【ニュースを問う】社会部 大村歩 中日新聞2009/03/01Sun
半年前までは、「元気な愛知」を目指して非正規労働者が続々と押し寄せていた。日本全国はもちろん、地球の裏側からも。だが人々は昨秋、「トヨタ・ショック」という土砂崩れに巻き込まれて身ぐるみはがされた。住所不定無職という「滝つぼ」に落ちる人は、厚生労働省の試算によると昨年10月から3月末までに、愛知県内だけで少なくとも約2万4千人に上る。
だが、東京・日比谷公園の「年越し派遣村」に集まった人々を「本当にまじめに働こうとしている人たちか」と批判した坂本哲志総務政務官に代表されるように、滝つぼを眺める人たちの目線は必ずしも温かくない。いわゆる「自己責任論」だ。
果たしてそうだろうか。私は昨秋以降、非正規労働者たちの話を聞き、社会面で「雇用崩壊」というワッペンをつけて報道してきた。答えはノーだ。
ちょきん役に立たず
最も多い疑問は「失業に備えて貯金しておくべきだったのでは」ということだろう。
確かに後悔している人もいる。トヨタ自動車関連会社の元期間従業員男性(40)は月20回のパチンコで2万円ほど、同僚との飲み会でも月2回計2万円使っていた。「普通の人と同じ程度の息抜きのつもりだったが、それは許されない立場だと、失業して初めてわかった」という。
だが、男性ほど息抜きしなくても貯金は難しい。厚生労働省の2007年賃金構造基本統計調査によると、製造業の非正規労働者の平均月収は20万円。ここから6,7万円の寮費、光熱水費2万円程度、税金などを天引きされ、本当の意味での手取りは10万円前後となる。さらに食費を引けば手元に残るのは「場合によっては1万円程度」(30代元派遣社員)という。
それに職と家が同時になくなれば、貯金があっても役に立たないことがある。
北海道出身の元派遣社員男性(42)の場合、通算8年以上、岐阜県内の自動車関連工場で働き、昨年11月、岐阜県内の社員寮を出る時点での貯金は60万円近くあった。だが、求職しようと名古屋市内のネットカフェなどで過ごすうちに金は減る。1月末段階では20数万円になった。「金があっても無職では不動産屋は部屋を貸してくれない。住所がなければ就職できない。この堂々巡りだ」
故郷に展望なし
「故郷に帰ればいいのでは」という疑問の声もある。実際、帰った人も相当数いる。とはいえ沖縄県をはじめ、北海道、九州、山陰など、有効求人倍率が1倍割れするような地域から来た人々は、もともと地元に仕事がないから来たのであり、不況下では帰ってもなおさら展望がない。
複雑な事情を持つ人も多い。福岡県出身の元派遣社員男性(40)は「母親は年金生活者で公営住宅暮らし。とても世話になれない」と涙ぐんだ。
「仕事を選んでいるのでは」という疑問もあるだろう。だが、住居付きの仕事は激減し、住まいのない人には事実上、有効な求人は少ない。派遣切りで路頭に迷わされたからこそ正社員採用を希望する人は多いが、不況下でその門戸は非常に狭い。製造業の非正規労働者の平均年齢が46・4歳と高いこともネックだ。
つまり、貯金をしなかったのも、故郷に帰らないのも、正社員を目指すのも、自己の選択だが、そこには人生の境遇や雇用環境が複雑に絡み、どこまでどこまで選択の結果として責めを負うべきなのかは、切り分けられないのだ。それでも彼らが滝つぼに落ちたのは自己責任であって、おぼれても仕方がない、と言えるだろうか。
「派遣村」で村長を務めた湯浅誠氏は2月、名古屋市内で開かれた「愛知派遣切り抗議大集会」でこう言った。
「派遣切りに遭った労働者が、命をつなぐために自らの労働条件を極限まで下げれば、『嫌なら代わりはいくらでもいる』と、普通に働いている人の労働条件も切り下げられる。『あいつら勝手に困っているんだ』じゃ、だめなんだ」
今こそ、まだ逆流の川岸にいる人も、滝つぼにもっと多くの救命胴衣を投げるべきだ。それは自ら立つ地面を守ることでもある。
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名古屋で派遣切り抗議集会 窮状切々「抜本対策を」2009年2月23日
大量の非正規労働者が解雇や雇い止めに遭っている愛知県内の雇用実態を訴え、国などの対策を求める「愛知派遣切り抗議大集会」が22日、名古屋市東区のテレピアホールで開かれ、約500人が参加した。
東京・日比谷公園で年末年始に行われた「年越し派遣村」名誉村長の宇都宮健児弁護士が集会実行委員長を務め、東海労働弁護団などが後援。民主党の谷岡郁子参院議員、共産党の佐々木憲昭衆院議員も参加した。
集会では、愛知県などで「派遣切り」に遭った4人が自らの体験を報告。「妻が出産して5カ月たたないうちに、解雇だから寮を出てと言われ本当に困った」「10歳代から派遣に就き10カ所ほど各地を回った。月10万円しか手取りがないときもあり、貯金はできなかった」などと厳しい実態を語った。
派遣村村長の湯浅誠氏は「失業から一気にホームレス化する滑り台社会ではなく、雇用保険やつなぎ融資などのセーフティーネットを実効あるものにして滑り落ちないようにすべきだ」と述べ、労働者派遣法の抜本改正なども必要と訴えた。
集会では、3月に愛知県三河地方で「派遣村」を開設したいとの意向も明らかにされた。
この後、参加者は同市中村区のJR名古屋駅前までデモ行進。「政治家は貧困問題に取り組め」「派遣労働者は物じゃないぞ」などとシュプレヒコールをあげた。
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【滋賀】
「すべり台社会」に警鐘 大津で「派遣村」の湯浅氏講演
2009年2月12日
失業者や貧困層を支援する「反貧困ネットワーク」の湯浅誠事務局長が11日、大津市のピアザ淡海で講演した。
湯浅さんは30代の男性が「生きていけない」と電話相談をしてくる実例を紹介。非正規労働が拡大し、雇用保険や失業者用のつなぎ融資も機能しない現在の社会を「すべり台社会」と説明。親の世代が子どもに教育費を掛けられず、貧困が再生産されていると訴えた。
貧困層の現状について「社会のすべり台を落ちた人は実家に帰るか、自殺、犯罪、ホームレス、劣悪な環境のノーと言えない労働者になるかの5つの道しかない」と解説した。
自身がかかわった東京・日比谷の「年越し派遣村」について「集まってきた本人に問題がある」と批判があったことに、「社会から余裕が失われ、ほかの人のことを考えられずに自己責任論が強くなっている。突き詰めれば、貧困に生まれたその人が悪いということになってしまう」と警鐘を鳴らした。(小西数紀)
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