
自動車業界に広がるトヨタ擁護論! プリウスのリコールは本来不要だった ~不条理なバッシングの餌食になった 企業の悲しい宿命
DIAMOND online 2010年02月17日 桃田 健史(ジャーナリスト)
「あれじゃ、トヨタが可哀相だ」
「プリウスは、(技術面で見れば)リコールする必要などない」
日本の自動車業界関係者、特に技術系の関係者から「トヨタ擁護」の声を多く聞く。
2010年2月第1週、先端自動車用蓄電池の国際会議AABC Europe(ドイツ・マインツ市)。ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車の技術のカギとなる、リチウムイオン二次電池について日欧企業から様々な発表があった。
同時期、フィナンシャルタイムズ独版のトップ記事にトヨタ・リコール問題が大きく取り上げられていた。だが、同会議開催中、筆者が直接話した日米欧各国の自動車部品、蓄電池、素材などのメーカー関係者の中で、今回の一連のトヨタ・リコール問題について、特にプリウスの案件について「トヨタが一方的に悪い」と答えた人はほとんどいなかった。
翌週、筆者が日本に立ち寄り、様々な立場の自動車業界関係者と会っても、やはりトヨタ・リコール問題、特にプリウスの件については「リコールする必要はない」という声が多かった。
筆者は当初、一連のトヨタ・リコール問題について、北米現地での取材をさらに進めた上で自分の意見をまとめ、本連載で記事化しようと考えていた。ところが、プリウスのリコール実施前後から、日本メディアによる明らかな「トヨタ・ネガティブキャンペーン」が見受けられ、それが米国メディア報道と「負の連鎖」を起こし、「実態を超越した社会現象」に発展した。こうした日本での報道姿勢には、疑問に加えて、日本の将来への不安を覚えた。
そうした中、大阪の読売テレビからダイヤモンド社を通じて筆者に、トヨタ・リコール問題と日本の自動車業界の行方についてコメント取材の打診が来た。当該収録分は、2月13日(土)8:00~9:30am「ウエークアップ!ぷらす」(日本テレビ系全国25局ネット・司会:辛坊治郎氏)の中で放映された。その内容(=編集手法)については、筆者は十分に納得出来たが、時間的制約でカットされた部分に、筆者の抱いている「トヨタリコール問題の本質」がある。
本稿では、筆者のトヨタに関する過去の取材経験をもとにして、トヨタ・リコール問題の本質を探る。
まず一連のトヨタ・リコール問題の流れは、大きく3段階に分けて検証する必要がある。
注目すべき点は、最初の2段階と、最後の1段階(=プリウス・ブレーキ問題)は「別次元の問題」であるということだ。
それらの3段階とは、①フロアマット問題、②フリクションレバーの問題、③プリウスのブレーキ問題、である。以下、各々について記す。
<第1段階 フロアマット問題>
2009年12月半ば、TMS(Toyota Motor Sales/カリフォルニア州LA郊外トーランス市・北米トヨタの営業本部)の日本人関係者がこう漏らした。「連日、社内外への対応で大変でしたが、フロアマット問題、なんとか収まりそうです」。
フロアマット問題とは、2009年第3四半期頃から米国内で盛んに報道されるようになったレクサスES(トヨタカムリをベース車としたレクサス版高級仕様車・日本未導入)での事故事例などがキッカケとなり、2009年11月25日、トヨタがNHTSA(National Highway Traffic Safety Administration/米運輸省高速道路交通安全局)に約426万台のトヨタ車に対するリコールを届けたことだ。これは、アクセルペダル自体を交換するなどで対応した。前出のTMS関係者が言うように、この件はリコール届出後に、北米内での騒ぎは沈静化に向かっていた。
<第2段階 フリクションレバー問題>
2010年2月1日のトヨタ自動車(日本の本社)広報発表から引用すると「アクセルペダル内部のフリクションレバー部が磨耗した状態で、低音時にヒーターをかけるなどにより当該部品が結露すると、最悪の場合、アクセルペダルがゆっくり戻る、または戻らないという現象が発生する可能性があるもので、お客様に安心してご使用いただくために、現地1月21日、リコールを行うことを決定した」とある。
対象モデルは、米国生産のRAV 4(2009-10MY)、カローラ(2009 -10MY)、マトリックス(2009-10MY、北米専用・小型5ドア車)、アバロン(2005-10MY、北米専用・カムリベースの高級セダン)、カムリ(2007-10MY)ハイラインダー(2010MY、日本のハイラックスサーフ)、タンドラ(2007-10MY、大型ピックアップトラック)、セコイヤ(2008-10MYタンドラをベースのSUV)。MYとは、Model Yearの略。北米販売車両は日本のように、フルモデルチェンジ、マイナーチェンジというモデル変換ではなく、フルモデルチェンジ(通常は6年周期)の中で毎年、内外装をメインとして改良が行われる。毎年8~9月に次年度モデルでの名称となり、2010MYモデルとは2009年8~9月以降の販売車を示す。
このフリクションレバー問題は、当該部品の製造メーカーが米国企業であったため、当該部品の設計に関する責任などが問題視された。
実は筆者は、2009年12月中旬、個人用の車両として米国ダラス郊外「Toyota of Plano」社で2010MY カローラLEを3年リース契約している。契約前に在庫車数台を試乗し、車内へのエンジン音の侵入度合い、運転席下部(自動車開発部の通称で、フロア)の振動、ステアリングを通じてのエンジン・変速機の振動などの優越(こうした日米生産の違いによる走行感の違いの原因などについては、別の機会に本連載で考察する)から、日本製カローラ(最終組み立て:トヨタ関連会社の関東自動車工業・東富士工場/静岡県裾野市)を選んだ。米国内で販売されているトヨタ車はディーラーから出荷されるまで、エンジン・変速機の場所と車両最終組み立ての場所を記載したステッカーが張ってあるのだ。別のTMS関係者に、筆者がリースしているカローラについて「日本製なのだが、リコール対象なのか?」とメールで質問したところ、「VIN ナンバー(車体番号)の頭文字がJ(=日本製)はリコールの対象外」との回答があった。
筆者がカローラをリース契約した2009年12月から1月21日の北米内でのフリクションレバー・リコール発表の間、米国メディアでの報道や、筆者が実際に会った米国各地の自動車業界関係者の間で、トヨタのリコール問題(=フロアマット問題)の沈静化の流れに変わりはなかった。
それが、フリクションレバー・リコールの後、米国内のトヨタディーラーで、当該車両の一時的な販売停止、そして当該車両の米国内製造停止が発表された。その頃、つまり1月末頃から、米国メディアからトヨタへの風あたりが急激に強くなった。
このあたりで日本メディアはまだ、当該車両が日本市場で販売されていないことから、「対岸の火事」として扱っていた。
<第3段階 プリウス・ブレーキ問題>
ここで、第1段階(フロアマット問題)、第2段階(フリクションレバー問題)と、話がガラリと大きく変わってしまった。
日本国内においては、今回の対象車が、2009年のエコカーブームの立役者であり、2009年日本国内新車販売台数(日本自動車販売協会連合会・調べ)で軽自動車を含めた乗用車の中で第1位(20万8876台)となった、日本の次世代車技術の集大成、プリウスだったことから事態は急変した。
本稿の最初に紹介したように、自動車産業に従事する多くの技術者が、今回のプリウスのブレーキに関する案件を「リコール対象ではない」と言う。フロアマット問題、フリクションレバー問題は、使用方法や環境条件での限定事項はあるが、設計不備とも考えられる範疇の案件である。このことについては、自動車関連の多くの技術者、そして筆者も同感だ。それに対して、「プリウスの協調回生ブレーキ」については、2月3日夜にトヨタ・佐々木眞一副社長が前原誠司国土交通省大臣との会談の後の記者会見で述べたように、「ドライバーのフィーリングの差」という見解は、自動車業界全体の一般論と同調する。
ガソリンエンジンと電気モーターを併用する「シリーズパラレル式ハイブリッド車」であるプリウスでは、減速時に電気モーターにより発電する際の回転の抵抗力(=電車が減速する時のフィーリング)での回生ブレーキと、通常のブレーキ機構である油圧ブレーキを併用している。それを電子制御によって協調させている。
初期の協調回生ブレーキは、初代プリウスが「(業界で)カックンブレーキ」と言われたほど、軽く踏んでカックンとブレーキが効く特異なフィーリングがあった。また、2000年代前半に北米投入された初期のカムリハイブリッドも、ブレーキング時に足裏がムズムズと痒くなるような回生制御の微振動があり、キュイーンという回生ブレーキ発生音もかなり気になった。
そうした協調回生の歴史を経て、2009年デビューの第3世代プリウスの協調回生ブレーキのフィーリングは「(初期と比べれば)限りなく普通の車に近い」状態になった。こうした技術革新の実態を知っているからこそ、筆者を含めた多くの自動車業界関係者は「今回のプリウス・ブレーキ問題をリコール扱いとするのは、ユーザーへの過大反応だ」と考えるのである。
また、今回のプリウス・ブレーキ問題では、ABS(Antilock Brake System/アンチロックブレーキシステム)が関与している。ABSについては自動車教習や免許書き換え講習会などでも取り上げられており、日本人の中でもある程度浸透している自動車用語だと思う。滑り易い路面でのブレーキロックにより、制動距離が長くなることをカイゼンするため、ブレーキの踏み力と路面状況を各種センサーが感知してタイヤの回転を制御するのが、ABS機構である。
ABSは1970年代初め、独ダイムラーベンツ社が独ボッシュ社やシーメンス社と共同開発した基礎技術で、日本では1980年代初頭からホンダ・プレリュードなどで市場導入が本格化した。近年、車全体が電子制御化するなか、ABSの制御はサスペンションやエンジン・変速機と連動するなどで、より最適な安全制動を目指してきた。今回のプリウス・ブレーキ問題では、ハイブリッド車特有の協調回生ブレーキとABSとのセッティングが課題として挙げられている。
しかし、日本の大手メディアはプリウスを巡るこうしたいわば技術論と、前述の第1段階(フロア問題)と第2段階(フリクションレバー問題)を同列視した。さらに、ワイドショー的観点からトヨタ佐々木副社長の記者会見での言葉尻だけを捉えて、「トヨタが消費者に対して高飛車な態度をとっている」という論調を広めた。
時を同じくしてアメリカでも、フロア問題、フリクションレバー問題、プリウス・ブレーキ問題、さらには日本国内メディア(または日本国内で取材する欧米メディア日本支社からの現地取材)による「トヨタ母国でのトヨタバッシング」による「負の連鎖」が始まった。
こうなると、豊田章男社長が会見で「お辞儀の角度がどうしたこうした」、「英語力がどうしたこうした」、「会見の場が日本の政治経済の中心地の東京でなく、トヨタの経済基盤中心地である、東京から新幹線で1時間半の名古屋に夜遅く呼びつけられたから、どうしたこうした」と、日米メディアによる「負の連鎖」が加速していった。
こうした、トヨタリコール問題・3段階の実態をハッキリ認識している日本メディア関係者は驚くほど少ない。
ワイドショーのコメンテイターが時流に乗ろうとして『らしい言葉』でトヨタリコール問題を論じるのはご愛嬌だとしても、NHKのニュース報道で「過大で偏向した解釈」だと思われてもおかしくないような、トヨタリコール問題の扱いが目に付く。それは、豊田社長の会見の言葉尻を鵜呑みにしたような「これまでトヨタはメーカー目線であり、お客様目線ではなかった。今後はお客様目線での経営を進めることが求められる」という、経済部記者による内容が不確かなコメント。さらに北米現地での取材では、ニューヨーク州郊外の新型プリウスオーナーひとりの取材で「昨年購入して以来これまで、マンホールの上を通過する際に7、8回、ブレーキが効かなくて怖い思いをした」という、ABS本来の効き方と協調回生ブレーキのセッティングのどちらとも判断出来ない「いち事例」を大きく取り上げるなどの、技術的な根拠が不明瞭な報道に疑問を持った。
こうした、日米両国での「トヨタリコール問題の本質を見失ったような」報道が相次いでいることで、日米国内の消費者の不安が高まり、それに対して米国の行政府や消費者団体の強気の行動に拍車がかかった。また、PL(Product Liability)法に対して消費者が厳しい社会構造の中、集団訴訟を募る弁護士が増えるのは、業種を問わずアメリカでのリコール問題の定石である。そうした中、トヨタとしては、本来はリコール対象ではないが社会への責任を考慮し、良かれと思って行ったプリウス・ブレーキに関するリコールが、大きく渦を巻いた「負の連鎖」のなかで逆効果になってしまった。
また、筆者の過去体験で言うと、アメリカ庶民の多くが「日本車はアメ車と比べて壊れない」、「特にトヨタの車は何年乗っても壊れない」と、口にする。1980年~90年代にかけて、レクサス導入を含めて、各セグメントで欧米車と比較するとリーズナブルな価格で高品質でサービスも良い、というトヨタブランドの付加価値がアメリカで確立した。さらに、ケンタッキー州を基点として、カリフォルニア州(GMとの合弁NUMMIは閉鎖)、インディアナ州、テキサス州などの現地生産工場運営に伴い、企業としてのアメリカ市民化を着実に推し進めていったトヨタ。安定雇用、それに伴う地域社会の発展により、トヨタ工場進出の現地に行くと親日派の庶民に多く出会う。
こうした要因により、結果としてアメリカでは、「トヨタへの過大評価」が常識化していた。評価と期待があまりも高いため、前述の「リコール3段階問題」が世界各国メディアの報道で増幅されていく中、アメリカ人の「トヨタに裏切られた」という反動が生まれたのだ。
そうした社会現象の中で、ワシントンのロビイストなどが結果的に、トヨタの敵味方に分かれる格好になり、「トヨタリコール問題はゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、さらには米政府が仕組んだ陰謀だ」といううがった見方すら生まれた。
このような事態の収集は、絡まる釣り糸をほぐすように、根気の要る仕事だ。過大報道が沈静化することと同時に、トヨタの真摯で地道な対応が望まれる。
豊田章男社長が会見で「トヨタは万能ではない」と漏らしたが、それはトヨタ自身の手を離れて「トヨタ車=壊れない」というトヨタ万能神話がひとり歩きしてしまった結果だ。
日本のメディアにしても、高度成長期からリーマンショックまで、いや今回の一連のリコール問題の直前まで、「トヨタ=日本の代表選手」というイメージでトヨタを祭り上げてきた。それをいま、「あのトヨタがなぜ・・・」とネガティブキャンペーンをはっている。これは「トヨタを追えば数字(=視聴率/部数/クリック数)が稼げる」というメディアの自作自演報道である。
では、今回の「新トヨタショック」によって今後、アメリカでトヨタが急激に売れなくなるのだろうか?筆者は「販売への影響は当然あるが、それは一時的であり、販売落ち込みから早期に復活する」と見ている。
トヨタ不買運動や、日系自動車メーカーへのバッシングが過熱するとは考えにくい。理由は、アメリカ人は「車を自らの実利で見るから」だ。アメリカ人にとって、車は普段の足だ。毎月のローン代やリース代は、通勤通学の定期券代のようなものだ。だから、壊れないこと、仮に壊れても修理代が安くて修理サービスの手際が良い事を求める。だからトヨタを選ぶ人が多い。
筆者も米国内で様々な日米新車を購入した結果、普段の足にカローラを選んだ。その理由も「実利」を考慮したからだ。今回の騒動で、トヨタ車のリセールバリュー(下取り価格)が下がる可能性について、個人的損害を名目にしたトヨタ相手の集団訴訟も発生している。トヨタの販売実績が早期に回復すれば、リセールバリューの落ち込みの早期回復に直結するのだが、これも「個人的な実利で車を見る」アメリカ人の特徴の代表例だ。
またもう1点、別の視点から今回のトヨタリコール問題が巨大化した理由を指摘したい。
それは、アメリカの一部自動車業界関係者の間で昔から言われてきた、TMS(Toyota Motor Sales/北米トヨタ営業本部)「シャドーキャビネット」戦略だ。要するに、北米での各種事業に対して、日本人関係者は黒子に徹して、表に出るのは全てアメリカ人幹部であるという経営手法だ。
アメリカ人各幹部は、TMS社内、または日本本社の役員クラスの幹部と直結している。米国人幹部は影武者なのだ。米国人幹部たちは、日本本社が自分に何を望んでいるかに敏感だ。逆に言えば、そうした敏感さを有する人材がトヨタの米国人幹部となる。また近年は、TMS幹部を本社役員に登用する事例があるなど、「シャドーキャビネット」にはトヨタ流のカイゼンが施されている。だがそれでも、北米内でメディア対応を含めて対外的に、日本人幹部が登場することは稀だ。北米での新型車発表記者会見でも、日本人として唯一表に立つのは開発主査だけだ。それに比べると、アメリカンホンダ(ホンダのアメリカ営業本部)の方が、「日米幹部が対等」というイメージが強い。
今回のリコール問題では、「シャドーキャビネット」が現時点で実在するのかどうかは別として、アメリカ庶民から見れば「アメリカに親しい日本企業の代表格」だと長年思っていたトヨタだが、メディアを通じて見えるトヨタ像に対して「日本という文化の違う国から、遠隔操作されている印象」を抱かせてしまったと思う。「トヨタ、トヨタと日頃当たり前のように口にしてきたが、一体トヨタとは何者なのか?」。そういう印象をアメリカ人が持った。
以上が、筆者がいま感じているトヨタリコール問題の実情だ。
トヨタの今後について、各メディアは「信頼回復に努めるべし」と軽々しく言う。だが、複雑に入り組んだ現代情報社会の中で増幅されるこの種の「負の連鎖」から過去簡単に抜け出せた企業は、はっきり言って、思い当たらない。だとすれば、トヨタが今なすべきこと――それは、あらゆる方向から「トヨタとは(日本にとって、そして世界にとって)一体何者なのか?」とひたすら自問し検証することではないか。負の報道の嵐が去ったとき、そのプロセスは必ずや立ち直る上での重要な支えとなるはずだ。
DIAMOND online 2010年02月17日 桃田 健史(ジャーナリスト)
「あれじゃ、トヨタが可哀相だ」
「プリウスは、(技術面で見れば)リコールする必要などない」
日本の自動車業界関係者、特に技術系の関係者から「トヨタ擁護」の声を多く聞く。
2010年2月第1週、先端自動車用蓄電池の国際会議AABC Europe(ドイツ・マインツ市)。ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、電気自動車の技術のカギとなる、リチウムイオン二次電池について日欧企業から様々な発表があった。
同時期、フィナンシャルタイムズ独版のトップ記事にトヨタ・リコール問題が大きく取り上げられていた。だが、同会議開催中、筆者が直接話した日米欧各国の自動車部品、蓄電池、素材などのメーカー関係者の中で、今回の一連のトヨタ・リコール問題について、特にプリウスの案件について「トヨタが一方的に悪い」と答えた人はほとんどいなかった。
翌週、筆者が日本に立ち寄り、様々な立場の自動車業界関係者と会っても、やはりトヨタ・リコール問題、特にプリウスの件については「リコールする必要はない」という声が多かった。
筆者は当初、一連のトヨタ・リコール問題について、北米現地での取材をさらに進めた上で自分の意見をまとめ、本連載で記事化しようと考えていた。ところが、プリウスのリコール実施前後から、日本メディアによる明らかな「トヨタ・ネガティブキャンペーン」が見受けられ、それが米国メディア報道と「負の連鎖」を起こし、「実態を超越した社会現象」に発展した。こうした日本での報道姿勢には、疑問に加えて、日本の将来への不安を覚えた。
そうした中、大阪の読売テレビからダイヤモンド社を通じて筆者に、トヨタ・リコール問題と日本の自動車業界の行方についてコメント取材の打診が来た。当該収録分は、2月13日(土)8:00~9:30am「ウエークアップ!ぷらす」(日本テレビ系全国25局ネット・司会:辛坊治郎氏)の中で放映された。その内容(=編集手法)については、筆者は十分に納得出来たが、時間的制約でカットされた部分に、筆者の抱いている「トヨタリコール問題の本質」がある。
本稿では、筆者のトヨタに関する過去の取材経験をもとにして、トヨタ・リコール問題の本質を探る。
まず一連のトヨタ・リコール問題の流れは、大きく3段階に分けて検証する必要がある。
注目すべき点は、最初の2段階と、最後の1段階(=プリウス・ブレーキ問題)は「別次元の問題」であるということだ。
それらの3段階とは、①フロアマット問題、②フリクションレバーの問題、③プリウスのブレーキ問題、である。以下、各々について記す。
<第1段階 フロアマット問題>
2009年12月半ば、TMS(Toyota Motor Sales/カリフォルニア州LA郊外トーランス市・北米トヨタの営業本部)の日本人関係者がこう漏らした。「連日、社内外への対応で大変でしたが、フロアマット問題、なんとか収まりそうです」。
フロアマット問題とは、2009年第3四半期頃から米国内で盛んに報道されるようになったレクサスES(トヨタカムリをベース車としたレクサス版高級仕様車・日本未導入)での事故事例などがキッカケとなり、2009年11月25日、トヨタがNHTSA(National Highway Traffic Safety Administration/米運輸省高速道路交通安全局)に約426万台のトヨタ車に対するリコールを届けたことだ。これは、アクセルペダル自体を交換するなどで対応した。前出のTMS関係者が言うように、この件はリコール届出後に、北米内での騒ぎは沈静化に向かっていた。
<第2段階 フリクションレバー問題>
2010年2月1日のトヨタ自動車(日本の本社)広報発表から引用すると「アクセルペダル内部のフリクションレバー部が磨耗した状態で、低音時にヒーターをかけるなどにより当該部品が結露すると、最悪の場合、アクセルペダルがゆっくり戻る、または戻らないという現象が発生する可能性があるもので、お客様に安心してご使用いただくために、現地1月21日、リコールを行うことを決定した」とある。
対象モデルは、米国生産のRAV 4(2009-10MY)、カローラ(2009 -10MY)、マトリックス(2009-10MY、北米専用・小型5ドア車)、アバロン(2005-10MY、北米専用・カムリベースの高級セダン)、カムリ(2007-10MY)ハイラインダー(2010MY、日本のハイラックスサーフ)、タンドラ(2007-10MY、大型ピックアップトラック)、セコイヤ(2008-10MYタンドラをベースのSUV)。MYとは、Model Yearの略。北米販売車両は日本のように、フルモデルチェンジ、マイナーチェンジというモデル変換ではなく、フルモデルチェンジ(通常は6年周期)の中で毎年、内外装をメインとして改良が行われる。毎年8~9月に次年度モデルでの名称となり、2010MYモデルとは2009年8~9月以降の販売車を示す。
このフリクションレバー問題は、当該部品の製造メーカーが米国企業であったため、当該部品の設計に関する責任などが問題視された。
実は筆者は、2009年12月中旬、個人用の車両として米国ダラス郊外「Toyota of Plano」社で2010MY カローラLEを3年リース契約している。契約前に在庫車数台を試乗し、車内へのエンジン音の侵入度合い、運転席下部(自動車開発部の通称で、フロア)の振動、ステアリングを通じてのエンジン・変速機の振動などの優越(こうした日米生産の違いによる走行感の違いの原因などについては、別の機会に本連載で考察する)から、日本製カローラ(最終組み立て:トヨタ関連会社の関東自動車工業・東富士工場/静岡県裾野市)を選んだ。米国内で販売されているトヨタ車はディーラーから出荷されるまで、エンジン・変速機の場所と車両最終組み立ての場所を記載したステッカーが張ってあるのだ。別のTMS関係者に、筆者がリースしているカローラについて「日本製なのだが、リコール対象なのか?」とメールで質問したところ、「VIN ナンバー(車体番号)の頭文字がJ(=日本製)はリコールの対象外」との回答があった。
筆者がカローラをリース契約した2009年12月から1月21日の北米内でのフリクションレバー・リコール発表の間、米国メディアでの報道や、筆者が実際に会った米国各地の自動車業界関係者の間で、トヨタのリコール問題(=フロアマット問題)の沈静化の流れに変わりはなかった。
それが、フリクションレバー・リコールの後、米国内のトヨタディーラーで、当該車両の一時的な販売停止、そして当該車両の米国内製造停止が発表された。その頃、つまり1月末頃から、米国メディアからトヨタへの風あたりが急激に強くなった。
このあたりで日本メディアはまだ、当該車両が日本市場で販売されていないことから、「対岸の火事」として扱っていた。
<第3段階 プリウス・ブレーキ問題>
ここで、第1段階(フロアマット問題)、第2段階(フリクションレバー問題)と、話がガラリと大きく変わってしまった。
日本国内においては、今回の対象車が、2009年のエコカーブームの立役者であり、2009年日本国内新車販売台数(日本自動車販売協会連合会・調べ)で軽自動車を含めた乗用車の中で第1位(20万8876台)となった、日本の次世代車技術の集大成、プリウスだったことから事態は急変した。
本稿の最初に紹介したように、自動車産業に従事する多くの技術者が、今回のプリウスのブレーキに関する案件を「リコール対象ではない」と言う。フロアマット問題、フリクションレバー問題は、使用方法や環境条件での限定事項はあるが、設計不備とも考えられる範疇の案件である。このことについては、自動車関連の多くの技術者、そして筆者も同感だ。それに対して、「プリウスの協調回生ブレーキ」については、2月3日夜にトヨタ・佐々木眞一副社長が前原誠司国土交通省大臣との会談の後の記者会見で述べたように、「ドライバーのフィーリングの差」という見解は、自動車業界全体の一般論と同調する。
ガソリンエンジンと電気モーターを併用する「シリーズパラレル式ハイブリッド車」であるプリウスでは、減速時に電気モーターにより発電する際の回転の抵抗力(=電車が減速する時のフィーリング)での回生ブレーキと、通常のブレーキ機構である油圧ブレーキを併用している。それを電子制御によって協調させている。
初期の協調回生ブレーキは、初代プリウスが「(業界で)カックンブレーキ」と言われたほど、軽く踏んでカックンとブレーキが効く特異なフィーリングがあった。また、2000年代前半に北米投入された初期のカムリハイブリッドも、ブレーキング時に足裏がムズムズと痒くなるような回生制御の微振動があり、キュイーンという回生ブレーキ発生音もかなり気になった。
そうした協調回生の歴史を経て、2009年デビューの第3世代プリウスの協調回生ブレーキのフィーリングは「(初期と比べれば)限りなく普通の車に近い」状態になった。こうした技術革新の実態を知っているからこそ、筆者を含めた多くの自動車業界関係者は「今回のプリウス・ブレーキ問題をリコール扱いとするのは、ユーザーへの過大反応だ」と考えるのである。
また、今回のプリウス・ブレーキ問題では、ABS(Antilock Brake System/アンチロックブレーキシステム)が関与している。ABSについては自動車教習や免許書き換え講習会などでも取り上げられており、日本人の中でもある程度浸透している自動車用語だと思う。滑り易い路面でのブレーキロックにより、制動距離が長くなることをカイゼンするため、ブレーキの踏み力と路面状況を各種センサーが感知してタイヤの回転を制御するのが、ABS機構である。
ABSは1970年代初め、独ダイムラーベンツ社が独ボッシュ社やシーメンス社と共同開発した基礎技術で、日本では1980年代初頭からホンダ・プレリュードなどで市場導入が本格化した。近年、車全体が電子制御化するなか、ABSの制御はサスペンションやエンジン・変速機と連動するなどで、より最適な安全制動を目指してきた。今回のプリウス・ブレーキ問題では、ハイブリッド車特有の協調回生ブレーキとABSとのセッティングが課題として挙げられている。
しかし、日本の大手メディアはプリウスを巡るこうしたいわば技術論と、前述の第1段階(フロア問題)と第2段階(フリクションレバー問題)を同列視した。さらに、ワイドショー的観点からトヨタ佐々木副社長の記者会見での言葉尻だけを捉えて、「トヨタが消費者に対して高飛車な態度をとっている」という論調を広めた。
時を同じくしてアメリカでも、フロア問題、フリクションレバー問題、プリウス・ブレーキ問題、さらには日本国内メディア(または日本国内で取材する欧米メディア日本支社からの現地取材)による「トヨタ母国でのトヨタバッシング」による「負の連鎖」が始まった。
こうなると、豊田章男社長が会見で「お辞儀の角度がどうしたこうした」、「英語力がどうしたこうした」、「会見の場が日本の政治経済の中心地の東京でなく、トヨタの経済基盤中心地である、東京から新幹線で1時間半の名古屋に夜遅く呼びつけられたから、どうしたこうした」と、日米メディアによる「負の連鎖」が加速していった。
こうした、トヨタリコール問題・3段階の実態をハッキリ認識している日本メディア関係者は驚くほど少ない。
ワイドショーのコメンテイターが時流に乗ろうとして『らしい言葉』でトヨタリコール問題を論じるのはご愛嬌だとしても、NHKのニュース報道で「過大で偏向した解釈」だと思われてもおかしくないような、トヨタリコール問題の扱いが目に付く。それは、豊田社長の会見の言葉尻を鵜呑みにしたような「これまでトヨタはメーカー目線であり、お客様目線ではなかった。今後はお客様目線での経営を進めることが求められる」という、経済部記者による内容が不確かなコメント。さらに北米現地での取材では、ニューヨーク州郊外の新型プリウスオーナーひとりの取材で「昨年購入して以来これまで、マンホールの上を通過する際に7、8回、ブレーキが効かなくて怖い思いをした」という、ABS本来の効き方と協調回生ブレーキのセッティングのどちらとも判断出来ない「いち事例」を大きく取り上げるなどの、技術的な根拠が不明瞭な報道に疑問を持った。
こうした、日米両国での「トヨタリコール問題の本質を見失ったような」報道が相次いでいることで、日米国内の消費者の不安が高まり、それに対して米国の行政府や消費者団体の強気の行動に拍車がかかった。また、PL(Product Liability)法に対して消費者が厳しい社会構造の中、集団訴訟を募る弁護士が増えるのは、業種を問わずアメリカでのリコール問題の定石である。そうした中、トヨタとしては、本来はリコール対象ではないが社会への責任を考慮し、良かれと思って行ったプリウス・ブレーキに関するリコールが、大きく渦を巻いた「負の連鎖」のなかで逆効果になってしまった。
また、筆者の過去体験で言うと、アメリカ庶民の多くが「日本車はアメ車と比べて壊れない」、「特にトヨタの車は何年乗っても壊れない」と、口にする。1980年~90年代にかけて、レクサス導入を含めて、各セグメントで欧米車と比較するとリーズナブルな価格で高品質でサービスも良い、というトヨタブランドの付加価値がアメリカで確立した。さらに、ケンタッキー州を基点として、カリフォルニア州(GMとの合弁NUMMIは閉鎖)、インディアナ州、テキサス州などの現地生産工場運営に伴い、企業としてのアメリカ市民化を着実に推し進めていったトヨタ。安定雇用、それに伴う地域社会の発展により、トヨタ工場進出の現地に行くと親日派の庶民に多く出会う。
こうした要因により、結果としてアメリカでは、「トヨタへの過大評価」が常識化していた。評価と期待があまりも高いため、前述の「リコール3段階問題」が世界各国メディアの報道で増幅されていく中、アメリカ人の「トヨタに裏切られた」という反動が生まれたのだ。
そうした社会現象の中で、ワシントンのロビイストなどが結果的に、トヨタの敵味方に分かれる格好になり、「トヨタリコール問題はゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、さらには米政府が仕組んだ陰謀だ」といううがった見方すら生まれた。
このような事態の収集は、絡まる釣り糸をほぐすように、根気の要る仕事だ。過大報道が沈静化することと同時に、トヨタの真摯で地道な対応が望まれる。
豊田章男社長が会見で「トヨタは万能ではない」と漏らしたが、それはトヨタ自身の手を離れて「トヨタ車=壊れない」というトヨタ万能神話がひとり歩きしてしまった結果だ。
日本のメディアにしても、高度成長期からリーマンショックまで、いや今回の一連のリコール問題の直前まで、「トヨタ=日本の代表選手」というイメージでトヨタを祭り上げてきた。それをいま、「あのトヨタがなぜ・・・」とネガティブキャンペーンをはっている。これは「トヨタを追えば数字(=視聴率/部数/クリック数)が稼げる」というメディアの自作自演報道である。
では、今回の「新トヨタショック」によって今後、アメリカでトヨタが急激に売れなくなるのだろうか?筆者は「販売への影響は当然あるが、それは一時的であり、販売落ち込みから早期に復活する」と見ている。
トヨタ不買運動や、日系自動車メーカーへのバッシングが過熱するとは考えにくい。理由は、アメリカ人は「車を自らの実利で見るから」だ。アメリカ人にとって、車は普段の足だ。毎月のローン代やリース代は、通勤通学の定期券代のようなものだ。だから、壊れないこと、仮に壊れても修理代が安くて修理サービスの手際が良い事を求める。だからトヨタを選ぶ人が多い。
筆者も米国内で様々な日米新車を購入した結果、普段の足にカローラを選んだ。その理由も「実利」を考慮したからだ。今回の騒動で、トヨタ車のリセールバリュー(下取り価格)が下がる可能性について、個人的損害を名目にしたトヨタ相手の集団訴訟も発生している。トヨタの販売実績が早期に回復すれば、リセールバリューの落ち込みの早期回復に直結するのだが、これも「個人的な実利で車を見る」アメリカ人の特徴の代表例だ。
またもう1点、別の視点から今回のトヨタリコール問題が巨大化した理由を指摘したい。
それは、アメリカの一部自動車業界関係者の間で昔から言われてきた、TMS(Toyota Motor Sales/北米トヨタ営業本部)「シャドーキャビネット」戦略だ。要するに、北米での各種事業に対して、日本人関係者は黒子に徹して、表に出るのは全てアメリカ人幹部であるという経営手法だ。
アメリカ人各幹部は、TMS社内、または日本本社の役員クラスの幹部と直結している。米国人幹部は影武者なのだ。米国人幹部たちは、日本本社が自分に何を望んでいるかに敏感だ。逆に言えば、そうした敏感さを有する人材がトヨタの米国人幹部となる。また近年は、TMS幹部を本社役員に登用する事例があるなど、「シャドーキャビネット」にはトヨタ流のカイゼンが施されている。だがそれでも、北米内でメディア対応を含めて対外的に、日本人幹部が登場することは稀だ。北米での新型車発表記者会見でも、日本人として唯一表に立つのは開発主査だけだ。それに比べると、アメリカンホンダ(ホンダのアメリカ営業本部)の方が、「日米幹部が対等」というイメージが強い。
今回のリコール問題では、「シャドーキャビネット」が現時点で実在するのかどうかは別として、アメリカ庶民から見れば「アメリカに親しい日本企業の代表格」だと長年思っていたトヨタだが、メディアを通じて見えるトヨタ像に対して「日本という文化の違う国から、遠隔操作されている印象」を抱かせてしまったと思う。「トヨタ、トヨタと日頃当たり前のように口にしてきたが、一体トヨタとは何者なのか?」。そういう印象をアメリカ人が持った。
以上が、筆者がいま感じているトヨタリコール問題の実情だ。
トヨタの今後について、各メディアは「信頼回復に努めるべし」と軽々しく言う。だが、複雑に入り組んだ現代情報社会の中で増幅されるこの種の「負の連鎖」から過去簡単に抜け出せた企業は、はっきり言って、思い当たらない。だとすれば、トヨタが今なすべきこと――それは、あらゆる方向から「トヨタとは(日本にとって、そして世界にとって)一体何者なのか?」とひたすら自問し検証することではないか。負の報道の嵐が去ったとき、そのプロセスは必ずや立ち直る上での重要な支えとなるはずだ。