令和人国記
「人は自然を見なくなった」 北海道・富良野在住 脚本家、倉本聰さんインタビュー㊤
2023/6/17 10:00
フジテレビ系の大ヒットドラマ「北の国から」シリーズの原作・脚本を手掛けた倉本聰さん(88)は、昭和52年、北海道富良野市に移住した。現在も創作活動の傍ら、富良野自然塾を主宰、環境活動にも力を入れ、4月の「G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合」では、提言やメッセージを込めた動画などを寄せた。文明社会への警鐘を鳴らし続けている倉本さんのインタビューを3回に分けて掲載する。
闇の怖さ
富良野に住み始めた46年ぐらい前、最初に経験したのが闇だった。まったく1人で、夜の怖さってなかった。本当に一晩眠れなかった。自然の脅威は嵐とか吹雪とか言うけど、闇に勝る脅威はない。日中を過ぎたら闇。その闇の中で、動物なんかは視覚を持つようになる。人間も昔はもう少し闇の中で、目が見えたんじゃないかと思う。かすかな月明かりだとか。いわゆる五感ですよね。
平成23年の東日本大震災の時、東京などが2、3日停電になって真っ暗になった。あの時に人間は学習すると思ったんですけど、学習しなかったですね。2、3日の学習では変わらない。1カ月とか1年という単位にならないと。
四季と日本文化
日本文化はものすごく四季と関係が合ってきた。俳句にしても、日本の芸術や文化は四季とものすごい結び付いている。友禅にしても何にしても、自然っていうものをベースにして流れてきたんだけど、余計なことをちょっとして、そのことで経済が回るんですよね。
桜の花はきれいじゃないですか。どうしてライトアップするのか。これに自然は大変迷惑している。本来、太陽の光は上から差すでしょう? 下から光を当てられたら植物はものすごく迷惑している。でも、ライトアップがきれいとか、人間がまぶしさに溺れちゃっているんですね。客寄せのために夜もライトアップするわけでしょ。夜は月の明かりが向こうにかすかに見えて、夜の桜の色はかすかに、ほのかに見えるっていうのが夜桜の色。ライトアップで作る色じゃないんですよね。
わびさびの世界の松尾芭蕉(ばしょう)とか紀(きの)貫之(つらゆき)、大伴(おおともの)家持(やかもち)なんかがライトアップの世界を見たら激怒すると思いますね。
虹の根っこに
夜に月が出てくれば、桜の色がほんのりと染まる。昨日の夕方、富良野でものすごいでっかい虹が出た。僕はかつて(富良野市内の)麓郷(ろくごう)に行く途中で虹の根っこに入っちゃったことがある。そういう自然現象って気を付けているといくらでもある。人は自然を見なくなった。都会に自然がなくなっちゃったんです。
僕も決して自然をしっかり見てる人間だとは思えない。ネイチャリストやナチュラリストたちは自然をもっと細かく見てますよ。この花が一輪咲いたとか目線が細かい。僕は決していい自然の観察者とは言えないんだけれども、僕の自然の味わい方はもっと〝モワッ〟としたものに「いいな」って。
自然の観察者は細かい。例えば植物の名前をよく知っている。僕は植物も木の名前も知らないですよ、それでも自然っていうのは大好き。「この匂いがいいね」とか、「この匂いは何?」と教えてもらっても翌年になると忘れているっていう、そういう自然の中にいる住民ですよね。それでいいんじゃないか、っていう気がして。科学者じゃないから。自然観察っていうと、花の名前とか草花は覚えなさいとか、知識ばかりでいっちゃうでしょ。もっと情緒的に物事を捉えてね。
自然の一部
うち(自宅)のすぐそこの裏にアオサギのコロニーがある。4、5日前にかみさんが夜中の11時ぐらいに、アオサギがギャーギャー騒いで何があったんだろうって。多分、アナグマが襲ったんじゃないか。どこかの地方で巨大なアオサギのコロニーがアナグマに襲われて全滅したというのがあった。
うちの近くにもアナグマがいる。どうも屋根裏にいるみたい。それはもう共存と言えば共存だし、迷惑といえば迷惑なんだけど。ヘビなんかもいる。ネズミを食べてくれると思うから、守り神としていて、排斥はしませんけどね。自然の中の一部に過ぎませんから、われわれは。(聞き手 坂本隆浩)
くらもと・そう
昭和10年生まれ。東京・代々木出身。脚本家、劇作家、演出家。東京大文学部を卒業後、ニッポン放送入社。38年に退社して独立。52年に北海道富良野市へ移住。代表作に「北の国から」シリーズ、「前略おふくろ様」「風のガーデン」など多数。35年ぶりの映画となる「海の沈黙」の撮影が近く始まる。
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
「人は自然を見なくなった」 北海道・富良野在住 脚本家、倉本聰さんインタビュー㊤
2023/6/17 10:00
フジテレビ系の大ヒットドラマ「北の国から」シリーズの原作・脚本を手掛けた倉本聰さん(88)は、昭和52年、北海道富良野市に移住した。現在も創作活動の傍ら、富良野自然塾を主宰、環境活動にも力を入れ、4月の「G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合」では、提言やメッセージを込めた動画などを寄せた。文明社会への警鐘を鳴らし続けている倉本さんのインタビューを3回に分けて掲載する。
闇の怖さ
富良野に住み始めた46年ぐらい前、最初に経験したのが闇だった。まったく1人で、夜の怖さってなかった。本当に一晩眠れなかった。自然の脅威は嵐とか吹雪とか言うけど、闇に勝る脅威はない。日中を過ぎたら闇。その闇の中で、動物なんかは視覚を持つようになる。人間も昔はもう少し闇の中で、目が見えたんじゃないかと思う。かすかな月明かりだとか。いわゆる五感ですよね。
平成23年の東日本大震災の時、東京などが2、3日停電になって真っ暗になった。あの時に人間は学習すると思ったんですけど、学習しなかったですね。2、3日の学習では変わらない。1カ月とか1年という単位にならないと。
四季と日本文化
日本文化はものすごく四季と関係が合ってきた。俳句にしても、日本の芸術や文化は四季とものすごい結び付いている。友禅にしても何にしても、自然っていうものをベースにして流れてきたんだけど、余計なことをちょっとして、そのことで経済が回るんですよね。
桜の花はきれいじゃないですか。どうしてライトアップするのか。これに自然は大変迷惑している。本来、太陽の光は上から差すでしょう? 下から光を当てられたら植物はものすごく迷惑している。でも、ライトアップがきれいとか、人間がまぶしさに溺れちゃっているんですね。客寄せのために夜もライトアップするわけでしょ。夜は月の明かりが向こうにかすかに見えて、夜の桜の色はかすかに、ほのかに見えるっていうのが夜桜の色。ライトアップで作る色じゃないんですよね。
わびさびの世界の松尾芭蕉(ばしょう)とか紀(きの)貫之(つらゆき)、大伴(おおともの)家持(やかもち)なんかがライトアップの世界を見たら激怒すると思いますね。
虹の根っこに
夜に月が出てくれば、桜の色がほんのりと染まる。昨日の夕方、富良野でものすごいでっかい虹が出た。僕はかつて(富良野市内の)麓郷(ろくごう)に行く途中で虹の根っこに入っちゃったことがある。そういう自然現象って気を付けているといくらでもある。人は自然を見なくなった。都会に自然がなくなっちゃったんです。
僕も決して自然をしっかり見てる人間だとは思えない。ネイチャリストやナチュラリストたちは自然をもっと細かく見てますよ。この花が一輪咲いたとか目線が細かい。僕は決していい自然の観察者とは言えないんだけれども、僕の自然の味わい方はもっと〝モワッ〟としたものに「いいな」って。
自然の観察者は細かい。例えば植物の名前をよく知っている。僕は植物も木の名前も知らないですよ、それでも自然っていうのは大好き。「この匂いがいいね」とか、「この匂いは何?」と教えてもらっても翌年になると忘れているっていう、そういう自然の中にいる住民ですよね。それでいいんじゃないか、っていう気がして。科学者じゃないから。自然観察っていうと、花の名前とか草花は覚えなさいとか、知識ばかりでいっちゃうでしょ。もっと情緒的に物事を捉えてね。
自然の一部
うち(自宅)のすぐそこの裏にアオサギのコロニーがある。4、5日前にかみさんが夜中の11時ぐらいに、アオサギがギャーギャー騒いで何があったんだろうって。多分、アナグマが襲ったんじゃないか。どこかの地方で巨大なアオサギのコロニーがアナグマに襲われて全滅したというのがあった。
うちの近くにもアナグマがいる。どうも屋根裏にいるみたい。それはもう共存と言えば共存だし、迷惑といえば迷惑なんだけど。ヘビなんかもいる。ネズミを食べてくれると思うから、守り神としていて、排斥はしませんけどね。自然の中の一部に過ぎませんから、われわれは。(聞き手 坂本隆浩)
くらもと・そう
昭和10年生まれ。東京・代々木出身。脚本家、劇作家、演出家。東京大文学部を卒業後、ニッポン放送入社。38年に退社して独立。52年に北海道富良野市へ移住。代表作に「北の国から」シリーズ、「前略おふくろ様」「風のガーデン」など多数。35年ぶりの映画となる「海の沈黙」の撮影が近く始まる。
◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です