと思いました」
《本山さんは21年11月、「市橋達也君に告ぐ」と題する文章を自らのホームページに掲載。逃走中の市橋被告に自主的な出頭を呼びかけている》
弁護人「ブログに市橋個人の記事を載せましたか」
証人「逃亡して、しばらくして自殺したと思っていたが、2年数カ月後に整形して、生き延びていたことを知った。ブログを見た市橋君が連絡してくれば、一緒に出頭するか、もしくは(1人でも)出頭してほしいと思いました」
弁護人「市橋達也が裁判を受けているがどのように感じますか」
証人「まず(事件発生時に)報道をみて、同姓同名の他の学生がいるのかと思いました。逮捕以降は(市橋被告の)証言と検察側の言い分が食い違っているようなので、事実が明らかにされ、判決が出されることを望んでいます」
弁護人「学生に対してはどのような思いがありますか」
証人「すべて学生は教師にとって自分の子。社会に出て活躍してほしいと思います」
《本山さんに対する男性弁護士の質問は、本山さんが昨年2月に設立した「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」に移った》
弁護人「設立の目的や趣旨は?」
証人「市橋君が身柄を拘束された後、現在の弁護団が弁護に当たり信頼関係を築きました。ただ、市橋君に経済力がないので、弁護活動するのに不利が生じる。これでは適正にならないと思い、募金活動を始めました。裁判資金を集めたいと思って始めた」
弁護人「市橋被告に対し、いろいろな報道がありました。公正な裁判が妨げられると思いますか」
証人「はい。当時、報道は過熱し、『(ロス疑惑の)三浦和義』のときと同じような雰囲気がありました。虚像が作られ、袋だたきにされ、リンチになる、と。これではだめだと思いました」
《本山さんは、ロス疑惑の容疑者として米自治領サイパンで拘束され、ロス市警の留置場で自殺した元会社社長、三浦和義さん=日本で無罪確定=を例に挙げ、報道の過熱ぶりをアピールした》
弁護人「先ほど、弁護士に対する費用を集めるということでしたが、裁判の実費ということですか」
証人「当初、最低限、書類のコピー代と証言を取るための移動費用の実費と考えていました。ただ、弁護士生活も楽ではないということを報道で知り、残りは当然、弁護士費用として取ってもらいたいと考えています」
弁護人「支援する会を設立し、1年半が経過しました。あなたに対する嫌がらせは?」
証人「たくさんあります」
証人「今日もメールでえげつない言葉がありました。ストーカーに相当する電話もあります。午前3時に10回も20回も鳴らされることがあります」
「さらに私の携帯電話番号を使って、通販で購入をしています。架空の住所に送らせるため、運送会社や通販会社から問い合わせが来ます。これらが毎日続いているのです。300回以上です」
弁護人「後ろにいる市橋被告に対し、どのように言ってあげたいですか」
証人「(身柄が)拘束されているときには接見したかった。ぶん殴って、しかりつけてやりたかった。事実を述べさせ、反省させたかった。今は...」
《本山さんが声に詰まる。涙交じりの鼻声になった。教え子に対する思いがあふれ出ているようだ》
証人「どういう判決になるか分からないが、刑に服して反省し、生きることが許されるなら、20年、30年と成長するように社会貢献してほしい」
弁護人「終わります」
《法廷はここで、いったん休廷した》
【英国女性殺害 市橋被告5日目(8)】「立派な武闘家になれる」恩師、空手部時代の被告語る
裁判長「今後の裁判の進行について協議しており、開始が遅れました。大変申し訳ありませんでした」
《再開が告げられると、再び本山さんが証言台に立った》
裁判員「市橋被告を支援する会を設立しているそうですが、ご自身の寄付は、いくらぐらいだったのでしょうか」
証人「私自身は13万円を寄付しています」
裁判員「あともう1点質問です。空手の師範をされているということですが、園芸学部の空手部の活動はどのような活動をしているのでしょうか」
証人「一般的な体育会系の空手部であれば、試合に出て優勝を目指すなどの目標もありますが、園芸学部の場合は学生のほか、教員や事務職員もいる。それなので、健康管理が主な目的となっています。外部に出て試合をやるということは全くありません」
裁判員「それですと、先ほど『中高とスポーツ経験があり、大型選手になる印象』と証言していましたが、特に試合もないのならどういうことでしょうか」
証人「運動能力が高く、修練を積めば黒帯になれるくらい、立派な武闘家になれるという意味で使いました」
裁判員「段位の取得は行っているのでしょうか」
証人「一時期、段位の取得を行っていることはありましたが、市橋被告が所属しているときは、特に取得はしていませんでした」
裁判長「それでは終わりました。ありがとうございました。お帰りいただいて結構です」
《続いて、2人目の証人が呼ばれた。白髪交じりの細身の男性。市橋被告が千葉大在学中、同大の研究室で副指導教員を務めていた◇◇さん(法廷では実名)だ。証言台に立ち、弁護側の質問が始まった》
弁護人「証人の職業を教えてください」
証人「千葉大の教授です」
弁護人「具体的には、どういった役職ですか」
証人「園芸学研究科の教授です」
弁護人「証人と市橋被告の関係はどのようなものでしょうか」
証人「彼が卒論生として研究室に配属になったとき、副指導教員でした。2004(平成16)年度ごろのことでした」
弁護人「証人は市橋被告が殺人や強姦致死罪などで裁判を受けていることは知っていますね」
証人「はい」
弁護人「何を伝えようとして裁判に出廷したのですか」
証人「彼とは1年とちょっとだけのことですが、当時の私の知っていることが役に立てばと思い、出廷しました。それから、彼の証人はほとんどいないということで、公正な裁判になるよう、こちら(弁護)側の証人として出ようと思いました。私の知っている限りでは、まじめな普通の学生。そのことをお伝えしようと思います」
弁護人「市橋被告は庭園デザイン学について学んでいましたね」
証人「はい」
弁護人「簡単に言うとどんな学問ですか」
証人「庭園や公園、都市の広場の設計を学習しています。演習も行う研究室でした」
弁護人「市橋被告のゼミの出席度はどうでしたか」
証人「可もなく、不可もなく普通の出席率でした」
弁護人「市橋被告のデザインしたものが学内の小冊子に載っていたようですが、これを証人はどう評価していますか」
証人「私はちらっとしか見ていないが、その小冊子には学生の優秀作品が掲載される。小冊子に載るということは、学生70~80人のうち3、4人の優秀作品に選ばれたということ。彼自身もデザインに自信があって研究室に来たんだと思います」
弁護人「卒業論文での取り組みはいかがでしたか」
証人「彼の卒論で印象的だったのは、自分から(千葉県内の)テーマパークの植栽を調べたいとテーマを決めてきたこと。今の学生はぼーっとしていて、自分で テーマを決められない子も多いが、積極的に動いていた。定期的にリポートも提出していたし、入場のパスポートも購入して調べるなど、積極的に動く能動的な 学生という印象だった」
【英国女性殺害 市橋被告5日目(9)】似顔絵でコミュニケーション? 指導教授「なぜ捕まえてくれなかった」
弁護人「市橋被告について印象に残っているエピソードがあれば教えてください」
証人「普通の学生で特別なところはなかったが、よくスケッチを描いていました。彼の代は(岩手県の)平泉に見学旅行に行きましたが、よくスケッチをしてい ました。教授の似顔絵を描いて研究室のホームページ(HP)に使ったり、高齢の事務の方の似顔絵も描いたりしていました。設計、ものづくりが好きな学生な んだな、と感じていました」
《市橋被告は、初対面のリンゼイさんの部屋に入った際にも「雰囲気を和ませたかった」と、リンゼイさんの似顔絵を描いていたことが、公判で明らかになっている。似顔絵がコミュニケーション手段だったのだろうか》
弁護人「卒業後の進路については、どのように聞いていましたか」
証人「特に聞いていませんでしたが、4年生の早い段階から留学すると話していて、相談を受けていた気がします」
《◇◇さんは英語力を身につけ、大学時代の作品をまとめておくようアドバイスしたという。弁護側は、事件を知った際の感想について質問を移す》
弁護人「今回の事件を知り、逃走したと知って、どう考えましたか」
証人「考えたというより、普通の学生が普通に卒業したと思っていたので、大変驚きました。普通だった彼がそんなことをするんだな、と。警察が彼を逃してし まったときいて、何で捕まえてくれなかったんだ、逃げられれば逃げたくなるものだ。自殺しないでくれればいい、早く出頭してほしいと思いました」
弁護人「市橋被告に何を望み、今後どうなってほしいですか」
証人「犯した罪はひどいものと思います。普通の人でも自分の欲望に従って行動すればこうなってしまう。考えてほしいのは、彼は特に凶悪な性格だったわけで はなく、そういう(普通の)人間だったということ。こういうことをした責任を取ってほしいし、裁判(判決)に従ってほしいです」
弁護人「市橋被告にかけたい言葉はありますか」
証人「まず、自分にも子供がいますし、自分が被害者の親だったら、と思うといたたまれない気持ちになります。彼には『自分が被害者の親だったら』と想像してほしい。彼はクリエーティブで創造力がある。完全に自分を被害者の側において考えてほしい。彼には考える時間が足りない。もっと想像力を働かせる時間を作ってあげてほしい」
弁護人「裁判員、裁判官に伝えたいことはありますか」
証人「今回、(リンゼイさんの)ご両親もいる前で、弁護側の証人に立つということに非常に悩みました。彼についてより多くの情報をお伝えし、少しでも公正な裁判がなされてほしいと思い、出廷しました」
証人「彼が(事件から)逃げようとして極刑を受け入れ『自分で自分を処理する』、私はそうであってはならないと思います。彼は被害者の立場に立って苦しむ必要があります。そうでないと、彼にとってもリンゼイさん側にとっても、いいことにはならないと思います」
裁判員「市橋被告の設計デザインの傾向など、印象に残っていることがあれば教えてください」
証人「4年生になると研究論文として卒業研究を仕上げる作業になります。設計そのものの指導はしていませんが、過去の大学の作品集に載っていた彼の作品は、使う人のことをよく考えた作品でした」
裁判員「市橋被告を『創造力のある人間』とおっしゃりましたが、創造力を感じさせるエピソードはありますか」
証人「卒業研究のテーマを明確にするのは通常の学生には難しいし、最近は『先生、どうすればいいですか』という学生ばかりです。彼はテーマを持ち、計画的で、やりたいことがはっきりしていました。平泉の見学旅行でも、『ここまで来たからもうちょっと北を見てくる』といって旅行を続けていた。何もしないで ぼーっとしている人間より、生き生きとしていました」
《ここで◇◇さんに対する証人尋問は終了。◇◇さんは検察側にいるリンゼイさんの両親の方に一礼した後、目の前の市橋被告にも大きく頭を下げたが、市橋被告はかすかに首を動かすだけだった》
【英国女性殺害 市橋被告5日目(10)】「周りの壁が迫まり、呼吸できなく...」被告、声を絞り出し
《この日の公判で検察側が追加質問を求め、堀田真哉裁判長がこれを許可。検察側、弁護側双方に約10分ずつ被告に対する質問を認めた》
裁判長「被告は証言台に来てください」
《若い男性検察官が質問に立つ。市橋被告の自宅マンションの玄関を写した2枚の写真が法廷内の大型モニターに映し出された》
検察官「自宅玄関が写っていますね?」
被告「はい」
検察官「この玄関の棚は、リンゼイさんを縛った結束バンドを入れていた棚ですね。短いバンドの袋はいつ開けましたか」
被告「30センチの袋は事件当日に開けています」
検察官「当日のどの時点で?」
被告「45センチのものを使い切ったと思って、30センチの袋を開けました」
検察官「強姦の後?」
被告「そうです」
検察官「リンゼイさんに着せたパーカが切られていますが、いつ切ったのですか」
《これまでの公判によると、市橋被告は強姦後、裸にしたリンゼイさんに自分のパーカを着せたとされる》
被告「はっきり覚えていません。リンゼイさんが動かなくなるまでは、パーカを着ていました。26日に脱がせた後、切ったのだと思います」
検察官「何のために切った?」
被告「なぜ...私が...切ったのかは分かりません」
《市橋被告は震える声で一言一言、区切るように答えた。これまでの証言でも市橋被告は記憶が鮮明でない証言をする際、声がうわずったり、震えたりしていた》
《この後、検察官は4畳半の和室に尿の痕跡があった理由を尋ねた。市橋被告は「分からない。すいません」と答えた》
検察官「ご遺体の足の結束バンドに、さらに2つのバンドがついていたのは、両手、両足のバンドをつなごうとしていたのではないですか」
《これまでの公判で、リンゼイさんの家族の代理人の弁護士が、1本の結束バンドに別の結束バンドが結ばれていたことに疑問を示していた。この点について検察側が追及していく》
被告「違います」
検察官「なぜ連結されていたのですか」
被告「長いバンドは何回か切って、すぐになくなってしまいました。そこで封を開けていない30センチのバンドがあることに思い当たりました」
「でも(30センチのバンド)1本じゃ、短くてはめることができない。輪を作ってつなげて長くして手首、足首にはめようとしました。それが発見されたのだと思います」
《向かって右から3番目の男性裁判員は口に手を当て真剣なまなざしで市橋被告を見ている》
検察官「連結した結束バンドで被害者を縛ったことは?」
被告「あります」
検察官「具体的には?」
《市橋被告は「30センチのバンドを...」と説明しようとするが、うまくいかずに何度も言い直す。市橋被告は、30センチのものをつなげて1つの輪にし、手首、足首を縛ろうとしたと説明する》
検察官「手錠のようにしたのでは?」
被告「手錠のようにしたのではありません。手錠は左と右の輪が別れていますが、(私は)1本にしたものを手首、足首に回してはめました」
《この後、検察官の質問に対して市橋被告は、この30センチのバンドで作った輪をリンゼイさんの足首にはめ、その後、45センチのものが1本残っていたのを見つけ、さらに上からそれをはめたとの説明を加えた》
《代わって中年の男性弁護人が質問に立った》
弁護人「話が変わりますが、被害者に掛けたという上着は、被害者に会いに行ったときに来ていた上着と同じですね?」
被告「同じものです」
弁護人「この裁判で、リンゼイさんのお父さん、お母さんの証言を聞きましたね?」
被告「聞きました」
弁護人「とても苦しんでいらっしゃることは分かりましたか」
被告「はい」
《市橋被告の声が激しく震えだした》
弁護人「聞いてどう思いました?」
被告「私は...この先...苦しまなくてはいけません...と思いました」
《震える声で、やっとのように絞り出した》
弁護人「『被害者の立場に立って想像しなければ』との◇◇さん(法廷では実名)の話も聞きましたね?」
被告「聞きました」
弁護人「あなたに足りないものは、このことでは?」
被告「はい」
弁護人「被害者への手紙に加えて話すことは?」
《「はあ、はあ」という市橋被告の激しい息づかいがマイクを通じて聞こえてくる》
被告「リンゼイさんの最期の気持ち、苦しくて、怖くて、つらかったと思います...」
《徐々に涙声になっていく。はなをすする音も法廷に響く》
被告「それを考えると、苦しくなります...。周りの壁が迫ってきます。呼吸ができなくなります...。でもそれをやったのは私です」
被告「私はリンゼイさんの気持ちをこれからずっと考えていかなければなりません...。と思います」
弁護人「被害者にとってあなたはどう見えていると思いますか」
被告「けものに見えていると思います」
弁護人「あなたの一番の罪は何だろう?」
被告「一番の罪...。リンゼイさんに、怖い思いをさせ、苦しませ、死なせてしまったことです」
弁護人「(リンゼイさんの)ご両親の『最高に重い罪になってほしい』との言葉は聞きましたか」
被告「はい。聞いています」
弁護人「その証言についてどう思っています?」
被告「私はそれを重く受け止めなければいけないと思います」
【英国女性殺害 市橋被告5日目(11)完】「よい人間になりたかった。実際には悪」被告発言にリンゼイさん父、2度うなずく
弁護人「自分でどういう罪が相当か考えたことはありますか」
被告「ありません。私は裁かれる身です。裁判で何があったか話をすることだけ。あとは裁判所にお任せします。それ以上考えるべきではないと思っています」
弁護人「今、罪の深さが分かっていますか」
被告「いいえ」
弁護人「まだ、足りないということ?」
被告「はい」
弁護人「一生かけて罪と向き合っていく?」
被告「その...。はい」
《証言台の席に座る市橋被告は、両手のこぶしをそれぞれ握りしめている》
弁護人「事件のとき、本当に思っていたら、少なくとも警察に連絡したり、逃げなかったと思うんだけど」
被告「そうです」
弁護人「2年7カ月、もっと早く出頭すべきだったのでは」
被告「そうです」
弁護人「なぜできなかった?」
被告「私の中は自分勝手であふれています。私がリンゼイさんにした行為に向かい合うということをし ませんでした。リンゼイさんにした行為の責任を取ることが怖かった。だから、『誰だって逃げる。誰だって逃げるんだ』と言い聞かせて逃げていました。本当に卑怯でした」
弁護人「本件以外にこれまでに女性を殴ったことはありますか」
被告「ありません」
弁護人「無理矢理の性行為を強要したことは?」
被告「ありません」
《涙声ではなをすする市橋被告。弁護士に促され、手に握りしめていた赤いハンカチで「ずずずっ」とはなをかんだ》
弁護人「なんでこんな事件を起こしたの?」
被告「逃げていた間に考えたのですが、私が自分がした行為に責任を取ろうとせず、逃げてきたからです」
弁護人「被害者に部屋に入ってもらって、ハグ(抱き合うこと)をしようとしましたね。拒否された時点で止めればよかったのではないですか」
被告「そうです」
弁護人「強姦しておいて人間関係をつくろうなんてごまかしでしょ」
被告「逃げです」
弁護人「向かい合わないから殴っちゃうんでしょ」
被告「はい、そうです」
弁護人「そのときに責任を取らないから、アザができちゃって、1週間(自宅に)帰せない。これもごまかし」
被告「はい」
弁護人「そのつど、やったことに責任を取らないから、最悪の結果になったんでしょ
被告「はい」
弁護人「『逃げて、誰だって逃げる』。全部自分、自分、自分でしょ」
被告「はい」
弁護人「責任をね、取らないからね、こういう形であなたの人生がめちゃくちゃになったんでしょ」
被告「はい」
弁護人「もう、だから、責任から逃げるつもりはない?」
被告「...」
《市橋被告は、体を震わせながらうなずいた》
弁護人「もう逃げたくないんでしょ」
被告「...」
《言葉を出せない市橋被告は、もう一度うなずいて反応した》
弁護人「被害者に1点でも落ち度は?」
被告「ないです。ありません」
弁護人「今後、責任転嫁はしませんね」
被告「しません」
弁護人「そういう気持ちで証言したと誓えますね」
被告「はい」
《ウィリアムさんは口を真一文字に結び、顔をしかめた。男性弁護士は市橋被告が出版した手記について質問した》
弁護人「責任を取る方法として?」
被告「そのときは浅はかにもそう考えました。申し訳ありませんでした」
《市橋被告は、公判で刑事責任を取り、リンゼイさんの気持ちや家族を考えて生きていくことで道義的責任を取りたいと主張した》
弁護人「(手記の執筆は)被害者への弁償、民事責任と考えている?」
被告「そう考えていました」
弁護人「弁償として申し入れた金額は?」
被告「分かっています」
弁護人「金額は?」
被告「912万9885円と聞いています」
弁護人「でも、(リンゼイさんの遺族は)1円も受け取るつもりはない、と。それを聞いてどう思いますか」
被告「本当に申し訳ありません。私はリンゼイさんの家族の立場を考えなくてはいけないと思っています」
《男性弁護士は、手記の印税を受け取ってもらえない場合について質問。市橋被告は手を付けるつもりはないと説明した》
弁護人「受けとってもらえないということだが、お金はどうするつもり?」
被告「弁護士の先生に相談して、何か社会に役立ててもらおうと思っています。私は、人間以下の行為をしました。でも、よい人間になりたかった。実際には悪でした」
《通訳を介して説明を聞くウィリアムさん。2度うなずき、ジュリアさんに小声で話しかけた》
弁護人「今日まで自分の親と会ったり、連絡したことは?」
被告「ありません」
弁護人「理由は?」
被告「リンゼイさんが両親と会えないようにしたのは私。その私が両親と連絡を取ることはできないと思いました」
弁護人「自分の親に対してどう思う」
被告「事件を起こすまで、たくさんのチャンスをくれました。でも、感謝することができなかった。ただ、迷惑をたくさんかけました。その迷惑を考えるといえることはありません」
《男性弁護士は、市橋被告が拘置所内に聖書の差し入れを受けたことを明らかにした。市橋被告は印象に残った部分を説明した》
《弁護側の被告人質問が終了し、堀田真哉裁判長が閉廷を告げた》
《第6回公判は12日午前10時から始まり、市橋被告に対する論告求刑が行われる》
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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