<神戸児童殺傷事件> 元少年Aの手記『絶歌』を犯罪学の視点から読む 小宮信夫

2015-06-25 | 神戸 連続児童殺傷事件 酒鬼薔薇聖斗

<神戸児童殺傷事件> 元少年の手記「絶歌」を犯罪学の視点から読む
THE PAGE 2015.06.25 07:00
 1997年に神戸市で起きた連続児童殺傷事件の加害男性(事件当時14歳)の手記『絶歌』の出版をめぐり、議論になっている。遺族感情や表現の自由の問題など、さまざまな論点があるが、「同種の事件をどう防ぐか」という視点で手記を読むと何が見えてくるのだろうか。犯罪学が専門の小宮信夫・立正大学教授に寄稿してもらった。

 神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)の加害男性(元少年A)による手記「絶歌」(太田出版)が波紋を呼んでいる。出版への賛否が渦巻く中、犯罪学者の視点から、この本の価値と影響を考えてみたい。
■元少年Aはなぜ恐ろしい罪を犯したのか
 神戸家裁の少年審判決定全文(文芸春秋5月号)によると、殺人の主たる原因は「性的サディズム」だという。これは、通常であれば、異性の身体的特徴(視覚的刺激)によって起こる性的興奮が、相手に苦痛を与えることで起こる性的嗜好である。ただし、性的サディズム自体は合意があれば犯罪にはならないので、元少年Aの場合は、それがエスカレートし、人を殺したり遺体を損壊したりすることで性的満足を得る「快楽殺人」に至ったのだ。「絶歌」の中にも、快楽殺人の場面がたびたび登場する。
 ではなぜ、「快楽殺人」というダークサイド(暗黒面)に落ちてしまったのか。その答えは、元少年A自身が出している。
 「祖母という唯一絶対の“錨”を失い、僕の魂は黒い絶海へと押し流されていった(『絶歌』p.44)」
 つまり、元少年Aをライトサイド(光明面)につなぎとめていた「社会的絆」は祖母であったが、その死によって絆が断ち切れてしまったのだ。しかも「絶歌」では、祖母の部屋で祖母の遺品を使って精通を経験したと告白している。最愛の祖母でさえ、快楽の道具へと変質したことがうかがえる。
 ここで疑問がわくかもしれない。普通、「社会的絆」は母親ではないのかと。母親と元少年Aとの関係は、審判決定と手記では正反対に描かれている。審判決定からは、乳児期の母親との接触不足(愛着障害)や児童期のスパルタ教育(虐待)が原因で自尊感情や他者への共感性が育たず、そのため攻撃衝動を抑えきれなかったことが読み取れる。ところが、手記ではそうした記述はない。
 おそらく、現在では母親との関係が良好なため、あえてこの点には触れなかったのだろう。実際、母親が発表したコメントを読むと、医療少年院に入った当初は面会を拒絶されたが、5年を経たときに心が通い合ったことが分かる。元少年Aは、そうした「社会的絆」を自ら断ち切ることは避けたかったに違いない。
■元少年Aは更生したのか
 とすれば、母親が「社会的絆」であり続ければ、ダークサイドに再び落ちることはないかもしれない。性的サディズムについても、少年院を仮退院する際、法務省は「治癒した」と発表した。ただし「絶歌」では、死から異性への嗜好の転換は確認できない。
 自尊感情(自己肯定感)については、罪悪感によって低下しやすいので、少年院での贖罪教育がどう影響したかは微妙だ。もっとも、手記の出版は自尊感情を高めた可能性がある。元少年A自身も、「僕が最後に行き着いた治療法が文章だった」(p.281)とか「書くことが、僕に残された唯一の自己救済」(p.294)と述べている。
 問題は、他者への共感性である。「絶歌」では、「もう二度と人を傷付けたりせず、人の痛みを真っ直ぐ受けとめ」(p.283)と書いておきながら、「本を書けば、皆様をさらに傷つけ苦しめることになってしまう。それをわかっていながら、どうしても、どうしても書かずにはいられませんでした」(p.294)と述べている。これでは今回もまた、他者の心情よりも自分の衝動を優先させたと見なさざるを得ない。
■「絶歌」が及ぼす影響は
 衝動を抑えきれなかったのは出版社も同じだ。出版の社会的意義を強調するなら、売り上げの一部を犯罪被害者支援団体への寄付金にしてもいいのではないか。
 印税については、出版に反対する遺族が受け取るとは考えにくい。こうしたトラブルを回避するためには、裁判所が犯人に犯罪の果実(収益)を放棄させて損害賠償に充当する制度の創設が望まれる(米国には「サムの息子法」と総称される同趣旨の連邦法と州法がある)。同様に、殺人犯のサイン入り写真や持ち物といった「マーダラビリア(殺人記念品)」の販売規制も検討すべき課題だ。
 犯人の手記は犯罪の抑止力になるという意見はどうだろう。「絶歌」でも、人を殺してはいけない理由を、「もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから」(p.282)と述べ、過ちを犯さないよう諭している。
 この種の発想は、「スケアード・ストレート(恐怖の直視)」に典型的に見られる。これは、非行少年に受刑者の話を直接聞かせる反面教師的なショック療法だ。しかし、米国での長年にわたる追跡調査の結果、非行少年がこのプログラムに参加すると再犯しやすくなることが分かった。どうやら、脅かすだけではかえって逆効果になるようだ。それよりも、物事の受け止め方や行動のパターンを変えるスキルトレーニングが再犯防止に有効であると報告されている。
■同種の事件をどう防ぐか
 では、そうしたトレーニングは、いつ、だれが行うのか。元少年Aと同じような少年少女を救うためには、悠長に構えているわけにはいかない。最近でも、長崎県佐世保市の高1同級生殺害事件や名古屋大の女子学生による殺人事件は、神戸連続児童殺傷事件と類似したケースだ。
 これらの事件の共通点を探っていくと、前兆としての問題行動に行き着く。しかし、そうした事案はバラバラに処理され、時間軸で分析されることはほとんどない。関係機関によるチームも、その都度編成されては解散する会議スタイルの組織だ。これでは、情報の蓄積や手法の開発は期待できず、ともすると責任のなすり合いや足の引っ張り合いにさえ陥りかねない。
 対照的に、英国の「少年犯罪チーム」は常設常駐の多機関連携の独立組織である。警察官、ソーシャルワーカー、保健師、教師、保護観察官、臨床心理士などが、一つ屋根の下で継続的な活動を展開している。これなら、データの蓄積やスキルの開発も可能だし、少年問題の窓口が一本化されているので、悩みを抱えた親も相談しやすい。このように、きめ細かな対応ができる体制を整えて初めて、非行の早期発見と的確な支援介入が可能になるのである。日本版「少年犯罪チーム」の創設が待たれる。
<筆者プロフィール>
小宮信夫(こみや のぶお)
 立正大学教授(社会学博士)。ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科修了。警察庁「持続可能な安全・安心まちづくりの推進方策に係る調査研究会」座長。著書に、『犯罪は予測できる』(新潮新書)など。公式ホームページ「小宮信夫の犯罪学の部屋

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◇  『絶歌』から元少年Aの脳の機能不全を読み解く 完全なサイコパスかといえばそれも違う気がする 香山リカ  
神戸連続児童殺傷事件 「元少年A、社会で生きようとしている」元付添人野口善国弁護士…『絶歌』を読んで 
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