オウム「超高学歴信者」が抱えていた無力感、そこに投げかけた「麻原彰晃」の言葉
社会週刊新潮 2016年8月23日号別冊「輝ける20世紀」探訪掲載
「麻原彰晃」はいかにして「超高学歴信者」を心服させたか(3)
オウム真理教の教祖・麻原彰晃は、信者たちを「アルタード・ステイツ・オブ・コンシャスネス(ASC)」、すなわち幻覚を見る状態に持っていくことで、自身に心酔させることを可能にしていた。精神科医の片田珠美氏は「感覚遮断」「飢餓」「睡眠制限」「性欲の制限」の4つのカギに集約される手法で、それを成し遂げていたと指摘する。
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信者のASC到達を導く構成要因を次々と駆使した教祖について、日本脱カルト協会代表理事で、立正大学心理学部対人・社会心理学科教授の西田公昭氏はこう分析する。
「麻原は、オウムを創設する前に、阿含宗など様々な宗教団体を渡り歩いた。新興宗教には、解脱を説きながら、いざ修行しても何も起きないという空虚感がありがちです。麻原は宗教渡り鳥の経験があるから、その果実を与える大事さを知っていたのでしょう。そのうえでハルマゲドンという世界最終戦争の到来を予言し、“時間がない。救済への道を急ごう。さもなければ、世界は崩壊する”と、不安を煽ったのです」
もっとも、いくらASCに導く技法レベルが高くとも、信者がファースト・コンタクトで拒絶反応を起こし、修行に入らなければ、元も子もない。その点について片田氏の解説を聞こう。
「麻原は巧妙な催眠術師でもありました。彼は盲学校を卒業後、東大進学を目指したが、挫折した。この時の屈辱感から、自己愛を傷つけられた人間がどんな心情に陥るかを体感的に分かっていた。一方、人間とは、子どもの頃、サッカー選手やノーベル賞を獲るような科学者になりたいといった夢を描くもの。普通は成長の過程で厳しい現実と折り合いをつけるのですが、オウムに入信した高学歴信者には、この『幼児的万能感』を諦められない人が多かった。医師であれば、救えない患者に出会う場面は必ず訪れ、そこで無力感に苛まれます。麻原はそういう悩みを抱えながら近づいてきた人たちが、どういう言葉をかけてもらえれば、救われるのか、熟知していた。“君の能力はオウムにいてこそ役に立つ”などと囁かれれば、『万能感幻想』が満たされます。それを求めて、彼らが自ら教祖を神格化した。麻原の対人操作能力に踊らされたのです」
■元信者も打ち明ける
この点、東大理学部物理学科に合格しながら、オウムに出家し、一連の事件後、脱会した野田成人氏もこう打ち明ける。
「確かに私も“物理学者になって、ノーベル賞を獲るぞ”と大それた夢を抱いていました。ところが進学した途端、この世界には自分より桁外れにすごい人たちが周りにたくさんいることが分かります。たとえば、『ガロア理論』のフランス人数学者、ガロアはこれを14歳の時に編み出したが、20歳の私には全く理解できなかった。もう自分の先が見えてしまい、挫折しました。そんな大学3年の時にオウムと出会ったのです。麻原から、“ハルマゲドンは必ず来る。君はどうする。修行している者はいいが、していない君の家族や友人はどうなる”と世界救済を呼びかけられ、感銘を受けました。私は自分のことしか考えていなかったのを恥じ、託された使命に目覚めた気になり、過ちを犯してしまったのです」
麻原は彼らの心をくすぐった。それと同時に、
「有能で問題意識のはっきりしている学生ほど、自分の究めたい研究ができず、閉塞感に陥っているもの。麻原がこうした若者にそれを可能ならしめる環境を実際に提供した点も大きい」
と解説するのは、カルト問題に詳しい安斎育郎・立命館大学名誉教授だ。
「オウムはサリン製造プラントの第7サティアンをはじめ、億単位の金を投じて、施設を作っていた。そこで自分の好きな研究に没頭できると思えば、魅力を感じた者もいるはずです。科学者にとっては、科学的真理は、東大で発見しようが、オウムで発見しようが同じなのかもしれません」
まさに土谷正実=地下鉄サリン事件の共謀共同正犯で死刑確定=がこれに該当する。サリンの製造を成功させた土谷は、筑波大学大学院化学研究科を修了。博士課程在籍中にオウムに出家した。
95年当時、当方の取材を受けた彼の母親は、こう慨嘆していた。
「息子は“オウムには、1日20時間も自分の好きな研究ができるところがあるんだ。そこでは、がんもエイズも治る”と話していました」
■禁断の果実
こうしてスーパーエリートを獲得していった麻原。しかしそんなオウムにも転機が訪れる。90年2月、衆議院選挙に打って出たが、むろん全員落選の大惨敗を喫した。自らの権威が失墜することを怖れた麻原は、「オースチン彗星が接近し、天変地異が起こる」と予言し、信者らに出家を促す石垣島セミナーを開催。この間、東京に残った新実智光らに、皇居や国会周辺でボツリヌス菌をばらまかせた。天変地異の自作自演を試みたのだが、結局、これにも失敗した。
「組織拡大に行き詰まり、ますます焦燥感を募らせた麻原は、ついに禁断の果実に手を出します」
と語るのは捜査関係者。
「信者に暗示をかけるために睡眠薬を使ったイニシエーションを行った。またより強烈な神秘体験を起こさせるため、幻覚剤のLSDやメスカリンを飲ませる『キリストのイニシエーション』を開催しました。さらには覚醒剤も混入するなど薬物イニシエーションはどんどんエスカレートした。こうして強い超常現象を創作し、手っ取り早く出家信者を増やそうとしたのです」
猜疑心や危機感を募らせた麻原。その暴走の最果てに、教団が行き着いたのが、首都圏を阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り替えた地下鉄サリン事件だったわけである。
もっともオウムは自滅したとはいえ、その後継団体は未だに残り、信者も多く存在している。それはカルトが持つマインドコントロールプログラムのインパクトの強さの証左でもある。
特集「『オウム真理教』最大の謎を完全解明する! 『麻原彰晃』はいかにして『超高学歴信者』を心服させたか?」より
◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です
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* 「麻原彰晃」はいかにして「超高学歴信者」を心服させたか(3)無力感、そこに投げかけた麻原の言葉
* 「麻原彰晃」はいかにして「超高学歴信者」を心服させたか(2)マインドコントロール術、4つのカギ
* 「麻原彰晃」はいかにして「超高学歴信者」を心服させたか(1)“ASC”でコントロール
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◇ 13名の命を奪った「地下鉄サリン事件」実行犯たちの今 「オウム死刑囚」13人の罪と罰(8)最終回
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