中日新聞2011/01/18Tue.
一時は面会者の枠が広がるなど、改善されたとみられていた受刑者の処遇が再び逆戻りしつつあるという。2001年から翌年にかけ、複数の受刑者が刑務官の暴行で死傷した名古屋刑務所事件。これを機に旧監獄法に代わり、現在は刑事被収容者収容者処遇法が施行されている。今年は新法施行から5年後の見直し年に当たる。塀の中でいま、何が起きているのか。実態を探ってみた。(加藤裕治、佐藤圭)
支援者、保護司ら「納得できない」
愛知県犬山市の水田ふうさん(63)は約3年前から月1回程度、岐阜刑務所(岐阜市)で服役中の元日本赤軍メンバーの泉水博受刑者(73)と面会してきた。しかし、昨年10月19日に突然、「親族以外の面会は不許可」と門前払いされた。
その前月から刑務所の対応はおかしかった。水田さんは面会できたが、同行支援者は「初めての人はダメ」と断られた。水田さんの「私も最初は初めてだった」という抗議は無視された。その直後、別の支援者も「親族以外は不許可」と拒まれた。水田さんは「それまで何の問題もなく面会できていた。刑務所側から納得のいく説明はなかった」と憤る。
面会対象が拡大されたのは、06年に約100年続いた旧監獄法に代わり、刑事施設受刑者処遇法が施行されて以来。下半身むき出しでホースで放水されたり、革手錠で腹部を締め付けられ、受刑者3人が死傷した名古屋刑務所暴行事件が契機となった。
同処遇法では受刑者の権利義務が明確化され、第三者委員会の「刑事施設視察委員会」の設置や受刑者による不服申立制度も織り込まれた。その後、拘置中の容疑者や被告、死刑囚にも対象を拡大した刑事被収容者処遇法に再改正された。
水田さんは岐阜刑務所の視察委員会に意見書を提出したが、なしのつぶてだったという。その視察委員会のメンバーである笹田参三弁護士は「水田さんからの手紙の件は聞いていないが、同じような訴えは他にもある。大変深刻な問題だ。守衛業務をアウトソーシング(外部委託)した時期と重なっている。従来通りに戻すべきだ」と話す。
一方、岐阜刑務所の庶務課は「親族以外の面会を一律に禁止した事実はない。法の規定に該当しない面会が多数あったことが判明したことから、面会者に対して身分証明書の提示などを求めている」と説明した。
ただ、こうした面会制限の傾向は、どうやら全国的な流れのようだ。
NPO法人監獄人権センター(東京都千代田区)の事務局長を務める田鎖麻衣子弁護士は「最初に変だと思ったのは宮城刑務所(仙台市)。08年の夏から秋ごろのことだった」と切り出す。同刑務所は面会希望者に対し、住民票など身分を確認できる資料を提出するよう求めたという。
関係者の反発もあり、この動きはいったん立ち消えになったが、その後、帯広刑務所(北海道帯広市)など複数の刑務所が同様の動きを見せた。やがて面会拒否の例が出始め、弁護士の間でも話題に上るようになったという。
同センターへの相談例を振り返ると、こうだ。笠松刑務所(岐阜県笠松町)で昨年9月、出所後の生活指導を担う保護司が「持病が悪化した」という女性受刑者との面会を断られた。「出所時期までまだ間がある」ということが理由だった。
福岡刑務所(福岡県宇美町)では昨年11月、男性受刑者の身元引受人が、福島刑務所(福島市)では同12月、女性受刑者を出所後に雇う予定の事業主がそれぞれ拒否された。府中刑務所(東京都府中市)では、内縁関係の妻が受刑中の夫と会えなくなった。
栃木刑務所(栃木県栃木市)では、将来の生活を語ろうと面会してきた地元の3人のうち、2人が09年夏から拒否されるようになった。和歌山刑務所(和歌山市)では、現金の差し入れが認められない例があった。
受刑者増、高齢化 業務増が一因か
法務省矯正局は「新法の施行当初、社会復帰にマイナスな暴力団員らが面会する事例があった。そのようなことがないように指導を徹底している」と説明する。07年に局長名の通達で、親族以外の面会は暴力団員でないケースなどに限定するよう指示したという。
だが、理由はそれだけではないようだ。田鎖弁護士は「現場職員から厳格化の要請が出て、法務省が追認している状況なのだろう」とみる。背景には、刑務所職員の多忙さがあると推測する。
面会や文通の枠が拡大されたことは、見方を変えれば、職員の立会いや検閲といった業務の増加に繋がった。厳罰化の流れで受刑者の数も増え、加えて高齢者や持病がある人など処遇が難しい受刑者も増加中だ。
「仕事は増えたのに人手は見合っていない。とりあえず何でも制限してしまおうと考えているのでは」(田鎖弁護士)
ただ、それで処遇の後退が看過されてよいはずはない。問題の受け皿となるべき視察委員会は機能していないのか。
田鎖弁護士は委員会の活動について「まじめに取り組めば、千通にも及ぶ意見に目を通さなくてはいけない。独立した事務局はなく、作業は弁護士が担当することになるが、本業に支障が出る。委員会には法的根拠がなく、改まらない問題も多い」と指摘する。 受刑者の不服申立制度についても「ほとんど却下されている」(菊田教授)のが実態という。
今年は新法施行から5年の見直し年。だが、法務省は受刑者の権利拡大には後ろ向きのようだ。監獄人権センター事務局の松浦亮輔氏は政権交代後、法務省に要望に赴いたが、半ば門前払いされたことを振り返る。
「政務3役に会いたいと出かけたのに、対応は官僚。政務3役は市民団体とは会わないと言われた。『私たちが来ることは、上に伝わっているのか』と尋ねると、誰も答えない。民主党が掲げた政治主導はこんなものかと痛感させられた」
せっかく外部との風通しが少しはよくなったかにみえた刑務所の厚い壁。それがひそかに閉ざされつつある。菊田教授は状況をこう懸念した。
「『開かれた刑務所』が新法の精神だが、あらゆる点で逆行している。このままでは刑務所がますます社会から隔離されていく。いまや旧法時代より悪くなったとすら、言えるのではないか」