地域の信頼 再起の力(6)支え 罪人の肖像「中日新聞」2012/6/21

2021-06-21 | 社会

地域の信頼 再起の力

  罪人の肖像  第3部 住所不定、無職 
(6)支え《下》<罪人の肖像>第3部・住所不定、無職 
 中日新聞 2021年6月21日 月曜日

 冒頭画像;児童からの手紙を読むツヨシ。「おかげで安全に学校に行くことができました」。感謝の言葉が並ぶ=5月 

 服役を終えて七年がたっていた。愛知県豊川市の借家で一人暮らしをしていたツヨシ(享年四十五)が二〇一八年、また捕まった。寺から現金を盗んだ疑い。「生活費が…、足りんかった」と本人は振り返ったが、ちょっと違う。 
 軽い知的障害があり金銭管理が苦手なツヨシの生活費は当時、二軒隣に住む元自転車店主の橋本清志(72)=仮名=が預かり、必要に応じて本人に渡していた。隠れて酒を買っていたツヨシは、それをとがめられるのが嫌で、「生活費」の手持ちがないと言い出せなかったらしい。 
 ツヨシの逮捕は小さく報じられた。再犯をどう受け止めるべきか、地域の人々にも戸惑いが広がった。 
 「障害者なのに、なぜ記事になるのか。抗議すべきだ」。ツヨシをかばう支援者からこう迫られた豊川市議の鈴木義章(78)は「違う」と、たしなめた。「地域で普通に生活できるよう支援してきたのに、そんな抗議は『障害があるから泥棒していい』と言うのと同じだ」 
 出所時からツヨシを見てきた女性(61)は、クレプトマニア(窃盗症)の可能性も心配したが、診察した医師は明確に否定する。判断力や自制力が欠けているのは「知的障害による」と。 
 そのツヨシ。自転車盗以外で捕まったのは初めてだった。留置場に入れられて初めて「悪いことをした」と気づいたという。脳裏に浮かんだのは女性や橋本の顔。「やっちゃった」「裏切った」。自責の念にさいなまれ、面会に訪れた女性を、何度か拒んだ。「みっともなくて会えない」と。
 橋本は、起訴されたツヨシの国選弁護人から「また面倒を見てもらえるのか」と尋ねられ、答えた。「見ます。私が見るんじゃない。地域で見るんです」。執行猶予付きの判決が確定し、借家に戻ってきたツヨシ。橋本は再犯を責めず、代わりに言い聞かせた。「地域の人たちは今まで以上に見ている。今まで以上にできることをやっていこう」
 それから3年。もろ手を挙げて歓迎する人ばかりではないが、ツヨシは逆風をはねのけるように、ごみ拾いや草取りといった奉仕活動により積極的に取り組んだ。表情も穏やかになったと評判だ。「失った信頼」を取り戻しつつあると、本人も実感していた。
 褒められたり、表彰されたりした思い出がほぼないツヨシが大切にしていたのが、児童らがくれた手紙の束や感謝状。「通学路に立ってくれてありがとう」「ツヨシさんみたいに役立てる大人になりたい」。絵で飾られた手紙を一枚ずつめくり、「ほんと、うれしいかった。こうやって色塗ってくれたり・・・」と恥ずかしそうに声を上ずらせる。
 橋本は「言われたことは、遅いけど、きちんとやる。手を抜かない」とツヨシの成長をたたえた。唯一の気掛かりは、相変わらずの酒好き。チューハイを買っていた、と橋本に教えてくれる人もいる。そんな視線にはツヨシも敏感だ。「もっと地域の目が行き届けば、もっと良くなる」と橋本。いいことも悪いことも、見てやってほしい、と。
 「作物は手を入れないと大きくならない。ほっておけば駄目になる。人間もそう」。そう信じてツヨシと向き合う。「時間はかかりますよ」と橋本。ツヨシが自宅で入浴中に急逝したのは、その矢先のことだ。
 葬儀は21日、地元住民やボランティア仲間、校長など幅広い人たちが集まって営まれる。支え、支えられ、ツヨシが地域の一員だった証しになる。
 (敬称略)=第3部終わり
  (寺岡秀樹、赤川肇、鈴木龍司が担当しました)

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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〈来栖の独白〉
 人間は、一人では更生できない。人の間で生きてゆく。
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* 流転 福祉が救いの手(5)支え 罪人の肖像「中日新聞」2012/6/20


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