(尖閣ビデオ)YouTube 投稿保安官の逮捕、見送り決定

2010-11-15 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉

〈来栖の独白〉
 佐藤優氏は、「政府はあの映像を国民に公表すべきであったと思う」と仰る一方で、「どうしても義挙したいならば、海上保安庁に辞表を提出し、一私人の立場として行動すべきだと思う。軍隊に準じる力の省庁の現役職員による下剋上を認めてはならない」と言われる。
 尤もな意見と思う。が、しかし、単に手続き上の事(辞表を提出し、一私人の立場として)に拘っておられるような気も、しなくはない。
 保安官は「国民に知らせたかった」と言い、国民には知る権利がある。2・26事件の時代と、現代とは、大きく違う。「力の省庁」を強調されるが、「力」について考えてみたい。
 保安官は、銃をぶっ放したのではない。巨大メディアという独占大権に対して、如何にも民主的なインターネットを使って真実の情報を流した。
 国家権が、そしてその走狗の巨大メディアが、いつも阻もうとする「国民の知る権利」を、インターネットという時代の申し子を通して守った。保安官の「義挙」がなければ、国民は、この重大な事実を知りえなかった。
 国家が、その権限によって中国漁船の船長を釈放し、起訴すらしなかったのであるから、真相は何一つ判らなかったのである。APECにおいても、中国側に一言の怒りもぶつけられず、終始ペコペコする菅首相であったから、もしビデオ流出が無かったなら、国民には「中国が一方的にぶつけてきた」などとは想像すらできなかっただろう。これは、国益に大きく反する。
 時代は、大きく様変わりしている。警視庁と東京地検そして菅政権に、まだ幾分かの正気が残っていたということか。
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尖閣ビデオ流出は官僚によるクーデターだ
2010年11月15日16時59分 佐藤優の眼光紙背:第85回

 15日、尖閣諸島沖中国漁船衝突事件に関し、海上保安庁が撮影したビデオの映像を「ユーチューブ」に投稿した海上保安庁職員(43歳、以下保安官と記す)の逮捕を見送ることを決定した。今後、在宅のまま捜査が続けられる見通しである。
 10日に事情聴取が開始され、今回の決定が行われるまで、この保安官は5日間、事実上の軟禁状態に置かれたわけだ。これは憲法が定める自由権に対する深刻な侵害である。この間の事情について朝日新聞はこう記す。

「流出」告白保安官、幻の会見 5管バタバタ深夜に中止
 沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突をめぐる映像流出事件で、第5管区海上保安本部(神戸市)では12日深夜、取り調べを受けていた神戸海上保安部の海上保安官(43)による「異例の記者会見」に向けた準備が進んでいた。だが、直前になって中止に。その裏には、アジア太平洋経済協力会議(APEC)や政権への影響を懸念する海上保安庁の意向があったようだ。
 海保関係者によると、5管では、12日の取り調べを終えた後、保安官をいったん帰宅させる方針だった。その際、報道陣が自宅周辺に押しかけないことを条件に保安官が記者会見を開くことを検討。帰宅時の警備を兵庫県警に依頼するなどの調整を進めた。捜査当局は逮捕していないのに事実上の拘束状態が続くことを懸念し、保安官本人も帰宅を望んでいたという。
 しかし、同日夕になって状況は一変。幹部は「(調整は)長引きそうだ」と説明。保安官は聴取が終わった後も帰宅する様子はなかった。
 別の幹部によると、同じ頃、海上保安庁(東京)では上層部が関係各部に会見の是非について見解を求めていた。この幹部は「今は会見を開くような状況ではない」と返答したという。
 警視庁と東京地検が捜査を進めていることに加え、国会で野党の追及を受けている政権側を刺激するおそれがあったためだ。「(横浜市で首脳会談が相次ぐ)APECが終わるまで会見させないよう首相官邸から言われている」と明かす海保幹部もいる。
 結局、深夜になって会見の中止が伝えられ、保安官は5管本部に泊まった。5管幹部は「泊まるのは本人の意向。本人は捜査の対象で、会見はあり得ない」と強調した。(11月15日asahi.com)

 海保幹部は、「泊まるのは本人の意向」と述べているが、この説明はおかしい。この理屈を認めるならば、「妻とうまくいっていないので、家に帰りたくない」と言って、職場に職員が泊まり込むことも許されることになる。職場への泊まり込みは、職務命令によってのみなされるのが筋だ。「本人の意向」を盾にとってで組織の責任を回避しようとする海上保安庁の姿勢はおかしいというのを通り越し、危険だ。こういう形態で事実上の軟禁を認めることがあってはならない。
 警察庁、検察庁が職業的良心に従い、逮捕の必要があると考えるならば、法的手続きをとって逮捕すればよい。その必要がなければ、事実上の拘束をすべきでない。自宅付近に報道陣が訪れるのは、この保安官が、投稿という行為を行った以上、甘受しなくてはならないリスクである。
 保安官の投稿に関し、「義挙」という世論が強いが、筆者は強い違和感をもっている。その理由は2つある。
 第1に、この保安官が流した映像が国民の知る権利に真に応えているとはいえないからだ。この映像は、海上保安庁によって編集されたものだ。意図的もしくは無意識のうちに海上保安庁の利益を反映する構成になっていることが、当然、考えられる。例えば、中国漁船の船長を逮捕する過程の映像が欠落している。「ユーチューブ」に投稿された映像のみで、事件を判断することは危険だ。
 第2は、官僚の規律違反を容認することが、最終的に国民の利益に相反すると考えるからだ。海上保安庁が機関砲をもつ国際基準では軍隊に準じると見なされる「力の省庁」だ。官僚には上司の命令に従う義務がある。武器をもつ「力の省庁」の職員には、特に強い秩序感覚が求められる。この点から見て、保安官の行為は、官僚の服務規律の基本中の基本に反した行為で、厳しく弾呵されるべきだ。
 仮に保安官が、尖閣諸島沖中国漁船衝突事件に関する日本政府の処理に不満をもち、思い詰めていたならば、まず上司に「映像を公開すべきだ」という意見具申を行うべきだった。上司が意見具申を却下し、どうしても「義挙」したいならば、海上保安庁に辞表を提出し、一私人の立場として行動すべきだと思う。いかなる状況においても、軍隊に準じる「力の省庁」の現役職員による下剋上を認めてはならない。
 「力の省庁」に属する官僚の下剋上について、われわれは苦い経験をもっている。1932年5月15日、政界と財界の腐敗に義憤を感じた海軍と陸軍の青年将校が決起し、犬養毅首相らを殺害した。「方法はよくないが、動機は正しい」と五・一五事件の犯人たちへの同情論が世論でわき起こり、公判には多くの除名嘆願書が届けられた。本来、死刑もしくは無期禁錮が言い渡されるべき事件であったにもかかわらず、裁判所は世論に流され、被告人に対して温情判決を言い渡し、五・一五事件の首謀者、実行犯は数年で娑婆にでてくることになった。この様子を見た陸軍青年将校がクーデターを起こしても世論に支持されればたいしたことにはならないという見通しで、1936年2月26日に1400名の下士官・兵士を動員しクーデターを起こした。二・二六事件は、昭和天皇の逆鱗に触れ、徹底的に鎮圧された。しかし、二・二六事件後、政治家、財界人、論壇人などは軍事官僚の威力に怯えるようになり、日本は破滅への道を歩んでいくことになった。
 海上保安官のような「力の省庁」の職員による下剋上の動きを入り口で封じ込めておくことが国益に適うと筆者は確信する。
 その点で、自民党の谷垣禎一総裁は健全な秩序感覚をもっている。

「二・二六も命令無視」映像流出保安官を自民・谷垣氏が批判
 自民党の谷垣禎一総裁は14日午後、さいたま市で講演し、中国漁船衝突の映像流出事件で神戸海上保安部の海上保安官(43)が関与を認めたことについて、青年将校らがクーデターを企てた二・二六事件を引き合いに出し「映像流出を擁護する人もいるが、国家の規律を守れないのは間違っている」と批判した。
 同時に「二・二六事件でも『将校の若い純粋な気持ちを大事にしないと』という声があり、最後はコントロールできなくなった」と指摘した。
 一方で「政治の責任で解決する姿勢がなかったことが一番の問題だ」と菅内閣の対応を非難。「政権担当能力を失っており、一日も早く退陣させないといけない」と強調した。(11月14日MSN産経ニュース)

 本件を与党、野党を問わず国民によって選挙された国会議員に対する官僚の下剋上で、これに対して毅然たる反応をとらないと民主主義が国家の内側から腐蝕される危険がある。谷垣総裁の「映像流出を擁護する人もいるが、国家の規律を守れないのは間違っている」という見解は正論だ。
 マスメディアは、国家の秘密情報を公開した者を徹底的に批判することができない。合法、非合法を問わず、このようなリーク情報なくしてマスメディアが生きていくことはできないからだ。それだから、マスメディア関係者には保安官を擁護しようとする集合的無意識が働く。これが国民の判断を誤らせる。
 筆者も、政府はあの映像を国民に公表すべきであったと思う。中国に対する菅直人政権の弱腰外交に対して、筆者は論壇人の中でもっとも厳しく批判している一人だ。しかし、それ故に「力の省庁」に所属する官僚による下剋上を看過してよいということにはならない。筆者自身、外務官僚時代には、機微に触れる情報を扱うことが多かった。それ故に、秘密情報を用いた官僚の下剋上が、国家を崩壊させ、国民に不幸をもたらすことについて強い危機意識をもっている。
 警視庁、検察庁が本件の真相を究明(そこにおいては保安官の動機の解明、海上保安庁に存在する下剋上的機運の全容解明も含まれる)するとともに、再発防止に万全を期して欲しい。(2010年11月15日脱稿)
 プロフィール
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「小沢革命政権で日本を救え」、「国家の自縛 (扶桑社文庫)」、「この国を動かす者へ」など多数。
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1 コメント

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『尖閣ビデオ』流出問題に垣間見る通信の秘密の法律・傍聴法の無力化 (Tea and Coffee Time)
2010-11-16 07:35:33
『尖閣ビデオ』流出問題に垣間見る通信の秘密の法律・傍聴法の無力化(URLかリンクマークの参照お願いします。)
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