決着遠くいらだつ地元 名張毒ブドウ酒事件
asahi.com三重2010年04月07日
■差し戻し、住民「複雑」 半世紀「早くけじめを」
名張毒ブドウ酒事件で、奥西勝死刑囚(84)の再審の判断が、最高裁から名古屋高裁に差し戻された。半世紀にわたり、事件にほんろうされてきた小さな集落の住民には、事件が決着しないことへのいらだちと困惑が広がった。
急な坂に沿って約20戸が立ち並ぶ奈良県境の名張市葛尾地区。事件のあった公民館は、今は取り壊されてゲートボール場になったが、そこから南西へ約50メートルのところに、死亡した5人を供養するために住民が建てた3メートルほどの供養塔がある。
事件があった会合に出席し、26歳の姉を亡くした70代の男性は「お互い信頼していた中で事件が起きただけに、えらいショックだった。みんな親類みたいなもんやんか」と振り返る。
姉の子ども2人は現在、家庭を持つ。男性は「50年もたてば、事件ばかり考えて生きるわけにはいかない」と語るが、裁判の行方は気になっていた。「やっていないって言うなら、やっていない証拠がほしい」
70代の女性は「もう長い時間がたつし、早くけじめをつけてもらった方がいい。長引くことはつらい」と話す。
事件当時、公民館にいた。「みんなが急に吐いたり、部屋を出入りして本当に怖かった」と話す。女性は「何やろ、何やろ」と思い、奥西死刑囚の様子は見ていなかったが、奥西死刑囚が犯人だと信じてきた。その思いと裏腹に出てきた再審の可能性に、「複雑ですね」と言葉少なだった。
葛尾地区の区長を務める福岡芳成さん(61)は当時小学生だった。母親が毒ブドウ酒を飲み、1カ月以上入院した。「50年もたって再審がどうこうと言っとる。振り回されるのはもうたくさん」と話した。
事件の2年後に結婚して集落にきた60代の女性は「(奥西死刑囚が)無罪になったら、他の村人に犯人がいることになる。そんなん、恐ろしくて考えられん」。
集落は県境をまたいで広がっている。奈良県側に住む女性は、会合に出席していたが、ブドウ酒を飲まずに無事だった。「裁判が二転三転してつらい。はっきりしてほしい」と願う一方で、事件が決着すると風化してしまうのではないかと心配する気持ちもある。女性は「真実は神様しか分からないのかもしれん。ただ亡くなった人、残された人のためにも、私は襟を正して生きないといけない」と話した。
別の女性は会合でブドウ酒を一口飲み、1週間入院した。「長い年月がたって、何もかも忘れてしまった」と目を伏せた。
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「毒ぶどう酒」高裁差し戻し 長引く裁判、住民いらだち 真実、いつになれば
名張市で1961年3月、農薬入りのぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」で、奥西勝死刑囚(84)の再審請求について最高裁が名古屋高裁に審理を差し戻す決定をしたことが6日、明らかになった。事件現場の葛尾地区の遺族や被害者らは「いつになれば真実が明らかになるのか」と、長引く裁判に複雑な心境を語った。
嫁いだ姉を亡くした神谷武さん(72)は月命日には必ず自宅近くの墓で手を合わせている。審理の差し戻しについて、「最高裁では判断できんということだろう」と受け止めた。ただ、奥西死刑囚には「再審を求めるなら、無実だという新しい証拠を示してほしい」と話した。
事件後、高度成長期に自分の生活を築くことで必死だった。「高裁がしっかり審理し、今度こそ終わりにしてほしい」と願う。
ぶどう酒を飲んだが助かった奈良県山添村の浜田能子さん(78)は当時、妊娠7か月だった。乾杯直後、ぶどう酒を飲んだ女性が次々と倒れ、介抱に当たった。自分も帰宅途中に5、6回吐き、丸一日寝込んだ。1年ほど耳鳴りなどに悩まされたが、「生かされた命」と言い聞かせ、亡くなった人たちの分もと、無農薬農業に打ち込み、4人の子供を育て上げた。
足利事件など冤罪(えんざい)事件が相次ぐなか、今回の差し戻しについて「裁判所の判決は正しいと思っていたが、必ずしもそうとはいえないと思うようになった。でも、本当の犯人がいるなら、遺族の怒りはどこに向ければいいのか」と話した。
毎年3月、現場の供養塔に向かう。今年も「もう半世紀になりますね」と犠牲者一人ひとりを思い浮かべながら、塔に語りかけた。「戦後復興にと、農村の若者が立ち上がった集まりで、あんな悲惨な事件が起きたのが今でも残念」と目頭を押さえた。
現在の葛尾区長で、ぶどう酒を飲んだ母親が一時重体になった福岡芳成さん(61)は、「49年も経って裁判の判断がこんなに揺れる。その度に住民は振り回されてきた。しっかり決着をつけるべきなのに。いい加減にしてほしい」と訴えた。
当時、現場に駆けつけて治療にあたった医師の武田優行さん(82)は「公民館は人がバタバタと倒れ、うめき声が上がり地獄絵図のようだった」と振り返り、「地元の人たちには思い出したくない記憶。もう幕を引いてほしいというのが正直な思い」と話した。(2010年4月7日 読売新聞)
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名張 地元住民は困惑
2010年4月7日 東京新聞朝刊
事件現場となった三重県名張市葛尾地区の住民たちは、奥西勝死刑囚を「犯人」として心の平静を保ってきた。奥西死刑囚の再審の可能性が生まれ、「それでは誰が犯人なのか」「もうそっとしておいてほしい」と困惑の声が広がった。
半世紀前の事件当時に十八戸あった集落は現在、十四戸に減った。事件現場の公民館は一九八七(昭和六十二)年に取り壊されゲートボール場になっている。
奈良県山添村側から懇親会に参加し、ぶどう酒を飲んだが助かった浜田能子さん(78)は「亡くなった人や今も苦しんでいる人を思うと複雑です」と伏し目がちに語った。「再審になっても完全に気持ちが晴れることはないと思う」という。
ぶどう酒を飲んだが、一命を取り留めた植田民子さん(79)は「小さな集落でみな家族同然の付き合いをしてきて、静かな環境が戻ったのに」と今回の決定に戸惑いを隠さない。「五人も亡くなっているのに、いつまでも裁判が続くのか」
やはりぶどう酒を飲んだ神谷すづ子さん(83)も「五十年たって真犯人が出てくることはない。残り少ない人生を静かに暮らしたいのに」と顔を曇らせた。事件で姉を亡くした神谷武さん(72)は「奥西死刑囚が事件のカギを握っていることは間違いない。無罪ならやっていない証拠を示してほしい」と話した。
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◇ 名張毒葡萄酒事件 再審認めず/「自供後は豹変したように穏やかに」古川秀夫氏 2012-05-26
◇ 毒ぶどう酒事件 依然としてハードルが高い再審決定のあり方 2010-04-07
◇ 名張毒ぶどう酒事件 異議審(再審取消し)決定 2006.12.26. 名高裁刑事2部 門野博裁判長/ 柳川善郎氏の話 2006-12-27