小泉元首相の「脱原発論」の不毛 分かりやすいスローガンで、エネルギー政策を語る危うさ

2013-11-21 | 政治

小泉元首相の「脱原発」論の不毛〔1〕/山本隆三(常葉大学教授)
 PHP Biz Online 衆知(Voice) 11月15日(金)18時12分配信
■わかりやすいスローガンで、エネルギー政策を語る危うさ■
 *クルーグマン教授の「小泉改革」批判
 小泉元首相が最近「原発は廃棄物の捨て場がないから、原発ゼロだ」と訴え、一部のマスコミは大きく報道している。朝日新聞系の週刊誌『週刊朝日』『アエラ』は大きく取り上げ、『朝日新聞』も天声人語で取り上げるほどだ。小泉元首相のこの発言を聞き、思い出したことがある。アベノミクスの裏付けとなる理論の提唱者として知られ、2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン・プリンストン大学教授のコラムだ。
  クルーグマン教授は1998年の論文で「バブル崩壊以降、何をやっても不況から抜け出せない日本が実行できる政策は、もはやインフレターゲットしかない」と初めて指摘し、その後も著書でインフレターゲットの必要性に触れていた。教授の理論は、近著の『そして日本経済が世界の希望になる』(PHP新書)に平易に解説されている。また、この15年間の経緯もよくわかるので、ご関心のある方はぜひお読みいただきたい。
  そのクルーグマン教授が、かつて小泉改革を手厳しく批判したコラムを書いたことがある。わかりやすいスローガンを掲げる手法の限界、あるいは過激な政策の問題点を指摘したものだ。
  クルーグマン教授が小泉政権時代に来日し、経済政策を当時の閣僚と議論したことはあまり知られていない。教授は2000年1月から『ニューヨーク・タイムズ』紙において、歯に衣を着せぬことで知られる名物コラムを執筆しているが、01年7月6日のコラム「向こう見ずな行動」で小泉内閣の改革路線に関する竹中平蔵・経済財政政策担当大臣との会談の様子に触れている。その「要旨」は次のとおりだ。
  改革の成果が得られるまでの数年間は痛みが伴うとの発言にもかかわらず、小泉首相は依然高い支持を得ている。しかし、この改革には疑問がある。「銀行の不良債権処理」と「非効率な公共事業削減」が改革の中心だが、いま日本のここにある危機は非効率ではなく、不十分な需要だ。小泉改革は問題をさらに悪化させる可能性が高い。竹中大臣は、改革が最終的に需要サイドも改善すると主張していた。そうかもしれないが、これは無謀だ。過激な政策は、それがうまくいくとの確信があって取られるものではない。ひょっとするとうまくいくかもしれないとの思いで実行されるものだ。小泉政権のスローガンは「改革か破滅か」だ。うまくいくことを願うが、結果が「改革そして破滅」になる可能性は高い。
*廃棄物の処理だけがイシューではない
 経済政策とエネルギー政策では具体案が大きく異なるが、スローガンを打ち出し、一つの方向を迫る手法には類似性がある。「改革か破滅か」というスローガンはわかりやすいが、クルーグマン教授の見方は、「本質ではないイシューを取り上げ政策の選択を迫っているが、本質的な問題は違うところにあるのでは」というものだった。
  小泉元首相は、エネルギー政策もわかりやすさを考え、「原発ゼロ」を掲げたのかもしれない。廃棄物の処理が困難なことを理由に脱原発、再生可能エネルギー(再エネ)による代替供給はやればできる、と元首相は主張している。しかし、はたして実現の可能性はどの程度あり、産業と生活にはどのような影響があるか。廃棄物処理だけが、原発のイシューではない。
 「安全」を考え原発に頼らない世界をつくるのであれば、原子力という供給の分散先を失うために、エネルギーの「安全保障」が大きな論点に浮上する。さらに、原発に代え再生可能エネルギーで循環型社会をつくれば、電気料金はいくらになるのか。この二つの論点を中心に小泉元首相の「脱原発論」を検証したい。
*欧米で起きたエネルギー安全保障上の問題
 安全と同様に安全保障も重要だ。原発のない「安全」な社会になっても、エネルギーの輸入が途絶え、再エネによって十分な発電ができず電気がなければ、2020年にオリンピックも開けない。エネルギー供給の不安定化は経済活動と国民生活に大きな影響を与えることは、1973年のオイルショックで日本を含む世界の多くの国が経験した。最近でも、欧米諸国ではエネルギー安全保障上の問題がときどき起こっている。
  英国では、06年2月に火災により英国最大の天然ガス貯蔵設備が被害を受ける事件があった。代替のガス貯蔵設備がなかったので、寒波到来の天気予報により天然ガスの卸価格が一挙に四倍に高騰した。
  欧州連合(EU)諸国は、06年と09年にロシアとウクライナの天然ガス価格交渉難航の余波を受け、厳冬期に当時の輸入量の約4割を頼っていたロシアからの天然ガス供給が途絶するという恐怖を味わった。06年の事件を受け、西側の国は天然ガスの備蓄装置を設置したが、東欧諸国は資金がなく設置していなかった。09年には供給中断の期間が長く、東欧諸国は肝を冷やすことになった。
  もっと最近では、米国北東部での天然ガス価格高騰の事件がある。シェール革命による天然ガス価格下落を受け、ほとんどの石炭火力を天然ガス火力に切り替えたニューイングランド諸州では、13年1月の寒波の際に増えた消費量がパイプラインの輸送能力を超えたために、天然ガス価格が周辺州の10倍に跳ね上がるという出来事があった。最も高騰した日の価格は日本の輸入価格の倍以上になった。石炭という供給源の分散をなくしたための出来事だ。
  一つのエネルギー、あるいは国に頼りすぎることは問題だが、それ以外にも供給設備の能力、災害などによっても、供給と価格に大きな影響が生じることがある。日本が原子力を失い、結果として供給源の分散が少なくなると、将来、電力供給の途絶、あるいは電気料金高騰を経験することになるかもしれない。
  震災前、原子力は日本の電力供給の約30%を担う電源だった。電気、ガソリンなどに加工される前の自然のエネルギーのかたちを一次エネルギーと呼ぶが、一次エネルギーに占める原子力の比率は震災前約12%だった。その原子力を失うと、日本のエネルギー安全保障はどうなるのだろうか。他の先進国の安全保障と比較しながら考えてみたい。
*低い日本のエネルギー自給率
 エネルギー安全保障には広く合意された定義があるわけではないが、一般的には「エネルギー供給の途絶がないこと」「価格が受け入れ可能であること」「環境に悪影響を与えないこと」とされる。欧州委員会ではこれを4つのAで表している。「エネルギー資源が利用可能なこと(Availability)」「資源獲得に地理的な問題、インフラ、資金手当てなどの障害がないこと(Accessibility)」「環境上受け入れ可能こと(Acceptability)」「エネルギー価格、開発への投資額が受け入れ可能なこと(Affordability)」。これらの指標を具体的に評価する方法はいくつかある。
  まず簡単なのは、エネルギー自給率だ。日本の自給率は4%である。シェール革命のおかげでやがて石油・ガスの輸出国になる米国とは比べようもないが、フランス7%、イタリア15%、ドイツ27%と比較しても日本の自給率は劣っている。その差は数字以上だ。
  欧州内はガスパイプラインが縦横に走り、送電網が国を越えて連携している。送電線は欧州を越え、北アフリカ、中東、ロシアまでつながっている。クロアチア加入前のEU27カ国の燃料別自給率は、石炭59%、天然ガス38%、石油17%だ。
  原子力は燃料装着後、長期間利用できるので、国産エネルギーとみなすことも多い。原子力を含むと、震災前の日本の自給率は19%だった(OECDデータ。EU27カ国の自給率は、原子力を含むと46%になる)。原子力を含めても、エネルギー自給率からみた島国日本の安全保障は脆弱である。
*中東に偏った日本の調達リスク
 自給率に加え、エネルギー源、調達先の地域をどう分散しているかも安全保障を考える際には重要だが、この点でも欧州との比較で日本の安全保障は脆弱だ。
  エネルギー源の分散については、欧州全域と日本は非常に似ていた。震災前の日本は石油40%、石炭23%、天然ガス19%、原子力12%。一方、EU27カ国は石油36%、石炭17%、ガス24%、原子力14%だ。しかし、その調達先、地理的な分散をみると、日本とEUは大きく異なる。
  EUへの石油の輸出国は見事に分散している。ロシア28%、EU外欧州20%、中東18%、アフリカ17%などだ。一方、日本はサウジアラビアの31%を筆頭に中東依存率が85%を超えている。
  これはガスも同じだ。EUへのガス輸出国はロシア32%、EUに加入していないノルウェー28%、アルジェリア14%、カタール9%だ。一方、日本はカタールの14%など、中東に30%依存している。
  政治的なリスクを測る指標はないが、ホルムズ海峡をもつ中東のリスクが高いのは間違いない。EUは2000年には50%近くあったロシアへの輸入依存度をどんどん下げている。調達リスクがあるからだろう。
  日本で一次エネルギーの10%以上のシェアがあった原子力は、エネルギー供給量でサウジアラビアからの石油とほぼ同じだ。そう考えれば、原子力のインパクトがわかる。さらに、地域の分散の減少は化石燃料の調達交渉においても弱い立場に立たされ、価格面でも問題が生じる。
 (『Voice』2013年12月号より)
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小泉元首相の「脱原発」論の不毛〔2〕/山本隆三(常葉大学教授)
 PHP Biz Online 衆知(Voice) 11月15日(金)18時12分配信 
*厳しい電力の供給状況
 電力供給では、停電を起こさないために8%以上といわれる適切な予備率を保有することが最大の課題だ。13年夏、関西電力は大飯原発の二基が稼働していたにもかかわらず、厳しい供給状況に直面した。最大電力需要2816万kWに対し、供給力は2936万kWだった。予備率は4%だが、供給力のなかには大飯原発の二基236万kW、他社からの融通分174万kW、揚水発電332万kWが含まれている。
  もし来夏に大飯原発が動かなければ、揚水発電用の電力に問題が出てくる。夜間も火力発電所を動かし、水を上池に上げなければいけないため、燃料費が掛かる。
  もっと問題なのは関電の火力発電所は昭和30年代、昭和40年代に建てられたものもかなりあり、酷使による故障の可能性があることだ。九州電力、四国電力も原子力の比率が高いため、このまま原発が稼働しなければ、西日本は一層の節電を強いられ、日本に来る外国人観光客には“理解できない設定”の冷房温度がさらに上がることになる。
  この予備率に加え、発電源の分散も電力供給の安全保障では大きな課題だ。震災前の10年度の電源別発電量は原子力28.6%、LNG(液化天然ガス)29.3%、石炭25.5%、石油6.4%、水力8.5%、他は2.2%だった。これが13年度の4月から7月の実績では原子力2.7%、LNG43.9%、石炭29.4%、石油11.5%、水力10%、他は2.5%と原子力の落ち込みを化石燃料で埋めるかたちになっている。
  原発代替の火力発電の燃料代も必要だが、日本の13年度の追加の燃料代は3兆8000億円の見込みだ。
  原子力比率減少の影響はハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)で測ることができる。HHI指数は市場の占有度を表す指数だ。一つの燃料だけに頼る場合には指数は1になる。供給源が多くに分散され、それぞれのシェアの格差が小さいほどHHIは低くなる。
  震災前、10年度のHHIは0.24だ。13年度の4月から7月では0.30に変化している。これはポルトガル、英国とほぼ同じレベルだ。震災前の0.24はEU27カ国全体とまったく同じ数字だが、EUは英国を含め送電線がつながっているため、個別の国のHHIには意味はない。全体ではバランスが取れたかたちだ。震災前の日本も非常にバランスが取れた電源の分散を行なっていたが、いまはそれが悪化している。
*再エネ導入の影響は電気料金の上昇に
 先述したように、小泉元首相は「原発は廃棄物のコストまで含むと高い。原発の資金で再生可能エネルギーをやればよい」と発言している。再エネ支援は皮肉なことに小泉改革で叫ばれた規制緩和とは逆の施策だが、再エネで電気料金が下がる可能性はなく、むしろ料金の上昇により企業と家庭は疲弊するだろう。
  クルーグマン教授は、先に挙げた著書のなかで規制緩和に関し「幸い日本には追従者としてのアドバンテージがある。あらゆることを一から実験する必要はないという恵まれた立場にあるのだ」と発言している。再エネの導入についてもこのとおりだ。先行している欧州で起こったこと、いま起こっていることを見れば、再エネ導入の問題とその可能性を見極めることができる。
  再エネ導入支援で先行したのはドイツだ。2000年に太陽光、風力などの再エネからの電気を市場価格より高く買い取る固定価格買い取り制度(Feed-in Tariff:FIT)を導入した。日本でも、菅直人元首相の辞任と引き換えに12年の7月から導入されている。
  すでに10年以上にわたり、FITを続けてきたドイツでは、累積の太陽光と風力の発電設備導入量がそれぞれ3000万kWを超えるレベルにまでなった。ドイツの全発電設備量の30%にも達する。ただし、実際の発電量は太陽光で5%、風力で7%程度しかない。FITで発電された高い電気は、消費者の負担となる。その結果、ドイツの電気料金は大きく上昇することになった。13年5月のドイツの家庭用電気料金は1kWh当たり26.5ユーロセント。料金はFIT導入後に2倍になったが、上昇のかなりの部分をFITの負担額が占めている。その額はいま1kWh当たり5.28ユーロセントだ。
  電気料金の上昇に悩む政府は、太陽光発電でのFITの買い取り額を毎月引き下げ、負担額上昇を抑えているが、買い取り期間は20年間あるので、ここ当分負担額の上昇はあっても、下がり始めるのは随分先になる。
*再エネ投資でも発電コストは大きく下がらない
 再エネの開発に大きな資金をつぎ込めば、発電コストは下がるのだろうか。それも期待はできない。すでに、風力発電設備の費用は底を打っており、今後は設備コストが高い洋上風力が増えるために、コストはさらに上昇することになるだろう。太陽光発電モジュールは中国企業の過剰生産により大きく価格が下落して、欧米、中国では多くの企業が倒産した。生産が適正規模に戻れば、価格は上昇することになるだろう。
  そうはいっても、技術革新により発電コストは下がるかもしれない。しかし、再エネの場合には、発電設備以外にさらに資金が必要だ。天候に左右され、いつも発電できない太陽光、風力発電では、いつでも発電可能な火力発電所がバックアップに必要だ。バックアップ電源からの送電線も必要になる。余分な発電設備をもたないのであれば、蓄電装置が必要となるが、大きなコストアップにつながる。再エネ導入の影響は大きい。EU大手10電力会社の首脳が再エネへの支援策打ち切りを要請しているほどだ。
  現在、発電の7割以上を天然ガスに依存しているタイは、安全保障の問題もあり、再エネの導入に熱心な国だ。太陽光、風力発電設備の導入目標は300万kWと180万kW。電力需要が急増しているタイでは、バックアップのための余分な発電設備をもつことはできない。結局、大きな蓄電装置といえる揚水発電所が建設されることになった。揚水からの発電コストは当然高い。
  このように、再エネの発電コストについては、全体でいくらかを考える必要がある。原発の電気を賄うほどの再エネが導入されれば、電気料金の上昇はいまのドイツどころの話ではなくなる。ドイツではやっと太陽光と風力からの発電量が12%になったところだ。
*日本の技術開発は何をめざすのか
 欧米が生産で先行しながら、依然下がらない再エネの発電コストを大きく下げるほどの技術開発をめざすのであれば、ビル・ゲイツが私財を投入し、研究している原発の廃棄物を利用するTWR発電方式のほうが実現の可能性が高いかもしれない。成功すれば、今後800年間の全米の電力を賄うといわれている。廃棄物の管理を行なう必要もなくなる。
  いま世界で稼働している原発は432基、建設中が70基、計画中が173基、構想中が314基ある。中国、インドなどを中心に原発はこれから増えていく。安定的に安価に発電する手段として、原発が優れていると考えている国が多くあるということだろう。これらの国の原発からも廃棄物は出てくる。廃棄物処理に加え、新しい原子力の発電方式にも力を入れるのが、先進国のなかでも高い原子力技術をもつ日本の役割ではないだろうか。再エネは中国も韓国もできる。しかし原子力は、日本企業の技術がなければ停滞する。
  再エネに力を入れれば、原発に代わる発電が可能というのは、量もコストもいまのところ幻想だ。再エネ導入は欧州の多くの国が試み、苦しんでいる道だ。EU27カ国のうち10カ国の家庭用電気料金は、日本の平均的な料金を上回るほど上昇している。クルーグマン教授がいうように、追従者としての利点を日本は活かさなければならない。
 (『Voice』2013年12月号より)
<筆者プロフィール>山本隆三(やまもと・りゅうぞう)常葉大学教授
 1951年、香川県生まれ。京都大学卒業後、住友商事に入社。石炭部副部長、地球環境部長などを経て、2008年、プール学院大学国際文化学部教授に。2010年4月から現職。著書に、『脱原発は可能か』(エネルギーフォーラム)などがある。
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