中日春秋
2009年11月4日
いまも目に焼きついて離れない光景がある。日本海に近い新潟県の大毛無山で、弁護士の坂本堤さん=当時(33)=の遺体が見つかった一九九五年九月六日の夜のことだ
▼実行犯の一人オウム真理教元幹部の岡崎(現姓宮前)一明死刑囚(49)が現場の確認のために捜査員に連れられてきた。一斉に光るテレビライトとストロボ。小柄な体が闇の中に浮かび上がった
▼遺体を乗せた警察車両はサイレンを鳴らしながら林道を駆け降りていく。その物悲しい響きも耳に残る。「子どもだけはお願い…」と懇願する母の声は無視され、一歳二カ月の幼児まで命を奪われた。妻都子さんは富山、長男龍彦ちゃんは長野県の山中と三人は離れ離れに埋められた
▼三人が岡崎死刑囚ら教団幹部によって殺害されてからきょうで二十年。正義感から宗教団体の反社会性を追及していた弁護士が、妻子とともに命を絶たれた事実を風化させたくないと強く願う
▼神奈川県警は坂本さん宅にあった教団バッジや血痕などを軽視、自発的に失踪(しっそう)したとの見方を捨てず初動捜査を誤った。きちんと捜査すれば、その後の松本、地下鉄両サリン事件はなかったのではないかとあらためて思う
▼信教の自由さえ身勝手な欲望のために利用しようとした醜悪な教祖に、「自分探し」の若者がなぜ吸い寄せられ、殺人まで犯したのか。これからも問い続けたい。