突然失踪、財産も消滅---91歳女性が語る「お家は役所にとられたの」 成年後見制度の深い闇⑦ 2017/9/29

2017-10-02 | Life 死と隣合わせ

2017/9/29 現代ビジネス
突然失踪、財産も消滅…91歳女性が語る「お家は役所にとられたの」
 成年後見制度の深い闇
  長谷川 学 ジャーナリスト
 友人に何の前触れもなく消息を絶った、都内に住む91歳の女性。心配した友人が区役所に行ってみると、回答は「おばあちゃんには成年後見人がつきました」だけ。さらに消息不明の女性が所有していた古い実家の建物は、いつの間にか解体され更地になっていた。不審に思った友人らが区議会議員などにはたらきかけを始めた矢先、突然、91歳の女性から連絡が。
 だが、ようやく会えた友人らに女性は衝撃的な発言をした。「財産は、すべて政府にとられたのよ」――。いったい、何があったのか。その裏には、超高齢化社会を迎えた日本の行政が打ち出している、ある「大方針」の影響が透けて見える。驚愕の実態を追う連続ルポ。
 ※第1回はこちらから
■この人になぜ「後見人が必要」なのか?
 半年以上、行方が知れなかった91歳の女性は、東京・目黒区内のグループホームに入所していた。女性の成年後見人には、弁護士がついていた。いわゆる「専門職後見人」だ。
 「おばあちゃん」の行方を探してきた友人の佐伯和子さん(60代・仮名)を、おばあちゃんは満面の笑みで迎えた。だが施設に許された面会時間は、ほんの十数分程度だった。
 私はこの面会時の録音を聞かせてもらったが、91歳の女性の発言は終始しっかりしていた。これほどしゃっきりした人に後見人がつけられていること自体に、強い違和感を持つほどだった。そのときのやりとりを、一部、ここで再現してみよう。
 登場人物は4人。91歳の「おばあちゃん」。友人の佐伯さん。佐伯さんから相談を受け、同行した一般社団法人「後見の杜」事務局長。そして、施設の職員だ。
佐伯さん「Mさーん(注・おばあちゃんの名前)! さっぱりしてる」
おばあちゃん「私もね、何年振りや?」
 佐伯さん「何年振りじゃないけどね(笑)。少し会っているけど」
おばあちゃん「会ってる。あそこのお家(住んでいたアパート)でね。そぉよー。ちょっと私ここに座っていい?」
 佐伯さん「(注・職員に向かって)ずっと(おばあちゃんを)探していたもので。ずっと会いたかったので」
おばあちゃん「(外に)出れなかったの。私、今年フリーになって(自由になった、の意味か)。財産なんかも狙われたり、いろんなことが起きたものだから(自由を)抑えられちゃったの。政府の方から」
 佐伯さん「(政府が)Mさんを?」
おばあちゃん「私が抑えられちゃって。結局、どこに行っても自由にならなかったのよ。(自由になったのは)いま、ここ最近よ」
 ここで女性は「財産を何者かに狙われたりした結果、自由がなくなった」と話しているわけだが、その後明らかになった経緯は後述したい。
■「お家は役所に取られたの」
 佐伯さんはこの会話のあと、「後見の杜」の事務局長を紹介しながら、おばあちゃん探しへの協力を依頼してきたことなどを話し、「ずっと探していたのよ」と重ねて言った。すると、おばあちゃんは声を潜めて、こう答えた。
おばあちゃん「……ここもね、教えちゃいけないことになっているんだ」
 空き家だったおばあちゃん名義の実家建物が取り壊されていたことを佐伯さんが話すと、おばあちゃんはこう答えている。
おばあちゃん「あそこも、取られちゃった。どうしてかというと、あそこに(自分は)住んでないでしょ。お家は役所に取られたの」
佐伯さん「手続きは区の人が全部やったの?」
事務局長「目黒区の人が来たり、『書類書いてくれ』と言われたことはありますか?」
おばあちゃん「だから区でやっているのか、政府でやっているのか、その区別は教えないのよ」
 以前紹介した発言でも、女性は「財産は、すべて政府に取られたのよ」と言っていた。彼女のいう「政府」という言葉の意味について、現場に同席した事務局長はこう推測する。
 「お話を聞くと、おばあちゃんはどうやら、家庭裁判所のことを『政府』と言っているのだなと思いました。たしかに、家裁も国の機関ですから」
 先ほど面会は10分ほどと書いたが、実際には5分ほど着席してやり取りした後、施設の職員が話に割って入り、面会はいったん終了させられた。だがその後も、立ち話的にやりとりが続いたのだ。そうした状況を受けて、おばあちゃんはこう言った。
おばあちゃん「規則がうるさいの。うるさい代わりに安全だから。うるさいのは(施設の)人が足りないからなの」
佐伯さんは再訪を約束した上で、おばあちゃんは外出することが可能かと訊いた。おばあちゃんは「みなさん(職員のこと)がいるときは大丈夫。時間を決めて」と話した。ここまでは自然なやり取りである。
 ところが、会話はこう続いていく。
施設職員「Mさんのおカネは、私が全部預かっているんですよ」
おばあちゃんは「うん、私のをね」
施設職員「後見人を通さないとダメなんですよ」
 つまり、外出には後見人の同意が必要だと告げたのだ。
「そういうシステムなのよ……」
 そこで成年後見制度に詳しい事務局長が「後見人の連絡先は?」と訊ねたが、なぜか職員は「それはちょっと」と教えない。後見人が誰かを知られて、困ることでもあるのだろうか。
 会話の展開は、さらに奇妙さを増していく。
佐伯さん「後見人つけてって(Mさんが)お願いしたの?」
施設職員「(急に強張った声になり)はい、全部!」
 自分が後見人でもないのに、なぜそれほどキッパリ言い切るのだろうか。
佐伯さん「(再び)Mさんが頼んだの?」
おばあちゃん「『お願いした』って……。(自分が依頼したというよりも)そんなシステムになっているのよ。役所だとか、そういうところで抑えちゃって。ここの会社(グループホームのこと。経営母体は民間)の決まりってものがあるのよ。だから自分勝手にできないの」
 ここまでのやり取りには、奇妙な点が多々あるのだが、何よりもまず、読者はこれが重度の認知症で判断能力を著しく失った人が行った会話だと、感じられただろうか?
 本来、成年後見人がつくのは、重度の認知症で、契約などの法律行為を行う際の判断能力が「まったくない」とされるケースに限られる。
 後見人がつくと、被後見人(後見される側の人、つまり高齢者本人)は著しく財産権を制限されるため、その適用には慎重が期されなければならないのだ。
 何しろ、被後見人は実質、社会的・経済的に「無能力者」という扱いを受けることになる。会社や団体の役員にはなれないし、印鑑登録もできない。財産はすべて後見人が管理するので、事実上、自分だけでは何らの経済活動ができない。
 おばあちゃんが繰り返し「政府から自由を抑えられた」と話していたのは、このことだ。家裁の決定で弁護士が後見人につき、文字通り「自由を奪われた」のである。
 また施設側も、ほんの少しの外出にかかる費用も後見人の許可が必要だというロジックを盾に、「外出そのものも後見人の許可がいる」と強調している。
 では、その弁護士というのは何者かということだが、それはおばあちゃんにとっては「赤の他人」なのだ。このケースに限らず、現在、成年後見人の約7割は、弁護士や司法書士ら、いわゆる「専門職後見人」である。
 その多くは、家裁の決定で案件を割り振られ、本人の生活信条も趣味も来歴も知らぬまま――あるいは、さして興味もないまま――被後見人やその家族に対して、事実上、オールマイティーの権限をふるっている。
■「保護するため」と言いながら
 さて、その後の取材で、おばあちゃんに後見人がついた経緯について、さらに次のような事実が判明した。
(1)成年後見人をつけるための申し立てを家裁に対して行ったのは、形式的には、おばあちゃん本人である。
(2)数十年来、おばあちゃんの相談相手になっていたある男性が、長期にわたり、おばあちゃんからお金を借りたり、かすめとっていた。目黒区は、この男性からおばあちゃんを切り離すために施設に入れたらしく、その過程で後見人がついた。
(3)空き家の解体には、区と後見人がかかわっていた。
 区役所に相談したとき、「後見人がついた」以外の情報を一切、教えてもらえず、連絡をくれるようにと職員に頼んでも、長期間、伝えてくれた様子もなかった佐伯さんは、これらの事実を知って、こう話した。
 「たしかに、男性の話はおばあちゃんから聞いたことがありました。私が親しくなるずっと以前から、何かとお世話をしていて、おばあちゃんのお母さんが亡くなったときの葬式も手伝ったほどだそうです。
 それでおばあちゃんは男性を信頼して、銀行から預金をおろすようなことまで、やってもらっていました。でも、おばあちゃんは男性の素行に気づいていたようで、『お金をかしてやったのに返さない』と言っていたのを聞いたこともあります」
 目黒区が、おばあちゃんを施設に隔離したり、居場所を親戚ではない佐伯さんに教えなかったのは、そうした経緯から警戒していたことが原因だったのかもしれない。だが、その上でも佐伯さんは、こう指摘する。
 「男性やその関係者を遮断したいのであれば、私に対して『男性を知っているか』などと質問して、関係性を確認すべきでしょう。それに私のことは、おばあちゃんに訊けばすぐわかる。そうした基本的な確認すらせず、ただ『教えられない』というのでは……」
 目黒区の対応については「後見の杜」の宮内康二代表も首を傾げる。
 「男性がおばあちゃんから金を取っていたのなら、目黒区が取るべき対応は、まず警察への通報でしょう。あわせて、一時避難でおばあちゃんを保護すれば、わざわざ後見などしなくても済んだ話です」
 さらに宮内氏は、疑念を深める。
 「他の自治体で起きた例ですが、自治体職員や社会福祉協議会の職員らが、成年後見制度を利用する申請書類に必要事項を書き込み、本人署名の欄にだけ『ここに名前を書いて』と記入させ、家裁に提出していたことが『後見の杜』の調べでわかっています。今回のケースもおそらく同様でしょう。
 区と関係の深いグループホームの職員が、おばあちゃんに後見人がついたことを、わざわざ『本人申立てだ』と言ったことが何よりの証拠です。誰かに聞かない限り、介護職は後見申し立て人が誰だったかなど、知る由もないはずですから」
■なぜ、成年後見制度を「活用」したいのか
 ではなぜ、そこまでして「成年後見制度を使わせよう」という発想が、行政側に湧いたのだろうか。その背景を読み解くポイントは、おばあちゃんが「お家は役所に取られた」と言っている点だと考えられる。
 昨年、成年後見制度利用促進法が成立したのを受け、全国の自治体が成年後見制度の積極的な活用に向けた取り組みを進めているが、それにともなうトラブルもまた、続発している。
 問題は行政が、成年後見制度を「何のために」活用しようとしているのか、だ。
 実は、内閣府の有識者会議である「成年後見制度利用促進委員会」の議事録を見ると、繰り返し議論されている論点がある。それが、「成年後見制度を利用した空き家対策」なのだ。
 「後見の杜」代表の宮内氏は、今回のケースでも行政にはそのような意図があったのではないかと指摘する。
 「行政側は、おばあちゃんがトラブルを抱えていると知ったとき、この際、成年後見人をつけてしまえば、彼女が所有する空き家の処分という、区の長年の懸案も一気に解決できる、という思惑をはたらかせた可能性があります。
 ちょうど、おばあちゃんの財産が怪しい男性に利用され、お金の問題が浮上してきたということが分かり、区に営業をかけている弁護士らと協議して、半ば強引に後見に踏みきったということではなかったかと考えられるのです」
 91歳の女性自身は、後見人がついたことは自分の意思というよりも、「そんなシステムになっているのよ。役所だとかそういうところで抑えちゃって」と話していた。つまり、一連の経緯の中で、誰かが「こういうときは、後見人をつけるものですよ」「それが当たり前なのですよ」という説明を彼女にしているのだ。
 「おばあちゃんには後見人が必要だと診断した医師も、そうした行政サイドの意向を酌んで『後見相当』の結論を出した。そして今回のケースでは、おばあちゃんには家族がいないのですから、本人以外の誰かが家裁に後見開始の書類を提出したはずです。
 家裁もまた、おばあちゃん自身への調査なしの、いわゆる『手続き飛ばし』で後見の審判を出した可能性があります。実は、こうした行政側の忖度の連鎖による『手続き飛ばし』は、全国的に増加しているパターンなのです」(宮内氏)
 おばあちゃんは、今回の件について、「区でやっているのか、政府でやっているのか、その区別は教えないのよ」などと話ししていた。その言葉通り、現在、自治体レベルではなく政府もまた、「成年後見制度を利用した空き家対策」を推進しようとしている実態がある。
 認知症などで判断能力を失ったお年寄りの財産を保全し、安心して暮らせるようにするための成年後見制度のはずが、ともすれば本人不在の、行政側から見た合理性のために活用されようとしている可能性はないのか。次回は、今も続けられている行政側の論議の内容に踏み込んで、考えてみたい。

※この91歳の女性のケースについて、今回の取材に際して、目黒区役所には下記のような主旨の質問を送った。回答はすべて一括して、「プライバシーの問題があるため、お答えできません」であった。なお、質問中の「Mさん」は91歳の女性のことである。
<質問>
●取材の結果、Mさんに、成年後見人がつき、Mさん名義の目黒区内の自宅が解体されたことが判明しました。Mさんと彼女の友人が最近交わした会話の録音を聞きましたが、Mさんは十分な判断力を有していると考えられます。そこでうかがいます。
1、 目黒区役所の職員か弁護士が成年後見制度利用の申し立て書類を書き、それをMさんに示して、”この通りに記入してください”と誘導して、無理やり後見人をつけたのではありませんか。
2、 現在、多くの自治体が空き家対策に頭を悩ませています。後見人がついたのはMさんの保護が理由でしょうが、後見人をつけた後、後見人と目黒区が諮って老朽化したMさん名義の空き家を壊させたのではありませんか。それともMさんの家を壊したのは後見人の判断ではなく、目黒区の措置ですか。
3、 Mさんの成年後見人の氏名を教えて下さい。成年後見人は家裁が選任した公人であり、氏名を開示しない理由がありません。後見人による不祥事が絶えない昨今、後見人の職務執行状況は厳しく監視されてしかるべきです。
4、 Mさんに対し家裁から後見開始の審判書が出されたと思います。通常なら審判書は開始決定後直ちにMさんの自宅に郵送され、後見人がついたことをMさんに通知します。そこでおうかがいします。後見開始の決定日はいつですか、また審判書がMさんに通知されたのはいつですか。

 ◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です
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