命懸けでうそ貫くサスペンス 「勧進帳」

2020-06-23 | 本/演劇…など

荷物持ちを装う義経(左)、勧進帳を手にする弁慶(中)、富樫(右)(イラスト・佐藤恵理) 

 文化・芸能 伝統芸能 
 紙上で再現「勧進帳」 命懸けでうそ貫くサスペンス 
2020年6月19日 07時58分  
 とざいとーざい! コロナ禍で舞台の幕は下りたまま。ならば、「紙上歌舞伎公演」はいかが? 延期となった「十三代目市川團十郎白猿襲名披露」(東京・歌舞伎座)で5、6月に上演されるはずだった「勧進帳」を“活字版”の一幕でご覧に入れます。本日は、芝居に合わせて内容や背景を音声で説明するイヤホンガイドの齋藤智子解説員が分かりやすくお導き。初心者もお楽しみください。 
 源平合戦のヒーローといえば源義経。ところが、鎌倉にいる兄頼朝の不興を買い、命を狙われた悲劇の武将でもあります。包囲網が敷かれるなか、主(あるじ)を命懸けで守る熱血漢、武蔵坊弁慶らと逃亡劇を繰り広げます。 
 安宅(あたか)の関(現石川県小松市)でのこと。関守の任務につく優秀な地方官僚、富樫左衛門(とがしさえもん)に尋問され、さあ大変! 
 ところが弁慶も然(さ)る者。「山中で修行する山伏」と身分を偽り、「奈良の東大寺再建のため寄付を募る勧進の途中だ」といいます。その山伏一行に従う荷物持ちを装っているのが義経です。 
 「こいつら怪しい」と富樫は一行に敵意を隠しませんが、弁慶は少しも慌てず、呪術を唱えはじめます。「生き仏である山伏を殺せば、不動明王の罰がくだるであろう」と、逆に富樫を脅すのです。 
 ここで富樫が逆襲! 「勧進のために諸国を回る山伏である証拠に、寄付を募る理由を書いた勧進帳を読め」と命じます。 
 「勧進」とは急場しのぎのうそですが、弁慶は何食わぬ顔で白紙の巻物を高らかに読み上げます。勧進の現世利益を大上段にうたうのが、決めぜりふ(別掲)です。この流れるような名調子は弁慶のアドリブ。うそが露見すれば、待つのは死。生涯一度の大芝居なのです。 
 髪の毛先まで神経をとがらせる弁慶。そして、一瞬も見逃すまいとうかがう富樫も実は慈悲心ある役人。虚々実々の駆け引きを経て、男と男、心と心の交流に変化していくさまが後半の見せ場です。 
 能「安宅」を下敷きにした「勧進帳」は典雅が身上。難しいせりふもありますが、実は、ハラハラドキドキのやりとりが展開する、極上のサスペンスドラマでもあります。 
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 成田屋(市川團十郎家)の歌舞伎十八番の一つで、今年五月から予定されていた十三代目市川團十郎白猿襲名披露(無期延期)で、團十郎(海老蔵)が弁慶を演じるはずでした。二〇一八年一月、高麗屋が三代同時襲名興行を行った際の目玉も「勧進帳」で、松本幸四郎が弁慶を演じました。幸四郎の曽祖父にあたる七代目幸四郎は生涯で約千六百回も弁慶を演じ、「勧進帳」を全国区にした大看板でした。 
 弁慶役は難しく、立派につとめて初めて「弁慶役者」と呼ばれます。弁慶を演じる役者は多く、それぞれ個性豊かな「勧進帳」を見せてくれます。

 

【決めぜりふ】
 弁慶「一紙半銭(いっしはんせん)、奉財(ほうざい)の輩(ともがら)は、現世(げんぜ)にては無比(むひ)の楽(らく)に誇り、当来(とうらい)にては数千蓮華(すせんれんげ)の上に坐(ざ)せん」 
【超訳】
 弁慶「さあ、お立ち会い! 紙一枚でも半分の銭でも、わずかでも寄付した者は、あーら不思議、この世での無上の喜びはもちろん、来世での極楽暮らしも約束されたも同然だ。必ずや、仏様のように蓮華の花に座ることができるだろう」

 ◎上記事は[東京新聞]からの転載・引用です


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