警視庁が捜索をはじめた埼玉山中の「死体遺棄場所」〈永田町の黒幕を埋めた「死刑囚」の告白(10)〉
闇から闇に葬られていた事件に今、一条の光が差そうとしている。矢野治・死刑囚が獄中から2件の殺人を明かした前代未聞の“告白劇”を本誌(「週刊新潮」)は詳報。これを受け、警察は、被害者が眠る山中の遺棄場所を草の根を分け探している最中だ。捜査は間もなく重大局面を迎える。
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獄中から殺人を告白した矢野死刑囚
暴力団抗争に巻き込まれ、無辜の一般市民3人の命が奪われた前橋スナック銃乱射事件(2003年発生)。この事件の首謀者として死刑が確定した、指定暴力団、住吉会幸平一家矢野睦会の矢野治・前会長(67)は、2件の“闇から闇に葬られた殺人事件”を告白した。
最初の被害者は、不動産業者の津川静夫さん(失踪時60歳)である。神奈川県の伊勢原駅前の土地所有者だった津川さんは、10億円もの利権が関わるその土地を巡り、住吉会系組織の若頭に目をつけられた。若頭は矢野に殺害を相談、矢野はこれを仲介し、別の組長の配下の組員に津川さんを殺害させたという。
もう一人は、1997年、政界を揺るがした「オレンジ共済事件」のキーマンとして、社会の耳目を集めた“永田町の黒幕”こと斎藤衛・稼業名「龍一成」だ。矢野は、斎藤に貸していた金が焦げ付いたことを機にトラブルとなり、自らの手で絞殺した。
矢野の指示を受け、彼らの死体を遺棄したのは、いずれも、元矢野睦会組員、結城実氏(仮名)だった。本誌は結城氏に接触し、事件の全容を明かすよう、説得を重ねた。取材に1年余を費やした結果、ついに彼は重い口を開き、こう証言してくれたのだ。
「津川さんの遺体は、伊勢原にある大山の林道脇の雑木林に穴を掘って埋めました。龍一成(斎藤衛)の死体は、他の組員と一緒に、埼玉の飯能か秩父あたりの山中に遺棄した」
■任意聴取に着手
本誌の報道を受け、捜査を放棄していた警視庁は慌てて、結城氏への任意聴取に着手した。目下、暴力団事件を扱う本部の組織犯罪対策第四課が連日のように、彼に対する聴取を続けている。捜査関係者が語る。
「結城さんの証言に基づき、すでに埼玉の山中に捜査員を派遣し、下検分も行っている最中です。目ぼしい場所を写真に撮り、彼に確認してもらっている」
捜査の最新状況をお伝えする前に、矢野の手による“永田町の黒幕”殺害の顛末を振り返っておきたい。
■自分には策が……
東京・池袋のホテルメトロポリタン。昼食時を過ぎた1階のレストランは、お茶を楽しむ客で賑わっていた。穏やかな時間が流れる広々とした空間に突然、ドスの利いた声が響いた。
「おいこら、なめてんのか。どうやって金を返すんだ」
その場にいた客の視線が一斉に怒声の主に注がれる。彼が次の言葉を継ごうとしたその刹那、テーブルを挟んで向き合っていた恰幅の良い男性が、床に蹲(うずくま)るように土下座した。
「申し訳ありません。もう少しだけ待ってください。自分には策がありますから」
タイル張りの床に額を付け、動かなくなった相手を睥睨するのは、矢野治、その人である。彼が斎藤に追い込みをかけている瞬間だった。97年暮れのことという。矢野の知人が偶然、このシーンを目撃していた。
「私がレストランに入った時にはもう相手が土下座していて、じっと固まっている状態でした。日中のレストランですから、異様な光景ですよ。矢野さんに“どうしたんですか”と尋ねると、“こいつ、龍一成って言うんだけど、引っ掛かっちゃってるんですよ”と話していました。貸した金を返さないという意味です」
■斎藤の後ろ盾
矢野が金を融通したのは、斎藤が一時、地上げで大儲けしていたからだ。92年には10億円近い所得があり、全国長者番付の62位にランクインしている。この成功の背景には、ある強力な後ろ盾があった。旧川崎財閥の資産管理会社「川崎定徳」の佐藤茂社長(94年死亡)である。
佐藤茂といえば、85年頃、首都圏進出を目指していた住友銀行(当時)が平和相銀を吸収合併しようとした際、陰で暗躍したと言われるフィクサーだ。
斎藤が、住吉会の有力幹部の紹介で佐藤と出会ったのは90年頃だという。
「やつは、佐藤に可愛がられ、用心棒役を担っていました」(暴力団関係者)
この佐藤のコネクションを活かし、地上げの仕事を急拡大させたわけだ。
「しかし毎晩、ベントレーで銀座に繰り出し、豪遊を続けていたから、金が残らない。バブル崩壊とともに先細りし、証人喚問の後は、金に窮していました」(同)
そんな斎藤が、矢野に示した返済の秘策も、この佐藤茂絡みの謀計だった。ここで今一度、矢野の告白の概要をお伝えしておこう。
■土下座の数カ月後に……
〈回収のため激しく追い込みをかける私に、ある時、龍はこう提案してきました。
「『川崎定徳』の佐藤さんが亡くなった後、会社の資産を受け継いで、管理している男がいる。不動産会社を営む桑野大樹社長(仮名)です。奴を攫(さら)って脅す。権利証などを奪い、それから殺します。矢野さんのところの若い衆を2人ほど貸してほしい。8600万を2億円にして返しますから」
しかし桑野社長は、住吉会の大幹部とも親交がある。
「桑野を攫うことは許さん」
と言い聞かせましたが、聞く耳を持とうとしません。そこで私は、同じ住吉会のある組長に頼み、龍の監禁場所として、要町にあった組事務所を使わせてもらうことにした。龍を、その事務所に連れて行きました。組長には大きな檻を用意するよう依頼していたので、事務所に入るなりその檻に龍を閉じ込めたのです。
こうして3日間、彼を檻の中で監禁しましたが、翻意しなかった。やむなく私は龍の首にネクタイを巻きつけ、交叉させた腕を力一杯引き、絞め殺したのです〉
■桑野社長の言は……
もっとも斎藤殺害で、債権回収は不可能になった。そこで矢野は、代わりに桑野社長にこの穴埋めをさせようと思い立ったらしい。
「あんたを殺そうとしていた龍の計画を潰してやったんだ。命の恩人だろう」
荒っぽい理屈で桑野社長に執拗に迫り、これまでに5700万円を受け取っているという。この矢野証言の信憑性について、桑野社長はどう答えるか。
「確かに矢野さんから、私が龍に命を狙われているという話を聞かされたことはあります。でも私は、“龍は今でも私の事務所に出入りしていて、いい関係ですよ”と答えました。すると、“龍はあんたの動きをずっと探っていたんだ”と言われ、妙な写真を見せられたのです。それは私が自宅から出たところを撮影しようとしている龍の姿を、さらに別の誰かが写真に収めたものでした」
金銭の授受についても、
「これまで矢野さんには、前橋の事件の逮捕前に2回にわたり、計5000万円渡しています。また東京拘置所に面会に来るよう言われて、700万円の支援を求められ、応じました。でも、“龍の代わりに、焦げ付いた金を埋めてくれ”と直截に言われたことはなく、単に“支援してほしい”というだけです。それにあげたのではなく、貸したものですよ。借用書なんて作っていません。なかなか理解してもらえないかもしれませんが、とにかく矢野さんの金の要求の執拗さは凄まじく、断るのが大変なんです」
ここでも概ね、矢野証言の裏付けが取れた形だ。
■遺棄場所の捜索を開始 遺族のコメント
斎藤殺しの捜査を進める警察は、結城氏とともに死体を遺棄したとされる元矢野睦会組員、木村洋治(仮名)にも接触している。
「別件で刑務所に服役中の木村に、事情を聴きました。協力的な態度ではないが、斎藤の死体を埼玉の山に埋めたこと自体は認めています」(先の捜査関係者)
当局はこの木村への捜査も重ね、遺棄現場の正確な位置の特定に努めている。斎藤の実姉が気丈に語る。
「まだ警察からお話はありませんが、弟のDNAは警視庁に残っている筈です。春の彼岸頃までには連絡が来ると思うのですが……」
一方で、もう一つの伊勢原の事件でも新たな動きがあった。これまで結城氏から斎藤の死体遺棄に関し、事情聴取を行ってきた警視庁は、3月に入り、津川さんの事件についても取り調べを開始したのである。
「実は証言を頼りに、すでに伊勢原の山中にも捜査員が飛んで、捜索に備えた下見を行っています」(捜査関係者)
その津川さんの妻が胸に秘めた願いは切実だ。
「私は20年もの歳月、主人が帰るのを待ち続けました。一縷の望みを残し、仏壇も遺影も作らなかったのです。しかし殺害され、埋められているのが事実なら、一日も早く主人を穴から出してあげたい。せめて骨だけでもいいから、私の元に帰ってきてほしいのです」
親族らの思いは通じるのか。現下、警視庁は2つの事件の死体遺棄場所を、草の根を分けるように懸命に探している。そしてより確実に遺体の発見が期待できそうな伊勢原の事件を優先する方針という。ほどなく結城氏を現場に伴い、遺体の大捜索を行う予定だ。その日まで、一旦、今回で本稿の筆を擱くこととする。事態が重大な局面を迎えた時、改めてさらなる新事実をお伝えすることを約して。
「特集 永田町の黒幕を埋めた『死刑囚』の告白 第4回 捜査員が草の根を分けて探す 山中の『死体遺棄場所』」より
週刊新潮 2016年3月17日号 掲載 ※この記事の内容は掲載当時のものです
◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です *強調(太字・着色)は来栖
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◇ 遺体は98年から行方不明の斎藤衛さんと判明=矢野治死刑囚が殺害告白 警視庁 2016/12/16
◇ 矢野治死刑囚の告白で見つかった(2016/4/19)遺体=「津川靜夫さん」と確認 殺人容疑での立件検討
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◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(10)警視庁が捜索を始めた死体遺棄場所『週刊新潮』2016/3/17号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(9)カタギ「津川静夫」さん殺害の背景 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(8)10億円利権でカタギを手に掛けた 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(7) 遺族証言と一致 実行犯・秘密の暴露『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(6)「斎藤衛」とは別の、もう一つの殺人『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(5)『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 矢野治死刑囚の告白 (3)(4)結城実氏「リュー一世(斉藤衛)を遺棄した経緯」週刊新潮2016/2/25号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(1)(2) 週刊新潮2016/2/25号
◇ 「他の人物も殺害した」前橋スナック乱射事件の矢野治死刑囚が警視庁に文書提出 平成26/9/7付